○ 幸せ剣豪 ○

 

【4】

 

さてさて、ちっちゃな海賊チーム、麦わら海賊団は、ちっちゃいのに賞金首が三人も乗っている。

トータルバウンティは二億三千九百万だ。計算合ってるよね?

ゆえによく狙われる。

賞金稼ぎにも、同業者にも。

 

「敵襲だーーーーーーーーー!!」

ほらね。

 

本日の敵は同業者。

メリーさんよりも一回り大きいガレオン船。

何とか避けようとしたが、回り込まれ、でかい船体が体当たりするように進路を塞いできた。

敵船からわらわらと海賊達が乗り移ってくる。

真っ先に飛び出して行った船長を追うようにゾロとサンジも続く。

刀を抜きながら敵を迎え撃つゾロは、けれど横目でサンジの様子を見て、眉を顰めた。

サンジの動きに精彩がない。

蹴り一発放つたびに、顔をしかめ、動きが止まる。

あの流れるように美しい足技が冴えない。

「コック! 何だ、てめェしっかりしろ!」

目の前の敵をぶった斬りながら、ゾロは声を張り上げた。

「うるせェ! ほっとけ!」

怒鳴り返された。

ほっとけってそういう言い方があるか、と、ゾロは気色ばんだ。

「戦えねぇならすっこんでろ! 邪魔だ!」

ゾロの名誉の為に言っておくと、この酷いセリフを翻訳すると、こうなる。

『どこか調子が悪いなら無理しないでね。僕が頑張るから君は休んでてね。ここは危ないから向こうでね。』

心配のあまりに出たセリフだったが、もちろんそんな真意は誰にも伝わらない。

コックさんにも伝わらない。

 

ぶちっ。

 

なんかがぶっちぎれる音がした。

え、今の音、何? と、敵も味方も、一瞬動きが止まった。

 

「邪魔…だと…?」

 

地を這うような恐ろしい声がした。

みんなしてなんかやな予感がして、動きが止まったままだった。

空気が読めなかった敵の一人が、コックさんにうらああああっと斬りかかった。

それが、あっという間に彼方まで飛ばされる。

え、今何したの? ってなくらい、高速の蹴りだった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ と、なんかやな感じの地鳴りがした。

どうして船の上で地鳴り? とみんなして震え上がった。

ウソップなんか思わず敵と抱き合っちゃったりしてた。

 

「…誰のせいで…、ケツ、ガタガタだと思ってんだよ…。」

 

静かな静かな、怒りの声。

 

コックさんの体の周りを、ぱちぱち、と放電現象が覆っていた。

髪の毛が逆立っている。

やべぇ、サイヤ化だ。

敵も味方も何となく硬直したままそれを見守っていたが、唯一、聞き捨てならない事を言われた剣士さんだけが、ピクッと反応した。

「あァ? てめェがヨガってるせいだろうが。」

魔獣モードの目がコックさんを射抜く。

けれどそんなことで怯むコックさんであろうはずがない。

 

「“ヨガってる”だ………?」

 

ゆらりと顔を上げたコックさんは、それこそビームが出そうな凄まじく冷たく恐ろしい視線で剣士さんを睨みつけた。

 

「ありゃあな、────“痛がってる”っつうんだよ、このボケ!!!!」

 

ぶち切れたコックさんは止まらない。

 

「イイわけねぇだろうが! 俺は毎回耐えてんだ!」

「痛ェばっかでちっともよくねぇんだよ!」

「バカみてぇにデケぇくせに毎度毎度慣らしもしねぇで突っ込みやがって、前擦りゃそれでいいとか思ってんのか、てめェは!」

「俺がけなげに耐えてたのがわかんねぇのか、テクなし剣豪!」

「てめェのSEXはヘタだ! どヘタクソだ!」

「てめェの! SEXで! 気持ちよかったことは、いっちっどっも! ねぇ!!!!」

 

わめくだけわめいたコックさんは、「やめだやめ。やってられっか、くそ。」と、さっさとメリー号に戻ってしまった。

パタン、と、ラウンジのドアの閉まる音で、みんなのフリーズが解けた。

 

けれどもう、戦闘とかそういう雰囲気じゃなくなってた。

だって敵さんのほとんどは男だ。

男だったら分かってしまうのだ。

 

今の言葉が…男にとってどれだけ衝撃か。

 

「ありゃキツイな」「俺なら首つるな」「そっとしといてやれよ」「よし、そっと帰ろう」とか言いながら、敵の皆さん達は、すごくすごく可哀相な子を見る目で、魔獣ロロノア・ゾロを横目で見て、そぉっと自船へと戻っていく。

ゾロと戦っていた敵が、ぽん、とゾロの肩を叩いて去っていく。

きっと彼らの船では後々まで語り草になるに違いない。

三刀流のロロノア・ゾロの、四本目の刀について。

バカみてぇにデケぇくせにテクなしなんだって。

そうして、襲い掛かってきたはずの敵船の皆さんは、静かに静かに去っていった。

 

後に残されたのは…、抜け殻になった大剣豪(予定)。

 

毎回耐えてた、と言われた。

一度も気持ちよくなかった、と言われた。

テクなし、と言われた。

ヘタクソ、と言われた。

どヘタクソ、と言われた。

 

それはもう衝撃の、言葉の数々。

 

「ウソだ…。」

ちっちゃく呟いてみた。

おっきく言って、コックさんに聞こえたりして、「ウソじゃねぇ、お前はヘタクソ」って追い討ちかけられたら、もう自分がどうなっちゃうかわかんなくなっちゃいそうだったので、ほんとにちっちゃく呟いてみた。

「だって娼婦はみんなイイって…。」

「あっらぁー!」

独り言に割って入ったのは、人呼んで外道航海士・ナミ。

こんな時のナミさんはほんとにほんとに容赦がない。

「そりゃ娼婦は言うわよ。お仕事ですもん。」

まさか真に受けてたの? とナミさんはきゃらきゃらと笑う。

「教えてあげる、ゾロ。」

そう言ったナミさんの口元には、にんまりと魔女の笑み。

「女の“イイ”なんて、八割がた嘘よ。」

その衝撃の事実にゾロは愕然とする。

「嘘………?」

更に追い討ちをかけたのはロビンちゃんだった。

「女性の“イク”は九割がた嘘ね。」

「九割…?」

目を見張るゾロ。

「大体ほんとにイキそうな時は“イク”なんて言わないわよねー。」

「そうね、さっさと終わって欲しい時に言うんじゃないかしら。」

めんどくさい時とか言うよねー、とか、とりあえず言っておけば男は満足するものよね、とか、身も蓋もなく和気藹々と、実に和やかに猥談しながら、女性二人はラウンジに入っていく。

おろおろと様子を見守っていたウソップは、がくりと膝を落とした剣豪を慰めようと口を開いて、

「元気出せよ、ゾロ。サンジだってなあ、ずーっと我慢してたみたいだから、うっかりキレちまっただけだと思うぜ?」

…派手に失敗した。

 

「ずっと、我慢、してた…?」

 

他のクルーにわかるほど?

わからなかったの、俺だけ?

え。っていうか、もしかして、クルーみんな、俺がヘタだって知ってたの? なんで? どーして?

 

もう剣豪はショックのあまり口も聞けない。

長っ鼻は、自分の失言に気がついて、あわあわと口を抑えた。

何かフォローせねば、と口を開きかけた時、

「そうだぞ! サンジ、ずっと我慢してたんだぞ!」

ちっちゃなトナカイが怒鳴った。

お、おい、チョッパー、とかウソップが遮ろうとするのをものともせず、ちっちゃな船医さんはこう言い切った。

「オス同士で交尾するなんてリスクが大きいのに、サンジばっかり毎日辛そうで可哀相だよ! ゾロはサンジを気持ちよくさせようって気はないのか? 肛門なんてデリケートなところなんだから、ヘタに力任せに突っ込んだら、痛いの当たり前じゃないか!」

実は船医さん、辛そうなコックさんを毎日見ていて、心密かにご立腹していた。

恋人なのにどうしてゾロはサンジに痛い事するんだろう。

ちゃんと準備すれば、肛門性交は痛みを伴うものじゃないのに。

そんな船医さんの言葉は、剣豪の心を更に抉るのに充分な威力を持っていた。

 

『サンジばっかり毎日辛そうで可哀相だよ!』

─────え、毎日辛そうだったの?

 

『ゾロはサンジを気持ちよくさせようとかいう気はないのか?』

─────いえ、気持ちよくさせてたつもりでした。

 

『ヘタに力任せに突っ込んだら、痛いの当たり前じゃないか!』

─────ヘタに突っ込んだりしたら。

ヘタに。

ヘタ。

…俺って、ヘタ。

 

もう剣士さんの髪は総白髪化していた。

えへへ…えへへへ…と、口元からヤバげな笑みも聞こえる。

ビビッたウソップは、チョッパーを抱えて逃げていった。

そして、そんな剣士さんにとどめを刺したのは、もちろん我らが未来の海賊王だった。

「ゾロ、SEXヘタだったのか。」

念を押されてしまった。

ヘタだったのか、と言われて、「うん、そうなの」と言える奴がどこにいるんだ、と頭のどこかが機械的にそう思ったが、それを突っ込む余力など、ゾロにはもはやなかった。

 

そっか、僕ってSEXヘタだったのか…。

うふふ…うふふふふ…うふふふふふふふふふふふふふふふ

 

飯、飯ーっと言いながら船長もラウンジに消えていく。

誰もいなくなった甲板で、一人、かなりヤバげな笑い声を立て続けるゾロを、メリーさんだけが生暖かく見守っていた。

2005/02/19

 

 


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