第6話 安息の地へ
誰にでも心が安らぐ場所というのはあると思う。 例えばそれが自分の部屋であったり、実家であったり、恋人の家であったり。 心のオアシスとなる場所を求めるのは人としての本能なのかもしれない。 僕の安息の地のひとつに、とある珈琲店がある。 この珈琲店は、僕の二人目の親友O村の家だ。 はじめてO村と会ったのはこの珈琲店だった。
今でこそ親友と呼べるようになったが、O村の第一印象は最悪であった。 O村は、第2話で紹介したY永の幼馴染みである。 僕がO村に会う前に、紹介トークとしてY永から聞いていた話がある。 「JPS」という煙草をご存知だろうか。 正式名称は、「じょん・ぷれいやー・すぺしゃる」といい、詳しいことはよくわからないがとにかくスペシャルらしい。 「じょんはすぺしゃるなぷれいやーです。」という意味かもしれない。 じょんが誰かはわからないが。 ある日、O村が煙草屋にこのJPSを買いに行った。 「すんませーん。じょんぷれいやーすぺしゃるくださーい。」 すると、煙草屋のおばちゃんはこう言ったそうだ。 「そんな煙草ないよ。」 O村は唖然とした。いつもここでJPSを買っているのに・・・いや、むしろ、カウンターのガラス越しにJPSの黒いパッケージが見えているというのに・・・。 「ここにあるじゃん。」 意を決してO村は、おばちゃんに対し指摘をした。 するとおばちゃんは悪びれた風もなく、 「あぁ、JSPね。はい。ふーん、これがそういうのねぇ。」 と言って、JPSを差し出したそうだ。 お気づきだろうか。おばちゃんは「JPS」ではなく「JSP」と言ったのだ。 「これは『じぇーぴーえす』って言うんだよ」 「あぁ、JPS。ごめんねぇ。」 JPSをこよなく愛するO村は、かなりカチンときながらも、渋々お金を払いJPSを買って帰った。 あくる日、O村はじょんの敵討ちとばかりに、また同じ煙草屋に買いに行った。 カウンターにいるのは昨日と同じおばちゃんだ。 「すぅんますぇーん。じよんぷるぇいやぁーすぺしやーるくだっさぁーい。」(巻き舌含ム) この嫌味ったらしいしゃべり方で、おばちゃんは昨日の男と気づいたらしく、 「あぁ、これね。」 とJPSを差し出した。 O村の苦労は報われたかに見えた。 しかし、おばちゃんの次の一言がまずかった。 「はい、JSP。」 ・・・まるで台無しであった。
こんな愉快なことに会う人間だからさぞかしいい奴なんだろう、という先入観から、O村にはじめてあったときに、 「あ、はじめましてー。JPSの人ですよね♪」 と、浮かれて話をしたら、 「は?・・・・・あぁ。」 冷めた返事が返ってきた。 善良な一市民でなおかつ普通の青少年だった僕は、かなりの恐怖を覚えた。 この茶髪のにーちゃんはやばい、殺られる、と。 さらに、O村との恐ろしい思い出として、僕はこいつの単車のケツから振り落とされたりもした。 この話はいずれ話す機会もあるだろうが、今日のところはあえてやめておこう。 そんな出会いでは会ったが、なんだかよくわからないうちに親友(勝手に思い込み)となったわけである。
仲良くなってから、僕はその珈琲店に通ったりした。 O村は恐い人だが、双子の妹はとてもかわいい。 うちの妹とは月とゲジゲジだ。 ・・・妹に見られたら殺されそうだ。内緒にしておいて欲しい。 だが、別に双子の妹狙いというわけではなく、あの雰囲気が非常に心地よいのだ。 落ち着いた店内、美味い珈琲。 これでO村がいなければ・・・。 ・・・失礼。親友だった。殴らないでください。拉致らないでください。強姦しないでください。生きたままセメント詰めにしないでください。東京湾に浮かべないでください。許してくださいお願いします、本当にすみませんでしたO村さん。
そんなO村の家、珈琲店が僕らの憩いの場であった。 仲間うちで集まって、酒を飲んだり、語ったり、悩みを打ち明けたり、バカな話をしたり。 もう、みんなで集まる機会というのはなかなかに無いだろう。 懐かしい思い出に浸りに、また、あの店へ行こうと思う。 バカばかりやっていたあの頃が懐かしい。
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