【23】
海軍が到達する前に、メリー号は沖に抜けることに成功した。
夏島の気候を抜けると、気温は次第に下がっていく。
それでも空には青空が広がり、穏やかな風が吹いている。
羊の船首には船長が座って、船の行く手を見ている。
甲板では狙撃手と船医が、なにやら怪しげな遊びをしている。
船尾には剣士が巨大な鉄アレイを振り回している。
そして、ラウンジでは、コックが、航海士と考古学者に、美味しいお茶を振舞っていた。
何も変わらない、いつもの日常。
「ロビンちゃん、ありがとうな。」
そう言いながら、サンジがロビンの前にケーキを置く。
くすっと小さく笑いながら、ロビンが、
「まさか島のみんなが跪くとは思わなかったわね。」
と言った。
サンジも苦笑する。
サンジに、古い月神の福音の言葉を教えたのは、ロビンだった。
蜜月の一週間の間、ゾロの愛撫に酩酊しながらもサンジの頭から離れなかったのは、あの、自分達が穢してしまった巫女の娘のことだった。
なんとかして、彼女に、失われた祝福を与えてやりたかった。
蜜月の何日かめに、姿を現さない世話びとにメモを残して、ロビンに繋ぎをとった。
禁を犯さないようにこっそり現れたロビンの“耳”に、サンジは事情を打ち明けた。
ロビンは、彼女の資質と能力をフルに生かして、島の古い書物をあさり、月神が最初に恋人達に送ったとされる福音を探し出してきた。
書物は、今はもう失われた古い言語で書かれていたが、それを読み解くのは、ロビンならば造作もない事だった。
月神の巫女が、島民達の前で恋人達に福音を授ければ、彼らにとってこれ以上の栄誉はないはず。
ロビンのその言葉に従って、サンジは恋人達に福音を授けたのだが。
「金髪のまろうどが、ってことで、過剰演出になっちゃったようね。」
島民達は、すっかり、サンジとゾロが、月神と戦神の化身そのものだと思い込んでしまった。
巫女と寄坐ではなく、神そのものが降りたのだと。
儀式を中断させたのは月神そのもの。
戦神の寄坐が月神その人に蹴り倒されるというおまけつきだ。
そして月神は戦神と共に降臨し、恋人達に永遠の愛を授けた。
「ちょっとできすぎだったわね。」
くすくすと、悪戯が成功したような顔をして、ロビンは笑った。
とどめのように披露されたゾロとサンジのラブシーンに至っては、本来選ばれた島民しか見ることの出来ない神々の和合を目の辺りにするのに等しかったろう。
サンジは、濃厚なゾロのキスを思い出したのか、ぱっと顔を赤らめ、
「えっと、俺、野郎共におやつ持っていくね。」
と、しどろもどろに言い訳をしながら、ラウンジを出て行った。
その後姿を眺めながら、ナミが呆れたような溜息をつく。
「あ〜あ。たった一週間で色っぽい腰つきになっちゃって。」
「ほんとね。」
ロビンが笑いながら応じる。
「…ねぇ、ロビン。これで…よかったんだよね…。」
ふと、小さな声で、伺うようにナミが呟いた。
ロビンは柔らかな笑みを口元に浮かべている。
「ええ。もちろん。だってほら、幸せそうだもの。」
ロビンが指を差す丸窓の向こうで、恋人達は幸せそうなキスを交わしているのが見えて、ナミの口元にも笑みが浮かんだ。