○ 幸せ剣豪 ○

 

【1】

 

その日、剣豪は朝から御機嫌だった。

 

そりゃもう御機嫌だった。

どれだけ御機嫌かというと、いつもなら一万回ぶん回す鉄ダンゴを、勢い余って倍ぐらいぶんぶんやっちまったくらい御機嫌だった。

というか、途中から数なんか分かんなくなっちゃってた。

ぶっちゃけ、32回から先は、ずーーーっと32回のままだった。

それっくらい御機嫌だった。

ふう、と息をついて視線を巡らせると、黄色いピヨピヨ頭が女共に茶なんぞを振舞っている。

ティーサーバーに茶葉を入れて、ゆっくりとお湯を注いで。

何が楽しいのか、そんな時のサンジは、いつも笑みを湛えている。

咥えタバコで、鼻歌でも歌いそうなほど、楽しげに。

優雅な手つきで茶をカップに注ぐと、傍らのパイを切り分ける。

ああ、あれは前に俺が旨いと言った事のある、甘くないやつだ。

なんつったかな、キッ…キッ…キッスとかキッチュとか。

 

「どうぞ、お嬢様方。サーモンとほうれん草のキッシュです。」

 

それそれ。

 

サンジが動くたび、金色の髪もさらりさらりと揺れる。

そこに陽光が反射して、きらきらと輝く。

いつもゾロに見せる、斜に構えたような顔はそこにはない。

あどけなくすら見える、やたらと幼くガキくさい、無防備な顔。

 

か…可愛い。

 

ゾロは、自分が鉄ダンゴを取り落とした事すら気がつかなかった。

どごん、とかすごい音がしたのだが。

 

だってサンジが可愛いのだ。

すごくすごく可愛いのだ。

 

しかも今日からゾロは、サンジが可愛いと思った事をひた隠しに隠さなくてもいいのだ。

心臓が痛くなるほどせつなくなるこの気持ちを、もう必死で押し殺さなくていい。

急ぎ足でこの場を立ち去らなくっていい。

だって昨日、ゾロはついにサンジに告げてしまった。

もうこの想いを隠し通せる自信がなくて。

 

好きなんだ。と。

てめェが好きで苦しい、と。

 

こんなに苦しい状態が続くなら、いっそ、サンジ自身の手でこの想いを終わらせて欲しかった。

サンジはきっと…、嫌悪をあらわにして、ゾロを蹴り飛ばして、ゾロには思いもつかないような多彩な罵詈雑言でゾロを両断して、そうして、この恋は終わるだろうと思っていた。

けれどサンジから返ってきたのは思いがけない言葉で。

 

恋くらいで苦しいとか弱音吐いてんじゃねぇよ、クソ剣豪。

俺はてめェなんかよりずーーーっと前からてめェに惚れてんだ。

 

やべェ、俺ついに耳おかしくなった。そう思った。

 

だって、サンジが。

サンジが。俺に。

ずっと前から惚れてるって。

 

惚れてるって。

 

口からエクトプラズムみたいなのが出て、ぎょっとしたサンジが慌ててそれを口の中に押し込んで戻してくれた。

愛しのあの子は命の恩人にもなった。

それでも信じられなくて、ゾロは、刀を一本抜いて自分の脳天をちょっとぷすっとやってみた。

ちゅーっと水芸のように血が噴き出た。

うわああああ! てめェ何やってんだあああ! とサンジが怒った。

怒りながら頭にバンソーコを貼ってくれた。

それでもまだ、もしかしたらサンジの『惚れてる』とゾロの『好き』は、意味が違うのかもしれないと思ったから、俺のはほんとに好きって意味だ。と言ってみた。

そうしたら、俺だってそうだよ。と返ってきた。

そうじゃねぇ、お前のは意味が違う。俺はお前見てるとちんこが勃つ。てめェを裸にひん剥きてぇって思うし、ち、ち、ち、ちうとか、ちうとか、ちうとか……、と、どもっていると、サンジが目の前にしゃがみこんだ。

蒼い目が近づいてきたな、と思ったら、ぷにっと柔らかいものに口を塞がれた。

それは、すぐに離れていって、ほんのり桜色になったサンジが、俺もそうだけど? と上目遣いに見ていた。

ばしゅー、と何か音が聞こえた。

何だろう? と思っていたら、うわああああ! てめェ、だいじょぶかああああ! と、サンジがわたわたしだしたので、見ると、辺り一面、血の海だった。

何だ? 敵襲か? と気色ばむと、馬鹿野郎! 鼻おさえろ、鼻ぁ! とか怒鳴られる。

鼻? と触ってみると、鼻から鮮血が噴き出していた。

なんじゃあ、こりゃあ!

いやでもそんなことはどうでもいい。

問題は今の「ぷにっ」だ。「ぷにっ」。

今の「ぷにっ」はもしかしてまさかほんとに間違いなく…

 

ちう。

 

サンジが、ちう。

俺に。

 

ばしゅーっ。

 

うわあああああ! ゾロおおおおおお!

 

 

そんなこんなで今日のゾロは御機嫌だ。

なんならスキップで船内一周したって構わないくらいに御機嫌だ。

実はゾロはスキップが出来なかったけども。

あのスキップという奴はどうにもいけない。

つっつつん、という足運びがゾロにはどうしても出来ないのだ。

でも今日はなんだかそれすら乗り越えちゃえそうな気がしている。

なにしろサンジが可愛いからだ。

じーっと見ていたら、サンジがこちらを向いた。

いつもなら「何見てやがんだよ」とガンたれてくる顔は、けれど今日は、ちょっと頬を赤らめて、へにゃん、と笑った。

もう凶悪に凶暴に殺人的に────────可愛かった。

おいおい、どーすんだよ、そんなに可愛くて。

お前は何か。地上に舞い降りた最後の天使か。

僕の心に爪痕を残すわがままなきまぐれ子猫ちゃんか。

どきゅーん、とかピンク色の銃弾で心臓を撃ち抜かれた気がした。

あまりの衝撃に、ゾロは甲板を転げ回った。

 

可愛い可愛い可愛い。

サンジが可愛い。すごく可愛い。

 

転がるだけじゃ足りなくて、甲板をたむたむ叩いてみた。

 

たむたむたむたむたむたむ。

 

たむたむに合わせて、サンジ可愛いサンジ可愛いと呟いてみる。

興が乗って、たむたむたむたむ、ずんたたずんたた、よーほほー、と歌いながら踊ってみた。

 

そしたら側頭部に凄まじい衝撃がきた。

 

「やかましいのよ、あんたは!」

 

魔女が投球ポーズで怒鳴っていた。

 

見れば、さっきまでナミ達を覆っていたパラソルが、今はゾロのこめかみを左から右に貫通していたが、まあ、こんなものはどうということもない。

それよりサンジだ。

サンジは、ゾロを見てけらけらと笑っている。

その笑顔がまた可愛い。

辛抱たまらんくなったゾロは、サンジを格納庫に拉致る事にした。

 

こんなときは格納庫と決まっているのだ。業界的に。

 

慌てふためくサンジを構わずに担ぎ上げ、そのまま格納庫へ行こうとすると、魔女が変な顔でゾロを見ていた。

なんだ、と聞くと、魔女はにやりと笑ってこう言った。

「あんたねぇ、そうやって浮かれすぎてると、いつか手痛いしっぺ返し食うわよ。」

 

魔女の呪いだ、と、ゾロは思った。

2005/02/19

 

 


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