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格納庫のなかはがらんとしたいた。
そこにあるべき巨大な重機の代わりに、のっぺりとした無意味な空間が広がっている。
頻繁に使われていた設備である事は、行き届いた掃除の後からはっきりとわかる。
あまりにも整頓され、埃ひとつない格納庫内はあたかも死体安置所のような静けさが支配していた。
足音が空間を響き、反響し、少しのタイムラグをおき再び耳に届く。
天然のエコーがかかった音は現実の世界から隔離された秘密の空間を思わせた。
慶は周りを再度確認し、巨大な鉄の扉の隅に取り付けられている、人が行き来するためにつくられた鉄の扉を閉めた。
がちゃん、という音が大きく響く。
裕也はその音に文字通り飛び上がり驚いた。
広志は口を開けなかった。
これから起こり得る事の想像がつかない。
慶の言う、”はなし”がなんであるか全く見当がつかなかった。
よくみると格納庫の端にいす代わりに置いてあるのか、人が座るのに都合のよさそうな一斗缶やオイル缶が置かれている。
数は7つ。
3−3のサッカー部員は全部で5人。
二つは予備のためだろうか?
そう広志が思っていると慶は二人に腰をかけるように促した。
二人はいわれるがままに缶に腰を掛けた。
手持ち無沙汰に格納庫の広い空間をざーっと見渡す。
慶も少し遅れて缶に腰を掛け、武器を中央のテーブル代わりに置かれた木箱の上に並べた。
慌てて広志も自分のディパックからゴムハンマーを取り出し、ボウガンの脇に沿えた。
慶はそのハンマーを一瞥すると膝の腕で手を組み、深呼吸をした。

「さて・・・」

口を開く慶に二人は注目した。
広志はごくりと唾を飲み込んだ。
その音すらも反響するような気がしたが、気のせいだった。

「とりあえず、俺はこのゲームに参加する意思はない。二人もそうだよな?」

裕也はかくかくと首を縦に振る。
広志も頷いた。

その二人を交互に見、続ける。

「とにかく、サッカー部全員にサインを出した。
ここに来るように。
ここに建物があるだろうってことだけでここを選んだ。
ほかに意味はない。
もし、意味が通じて無事に辿り着く事ができれば仲間は5人に増える。
申し訳ないが他の奴らは信用できない。
それは了承してくれるよな?」

広志は頷きながら、慶の妙に冷静な態度が気になった。
いつもの、踏み込めない領域の雰囲気が伝わる。
口を挟む事も出来ずに、広志は続きを待った。

「お前達が来るまで、ほんとにこれでよかったのか随分悩んだよ。
もしかして、寝首をかかれるかもってことも心配した。
でも、俺は、俺たちサッカー部の団結を信じる。
毎日日が暮れるまでボールを追っかけて、笑って、泣いて、2年とちょっときつい練習に耐えてきた。
その団結を信じる。いいな?」

広志も裕也も頷く。
裕也もいくらかは落ち着いてきたのかもしれない。
無意味なかくかくが収まってきている。

「ここまで来るのに誰か見たか?
だれかと、会ったり話したりしたか?」

広志はすこし上ずった声で
「あ――俺、及川・・・見た。」
と言った。

あれ?
俺ちょっと緊張してんな・・・。

「及川?話したか?」
「いや、後姿を見ただけだ。走ってどっかいっちまった。」
「・・・。そうか。他には?気付いた事は?」
「銃を持ってたな。多分、銃だと思う。」
「銃か、及川は要注意かもな。裕也は?」

裕也が体をびくっとさせる。
唇が震えていた。
膝がかたかたと震え始めた。
過剰な反応。
広志は顔を覗き込んだ。
まるで寒い日のプールから上がったように虚ろな目で体を震わせていた。
月明かりが怯えた顔を照らしている。

「裕也?」
慶は心配そうに訊ねる。

「お、おれ。みた。みた・・・。」
声が裏返った。
独特なしゃくったような息が漏れる。

「何を?」
冷静に慶は訊ねる。

ややあって裕也は再び口を開いた。

「高梨・・・高梨が・・・光也を・・・光也を・・・」

高梨?あーちょっとオタッキー入ってるやつな。松島なんかと仲いいよな。
と広志は高梨英典の記憶をよみがえらせる。

「高梨がどうした?光也になんかしたのか?」

「バ、バットで・・・バットで、光也を・・・。」

「・・・まさか。」
広志は思わず声を出した。
無意識のうちにその続きを想像する。

「殴ってた・・・。何回も、な、何回も・・・」

広志の予想は大当たりだった。
目を閉じて天井を仰ぐ。

はじまってる。

そう思った。

「それで?どうした?」
慶は相変わらずに裕也を問いただす。

「いや、それで、おれ、びびって、逃げた。光也・・・見殺しにしゃったよ・・・。」
広志はそれで納得した。
必要以上に怯えているその訳が。
友達が友達を殺す現場を目撃し、さらにはそれを見殺しにして自分だけ逃げた。
自分に対する恐怖。
嫌悪。
そう言ったものが、怯えた心を増長させていたのだ。

「・・・裕也。大丈夫だ。心配すんな。お前の判断は正しい。」
慶はそう言った。
慰めの言葉なのかわからないほどに冷静な声だった。

広志がふいに慶に問い掛ける。
「なぁ、なんでおまえそんな冷静なの?怖くねーの?」

慶は少し驚くように目を丸くした。
広志は意外なリアクションに驚いた。
冷静に切り返してくるもんだと思っていた。

「あ?あぁ、予想できたんだ。・・・これに巻き込まれるって。」

広志は驚きの声を上げる?

「何?なんで?どうして?」

「うん?聞きたいか?かなり、ショックな内容だぜ?」

「・・・。気になるよ。」

「俺、修学旅行まで休んでたじゃん?4日くらい。」

「うん。」

「俺、拉致られてた。軍に。」

広志は声が出なかった。
裕也も同じく。
二人は口を開いたまま、ぼーっと慶の顔を眺めていた。
虫の声が聞こえた。




[残り34人]




 

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