第16話 バレンタインデー
「高校時代の友人は生涯の友人となり得る。」 そんなことを昔聞いたような気がする。 卒業して8年も経ち、仕事の忙しさにかまけ連絡すらとっていないが、僕の中では昔と変わらぬ関係と思っている。 友人の結婚式などで顔をあわせて、社交辞令的な挨拶から始まり、会っていない間の色々な話を肴に酒を酌み交わす。 よくある場面ではあるが、それが昔馴染みの楽しみ方の一つであるだろう。
僕がN根と話すようになったのは、中高一貫学校に通っておきながら高校からだった。 第14話で登場したM崎と同じく漫研にN根は所属していた。 バスケ部を監督と大喧嘩しクビになった僕は暇をもてあまし、よく顔を出していた。
ある日、うちの学校まで遊びに来ていたY崎と、M崎の虚言癖について愚痴を言っていたことがあった。 Y崎 「つーかさぁ、なんでM崎ってあんなに嘘つくんだろうねぇ。」 僕 「んー。一種の病気なんじゃないの?『自分はすごいんだぞー。』って大きく見せたいんじゃないかなぁ。」 Y崎 「そんな、すぐバレるような嘘つかなきゃいいのにねぇ。だってこの間もさ『自分は有名な漫画家と知り合いだ』とか言ってたんだけど、実はそれ、あたしの知り合いだったりするし。君の事なんか話に出たことも無いし、みたいな。」 僕 「あー。。。そりゃツライねぇ。なんだろ、尊敬されたいのかね。僕は人に嘘ついてまで尊敬されたくないなぁ。」 Y崎 「だって、それだけじゃないじゃん。他にもさぁ。。。」 と、M崎の陰口に話が咲いていたところ、黙々とお絵かきをしていたN根が口を開いた。 「M崎ちゃんの話は3割ぐらいで聞かなきゃ。確かに嘘は多いとは思うけど、そこは彼のエンターテイメント性を買ってあげるべきじゃないかな。」 同学年に尊敬の念をいだいたのは、この時が初めてだった。 高校生ながら達観した意見に惚れ込んだ僕とY崎は、N根ファンクラブを作ることにしたのだ。 活動目的は「N根に萌えること。」これに尽きた。
高校卒業後も、花見だったりとか、後輩の忘年会だったりとか、新年会だったりとか、一応は事あるごとに遊んでいた。 会うたびに「N根萌えっ」っぷりを僕とY崎は発揮していたのだが、100万ゼニーの笑顔でにこやかに笑ってかわされるばかり。 いっそのこと押し倒そうかとも考えたのだが、悲しいかな、僕はノンケなので男には興味が無かったりする。 僕が女の子だったら、抱かれたい男ランキング(友人編)ベスト3には入ると思われるのだが。
そんないつもの関係が続くと思っていたある日、全く予想すらしないタイミングで、僕ら以上にN根と腐れ縁なN川先輩からメールが入った。 「おおぅ、なんてめずらしいっ!」とか浮かれ気分でメールを開いた。
一行目は「告」。
なるべく感情を押し殺した文体で書いてあったことは、
N根が急逝した事。 単車を運転中、トラックと接触した事。 ほぼ即死に近い状態だったのではないかという事。 通夜と告別式の日程。 式場の場所。 関連情報のURL。
は? なんですかこれは?
関連情報のURLに目を通してる時に、N川先輩から携帯に電話があった。 N川 「もしもし?」 僕 「え?どーゆーこと? N川 「あ、メール届いたんだ。つまり、そーゆーことなんだよねぇ。」
普段から脱力系な話し方をする人なのだが、今まで聞いたことが無いぐらいに力が抜けていた。
聞くと、 ここ最近はずっと一緒に行動していた事。 カブをいじりたおして、ようやく理想の形になったので、試運転を兼ねて仕事に出かけた際の事故だった事。 背中にしょってたMacのノートは無傷だった事。 N川先輩自身は、葬儀の時にN根の遺物の展示を取り仕切るのため、連絡業務が充分にできないのでみんなに回して欲しいとの事。 淡々と、ただ淡々と語っていた。
当日、懐かしい顔ぶれが集まった。 でもそこにはN根の顔だけが無い。 Y崎が、義理チョコを持ってきていた。 「亡くなったのがバレンタインって。。。ねぇ。」 そんな感じのことを話したと思う。
N根を偲んでという名目で、みんなで居酒屋に入った。 ただ、N根の話は出なかった。 あえて出さなかったのかもしれない。 みんな、笑っていた。 湿っぽいのはきっとN根も嫌がるだろうから。 それでよかったのだ、と思う。
葬儀の最中、涙が零れることは無かった。 N根の 「うわ、何泣いてんの?だっせー。」 そんな声が聞こえてきそうだったから。 僕の中では尊敬の対象であり、且つ、目標とする人物であり、更に、負けたくない存在だったから。 でも、そんな皮肉も、もう聞くことは出来ない。 そんな皮肉を聞くことが容易だった、高校時代を懐かしく思う。
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