* Pure Blooded *


 

−3−

 

夜になり、動物達はそれぞれ小屋に移され、ゾロとサンジも家の中に入れられた。

それでもサンジはまだべそべそと泣き続けていた。

窓の外を見たまま、

「だびさぁぁぁん、うええー、だびさんに捨てだでっ…捨てだでだっ…、うええー、」

と、涙も鼻水もだだ漏れで盛大に泣いている。

ルフィは泣きたいだけ泣かせるつもりらしく、泣いているサンジに気を配りつつも、干渉することなく、パソコンデスクに向かい自分の仕事をしている。

さっきまで同じ部屋にいたオレンジ猫のミーさんは、あまりにサンジがうるさく鳴き続けるので、さっさとどこかに行ってしまった。

ゾロは泣いているサンジなどお構いなしの様子で、サンジから少し離れた壁際に寝そべっている。

サンジはいつまでも泣きやむことができなかった。

「捨てだでだ〜だばだばだ〜!」

ナミさんが自分を置いていった。

ナミさんに捨てられた。

それがもう悲しくて悲しくて涙が止まらない。

「んだびっすゎ〜〜〜んっ!!」

「うるっせぇな! ばか犬!」

たまりかねてゾロが怒鳴った。

「眠れねえだろうが!」

「あんだと、くらァ!!!」

それでなくても、ナミさんに置いてかれていっぱいいっぱいになっていたサンジは、ゾロの一言にあっさり切れた。

「俺は今めちゃめちゃ傷ついてるんだぞ! こういう時は慰めるもんだろうが!」

怒鳴ると同時にサンジがゾロの横っ腹に回し蹴りをぶち込んだ。

さすがに不意打ちをくらって、もろに決まったゾロの体が吹っ飛ぶ。

「てめェ…」

ゾロがゆらりと立ち上がる。

心なしかゾロの口元がちょっと笑っていて、サンジは少し引く。

蹴り飛ばされて笑うってどんな危ない奴だよ。

 

「じゃあ、慰めてやろうじゃねぇか。」

 

え、と思う間もなかった。

低く重心を取ったゾロが、重い体躯が信じられないほどの速さで突っ込んできた。

涙でぐずぐずになっていたサンジの視界が、いきなりぐるりとする。

あっという間に、サンジはゾロに押さえ込まれていた。

「な…!?」

驚愕に目を見開くサンジ。

躱す事もできなかった自分が、サンジは信じられなかった。

サンジの父親はホワイトシェパードだ。

敏捷性には定評がある。

サンジ自身、素早さで他の犬に敗けた事など今まで一度もなかった。

それだけに、ショックだった。

いくらガン泣きしてたからといって、こんなにも簡単に押さえ込まれたことが。

しかも、ゾロとサンジの体長はほとんど変わらないというのに、ウェイトにはかなり差があるのか、のしかかるゾロの体はびくともしない。

「てめぇっ…、よけやがれっ…!」

こみ上げてくる屈辱感に歯軋りしながらサンジが呻いた。

「慰めてやるって言ったろう?」

さもおかしそうな声が、耳元でした。

するり、とサンジの股間にゾロの手が滑り込んでくる。

「………ッ!!?」

サンジに驚く暇も与えず、やんわりとズボン越しにそこが握られた。

サンジの体が硬直する。

くっくっくっ、と耳元でゾロが低く笑うのが聞こえる。

サンジの怒りはますます募るが、急所を握られているので抵抗することが出来ない。

あまりの怒りに声すらも出てこない。

いきなり、耳にちくりと小さな痛みが走った。

耳を噛まれた、と悟った瞬間、サンジの体がかっと熱くなる。

ゾロの鋭い歯が、サンジの薄く柔らかな耳朶にゆっくりと食い込む。

ぞくり、とサンジの体が震える。

怖いからなのか、怒りのためなのか、自分でもわからない。

強くは噛まれない。

ゾロの歯は、少し噛むと力を緩め、また噛んでくる。

まるで、歯ごたえを確かめるように、ゾロはサンジの耳を甘噛みし続ける。

生まれてすぐにナミさんちにきて一匹で飼われていたサンジは、他の犬とじゃれながら育った経験がない。

オス犬は寄せ付けなかったし、メス犬には紳士的に振舞っていたから、自分から噛んだ事もない。

こんな風に誰かに噛まれることなど初めてだった。

初めての経験に、サンジは身を竦ませる。

ゾロが何をしようとしているのかわからなくて、怖い。

身を縮こまらせるサンジに構わず、ゾロはサンジの耳を噛み続ける。

優しい、と言ってもいいほどの注意深さで。

噛みながら、耳朶を舐め上げる。

「…ふ…ッ…!」

濡れた粘膜に、ぞろりと耳から首筋を舐め上げられ、思わずサンジの声が漏れた。

ゾロの掌に包まれたサンジのそれが、ズボン越しに、ぴくん、と脈打ったのが自分でわかった。

ゾロも気づいたのだろう。すぐに、やわやわと手が動き始めた。

 

…ちゅ……くちゅ…………

 

ズボンの中で濡れた音がする。

 

「…ゾロ…、…や…ァ…め…、やめ……っ……、ゾロっ…!」

抵抗してるはずの声は、自分でも耳を疑うほど甘ったるかった。

「…もっと呼べ。」

耳たぶを噛まれながら囁かれた。

「え…?」

「俺の名前。」

「ゾ、ロ…?」

「…もっとだ。」

低く唸るような声で催促される。

まるで切羽詰まってでもいるかのように。

「ゾロ……。」

熱に浮かされたようにサンジがゾロの名を呼ぶと、ゾロがサンジの耳元で大きく息をついた。

そして吐息混じりの声が、サンジの名を紡ぐ。

「……サンジ…………」

─────うわ……

サンジは慌てて、目をぎゅっとつぶった。

初めてゾロの声で紡がれた自分の名は、まるで極上の砂糖菓子のような甘い響きを持っていた。

体が震える。

股間はもう完全に反応していて、ゾロの手の動きに合わせて、ズボンの中でちゅくちゅくといやらしい音を立てている。

きっとパンツはぐちゃぐちゃになっているだろう。

もしかしたらズボンまでシミになってるかもしれない。

「ゾロぉ…っ…!」

耳を噛まれる痛みすらも、全身に甘い疼きとなってサンジを高ぶらせる。

 

その時だった。

 

「あ、こら、ゾロ!!」

 

ルフィの声がして、ゾロが、ぱっとサンジの体から離れた。

「ゾロ、STAY!」

ゾロとサンジの様子に気がついたルフィが、急いで駆け寄ってきた。

ゾロはもうサンジから離れていたが、ルフィはゾロの鼻面を掴んで、強く「ダメ!」と言う。

ゾロは素直にその場に伏せて反省する様子を見せる。

それを見て、ルフィはすぐサンジの方を向いた。

「サンジ、だいじょぶか?」

サンジは身を縮めたまま動かない。

「噛んだりされたのか?」

ルフィの手が近づいてくるのに気がついて、サンジは全身でびくついて、思わず警戒音を出した。

 

─────噛まれてない噛まれてない。噛まれてないからこっちくんな、ルフィ。

 

頼むから向こうに行って欲しい。

だって今体を見られたら、ルフィに気づかれてしまう。

股間のこれが、勃っちゃって濡れちゃってる事に。

 

近づいたら噛む、という姿勢で体を丸めたまま唸るサンジを見て、ルフィが不安そうに呟く。

「ごめんな、サンジ…。ゾロが他の犬にマウンティングするなんて今まで一度もなかったのに…。」

 

─────マウンティング…?

そうだろう。

人間の目には、ただ、狼が犬にのしかかっていたようにしか見えなかったろう。

 

けど、これはマウンティングじゃない。

マウンティングじゃなかった。

 

ゾロがしたのは、順位付けのためのマウンティングじゃない。

なんかもっと違うものだ。

 

…全身が、とろけてしまうかと思った。

 

乱暴に押さえ込まれたけれど、股間に触れる手も、耳を噛む歯も、囁いてくる声も、みんなみんな優しかった。

そうだ…ゾロは優しかった。

宝物に触れるようにサンジに触れて、大切なものを呼ぶようにサンジの名を呼んだ。

 

優しかった。

 

サンジは思わず顔をあげてゾロを見た。

ゾロは反省のポーズで伏せたまま、こちらを見ていた。

 

あの、美しく光る金色の瞳で、サンジを見ていた。

 

「サンジ?」

ルフィが再びサンジに向かって手を伸ばした。

無理もない。

サンジはさっきから体を小さく丸めてじっとうずくまったままなのだ。

ルフィにしてみれば、万が一ゾロがサンジを噛んだりしていたら、と傷の有無を確かめたかったろう。

ゾロもサンジも大型犬同士だから、無理なマウンティングで怪我をさせる事は充分にありえる。

ゾロが他の犬にマウンティングしたのがこれが初めてならば尚更だ。

だがサンジはどうしても近づいてくるルフィの手が嫌で、ますます体を縮こまらせた。

ゾロに触れられて余韻の残った体を、どうしても見られたくなかった。

 

どうしよう、唸ってもルフィが近づいてくるのなら、いっそ噛んでしまおうか。

 

サンジはそうとまで思いつめた時、不意にゾロが動いた。

 

サンジとルフィの間に割り込み、まるでサンジを庇うかのようにルフィの手を遮るように立つ。

「…ゾロ?」

ルフィが戸惑う。

ゾロは、唸りも怒りもせず、反抗的な態度一つとらずに、静かに立って、ルフィを見上げた。

その背後でサンジが身じろぎすると、首だけで、ゾロはちらりとサンジを見る。

それからもう一度ルフィの顔を見上げてから、今度は体ごとサンジを振り向いて、心細そうに顔だけ上げてゾロを見ているサンジの頬に掠めるだけのキスをした。

驚くサンジに、

「…悪かった。…ふざけが過ぎた。」

と、ゾロが小さく詫びた。

そしてもう一度ルフィに向き直る。

ルフィの手から、サンジを守るように。

 

ルフィは目を丸くしてゾロの行動を見ていたが、やがて、にぱっと笑うと、

「わかった、ゾロ。サンジに触っちゃいけねェんだな?」

と、差し出していた手を引いた。

それから、ぽん、とゾロの頭に手を載せて、サンジに軽く笑いかけてから、ルフィはゆっくり立ち上がると、自分の机に戻っていった。

 

サンジがほっと息を吐く。

ゾロはそんなサンジをじっと見ている。

ゾロがなかなか自分の傍から離れないことに気がついて、サンジがゾロを見た。

サンジを見つめるゾロの目は、静かで真摯で、そのどこにも揶揄もふざけの色も見えない。

「……け……てた…、のか……?」

小さな小さな声で、サンジがゾロに問う。

それは聞き取れるかとれぬかと言うほどに小さい声だったので、

「あ?」

と、ゾロが聞き返した。

「…ただ…、ふざけてた…だけ…なのか…? さっきの…。」

“ふざけが過ぎた”とゾロはサンジに詫びた。

サンジはゾロから何かもっと別のものを感じ取ったのに。

ふざけてた、と言われて、何故こんなに悲しく思うのか、全然わからない。

けれどサンジはほとんど泣きそうな気持ちになりながら、ゾロに問いかけた。

「そ、れは…っ…。」

すると途端に、ゾロの視線が動揺したように泳いだ。

「…ゾロ?」

サンジが小首をかしげる。

ゾロは、ひとしきり落ち着きなくうろうろと視線を彷徨わせた後、俯いて、こう答えた。

「……お前が、その方がいいならそれでいい…。」

 

わけがわからない。

 

別にサンジは、「さっきの事はふざけてたことにしといてくれ」と頼んだわけではないのに。

─────あ? …って事は…

「じゃあ、ほんとはふざけてたわけじゃないんだな?」

確認するように、サンジが尚も追及する。

ゾロは答えない。

 

けれど、その沈黙こそが肯定を雄弁に語っているような気がした。

 


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