■ 背徳の昼下がり ■
【1】
狭い車内に満ちる、淫猥で濃密な空気。
灯りを遮断され、薄暗い闇の中で、白い肢体がしなやかにのたうつ。
噛み締めた唇から漏れる、熱い吐息。
堪えても堪えきれず漏れる、甘い声。
リンゴを売り尽くして、空になったキャブワゴンの中は、大人二人が折り重なって横になれるほどに広い。
車内に仄かに甘いリンゴの残り香。
「ん、…ふ…っ… ん、ん… ぁ…」
男の愛撫は執拗なほどに丁寧で、巧みだ。
「…も、う… や… 許…して…」
押し倒された若妻の唇から、切れ切れの哀願が零れ出すと、男は不意に、その体から手を離した。
「あっ…?」
突然中断された愛撫に、若妻は戸惑い、快楽に濡れた瞳を男に向ける。
「“許して”…? やめてほしいのか?」
男の目が、意地悪そうに光る。
「あ…違…」
「違う? ならなんだと言うんだ?」
若妻の顔が羞恥に彩られる。
その目が戸惑うように彷徨う。
「どうしてほしい、サンジ…。」
男に名を呼ばれただけで、若妻の体はぴくんと震える。
「……っ…。」
己のその反応が悔しいかのように、サンジは唇を噛み、俯いた。
すると男は、その手でサンジの膝をつるりと撫ぜた。
サンジが声を出さずに、喘ぐ。
男の手はゆっくりとサンジの膝を撫で上げ、太股の内側に滑り込む。
「あ、…ゾロ…っ…。」
サンジがたまらずに男の名を呼ぶ。
ゾロの手が、サンジの股間で刺激を待ちわびて屹立しているモノを、やんわりと掴んだ。
「…ぁぁ…」
サンジがほっとしたのも束の間、ゾロの手は、サンジのペニスにゆるく手を添えたまま、それ以上の刺激を与えようとはしない。
サンジが焦れて、腰を揺らめかせた。
その淫らな動きに、ゾロが喉の奥で低く笑う。
「エロい体になりやがって。」
サンジの顔がハッとしたあと、見る間に朱に染まる。
とっさにゾロの体を押しのけようとしたサンジの手を封じ込んで、ゾロは、サンジのペニスを握った手をゆっくりと動かした。
「んぅ…ッ!」
それだけでサンジの背は反り返る。
二、三度動かして、またその手は愛撫をやめる。
「どうしてほしい。言ってみろ。」
「ゾ、ロ…!」
サンジが驚愕に目を見開いた。
慌ててまた下を向く。
「い、言えるわけ…っ…!」
「言わなきゃ、ずっとこのままだ。」
言いながら、ゾロはサンジの耳朶に舌を這わせた。
ぞくぞくとした快感が背筋を駆け上がり、サンジの背を反り返らせる。
なのに、欲しい愛撫は与えられない。
「ん…んん…っ…!」
ゾロの舌はまるでクリームでも舐め取っているかのようにねっとりと、ゆっくり丹念にサンジの首筋を舐める。
そのたびに、ゾロの手の中のサンジのペニスは、びくびくと震え、先端から透明な液を溢れさせた。
「っ、ゾ…ロッ…! ゾロ…!」
サンジが切なげに腰を浮かせながら、何度もゾロの名を呼ぶ。
この熱を解放して欲しくて。
「言うんだ。」
サンジ、と耳元で優しく囁かれ、サンジは「ひぅんっ…!」と、少女のような喘ぎ声を上げてしまう。
すぐに自分で気がついて、「…くしょう…っ」と半ば涙声で舌打ちした。
その透き通った蒼い瞳からは、もう涙がこぼれている。
それをゾロは、舌で舐めとった。
優しい愛撫。
意地悪な言葉。
「ゾロっ…!」
たまらずに、サンジは両手を伸ばしてゾロに抱きついた。
「ッ…イか…せて、も…、
恥も外聞もなく縋りついた。
「いい子だ…。」
まるで子供でも誉めているように優しく、ゾロが囁いた。
く、と掴まれた指先に力がこもる。
「ん ん ん …っ!」
強弱をつけて扱かれ、サンジはのけぞった。
熱い手が容赦なく幹を擦りあげながら、親指の腹が鈴口を抉る。
「あ あっ… あ、…ふ、ぁ」
サンジの腹筋がびくびくと波打つ。
「くぅ…んっ…!」
仔犬が鳴くような甘い声を上げて、サンジがゾロの手の中に吐精した。
ひくん、ひくん、とサンジの全身が痙攣する。
なのに、サンジの中の熱は去らない。
体の芯に、疼痛のような切なさが残っている。
射精しただけでは、足りない。
浅ましい躰。
サンジの体をこんな風に作り変えてしまったのは、ゾロだ。
それでもこの五年はこんな感覚などすっかり忘れ去っていたはずだったのに。
ゾロが、再会したその日に、あっけないほど簡単に引きずり出してしまった。
「ゾロ…。」
名を呼ぶ。
恥ずかしくて情けなくてたまらないのに、その声は自分でも情けないほどに甘ったれている。
「どうしてほしい。」
ゾロがどうしてもサンジの口から言わせたいらしい、と悟って、サンジは唇を噛む。
「…ッ…くそ…。」
言わなければ、本当にゾロはこのまま何もしないに違いない。
サンジは震える唇を開いた。
「も、挿…れろ、犯せよっ…!」
精一杯の言葉は、冷笑で返された。
「“犯せ”…? 違うだろう…?サンジ。“犯してください”だろう?」
「な…ッ…!? 誰、がっ…!」
サンジが目を見開く。
「“挿れてください。犯してください。”だ。言ってみろ。」
ゾロの言葉に、サンジの顔が、屈辱と、羞恥に染まる。
顔は、かあっと熱いのに、体は急激に冷えていく。
「ちくしょう、離せ…っ!」
ゾロに組み敷かれた体制のまま、サンジがもがく。
どこまで。
どこまで追い落とせば気がすむ。ゾロ。
「ここはお前の家か? 俺はムリヤリ押し入りでもしたか? 違うだろう? ここは俺の車の中だ。お前が、自分の意志でここまで来たんだ。俺に抱かれに。」
言われて、サンジは唇を噛む。
男の詭弁は良く分かっていた。
そもそも再会してこうなった時は、ゾロがサンジの部屋に力づくで入ってきたのだ。
そしてサンジは、自分の家でゾロに犯された。
けれどその後は、二人の逢瀬は、いつもリンゴを売り終わった後のこの車の中となっている。
ゾロはいつも、道路から影になった公団の裏手の、あまり人の来ない路地に車を停めて、待っている。
そこへサンジが通っているのだ。毎日。
たとえそれが、言外にゾロにそう仕向けられたからだといっても、サンジが自分の意志でここに来ているのは、紛れもない事実であった。
そして、サンジはゾロの手を、拒めない。
ゾロの熱を欲しがっている自分を、はっきりと自覚している。
くく、とゾロが笑う。
こんな風に、低く篭もった笑い方をするような男では、なかったのに。
明るく快活に、太陽のように笑う男だったのに。
五年前、まだゾロとサンジが付き合っていた頃、ゾロとサンジの立場は主人と使用人だったが、ゾロがサンジにそれを強要する事は一度もなかった。
少なくとも、想いが通じ合ってからは、一度も。
ゾロが主人として命令した事であれば、サンジに逆らう術はなかったが、ゾロはいつでもサンジ自身を尊重していた。
なのに今。
サンジがゾロの元を去って5年の月日が流れ、サンジがもはやゾロの使用人ではなくなった今、ゾロはサンジに言葉を強要する。
自らがゾロを欲しいのだと認めろと。
それが、その事が、もうサンジにはゾロを愛する資格はないのだと、ゾロに愛される資格もないのだと、ゾロはサンジを愛してなどいないのだと、そう思い知らされるようで、胸が、引き裂かれる。
そう思う資格すら、ないのだけれど。
サンジの方がゾロを裏切ったのだから。
ふ…と、サンジの体から、力が抜けた。
自分を組み伏せた男の顔を見上げる。
変わらずに美しい、黄金のグラデーションの瞳。
あの頃、この瞳が好きで好きで、大好きだった。
この瞳が己の姿を映す事が、なによりも誇らしかった。
それを、裏切った。
自分が。
「…挿れてください…ゾロ様…。」
その目を見上げながらサンジの口からその言葉が漏れると、何故かゾロの目が、動揺したように揺らいだ。
「犯してください…。」
2004/11/08