† 第壱話 †

 

ひらひら ひらひら

 

黄色い小さな蝶が、舞うように飛んでいる。

風と遊ぶように、くるくるとその身を翻し、花から花へと飛んでいくその可憐な美しさに心を奪われて、どうしても捕まえたいと思った。

自分の物にしたいと。

けれど、蝶はなかなか捕まらない。

くるくるひらりと飛び回って、指の間をすり抜ける。

なかなか捕まらない事に焦れて、焦れた気持ちのまま、指先に触れた瞬間に、素早くその手を握りこんだ。

思い切り。

 

捕まえた。

やっと。

あの綺麗で可愛くて可憐な生き物を。

嬉しくて嬉しくて、握りこんだ拳を開いたら、

 

──────蝶は手の中で無残に潰れて、死んでいた。

 

 

 

 

◇ ◇◇◇ ◇

 

 

 

 

その島は麗らかな春島だった。

一日でログはたまるという事で、食料と備品を調達するためだけの短い逗留になるはずだった。

サンジはいつものように買出し。

荷物持ちにとゾロがつき合わされていた。

 

「─────サンジ? サンジじゃありませんか?」

 

だしぬけに背後からかけられたその声に、サンジが一瞬足を止める。

「ああ、やっぱりサンジだ。こんなところで会うなんて。」

振り向くと、タキシード姿の長い銀髪の男が立っていた。

男を見たサンジが、ぱっと破顔する。

笑顔のサンジは、親しげに男の名前を呼んで、

「どうして? いつグランドラインに入ったんだ?」

と、驚いたように男に問うた。

 

その様子から、ゾロは、銀髪の男とサンジは随分親しい仲のようだ、と推察する。

「サンジがバラティエを出てすぐに私もグランドラインに入ったんですよ。酷いじゃないですか。私に何も言わずに行くなんて。」

銀髪の男が穏やかな笑みで答える。

とたんに、サンジはバツが悪そうになった。

「あァ…悪ィ。急な事だったんで…。でも、元気そうで、安心した。」

「あなたも元気そうです。サンジ。」

それから二人は、とりとめのない話を始めた。

 

それを、ゾロは、少し離れた所から眺めていた。

妙な男だ、と思いながら。

 

男は微笑みながらサンジと話している。

どこから見ても礼儀正しい好青年に見える。

だがゾロは、何故か男のその姿に微かに違和感を抱いていた。

 

一見して穏やかで、育ちの良さそうな整った顔をした男。

サンジよりも頭一つ分大きいが、優男、といっていいほど細身なせいか、威圧感はない。

その肌は異様なほど白い。

サンジの肌も大概白いと思っていたが、この男の肌の白さはそれ以上だ。

血の気がほとんど感じられないほど、病的に青白い。

金髪でこそないが、或いはサンジと同じ、ノースの出身なのかもしれない。

髪の色はほとんど白に近い銀髪。

それを腰の辺りまで長くまっすぐに伸ばしている。

着ている服は光沢のあるシルバータキシードで、中のドレスシャツとサッシュベルトとも相まって、男を貴公子然として見せている。

黒スーツのサンジと並ぶと、まるで二人でこれからパーティーか結婚式にでも向かうようだ。

だが、サンジは男のそんな格好には違和感を感じていないらしい。

「なぁ、タキシード着てるって事は、今もピアノ弾いてるのか?」

サンジの言葉で合点がいった。

銀髪の男はピアノ弾きらしい。

「もちろんですよ、サンジ。相も変わらず酒場のピアノ弾きですけどね。」

男はにっこり笑ってそう答えてから、

「そうだ、よろしければ、私の勤めている店に来ませんか? 食事でもいかがでしょう。」

と言った。

「あァ…、いや、ごめん。嬉しいけど連れがいるんだ。」

サンジがちらりとゾロを見やって、やんわりと断る。

次いで、男がゾロを振り返った。

一瞬、ゾロを見た男の目に光が走った。───ような気がした。

「同じ船の仲間なんだ。」

そうサンジが男にゾロを紹介するので、ゾロも仕方なくおざなりに会釈した。

そして、俺に構わず食事でもなんでも行け、と、ゾロが口を開きかけた時、

「せっかくですから、お連れさんも一緒にいらしてください。再会の記念にご馳走しますよ。」

と、男が言った。

「でもあいつ、バカみてぇに飲むぜ?」

サンジがまじめな顔でそう言うと、男は声をあげて笑った。

「うちの店はグランドラインの海の水を全て飲み干せでもしない限りなくなりませんから、心配はご無用ですよ。」

それを聞いて、サンジがゾロの傍に来る。

「そういうわけなんだが…、かまわねぇか?」

珍しくゾロにお伺いなんぞを立ててくるので、ゾロは思わずにやりとした。

自分の都合で人を振り回す事に気を遣っているのだろう。

しおらしいサンジなどなかなかお目にかかれない。

「俺ァ別に。タダ酒なら大歓迎だ。」

それは本音だったので、そう言うと、サンジがほっとしたように笑った。

「はは…。だろうな。」

その時、いきなりゾロは頬にぴりりと殺気を感じた。

顔を上げると、銀髪の男がゾロを見ていた。

サンジと話していたときの笑顔が嘘のような、能面のような無表情だった。

男は、ゾロが顔を上げた瞬間すぐにまた、その口元に微笑を浮かべたが、ゾロは一瞬前の顔をしっかりと見ていた。

サンジは男の殺気には気がつかなかったようで、男を振り返ると、「じゃあ案内してくれっか?」と歩き出す。

今ほどはっきりとした殺気にサンジが気がつかなかったのだから、これはゾロだけに向けられたものだったのだろう。

警戒心を抱きながら、ゾロは二人の後についていった。

 

 

男とサンジが、談笑しながら歩いていく。

その後を、ゾロがついていく。

男はサンジと話しながら、風になびくサンジの髪になにげなく触れた。

サンジは、怒るでもなくされるがままに許している。

その仕草に、ゾロはふと、この男はサンジに惚れているのだろうか、と思い当たった。

ゾロもどうぞ、と誘っておきながら、男はまったくゾロを見ない。

ゾロに挨拶一つしなかった。

ゾロの存在をまるきり無視したくせに、サンジがゾロに笑顔を向けた瞬間、視線に殺気を込めてきた。

もしかしたらそれは全て嫉妬ゆえかもしれない。

そう思った。

 

やれやれ。

ゾロは、男の殺気の意味に気がついて、警戒心を緩めた。

何が楽しくてアホコックなんぞに惚れてやがるのか知れないが、的外れな悋気は滑稽なだけだ。

だいたい、この過剰なほどの女好きのラブコックが、男に懸想されて靡くわけがないではないか。

そう思うと、ゾロは男の空回りっぷりがおかしくて笑い出しそうにすらなった。

 

内心の警戒感はすっかり失せていた。

男が精力あふれる戦闘員タイプの人間だったなら、或いはゾロは男に対する警戒心を持ち続けたかもしれない。

だが、男は病気持ちなのかと思えるほど青白い顔をしていたし、その体つきもサンジよりも痩せて見えるほどひょろりとしていて、更には、男のくせに同性であるサンジに惚れているという事実がゾロにとっては滑稽でありすぎた。

 

だから、ゾロは油断してしまっていた。

 

それはゾロにとって完全に不覚という他なかった。

 

 

その事が、サンジの上に取り返しのつかない事態を引き起こす事になったのだから。

 

 

 

 

◇ ◇◇◇ ◇

 

 

 

 

男は自分の事を、“酒場のピアノ弾き”としか言わなかった。

だから、ゾロとサンジは、その店を見たとき、少なからず驚いた。

「おいおい…。えらく本格的なレストランじゃねェか。」

酒場、などというレベルではなかった。

シックなエンジ色のレンガ造りの大きな洒落たレストランで、ちゃんとウェイティングバーまでしつらえてある。

「なぁ、…おい。俺ァいいけど、この腹巻で入ってもいいのか?」

サンジがゾロを指差しながら男に問うと、隣にいたゾロがとたんに眉を吊り上げた。

「あァ? 服で客選ぶのかよ、この店は。」

すると、男がにこやかに微笑んだ。

「とんでもない。ドレスコードなんかありませんよ。さぁ、どうぞ。」

実に優雅な手つきで、ドアを開ける。

ゾロとサンジはウェイティングバーに通された。

「すみませんが、話を通してきますので、ここで飲んでいていただけますか? 私はこれから仕事なのでお相手はできませんが、どうぞゆっくり過ごされてください。」

そう言うと、男は、いったんドアから出て、従業員入口と思しきドアの向こうに、姿を消した。

二人がバーカウンターのスツールに腰掛けると、バーテンダーが、ワインを二人の前に置いた。

「知り合いか?」

ゾロがグラスに口をつけながら問うと、サンジが「ああ。」と答えた。

「バラティエで半年くらいピアノ弾いてた奴だ。バラティエ辞めた後も、あいつ、何度も来てくれて。」

男が何度もバラティエに足を運んだのは、サンジに惚れていたからだろう、とゾロは思ったが、口には出さなかった。

 

程なくして、ウェイトレスが二人を呼びにきた。

ゾロはウェイティンクバーで飲むので十分だと思ったが、ウェイトレスはレストランの席に案内するという。

サンジはもちろん、ミニスカートのウェイトレスにほいほいついていった。

ゾロも後に続こうとして、クロークの女性に、ふと、呼び止められた。

「恐れ入ります、お客様。お腰のものをお預かりしてもよろしいでしょうか?」

女性の視線の先に、ゾロの三本刀がある。

「いや、これは…。」

「お客様、店内の保安上、外から見える武器のお持込はご遠慮願っております…。申し訳ございません…。」

丁重で柔らかいが、有無を言わせない口調だった。

言っている事ももっともだと思えたので、ゾロは、おとなしく腰に刺した刀を三本ともクロークに預けた。

女性は慣れた仕草で刀をまとめ、番号のついたタグをつけて、「こちらお帰りにお出し下さい」、と、番号札をゾロに手渡す。

それを腹巻に捻じ込んで、ゾロがレストランに入ると、サンジはもう席についていた。

「おう。遅ぇから勝手に頼んだぜ?」

「…ああ。かまわねぇ。」

勝手に、と言いながら、運ばれてきたものは、ゾロの好みの辛口の強い酒と、それに合うようなボリュームのある料理だった。

気が合わないケンカ相手でも、こんな時のコックはちゃんとその(さが)を遺憾なく発揮するのだな、と、ゾロは変なところで感心した。

こいつが気を使うのなんて女限定かと思ってたのに。

 

そういやあ、ナミが病気で倒れた時だってそうだったな、とふとゾロは思い出す。

あれは、リトルガーデンを出てすぐだったか。

まだ医者が仲間になる前で、クルー達は全員、ナミに何が起こったのかわからず、皆一様にうろたえた。

ベッドから起き上がる事もできなくなったナミを交代で看病しつつ、なす術もなく、ただ悪化するナミの病状に気を揉んだ。

 

ほとんど役に立たない船長を女部屋から追い出して、ついでにウソップも追い出して、サンジとビビがナミにつきっきりになった。

おぼつかないビビの看病を支えるように、サンジがナミの為の病人食と、ビビの為の元気が出る食事を作って運ぶ。

ゾロは、女部屋とラウンジをひっきりなしに行ったり来たりするサンジを見張り台から見降ろしながら、ふと、ある事に気がついた。

普段からサンジはタバコを口から離さない。

いついかなるときも、どこででも、サンジはタバコを咥えていて、そこからは紫煙が上がっている。

食事中だろうが窓のない男部屋だろうが所構わず吸っているので、ゾロは内心閉口していたのだが、女部屋から憔悴しきった様子で出てきたサンジが、甲板でタバコに火をつけたのを見た時、おや?とゾロは思った。

一瞬の、違和感。

なんだ?と思い、ゾロの目はラウンジに消えるサンジの後姿を追いかける。

しばらくして飲み物か何かを持ってラウンジから出てきたサンジの姿に、また違和感を覚える。

この違和感は何だ? と訝しく思う。

黒いスーツに咥えタバコ。いつものコックだ。

ナミを心配するあまり疲れた顔になってはいるが、その他は別段どこも変わったところはない。

何も変わっていない。

コックはラウンジの階段を降り、女部屋に続く倉庫のドアを開ける。

しばらくして出て来て、また甲板でタバコに火をつける。

そしてラウンジに入っていく。

何度かその動作を目にして、ゾロは不意に違和感の正体に気がついた。

 

女部屋に入るとき、サンジはタバコに火をつけない。

 

ラウンジから食事を持って出てくるとき、サンジの口に咥えられたタバコからは、いつも煙が上がっていない。

火のついていないタバコを咥えたまま女部屋に降りていき、火をつけないまま出てくる。

そして甲板で火をつける。

口寂しいのか、その口からタバコがなくなることはなかったが、女部屋に入るときだけは、彼は絶対それに火をつけなかった。

あの所構わずのヘビースモーカーが。

恐らく、病身のナミを気遣ってだろう。

 

サンジは、そういう気遣いのできる男だった。

 

「なぁ、ゾロ。これ食ってみろ。たぶん、てめェの口に合う。」

にこにこしながら、サンジがゾロに魚料理の乗った皿を勧める。

言われるままに箸をつける。

「ああ、待て待て。そのまま食うな、アホ。骨があんだよ。ったく、てめェといいルフィといい、何で丸ごと食おうとするかね。」

文句は多いが、サンジの手は甲斐甲斐しくゾロの前の料理から小骨を取り除いている。

そのままにしておいたら、「あーん」とかまでやりそうだ。

口うるさい世話好きの女房か、お前は。

 

「…どうだ?」

「うまいな。」

「なー? だーよーなー。てめェが好きそうだと思ったんだ。でもこれはゴーイングメリー号のキッチンじゃ火力が足りなくて作れねぇんだよ。作ってみてェんだけどなあ。」

 

他のクルーがいないせいか、今日のサンジはなんだか穏やかだ。

いつものように突っかかってくる事もないので、ゾロも和いだ気持ちでサンジと対峙していた。

こういう雰囲気は悪くない。

普段からこうなら、ゾロだってもうちょっとコックとうまくやっていけそうなもんだが。

 

いや。

普段だって別段サンジと仲違いしてるわけではないのだ。

サンジとくだらないことで小競り合いはよくしているが、あれはあれで結構楽しい。

言ってみればあれがゾロなりのサンジとのコミュニケーションだった。

 

「火力が強いと料理の幅が広がるんだよ。例えばな────…」

サンジは、ゾロ相手に杯を傾けながら、あれやこれやと話をしている。

「─────でな、火力が強いと外側は焦げ目がつくくらいに炙っても、中はほとんど生で残る。」

サンジの話はほとんどが料理の話だ。

「けど、ただの生じゃねぇ。火の通ったナマだ。外はこんがり香ばしく、中はとろ〜りだ。」

だが、ゾロ相手にしているせいだろう。

ほとんど専門用語も使わず、ゾロに分かりやすいように話している。

話している料理も、ゾロが好みそうなレシピだ。

「それを薄くスライスする。白髪ネギをくるっと巻いて、ワサビ醤油で食べる。」

「…そら、うまそうだな。」

「だろ? な? あー、ウソップに、メリー号のコンロの火力、改造してもらおうかなあ。」

「爆発すんぞ。」

「…俺もそう思う。」

そして二人で笑い合う。

 

その時、店内の照明がやや暗くなった。

同時に各テーブルに置かれたキャンドルが灯る。

「おおっ。なんかムーディーになったな。」

サンジがはしゃぐ。

店内中央にあるピアノに、ブルーのライトが当たる。

あの銀髪の男が座っていた。

男の目は、目の前のピアノではなく、まっすぐにこちらのテーブルを見ている。

ブルーのライトは男にも当たっているから、余計その肌の青白さが強調されて、ほとんど幽鬼のようだ、とゾロは思った。

サンジが笑いながら男に手を振ると、男はふっと目で笑い返して、鍵盤に指を滑らせた。

 

曲が流れ出す。

 

「あ」

不意に、サンジが目を開けた。

「この曲。」

そう言って、くすくすと笑う。

ゾロが目線だけで続きを促すと、サンジは

「バラティエでな、客が連れのレディを口説く時とかによくリクエストされたんだ。」

と言った。

だからバラティエでこの曲が鳴ると、コック達はいったいどの客が今から女を口説こうとしてるのかと厨房から覗き込んで探したんだ、とサンジは懐かしそうに笑う。

「なるほどな。」

てめェのことだ。どうせこの曲使って、客を出し抜いて連れの女を横から口説きもしたんだろ?

そうゾロが茶化すと、サンジは「ご明察」と言ってまた笑う。

したり顔で女を口説くサンジの顔が、それこそ見てきたかのように脳裏に浮かぶようだ。

「だが、口説くにしちゃあ、この曲は、なんつーか…。」

そこまで言って、ゾロは言いよどむ。

なんと言えばいいのかわからなかったからだ。

ただ、女性を口説くなら、もっとこう、落ち着いて静かな、ムーディーな曲の方がそぐうだろうに、と、何となく思ったのだ。

今聞いているこの曲は、明るくポップな感じで、口説くというセクシャルな匂いは纏っていない。

たどたどしくそんな事を言うと、サンジがにやりとした。

「当たり前だ。こりゃ、ワルツだ。」

だからな、と、サンジがゾロの手をとった。

 

ゾロが軽く驚いていると、サンジは、透き通ったアイスブルーの瞳でゾロをじっと見て、

「踊ってくださいませんか? レディ。」

と囁いた。

 

その潤んだ瞳を見た瞬間に、ゾロは気づいた。

 

酔っ払ってやがる。

 

酔うとサンジは人にべたべた触るクセがある。

今もそうだ。

「ま、こんな具合でレディを誘うわけだ。」

等と言いながら、握ったゾロの手を離さない。

それどころか、ゾロの指の間に自分の指を差し込んで、撫でるように擽るように弄ってくる。

その仕草がやけにエロい。

 

クソコックをエロいと思うなんて、俺も酔いが回ってきたか? ゾロは内心で舌打ちした。

 

このくらいの酒量で酔うわけがないとわかりきっていたから。

 

「そんでな、レディと踊りながら、“この曲のタイトルを知ってますか?”と、こう聞く。」

サンジはゾロの内心になど全く気づく様子もなく、饒舌に喋り捲っている。

「…なんて曲だ?」

思わずゾロが聞き返すと、サンジはゾロの耳元に唇を寄せて囁いた。

 

「…JE TE VEUX………」

 

「…あ?」

 

 

 

「………“あなたが欲しい”…。」

 

 

掠れた声が耳元でした瞬間、ゾロの全身の血が沸騰した。

どくん、とはっきりと下半身が反応し、ゾロは慌てて耳元のサンジの顔を手で押しやった。

押しやられたサンジはそのままの姿勢でけらけら笑っている。

 

─────今日の俺は本格的にどうかしている。

 

コック相手に欲情するなんて。

そういえばこのところ航海が長くてろくに抜いてもいなかった。

うまい酒と店内のムードと、思いのほかコックと二人で飲むのが心地よかったせいで、溜まった体がいろいろと勘違いしてるんだろう。

そう結論付けて、ゾロは手の中のグラスを勢いよく干した。

 

刹那。

ゾロは頬にちりっと焼けるような強い視線を感じた。

視線の主を探るまでもない。あのピアノ弾きだ。

この殺気を込めた視線は、先刻ぶちあてられたそれと同じだ。

 

男は、ピアノを弾きながら、殺気と憎悪の篭った目で、ゾロを見ていた。

まるでゾロを今にも呪い殺さんばかりの目だ。

ピアノ弾きの目には、サンジとゾロがいちゃついているようにでも見えたのだろう。

或いは、サンジがゾロに口付けしたようにでも見えたのかもしれない。

男の勘違いぶりがおかしくて、ゾロは思わずピアノ引きを見返して、にやりと口元に笑いを浮かべた。

ブルーのライトの下で、ピアノ弾きの目に、はっきりと敵意が篭った。

 

「ゾロぉ。」

その緊張感を一気に払拭するような、呑気なサンジの声。

慌ててサンジに目をやる。

「わり、俺、トイレ行ってくるわ。」

「あ、あァ。」

 

ふ、と張り詰めていた息を、抜いた。

 

顔を上げると、あのピアノ弾きはピアノの前から姿を消していた。

 

ふう、と息をついて、ゾロが椅子に背を預ける。

 

あのピアノ弾きに嘲笑を返したのはやりすぎだったか、と思う。

ついうっかり挑発に乗ってしまったが、これではまるであの男とサンジを取り合っているようだ。

ゾロは別に男色に興味はないし、サンジに惚れてるわけでもない。

ばかばかしい挑発に乗ってしまった。と、ゾロは自嘲した。

 

その時だった。

 

「恐れ入ります、お客様。」

ウェイトレスが一人、そっと近づいてきた。

「お連れ様が、具合が悪いとおっしゃってまして、今、奥でお休みいただいております。」

「何…?」

あのバカコックが、飲みすぎかよ。とゾロは舌打ちして立ち上がった。

調子に乗って、ゾロの飲むペースに釣られていたのだろう。

「あいつは、どこだ?」

「御案内いたします。」

ウェイトレスに連れられ、ゾロはレストランの奥へと急いだ。

厨房の脇の“STAFF ONLY”と書かれたドアを通り、更にその奥へ。

 

一番奥の部屋のドアを開けた瞬間、

 

 

 

 

がつん、と首筋に重い衝撃を感じた。

 

 

 

──────…しまっ……!

 

 

 

そのまま、ゾロの意識は暗い闇に覆い尽くされた。

 

2004/10/04
改訂 2008/06/22

 


作中に出てきた曲は、エリック・サティの「JE TE VEUX」です。

ちなみに、ナミさんが倒れた時、サンジ君が女部屋でタバコに火をつけなかった、というのは、原作に沿っています。
お手元のコミックスをぜひご覧ください。
ナミさんの部屋にいる間、サンジ君の咥えたタバコからは一度も煙が出ていません。


※改訂にあたって※

改訂にあたり、ピアノ弾きの容姿を大幅に変更いたしました。
また、改訂前はゾロはサンジに片思いしているという設定だったのですが、こちらも改定にあたり、仲間としか思っていないという設定に変更いたしました。
前作をご存知の方には違和感があるかとは思いますが、どうぞご容赦下さいますようよろしくお願いいたします。

2008/06/22


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