【10】

 

島をぐるっと一回りして、ようやっと神殿に戻ってくる頃には、もう、日は沈みかけていた。

これから夜になったら、サンジは、昨日見た儀式と同じように祭壇に繋がれ、見知らぬ男に犯されるのだ。

さすがに陰鬱な気持ちになって、サンジは押し黙る。

疲労もいい加減ピークになっていた。

 

不意に担ぎ手達が足を止めた。

「注連縄が斬られてる…!」

「何…?」

「まさかまた儀式が…。」

「いや、それならば伝令が来るはずだ…。」

ざわめく担ぎ手達に、女官二人が素早く神輿を降りる。

「私達が先達で参ります。」

そう言うと、神輿の前に出て山道を登り始めた。

思わず「俺も」とサンジは腰を浮かせかけ、また叱られた。

女官達の後を神輿が続く。

サンジは、一抱えもあろうかというほどに太い注連縄をすっぱりと一太刀で斬ったその切り口を見ながら、嫌な予感を覚えていた。

 

こんな太刀筋を残す奴に心当たりがめちゃくちゃある。

しかも奴なら、迷子でとかの理由でふらふら神殿に入り込みそうだ。

 

頼むから、今度はゾロが、とかやめてくれよ…?

 

サンジの他に巫女の代わりはもういないのだから。

 

─────ナミさんにだけは絶対させねェからな。こんなこと。

 

全裸で神輿に乗せられるゾロとかウソップもあまり見たくない。

 

─────あァ…ウソップはともかく、ゾロが童貞なわけねェか…。

 

寄港した島で花街に消えていく姿を何度か見た。

それを見るたびに、サンジは胸に痛みを覚えていた。

俺はバカか、といつも思いながら。

 

 

ゆっくりゆっくり、神輿は山道を登っていく。

急な勾配の山道を、神輿は登っていく。

さすがに担ぎ手達も疲労の色が濃い。

どの担ぎ手も、全身から滝のような汗を噴き出して、荒い息をついている。

それでも誰一人辛い等と言わないのは、それだけこの儀式が島民達にとって大切だから。

 

サンジも自然と神妙な顔つきになって、前を見た。

 

ここまで来てしまったのだ。

みっともなく狼狽えたり醜態を晒したりするまい。

それがサンジのせめてもの矜持だった。

 

サンジの眼前に、荘厳な神殿の屋根が見えてくる。

それは次第に建物の全貌を現してくる。

 

サンジは、静かに目を閉じた。

 

「巫女様御参入されます!」

 

女官達が声を合わせて晴れやかに言うのが聞こえてきた。

人々の気配が耳に届く。

 

気配の中を、神輿がゆっくりと進んでいく。

目を閉じていたサンジは、不意に殺気にも似た凄まじい視線を感じて、ビクッと目を開けた。

 

顔を上げなくてもわかる。

 

─────ゾロ……!

 

なんて“気”をぶちあててきやがるんだ。こいつは。

まるで、敵と戦う時のそれじゃねェか。

 

なァ、おい、ちょっと待てよ。

俺に呆れようと軽蔑しようと仕方ねェが、こんな殺気を篭められるほどの事か?

こんなん、仲間に対する“気”じゃねぇだろう…?

 

………………それほどまで、嫌われたってこと、か…?

 

暗澹たる思いを抱きながら、サンジは顔を上げた。

視線の先に、ロビンに抑えつけられている、ルフィと、…ゾロの姿。

その瞳が金色に光っているのを見て、サンジの全身を戦慄が貫いた。

 

敵と退治する時にしか見せない、ゾロの、魔獣の瞳。

 

仲間を見る目では、なかった。

 

ロビンちゃんとルフィと一緒って事は…きっとゾロはサンジのこんな格好の理由を聞いたに違いない。

 

─────事情を知った上で、尚且つそんな目で俺を見るのか。

そんなにも俺はお前に嫌われてるのか。

 

まさか、俺が男に掘られるのが大好きだからこんな真似してるとか思ってないよな。

…思っていそうだな。

 

さすがにもう笑みを作ることができず、サンジの顔が歪む。

自分のみっともなさが、情けなくてたまらなくなった。

唇を噛み締めて、心の痛みに耐える。

 

 

神輿が止まった。

静かに神輿が地面に下ろされる。

女官二人が素早く駆け寄ってきた。

跪き、サンジに手を差し出す。

 

ゾロの前でそんなふうに女性に傅かれるのが、もう耐え難いほどに情けなかったが、サンジは必死で自分を押し殺してその手をとった。

立ち上がると、纏った細い銀鎖が、しゃらりと華奢な音を立てた。

途端にその場の視線が、自分の全身に絡みつくのを感じて、サンジは激しい羞恥を覚えた。

 

ぐわりとゾロの“気”が強まったのがわかる。

 

─────だから…俺の意思でこんな格好してるんじゃねぇっての…。

 

こんな格好を好んでする奴がいたら、そりゃ露出狂ってんだ。等と頭の中で毒づきながら、それでもサンジは、なんとか視線を遮れないかと、ゾロ達に背を向けるようにして、引きずるほどに長いベールを手繰り寄せ、体を覆う。

 

すると何故か、ざわっと空気が変わった。

ゾロの視線は益々強くなる。

 

なんなんだよ、ちくしょう。

 

半ば泣きたい気持ちになりながら、サンジは女官に連れられ、祭壇へ向かった。

祭壇に登る階段をサンジは女官に手を引かれながら登っていく。

 

祭壇には天に向かって柱が二本聳えている。

その上部からは、何本もの細い鎖が垂れ下がっている。

女官は、サンジを祭壇の中央に立たせると、恭しく、その頭から天冠をとり、ベールを外す。

それから、柱から下がる鎖で、サンジの四肢を拘束していった。

一本一本は細いが、こう何本も束にされては、簡単には引きちぎれないだろうなあ、と、サンジは自分の手足に絡む無数の鎖を見ながらぼんやり思った。

鎖が全てサンジの体を縛めてしまうと、サンジはまるで自分が蜘蛛の巣に絡め採られた虫にでもなったかのような気がした。

柱から垂れる無数の鎖が蜘蛛の巣によく似ている。

そこに、サンジは、両腕は顔の横に引き上げられ、両足は立ったまま、繋がれている。

露になった体を手で隠す事も、もうできない。

たくさんの目が自分のみっともない姿を見ているかと思うと、サンジは羞恥で全身から発火するかとさえ思った。

 

 

「太守!」

だしぬけに島の若者が叫んだ。

「どうか俺に戦士の栄誉を!!」

「いや、この場で戦士を選んでくれ! 俺がきっと勝つ!!」

「この場で戦って決めさせてくれ、太守!」

口々に若者が叫ぶのを、サンジは無感情に眺めた。

 

誰でもいいからさっさと終わらせてくれ。そう思っていた。

 

「だからうるせぇぞ、てめぇら!! 俺がやるって言ってんだろうが!!」

ルフィの怒鳴り声がした。

その言葉から、どうやらこの小競り合いは、ずっと続いていたらしいとサンジは悟る。

 

なるほど。ルフィは、サンジだけに責を負わせるのを気遣って、戦士役を買って出ようとしてくれていたのか。

 

いいのにな、そんなこと。

 

サンジの口元に緩く微笑が浮かぶ。

ルフィが必死になって自分を思いやってくれているのが嬉しかった。

 

その気持ちだけで嬉しいよ。ルフィ。

でも、そんなことしてくれなくていい。

この島の事は、この島だけの事だ。

出港しちまえば、二度と会わないかもしれない人達だ。

犯されようがなんだろうが、出港しちまえばなかった事にもできる。

だけど、てめェは仲間だろうが。

犯した仲間と旅が続けられるか?

そ知らぬ顔してなかった事にできるのかよ。

俺とやっちまって、そのあとナミさんの顔が見られるのか?

お前には無理だよ。ルフィ。

だからいいんだ、俺は。

俺は大丈夫だから。

ルフィ。

 

「麦わらのまろうどよ。」

太守の声がした。

呼ばれて、ルフィがはっとしたように太守を振り返った。

「あなたの言い分は承りました。かくの通り若人達も治まりません。古来よりのしきたりに習い、ここは戦いによって戦士を決めたいと存じますが、それでよろしいですか。」

「ああ。俺はかまわねェ。」

「戦いの勝者のみが戦神をその身に降ろし、月神の巫女と交わるを許されます。例え戦いによって死者が出ようとも、我らは戦いに一切遺恨を残さぬと誓います。同じ誓いをあなた方も立てていただけますか。」

 

─────待てよ、ルフィ。

 

「ああ。誓う。」

 

─────よせ…!

 

「ではこれより、戦神の寄坐を定める聖戦を行うものとする!」

 

─────俺はいいんだ。だからよせ。

 

ルフィが勝つことなど、戦いを見なくとももうわかりきっている。

声をあげて制止する事は憚られ、サンジは必死でルフィに視線を送る。

気づいたのか、ルフィがサンジを見る。

急いで、サンジは、やめろ、という意思を込めて首を振った。

だがルフィは、「大丈夫だ!」とにかっと笑って見せた。

 

傍らでは、太守が戦いのルールを説明している。

「戦いは一対一。それぞれくじを引いて勝ち残り方式で戦う。

戦いに望むのは、ここにいる若人達全員。

まろうど方は? 麦わら殿とそちらの剣士殿でよろしいか?」

 

─────は? ゾロ?

いきなりゾロの名前が出た事に、サンジが面食らう。

 

「いや。船長は出ねェ。俺がやる。」

 

ゾロの言葉に、サンジはいよいよ混乱した。

 

何言ってんだ、お前。

その戦いに勝ったら、お前、俺とセックスしなくちゃいけないんだぞ? わかってんのか?

 

呆然としているサンジの耳に、ゾロの声が届いた。

 

「こんな事、ルフィなんかにやらせられるか。」

 

瞬間、サンジは、頭から冷水を浴びせかけられたような気がした。

 

 

─────ああ…、そう…。そういうこと…。

 

そうだった。

ゾロは、何よりも誰よりもルフィを大切にしている。

そのゾロが、仲間を守るためとはいえ、ルフィが男を抱こうとしているのを許すはずはない。

 

─────大切な大切なルフィがコックなんぞに汚されるくらいなら、自分が代わった方がマシだってか。

 

ははは…とサンジの口から乾いた笑いが漏れた。

 

そうか。

ゾロはずっと怒っていたんだ。俺に。

大切な船長に、掘らせようとしてる俺に。

俺にそんな気はないけれど、ゾロから見たらそう見えるんだろう。

船長にそんな真似をさせるような俺が、忌々しいんだろう。

だからこんな殺気の篭もった目で見てやがったのか。

 

ルフィの代わりに、ゾロが俺を犯すのか。

それとも、ルフィの代わりに戦いに出て、勝ちは島民に譲るんだろうか。

…そんな奴じゃねェな。

例え、サンジを犯さなきゃいけないとわかっていても、ゾロは勝負事に手を抜いたりしない。

ゾロは勝つだろう。

当たり前だ。最強を目指す以上、こんなところで躓くわけにはいかないのだから。

 

…それで?

ゾロが俺を犯すのか。

ルフィの代わりに。

大事な船長がまかり間違って薄汚ェコックなんぞに突っ込んだりしないように。

ルフィの為なら、気に食わないコックのケツに突っ込む事もかまわねェってか。

…そんなにルフィが大事か。

それほどまでに。

 

なんだかもう、何もかも考えるのがいやになった。

 

 

─────何、へこんでんだ、俺。もっと喜べよ。ゾロが俺のケツなんかに突っ込んでくれるんだってさ。喜べ。喜べったら。

 

 

 

情けなくて情けなくて、ついにサンジの目から涙が溢れた。

 

 


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