† 第弐話 †

 

殺気。

それを感じた瞬間、ゾロの体は無意識に動いていた。

すっと顔を背ける。

ぱん、と乾いた音がして、頬にちりっと熱を感じた。

目を開けると、あのピアノ弾きが、こちらに銃を構えていた。

銃口から硝煙が上がっている。

 

「さすがですねぇ、海賊狩りのロロノア・ゾロ。完全に意識を失ってると思っていたのですが。」

 

「そんな物騒な気をあてられたんじゃあ、熟睡してたって起きる。」

答えながら、ゾロの心の中で、初めて警鐘が鳴った。

遅いくらいだった。

目の前のピアノ弾きの目には、あからさまな狂気の色が宿っていた。

間抜けなホモ野郎、と完全に侮っていた。

何故この尋常でない狂気に気がつかなかったのだろう。

いや、何故この男はこれほどまでの狂気を今まで隠しおおせておけたのだろう。

目の前に立つピアノ弾きは、先刻会った男とは別人だと言っていいくらい、印象を違えていた。

 

この目は、完全に狂人か薬物中毒者のそれだ。

 

厄介だ。とゾロは思った。

 

狂人は、何を考え、どうするつもりなのか、まるで予測ができない。

 

ゾロは警戒しながら、自分の置かれた状況を分析し始めた。

ピアノ弾きとゾロの間には、鉄格子があった。

どうやら自分は鉄格子の嵌った牢の中に入れられているらしい。

ご丁寧に後ろ手に拘束されている。

 

ぐるりと室内を見回したゾロは、不意に瞠目した。

─────コック!

鉄格子の向こう側、部屋の中央に奇妙な形の椅子のようなものがあり、その上に、見慣れた金髪がぐったりと座らされている。

「……コックをどうする気だ?」

サンジの乗せられた“椅子”は妙に機械的で、手術台のようにも見える。

このピアノ弾きが、女に対するそれと同じ欲望をサンジに抱いているとしたら、どうせこの装置もろくなものではあるまい。

「まだ何もしていませんよ。まだ、ね…。」

ピアノ弾きの口元に、にやりとした笑みが浮かぶ。

 

サンジの乗せられている椅子の形は、あまりに奇妙だ。

背もたれの部分は革張りで、床屋によくあるような椅子に似たような感じだったが、サンジの両手は頭上で拘束され、固定されている。

腰掛の部分は、不自然に大きく抉れ、足掛け台と思しきところにかけられたサンジの両足は、脛が革のベルトでしっかりとそこに拘束されていた。

ゾロが例えば女だったなら、或いはその“椅子”が妊婦の出産時に使われる分娩台を改造したものだとわかったかもしれない。

けれど、それがどんなシロモノかわからないながらも、四肢をしっかりと拘束されたサンジのその姿に、これから何が行われるのか、ゾロは、思うのもおぞましいような見当をつけていた。

往々にして、外れて欲しいと思う予感ほど、決して外れないものだ。

 

ピアノ弾きがゆっくりと、拘束されたサンジに近づく。

 

その時、サンジの瞼がぴくりと動いた。

「う……。」

重そうに、瞼が開く。

ぼんやりとした目が、目の前のピアノ弾きを認めて、ゆっくりと覚醒する。

「ご気分はどうですか? サンジ。」

にこやかにピアノ弾きが語りかける。

「あ…れ、俺…、なんで…。」

身動きしようとして、サンジはそれが叶わないのに気づく。

「え、あれ…? なん、で…?」

力任せに手足を動かそうとしても、手足を拘束した革のベルトは、しっかりとサンジの肌に食い込んでいる。

「なんだよ、これ。」

けれど、サンジの声に警戒の色はまだない。

どこか不思議そうな、拗ねたような、そんな声音だ。

 

サンジの悪いクセだ。

一度相手を懐に入れてしまうと、サンジはその相手に対して無防備になる。

ギンとかいう奴がいい例だ。

バラティエをめちゃくちゃにされ、ゼフの義足を折られ、あまつさえその頭に銃まで突きつけられて、サンジはその為に抵抗も出来ず、アバラを何本も折られたというのに、サンジはギンを殺す事なく、別れ際には小船までくれてやったのだという。

ゾロに対してもそうだ。

あれだけ毎日ケンカをしながら、あれだけいがみ合っていながら、サンジがゾロに対して、コックという本分を投げ出すことは決してない。

買出しに付き合わせ、警戒心も無く酒に酔い、言ってしまえば隙だらけだ。

“仲間”に対して、サンジの心は丸裸になる。

 

「なんのつもりだよ。」

サンジがピアノ弾きを見据える。

ピアノ弾きが、口元だけでにいっと笑った。

まるで能面に裂け目が入ったような、そんな笑い方。

「あなたが悪いんですよ、サンジ…。私を裏切ってあんな男と逃げたりするから…。」

「あ?」

ぽかん、とサンジが口を開ける。

「何言ってんだ? 裏切ったって…お前に黙ってバラティエ出た事を怒ってんのか? だけどそれは、」

「言い訳は聞きたくありません。嗚呼、私達はあんなにも愛してあっていたというのに、こんなにも酷く裏切られるなんて…。」

「はあ?」

サンジの顔がいよいよきょとんとした顔になる。

「誰と…誰が、愛しあっていたって? 何言ってんだ、お前…。」

「そう。私達の仲もなかった事にしようというのですか…? それは、あの男の為にですか?」

「あの、おとこ…?」

そこで初めて、サンジの目が忙しなく辺りを見回し、そして、ゾロを見つける。

「ゾロ!」

鉄格子を隔てて、ゾロは後ろ手に縛られ、座らされている。

「そういう…事か!」

きっとした目を、ピアノ弾きに向ける。

「てめェ、見損なったぞ!たかが六千万欲しさに俺をエサにしやがったのか!」

その目はすぐにゾロにも向けられる。

「てめェもだ、ゾロ! なに呑気に捕まっちゃってるんだよ! 俺なんかほっときゃいいだろうが!」

サンジのそのセリフで、ゾロは気づいた。

サンジは、自分がゾロを捉えるための囮になったと思っている。

ゾロがサンジを救うために、ろくに抵抗もせずに牢に入れられたと。

普通に考えればその方が自然だろう。

何しろゾロは六千万の賞金首だ。

このピアノ弾きの狙いはゾロではなくサンジ自身だろうが、サンジには自分が目的だとは思いもつかないに違いない。

ゾロ狙いだと思うのが自然だ。

 

まずいな。

ゾロは瞬時にそう思った。

このコックはプライドだけはむやみやたらと高い。

ゾロに借りをつくる事を、ゾロに庇われる事を、こいつは激しく嫌っている。

自分のせいでゾロが捕まったと思い込んだら、その状況を打破するために、何か無茶なことをしかねない。

 

不意に、ピアノ弾きが笑った。

「そんなに海賊狩りが大事ですか?」

嫌な笑い方だった。

「そんなにあの男は“イイ”のですか?」

「何だと?」

ピアノ弾きの手に、小さなナイフが握られている。

そのナイフが刃を上にしてサンジのスーツの合わせ目に差し込まれる。

「お、おい…。」

ぷつん、ぷつん、とボタンが切られていく。

「よせ! てめェ、ピアニストだから手を傷つけらんねぇから刃物は持たないんじゃなかったのかよ!!! よせ!!!」

サンジが血相を変えて怒鳴るのも構わず、ピアノ弾きは上着のボタンを全部切り離してしまうと、今度はシャツの合わせ目のナイフを滑らせた。

ナイフの背が素肌に滑り込み、その冷たい感触に、サンジはびくりとする。

 

ピアノ弾きがまた笑う。

「ナイフで撫でられただけで感じるなんて…。とんだ淫乱になったもんですね、サンジ…。毎晩あの男に可愛がられてるのですか…?」

「さっきからてめェ、何をわけのわからない事をほざいてやがる! これをほどけ!」

サンジがわめく。

 

ピアノ弾きのナイフは、ためらいもなくサンジのシャツを裂き、その肌を露にする。

抜けるように白い肌は、怒りで高揚し、全身が薄く染まっている。

黒い上着と、ブルーのシャツと、薄いピンク色の肌の対比が、恐ろしく淫靡だった。

ピアノ弾きが目を眇める。

「ああ…なんと美しい…。」

一言呟き、すぐに憑かれたように、サンジのズボンを切り裂き始めた。

その口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。

 

「こんなに美しいのに、あなたはもう汚れきっているのですね…。ああ…残念でなりません…。」

どこか歌うように、ピアノ弾きは言った。

その手は休む事なく、サンジのズボンを裂き続けている。

黒い生地の下から、すんなりとしなやかな、白い足が現れてくる。

サンジは、やめろと喚き続けている。

自由を奪われた体で、必死にもがいている。

 

サンジはズボンの下に、下着をつけていなかった。

細身のズボンを穿く時は、サンジは大体いつも下着はつけない。

下着をつけると腰のラインが綺麗じゃなくなるとか、そんな事をウソップ達の前でウンチクたれていたのを、ゾロは覚えている。

けれどピアノ弾きには、それは違うふうに映ったらしい。

ピアノ弾きがまた嫌な笑いを浮かべた。

「これも新しい“彼氏”の趣味ですか…? 嘆かわしい…。」

サンジはもう、喚くのをやめて、ピアノ弾きをただ睨みつけている。

何を言っても無駄なのだろうという、諦めの表情。

 

もはやサンジの服は、すっかり裂かれて、ただ体に纏わりつく布地と化している。

なめらかな肌も、しなやかな足も、股間の金色の叢も、性器も、全てが曝け出されている。

 

くってりと力ないサンジの性器を、ピアノ弾きが鷲掴みにした。

「てめっ…! やめ、やがれ…っ!」

サンジの顔には嫌悪感がありありと出ている。

自他ともに認める女好きの彼が、男に急所を握られるのは、相当に屈辱で嫌忌なことであるのは間違いない。

「どういう…つもりだ…っ!」

「あなたを犯すんですよ、サンジ。私の手で、ね…。」

ピアノ弾きは嬉しそうに言い、サイドテーブルの上から、化粧水のような瓶を取り上げた。

キャップを外し、サンジの股間の上でそれを傾ける。

とろとろとした、気泡の入った透明のジェルが、サンジの性器に降りかかる。

サンジが身じろぎした。

「裏切り者には制裁を与えなければ。サンジ…。」

口元に笑みさえ浮かべて、ピアノ弾きは言った。

「大切に大切にしてきたのに…サンジ…。こんな海賊狩りのどこがよかったんですか…? ムリヤリあなたを奪った男なのに…。」

ぶつぶつと呟きながら、ピアノ弾きは、ぬるぬるの液体にまみれたサンジの性器を握った。

ぐちゅ、と生々しい音がして、サンジが唇を噛み締めた。

 

 

この男は狂っている。

 

ゾロは今やもう、それを確信していた。

男の妄想の中で、この男とサンジは恋人同士である事になっているらしい。

実際には恋人どころか、男の想いすらサンジは気づいていなかっただろう事は、想像に難くない。

そして、ゾロに心を移し、男を裏切って逃げた、と、そういう筋書きになっているようだ。

あまりのばかばかしさに、ゾロは笑い出しそうになった。

どこをどうしたら、ゾロとサンジが出来ているように見えると言うのだ。

サンジはどこから見たって女好きの軟派野郎だし、ゾロだって生まれてこの方、男になど走ったことはない。

この男はいったい何故そんな風に思ったのだ。

 

この男に出会った時、サンジはゾロを「同じ船の仲間」としか紹介していない。

その後も「この男」だの「腹巻」だのとしかゾロを呼んでいない。

ゾロの名前は一切出してなかったはずだ。

にもかかわらず、このピアノ弾きは、ゾロが「海賊狩りのロロノア・ゾロ」であることを知っていた。

ならばサンジがどんな船に乗っているのか、既に調べてあるのだろう。

この島で出会ったのも、もしかしたら作為的であったのかもしれない。

 

だとしても、麦わらのクルーは他にもいるのに、なぜよりによってサンジの相手がゾロだと決め込んだのか。

声をかけた時たまたまサンジの傍にいたのがゾロだったからか。

バラティエのサンジを知っているのなら、サンジの相手はナミかロビンだと思い込んでもよさそうなものなのに。

 

あまりの馬鹿馬鹿しさに、ゾロは忌々しげに舌打ちした。

こんな馬鹿げた妄想に、つき合わされているという事実に。

 

「てめ、楽しい、のかよ…。こんな事して…。」

荒くなりつつある息を堪えながら、サンジが言うのが聞こえた。

ピアノ弾きは熱心にサンジの性器を擦り続けている。

ぶちまけられたローションが出す、にちゃにちゃという猥雑な音が、そこからひっきりなしに聞こえる。

その刺激に、サンジの性器は半ば勃ち上がりかけていた。

「楽しい? とんでもない。私は悲しんでいるんですよ。心から愛するあなたを、こんな風に罰しなければならないなんて。」

そう言いながら、男の口元は笑っている。

楽しくて楽しくてたまらない、というように。

 

サンジが、緩く瞑目して、ため息をついた。

 

「てめェを…、そんな風にしたのは、俺なのか…?」

 

深い絶望を湛えた声だった。

 

「当たり前でしょう? サンジ。あなたに裏切られたのは私にとってとても耐えがたい事でしたよ…。」

サンジの言葉の真意は、ピアノ弾きにはまるで伝わらなかった。

ピアノ弾きは笑いながら言うと、サンジの性器を弄っていた指を、不意にサンジの後孔に滑らせた。

ぐっ、とサンジの喉が鳴り、サンシが歯を食い縛り、顎を反らせる。

 

見ていたゾロは、思わず、やめろ、と、叫びそうになり、ぐっと押し黙った。

ここでゾロが叫べば、サンジはそれだけで、同情された、庇われた、と、取るだろう。

いくら気の合わないコックでも、さすがにそれは可哀相な気がした。

なにしろサンジはこれからこの男に犯されるのだろうから。

叫んだとしても、確実にそれは行われるだろう。

ならば、ここでサンジの気をこちらに向けるのは、得策ではない。

 

ルフィなら、何も考えず叫ぶだろう。

─────てめェ!俺のコックに触るんじゃねぇ! と。

ルフィにはそれが、許されている。

 

けれどゾロにはそれは許されていない。

ゾロが叫べば、間違いなくサンジは必要以上に強がってこの狂人を刺激してしまう。

 

そう思い至ったとき、不意にゾロの心の中に何かがざわめいた。

 

 

ピアノ弾きの指は、サンジの後孔に深く挿入されているらしい。

ぐちゅぐちゅと篭もった音がする。

サンジは、恐らく異物感だろう、必死で耐えている。

その顔には相変わらず嫌悪しか浮かんでいない。

 

だが、サンジは次の瞬間、驚くことを言い出した。

 

「…な、ら…、俺、を、好きにしていいから、…ゾロは…離せ。」

 

「バカか!てめェ!」

先刻決意したことも忘れて、反射的にゾロは叫んだ。

「バカはどっちだ、クソマリモ! こんなっ…こんなクソくだらねぇありもしねぇ三角関係に巻き込まれやがって!」

強い口調で怒鳴り返された。

そしてサンジは、ピアノ弾きに向って、

「俺を姦りたきゃ好きなだけ姦りゃあいいだろう! その代わりあそこにいるクソバカ剣士は解放しやがれ!」

と喚き散らした。

 

このバカ眉毛が。逆効果だ。

 

ゾロが舌打ちするのとほぼ同時に、ピアノ弾きが顔を上げた。

そこには不気味なほど、表情がなかった。

先ほどまで口元に浮かんでいた笑みも消えうせている。

 

これを懸念していたのに。

 

「そんなに…あの男に惚れてるのですか…。自分の身を犠牲にしてもいいほどに…。」

地の底を這うような声。

 

ほら見ろ。

煽っちまった。

この男はもう、こういうふうにしか考えられないのだ。

 

「うあッ!!」

突然サンジが声を上げて、不自由な体をのけぞらせた。

サンジの足の間で、ピアノ弾きがぐりぐりと手首を回してるのが見えた。

ぐちゅり、と音を立ててそれを引き抜く。

ピアノ弾きの右手の指が3本、根元までぬらぬらと濡れていた。

いきなり3本の指を突きこまれて、その苦鳴だったらしい。

ピアノ弾きが、サンジの後孔に埋めていた己の指を、ゆっくりと舐め上げる。

 

「そんなに、犯して欲しいのなら、お望みどおり、たっぷりと犯してあげますよ、サンジ…。」

その顔に、凄絶な笑みが立ちのぼる。

頭の中のどこかの箍が外れてしまったような、コワレタ笑み。

紛れもない、狂人の笑み。

「もちろん、海賊狩りの前でね。」

「なっ…!」

サンジがギョッとして顔を上げる。

 

「裏切りには制裁を。あなたを奪った男には屈辱と絶望を。そしてあなたには、これから、この男の前で死よりも甘美な地獄に堕ちていただきます…、サンジ…。」

 

それはもはや、一介のピアノ弾きの考え方などではなかった。

立派な悪党の思考だった。

 

2004/12/18
改定 2008/12/20

 


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