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現時刻05:29’12
震えている。
足音はまだ消えない。
現時刻05:29’25
鼓動は早まる。
息を殺すことも困難になる。
現時刻05:29’43
強く握る両手は爪が食い込み血がにじんでいる。
震えは止まらない。
膝がカタカタと振るえる。
現時刻05:29’53
絶体絶命。
死のカウントダウン。
運命の秒針は長針に重なる。
現時刻05:30’00
未央のバッグの中の携帯電話の液晶が光を放つ。
その刹那鳴り響くメロディ。
電子音で刻まれる。
美しく力強いメロディ。
けたたましく静寂を切り裂く。
未央は、自分を呪った。
自分のおろかさを嘆いた。
鳴り響くメロディは大東亜共和国において退廃音楽として定められた、ロック。
規制の網を潜り抜け力強く歌う”Bump Of Chicken”の[ 天体観測 ]。
未央のお気に入りだ。
すばやくバッグを開ける。なんとしても早くこの音を止めなければ!
しかしうまく手が動かない。歯ががちがちと音を立てる。
やっと取り出した携帯へ親指を叩きつける。
再び訪れる静寂。
未央の目に、窓の前を横切る影が見えた。
――もうだめだ・・・。
助からない・・・。
死を覚悟した。
その短い一生に幕を下ろす覚悟をした。
――おとうさん・・・
おかあさん・・・
理央・・・
加代・・・
ごめん。
あたしもう、ダメ。
もう・・・ダメ・・・。
「未央!」
未央はびくっと体を振るわせた。
自分の名前が呼ばれた。
そしてこの声は・・・。
「未央!未央でしょ?!そこにいるの?!」
未央は全身の力が抜けていくのがわかった。
「返事して!未央!私知ってるんだからね?未央がBampの曲着メロにしてるの!」
――その声は紛れもなく
「クラスの中でBampのこの曲着メロにしてるの未央と私だけなんだから!」
加代子の声だった――
「かよぉ・・・・」
未央はか細い声をあげた。
――よかった、加代だ・・・あたしの大好きな加代だ・・・。
「未央!私のこと信用できないの?」
「かよぉ!」
「未央?!よかった・・・未央!無事なのね?!」
保安窓に加代子の笑顔が見えた。泣き出しそうな笑顔だった。
「驚かせんなよォ・・・バカぁ・・・」
未央は震える声でそういった。
そして笑った。
なきながら笑った。
「未央!助けにきたゼ!」
いつもの加代子の笑顔。
加代子と未央は奇跡的な再開を果たした。
未央はまだ震えてる足で立ち上がり保安窓の鍵を開けた。
指が震えてうまく動かなかったが、何とか鍵を押し上げた。
その光景を加代子は微笑みながら見てた。
よかった。未央に再びあうことができた。
何とか生きてあうことができた。
「かよぉ!わたし・・・わたし怖かったよぉ・・・」
「バカ!もう私がいるだろ?泣くんじゃない」
アルミサッシを横にスライドさせ、未央のように体を滑り込ませた。
しかし、未央ほど体の小さくない加代子は少し身をよじり、なんとかくぐり抜けた。
すこし、腕を擦りむきひりひりとした痛みが残った。
加代子はもう一度未央の顔をまじまじと見つめた。
そして未央を抱きしめた。
「よかった・・・もう・・・あえないかと思った・・・!」
未央も力いっぱい抱きしめた。
「ばかぁ・・・はじめから・・・かよだって言えぇ・・・」
「ばっか・・・相手が誰かわかんないのに名乗れるか・・・」
「・・・え?わたしがここに隠れてるの知ってたんじゃないの・・・?」
「知らなかった。誰かまではわからなかった・・・。」
「え?じゃ・・・誰かいたのはわかってたの・・・?なんで?」
未央は一度体を離し、加代子の顔を覗いた。
甘えた表情をさせたら間違いなく世界チャンピオンだろうな?
と加代子は思った。
女の加代子でさえドキドキさせるほど、未央の上目遣いは完璧だった。
及川亜由美なんかがよくやる戦略的な表情ではなく、未央のそれは天然だった。
作られたものと、自然に出来上がったもの、どちらが美しいかはどんなものでも一緒だった。
加代子はこの表情を見る度に、未央の事を羨ましく感じた。
私もこれくらい甘えた顔できたら・・・強がったりしなくてもいいのかな?
「ねぇ・・・なんで?」
未央の質問で加代子の思考は再びこのデスゲームの中に引き戻された。
「あ・・・うん・・・これ。」
加代子が未央に見せたのは板状のものだった。
「え? なにこれ?」
「わっかんないけど・・・ほらここに赤いのあるでしょ? 二つ。」
「うん。」
「これ、私たち。」
「え? あたし達?」
未央に見せた板状のものは四方10Cmの液晶がついたレーダーのようなものだった。
「これが私の武器みたい。」
「これで・・・あたしのこと探してたの?」
「そうだよ? だってあんた外で待ってないんだもん。」
「待てるわけないじゃないかぁ。」
未央はまた泣きそうになった。
「よかったよ・・・すぐにあんたが見つかって・・・。正直言ってめちゃめちゃ怖かった。」
「うん・・・。」
「アラーム鳴らなかったらどうしようかと思ったよ・・・。」
「・・・え? アラームのこと知ってたのォ?」
「うん・・・だってあんた大事な日は必ず携帯のアラームもセットするじゃん?」
「うん・・・。」
未央は鼻をすすりながら返事をした。
「で・・・必ず忘れて次の日の朝、びっくりするじゃん?」
「・・・うん。」
加代子は笑った。
「それに賭けた。」
「もし、ここにいたのがあたしじゃなくて、携帯ならなかったらどうしたの?
もし、あたしが携帯の電源切ってたら?」
「逃げる。」
加代子はまたくすっと笑った。
そして続けた。
「それに、あんたがそんな冷静な判断できるわけないじゃん? 電源切っとくなんて。」
「ひどぉいぃ・」
未央はもう笑ってるのか泣いてるのかわからないほど、ぐちゃぐちゃの顔だった。
加代子にはその顔がたまらなくいとしく思えた。
捨てられた子犬を見つけたときのような気持ちだった。
もう一度、ぎゅっと未央を抱きしめた。
「私たち・・・ずっと友達だよ?」
「友達なんかじゃないよぉ・・・」
「え?」
「かよは・・・マブダチだよぉ・・・」
二人はまた笑った。
加代子のエプソンロカディオPNV800Mには、新しい、三つ目の赤いしるしが点滅していた。
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