‖a contribution ++ by YUGIRI‖
「は?」
拓海はあまりに唐突の誘いに、唖然と相手を見つめていた。
「セックス。おまえしたことねーの?」
啓介はくすくすと笑いながら、強引に拓海の腕を掴み、彼を冷水のシャワーの下へ引きずり込む。
「あるよッ」
即答して、後悔する。
それほど親しい仲ともいえない相手に、何も正直に応えてやる必要はない、その事に気づいて、軽く舌打ちした。
自分でも意外に思うほど、あまり痛みの伴わない半年前の自分自身、そして別れを、述懐する。
クリスマスの日。当時、好きだった彼女と、身体を重ねた。
彼女とはそれが最初で最後だった。
それまで、大切だと思えた行為は、終えてしまうと、妙に冷めてしまい、その後、執着するような事はなかった。
本当に、その彼女を好きだったのかどうか、という答えを導き出せずに、別れの時を迎えた。
それから、プロジェクトが発動し、恋や愛だのという感情とは無関係な日々を過ごしてきた。
少なくとも、拓海はそう思っていた。
今の、今までは。
過去を述懐する拓海を、啓介が容赦なく現実を突きつけた。
「んじゃ、しよ?」
啓介は手慣れたように、拓海の衣服を脱がせていく。
「ちょッ‥‥啓、介さん‥‥ッ」
ジーンズのジッパーを下ろされ、大切なものをそっと包み込むように優しく触れられたそれは、熱を帯び、微妙な変化を見せはじめていた。
その事実に、拓海は羞恥心を覚え、無意識に啓介の手を振り払おうと抗う。
「溜まってんだろ、オマエ‥‥」
意地の悪い、くすくす笑い。
その笑いが、さらに拓海を追い詰める。
下着の上から触れても、その変化は容易に分かる。
自分は、目の前の男に欲情している。
その現実を必死に否定しようと抗う。だが心とは裏腹に、身体は素直に反応する。
「‥‥やめ、ろ‥‥ッ、ふざけんなッ」
そんな拒否の言葉を、啓介は丁重に無視し、強引にさらけ出した拓海の象徴を、そっと舌で包み込む。
「‥‥ッく‥‥」
不本意にも、訪れようとする絶頂に、拓海は必死に抵抗を試みるが、駆け上がろうとする快楽は、拓海の心まで侵食しはじめていた。
「‥‥イクのは、ちょっと待ってな‥‥」
啓介が銜えていたそれを、口から離した瞬間。
「‥‥ッ」
拓海が声もなく達する。
「‥‥白。‥‥赤く、ない」
啓介の頬を掠めた拓海の体液を、手のひらでそっと拭い、見て、呟く。自分に何かを言い聞かせるかのように、何かを確認するかのように。
「‥‥ムカついた」
その向かいで、拓海は速拍な呼吸を繰り返し、自分に凌辱を与えた相手を、灼けつく眼光で、射抜く。
「すっげームカついた。男にヤラれてたまるかよッ」
柔らかな茶髪を掴み、バスルームの床に叩きつける。
相手が不意をつかれた痛みで怯んだ隙に、ちょうど目の前にあったボディータオルで、啓介の手を縛り上げた。
「‥‥」
啓介は抵抗してみせるも、内心、演技だということは、拓海は気づくはずはなかった。 両手首を後ろで縛られ、足を開かされ、虚ろな目で拓海を見上げる。悲しい哀しい呪縛に取りつかれた瞳で。
痛みが身体を侵食し、支配する中。
彼は、自虐的に微笑んで。
そして、イッた。
人間なら、当然求めるべき、快楽。
与え、与えられ。
人間なら、当然満たされるべき、欲求。
求め、求められ。
だが、啓介には、自分で自分を満たすことは出来なかった。
だから、『誰か』が必要だった‥‥。
それから、啓介は自分が拓海に抱かれた、否、犯されたことを、楯に、迫った。
結果、啓介は、拓海を術中に嵌めたカタチになった。
拓海は、自分が仕組まれた相手の術中に嵌められたことを、無論知るはずもなく、それから、啓介に迫られる度、その応えとして、拓海は自身の欲求のはけ口として、啓介を利用した。
そこには、愛や恋の要素は存在しなかった。
まるで、相手がただの機械であるかのように、彼らは自分自身の欲求を貪り、満たしていった。
それでも、啓介は欲求が満たされるのと比例して、身体の傷が少しずつ、癒えていった。
身体を重ねていく度、拓海は啓介の根底にある真相を知りたくなった。
そんな、異常ともいえる関係が続いていたある日。
当番制の夕食準備に取りかかっていた拓海が、不注意で指を切った。軽く血を洗い流して、リビングでテレビを見ていた啓介に何気なく声を掛ける。
「啓介さん、そこの救急箱、持ってきてくれる?」
「んー? どうした?」
サイドボードの棚から、啓介は言われた通り、救急箱を片手にキッチンに行く。
「指、切っちゃってさ」
まだ、うっすらと血液が滲んでいる指のひらを見つめ、拓海がもう一度、冷水でその血液を洗い流そうと、シンクの水道に手をかけた瞬間。
背後に、荒々しく床に何かが落ちる音。
その音に、拓海は振り返る。
床に視線を落とすと、救急箱の中身が散乱していた。
そして忙しく、拓海はただならぬ様子の啓介を見やった。
「‥‥あ、あ‥‥ッ」
呻くように、啓介が何か発したかと思うと、ふと焦点を失い、まるで機械人形のように、フローリングの床に崩れ落ちた。
「啓介さんッ」
あまりに突然の事に、拓海は動揺する。啓介に駆け寄り、一応、呼吸を普通にしていることを確認すると、携帯を手に取った。
相手先は一つしか、思いつかなかった。
「涼介さん、啓介さんが、急に意識を失っちゃって。普通に息はしているんですけど、救急車を呼んだ方がいいでしょうか?!」
「‥‥藤原。おまえ、啓介に自分の血を見せただろ?」
受話口の冷静の声が、拓海に落ち着きを取り戻させる。
「え? オレ、包丁で指切っちゃって、それで‥‥」
「5分もすれば意識は戻ると思うから、衣服を軽く緩めて、取りあえずその場に寝かせておけばいい。‥‥精神的なもので、一時的な発作みたいなものだから‥‥」
語尾の一瞬だけ、声が曇ったのを拓海は聞き逃さなかった。
「精神的なもの? 自分の血は好んで見るクセに‥‥」
他人の血液は意識を失うほど苦手なのに、自分の血液は好き好んで、流す。
その矛盾に、何も知らない事に、拓海は妙な苛立ちを覚える。いつしか、啓介の壊れそうな繊細な内面に、興味を抱いていた。
「藤原。あまりその事には触れないでやってくれ‥‥」
そう告げられて、電話は切れた。
拓海が携帯を切って、すぐに啓介は目覚めた。
「‥‥ん、あ?」
気だるそうに、啓介は身体を起こす。
「大丈夫、啓介さん?」
切った指は、いつの間にか止血されていたが、意識的に拓海は手を強く握りしめ、傷ついた指を隠した。
「ん‥‥」
どことなしか、居心地の悪そうに、啓介は床を凝視したまま、俯いていた。
「ダメ、なんだ‥‥ヒトの血ってのは‥‥」
そして、彼は痛々しく、笑う。
「藤原。1つだけ、頼みがある」
「何?」
「‥‥絶対、オレの目の前では事故らないで。でないと、オマエ、きっと助からないから‥‥」
虚ろな瞳にがゆらりと揺れる。
その言葉は、彼に関わる人々への精一杯の優しさなんだと、拓海は思った。
―――To be Continue‥.
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