クスリ・病気部屋TOP++
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‖a contribution ++ by YUGIRI‖



+++ 刻印 +++
【vo.3】







 『互いに干渉しない』
 それが、最初、二人の間の暗黙のルールだった。

 だが、初めてセックスした日から、啓介の態度が一変した。
 プロジェクト活動中には、想像すら出来ない彼の精神の危うさが見え隠れするようになった。

 拓海は仕事上のシフトの関係で、深夜に帰宅することも度々だったが、相手は自室に籠もらず、リビングのソファーの上で寝そべって拓海の帰りを待っていた。
 よく、「眠れないから」と、笑って拓海を出迎えたが、リビングのごみ箱には、数種類の薬の類のパッケージの空が捨てられていた。それが眠剤、あるいは安定剤の類だということは容易に想像できた。

 それでも、拓海は仕事、啓介は大学の合間、二人は以前と変わらず、プロジェクトDの活動に参加していた。
 おそらく、二人が同居している事を知っているのは、涼介だけであっただろう。

 一度、拓海は啓介に訊いたことがある。
 どうして、啓介さんは走り屋になったんですか? と。

「‥‥死ねる、と思ったから」
 淡々と応えた啓介は、冗談とも本気ともとれない笑いを含んでいた。
「オレにとって、死ぬことと、プロになること、それは等価値だから‥‥」

 その自虐にある真相。想像もつかない。
 確かに時々、無謀ともいえる突っ込みをするのは、根底にそのような心理があるからか、否か。だが、現実にはそれがプロジェクトDのダブルエースの片翼を構成する要素だった。
 その根底を知った上で、彼の兄は弟を走らせているのだろうか。

 だとしたら。




「‥‥何で、アンタは自分自身をそんなに傷つけたがるの?」
 この夜、何本目かのナイフを取り上げた後、いつもより多く滴る血液に、ガーゼで強く圧迫しながら、拓海は平然を装う啓介の双眸を、今までと違った感情で眺めやる。

「こんな身体、要らない。‥‥こんな汚れた体液、全て流れてしまえばいいのに‥‥」
 きつく掴まれていた上腕にある拓海の手を振り払い、決して目を合わせようとしない啓介。いつも何かに怯え、何かが彼を追い詰めていく。

「傷みは‥‥オレを癒してはくれない‥‥」
 啓介は、未だ滴る上腕からの自身の血液を舐め取り、自虐的に微笑んだ。




「‥‥じゃあ、快楽なら、アンタを癒せるってゆうの?」
 長い沈黙の後、拓海は奪い取ったカッターナイフを床に投げつけ、ソファーに身を委ねている啓介の上に乗しかかる。
「さぁ‥‥な」
 物欲しげな唇は、いつもはぐらかす言葉しか形取らない。
「‥‥ん‥‥あ‥‥ッ」
 唇を強引に塞がれ、下腹部に手がそっと添えられる。啓介は与えられた突然の温もりに内心歓喜にしながら、次に与えられるはずの快楽を期待する。
「淫乱‥‥」
 ぼそっと拓海は呟き、手のなかで育っていく啓介を口腔内へいざなった。

「‥‥ッ‥‥あ、はぁ‥‥も、ダメ‥‥イク‥‥」
 急速に駆け上がる絶頂に、酔いしれながら、彼はその瞬間を、待ち焦がれる。
「‥‥やめた」
 何を思ったのか、突然、拓海は銜えていた啓介を口から離す。少しだけ溢流しかけていたのだろうか、微量の精液が、口の中に充満し、妙に苦かった。
「な、んでだよッ 止めるんじゃねーよッ ‥‥早くッ」
 訪れかけた絶頂の突然の遮断に、啓介は拓海の髪を掴み上げ、自身の象徴へ導き、続きを必死にせがむ。
「やだ。やる気しない。啓介さん、自分で続きしなよ。見ててあげるから」
 優越感漂う笑みで、拓海は啓介を見下す。
「‥‥ふじ、わら‥‥お願い‥‥イカせてよッ‥‥自分じゃ、出来ない‥‥」
 次第に萎えていく自身。拓海の袖の端を掴み、哀願する。「できない」と繰り返し呟きながら、いつの間にか、彼は泣きだしていた。

 それでも、拓海はこの夜、頑に啓介を拒んだ。
 初めての、拓海の拒絶だった。




「‥‥あ‥‥ああ‥‥ッ」
 屈辱にも、拓海の見ている前で啓介は、与えられるはずだった快楽の余韻を必死につなぎ止めるかのように、自身に手を伸ばす。
 見られている事に、異様に羞恥心を覚え、自分の手を介して伝わってくる、自身の熱に、同時に嘔吐感が容赦なく彼を襲う。
「あ‥‥ぐ‥‥ッ」
 刹那、啓介は身体の中を駆け上がってくる吐き気に、口元を手で抑え込むも、抗いきれず、ソファーから身を乗り出して、フローリングの床に嘔吐した。

 床の上に飛び散った吐物と、口の中に残る胃液の苦みに、この上ない不快感を覚える。

 その様子を、拓海は一瞬だけ、眉を顰めて眺めやる。
 その一瞬の嫌悪した拓海の表情を、啓介は見逃さなかった。出来ることなら、見逃したかった。

「そんなに、自分でするのは嫌なの? ‥‥だから、オレが必要なの?」
 速拍な呼吸を繰り返す啓介の下顎を指で持ち上げ、テーブルの上にあったティッシュで汚れた口の端を拭ってやる。
「あ‥‥あ‥‥」
 拓海は、優しく彼に口づけるが、啓介が欲しているものを容易に与えはしなかった。
 そして、グラスに一杯のミネラルウォーターを注いで啓介に手渡し、拓海は汚れた床を黙々と片付けていった。

 数分後。何事もなかったかのように、リビングは元通りになったことを確認すると、自室に向かって踵を返す。その背後に絞り出すように発せられた声。

「‥‥藤原が、いいんだ‥‥」

 拓海は振り向かなかった。
 今、彼はどんな顔をして、どんな瞳で自分の背中を見つめているのだろう。




 もし、この時、振り返っていたら。
 その身体を抱いて、イカせてあげていたら。

 次第に嵌まっていく自分が怖かった。
 この上ないセックスの快楽を知ってしまったから。
 自分が彼なしでは生きていけなくなると思ったから。

 この時は、それが恋愛感情だと気づかず、ただ臆病だった。

 その腕や足に傷つけた数だけ、心もまた、傷ついているなんて。
 知っていたけれど、分かってあげることは、出来ずに。

 まだ、全てを受け止めるには、まだあまりに幼すぎて。




「嘘」
 短く、自分に言い聞かせるかのように呟き、拓海は歩きだした。





 リビングに啓介を残し、自室に籠もった拓海は、そのままベッドにうつ伏す。

 イライラする。
 異様な苛立ちは、一体何だろう。
 最近、身体を重ねる毎、増幅する正体不明の苛立ち。
 恋愛感情のカケラもない、身体だけのセックス。
 別に潔癖でもなかったから、相手が男でも、自分の欲求を満たせ、啓介が喜ぶのなら、それでいいと思っていた。

「‥‥何なんだよ‥‥啓介さん‥‥」

 拓海は、自らの熱を静めるために、先刻の啓介の残像を無意識に瞼の裏に映し、下半身へそっと手を導いた。



 一方、リビングに残された啓介は、虚ろな瞳で天井を仰ぎ、深い溜め息をついた。

 忘れかけていた先刻の傷が疼く。
 身体の火照った熱が、疼く。

 自身で鎮める術は、ない。

「もう、嫌だ‥‥」





―――To be Continue‥.








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