Angel Sweeter 〜天使の吐息〜
SCREEN007 【光の遺跡】
前のお話。
憐夏が引いた弓「アクアスペンダー」から出てきた、水のフォースエンジェル『ミスティア』
彼女の言葉の中から、セリスはミルフィーユの記憶を取り戻す手伝いをすることを決意した。
光の遺跡前。
夕焼亭を出発して、約2日。
【遺跡のすべての壁に、絵と文字が彫り付けてある】 と、冒険者たちの中でも、噂になっている遺跡のひとつである「光の遺跡」の前に、一行はいた。
セリス『…………やっと、ここに来れたんだ』
感動の色を隠せないセリスに、フィー。
フィー『……そう言えば、あんたの夢のひとつだったもんね。 ここに来るのが』
二人をよそに、ミスティアは言う。
ミスティア『…それよりセリスはん。 なんでここを選びはったん?』
セリス『いや…。噂で聞いたことがあるんだ。【光の遺跡の一番奥に、天使の姿をあらわした壁画がある】って…。 だから、手掛かりかなんかになるかな…そう思って。』
ミスティア『ほう……。可能性は、手当たり次第………っちゅう奴やな? …ほな、行きましょか?』
言い終わってから憐夏が言う。
憐夏『セリスさん? 灯りはあるんですか?』
セリス『ああ。 この遺跡の壁に彫られてる「絵」が、ほのかに発光しているらしいから、
灯りはいらないんだよ。』
その言葉を聞いて、ミスティアとミルフィーユがそろって言う。
ミルフィーユ・ミスティア『…‘天光絵刻’(てんこうかいこく)……。』
フィー『……天光絵刻……?』
ミスティア『…壁画・及び壁文字に、術者が望んだこと……つまり【壁を光らせたり】
【壁に刻んだ文字を読ませたり】……一種の“形態具象物”意念を残す……術。』
ミルフィーユ『でも、これは“ティースエンジェル”より上の、高等天使にしか出来ない
はずなんですぅ……』
憐夏『……それは…つまり………』
セリス『…何らかの形で、天使が関係してる……ってことか…』
ミスティア『ほないこっちゃな。 まあ、1にも2にも行ってみんことにはわからん。
いきましょ、セリスはん、憐夏嬢ちゃん、フィーはん。』
その一声で、一行は遺跡へと足を踏み込んだ。
この遺跡は、本当に神秘的だった。
壁に刻まれた絵。 その絵が放つ光。 そして壁に刻まれた文字を、誰かの声が詠唱している。
もし、この場にミルフィーユたち“天使”がいなければ、セリスたちは‘ここ’で足止め
させられてしまっていただろう。 奥へ進むことなど忘れて。
それを実証しているかのように、まだ誰一人としてこの遺跡の一番奥へ到達したものはいない。何万という人間がここを訪れているにもかかわらず…。
とにかく彼らは奥へ、奥へと進んだ。
そして、道の幅が狭まってきたころ………突如、大きな広がりへと出た。
その時、彼らの眼前にあったものは…。
“天使”の壁画だった。 その瞳からは、涙を流していた。 だが、強く、優しい…そんな
雰囲気のする絵だった。 そんな……“天使”の壁画だった。
その時、彼らの中の一人は 【なぜか…懐かしい】 こんな思いを抱いていた。
ミスティア『……この絵は………“雷のフォースエンジェル”!?………しかし…いまいち
思いだせん……こいつの名前…なんやったっけ……?どこかで呼んだことがあるような…?』
ミルフィーユ『…………ミスティーさんも、思い出せないんですかぁ?……私も、なぜか
思い出せないんですぅ…』
2人の天使を裏目に、セリスたちは感動と驚愕のあまり、声も出せない状態になっていた。
そんな状況が10分あまり続いた。
そして。
―――それは、まるで準備していたかのごとくに起こった―――
突如、壁画から放たれていた光が、一点に集中し始めた。
その光景を目にし、2人の天使はその力を貸し与えている『からだ』へと戻った。
一点に集積した光は、次第に何らかの形を形づくっていった。
そして、その光が‘人’のような形を作り出そうとした瞬間――。
――― 異変が、起こった―――
人を形作っていく‘光’に吸い込まれるように、フィーは消え去った。
そして、彼女を取りこんだ直後。
――光は“天使”となった――
その天使を見た、二人の天使の少女たちが声を揃えていう。
【‘思い出した’…雷のフォースエンジェルの名前は……“フィー”……】 と。
彼女らの声に一番動揺したのは、ほかならぬセリスだったことは言うまでもないだろう。
それもそのはず。 彼はフィーと15年間、一緒にいたのだから。 一番近くで、何でも
話せて、何でも知っている……そんな間柄だったのだから。
そして天使が目を開き、地に降り口を開く。
『…我が名は……“雷のフォースエンジェル”…フィー』 と。
セリス『………………………フィー…………?』
その呟きに気づき、セリスを見やるフィー。
フィー『…これは失礼。………“力”をここへ導いてくれたのだから…。 確か、セリス‘殿’だったか……。 “力”が、そう教えてくれている。』
セリス『…………ち、か、ら………?』
フィー『ああ。 セリス殿と一緒にいた「フィー=グランディー」と言う少女は、わが‘力’が具現化したもの。 つまりは、【この世に実体を持たないもの】なのだ……』
憐夏『そんな………フィーさんは、確かに笑っていましたし、確かに怒ってもいらっしゃい
ましたわ……』
フィー『それは、あらかじめあった“感情”というものを、パターン通りに読んでいるに
すぎない。 ‘力’は感情など、持たんからな…』
セリス『…………………………うそ、だ………………』
フィー『………何………?』
セリス『…フィーが、僕と一緒にいたフィーが、ただの‘力’…「物」だった!?そんなの
うそだ!!一緒に笑って、一緒に怒られて、一緒に泣いて……一緒に生きてきたじゃないか!? ………それなのに……フィーの………ばか、やろう……』
崩れるセリス。 その姿から、嗚咽をこらえているというのは、容易に想像できる。
その時…異変が起きた。
フィー『……ど、きな、さいよ…! うる…さい……! ん、た、なん、かに、負けら、れ、ないの、よ……!!』
その言葉のあと、一呼吸置いて。
フィー『……私を、呼んでる、のよ! 憐夏が、ミル、フィー、ユが、ミス、ティ、アが……セリスが!!』 直後。フィーの体が強く輝く。そしてその輝きは、次第に弱くなっていった。
セリス『……フ、フィー………?』
フィー『…ったく…何て顔してんのよ、セリス? しっかりしなさいって。』
ミスティア【…“実体”を押しのけたってか……そない阿保な……】
ミルフィーユ【…ミスティーさん。その“あほなこと”をホントにしてしまうのが、フィー
さんなんですよぉ♪】
とりあえずのフィーの帰還(?)を、ひとしきり祝った後、憐夏が切り出した。
憐夏『…それで、天使の“力”だった。 ところまでは理解しましたが、なぜ壁から天使の“実体”…つまり、あなたが出てきたのですか?』
フィー『……それについては、私はよくわかんないから………“実体”にお願いするね。』
と言い、力を抜く。 すれば、先ほどの無感情な“天使の”フィーが現れた。
フィー『…まったくもって理解できん…。 なぜ、感情を持つはずのない“力”が、感情を
持つのだ…。 して、よもやこの私を押さえこむ…だと…』
ぶつぶつ言うフィーに、ミスティアが言う。
ミスティア【…ほないことは、どうでもええ! はよ憐夏譲の質問に答えんかい!! 雷のフォースエンジェル、フィー!!】
ミスティアの一括で、彼女は正気を取り戻した。 そして、語り出した。
フィー『…私が壁から出てきたのは、ミスティアたちの言葉通り“天光絵刻”によるもの…。我が“力”がここへ来たとき、私は壁から出られるようにして‘もらった’のだ…』
憐夏『…して…もらった?? ……誰に…ですか?』
フィー『…知ってのとおり、天光絵刻は“ティースエンジェル”より上級天使でないと使う
ことはできない。……私は、あるお方から使命を受けた。【ここを訪れる若者に“雷の
フォースエンジェル”として仕えよ】という…。そして、その使命を下した天使こそ……』
天使の名前を言いかけた瞬間。
『……天使の名前は………“大天使”アレスト………私の…お父さん……』
その言葉を聞き、動揺し、フィーは声の主を見る。 セリスたちも同様。
声の主は、他ならぬミルフィーユだった。
しかも、セリスの「中」にいたはずが、いつの間にか外へ出ていた。
ミスティア【……ミルフィー………記憶が、戻ったんか?】
しかし、ミルフィーユはその問いに答えず、フィーを見やる。
―合っていますね― そんな視線だった。 それを感じ取り、フィーはうなだれる。
それを見て、ミルフィーユは次に、ミスティアの質問に答えるように話し出した。
ミルフィーユ『…みなさんには申し訳なかったんですけど、ついさっき…壁画から光が
放たれたとき……全てを‘思い出した’んです…。 自分が何物なのか。 両親の名前も顔も。 他のフォースエンジェルのことも…。 そして……………』
すると、ミルフィーユはセリスを見やり……何かを決心したように話し出した。
ミルフィーユ『……そして、セリスさんは……私の……本当のお兄ちゃんだということも…
……私が、天翼法陣の媒体になったことも……ただ、お兄ちゃんの側にいたかったからだと
いうことも……』
その言葉は、フィー以外の全員を驚かせるに至った。
それもそのはず。 目の前の天使だけでも、普通の人なら驚きに値するのに、その天使がセリスを
“お兄ちゃん”と呼んでいるのだから。
セリス『……じゃ、じゃあ…僕は、人間じゃなくて…天使…?』
うなずくミルフィーユ。
彼は問わなかった。 天使だったら、なぜ自分だけが下界にいるのか。 ということを。
そんなことは彼にとっては、どうでもいいことだったから。 彼は自分が自分であれば、もう気にするところなどなかったのである。
そして、彼が口にした言葉は…
『…ありがとう。 そして…お疲れさま。』 だった。
結果として、まとめておくと…こうである。
『“天使”のフィーと、“人間”のフィーは、‘実体’と‘力’…ということだった。つまり、
どちらが欠けても存在できないので、普段は“人間”のフィーが表面にでる。 ということで話が
ついた。』
『ミルフィーユとセリスは、兄弟だった。 “大天使”アレストと、“風のフォースエンジェル(ミルフィーユの先代)”ルーティアとの間に生まれた“天使”であった。 だが、セリスは人間の、子供に恵まれぬ老夫婦の元へと、預けられてしまった。 「天使は、血縁者を近くにおいてはならない」という天界の神の言いつけにより、やむなく地上へと降ろした。 老夫婦は、セリスという名の子供をよく育ててくれた。 そして、天界では神により、母が殺された……。 「“フォース”が、大天使の子をはらむとは…」 そんな理由で。 その時の悲しみで、自分が潰れてしまわないように…ミルフィーユは記憶を消した。 兄に会えることを望み、自ら入った小さな魔法陣の中で……。』
そして、彼らは遺跡を後にした。
新たな“天使”を味方にして。 少女の記憶を取り戻して…。
彼らの顔にあるのは、喜びだった。 感動だった。
そして、「記憶」を取り戻した一行は、『憐夏』という少女を、元の世界に帰す手段を求めて、
【クリシェリー王城】へと向かおうとしていた……。
彼らは気づいていなかった。
遺跡の出入り口の、向かいの崖の上にあるひとつの影を。
それは、「ディンバリー遺跡」で何とか追い払った、“青のディア・エンジェル” リィフィース
だった。
そして、隣には……さらに2人の“天使”がいた。
――― “赤のディア”『サティール』と、“緑のディア”『クディア』という―――
それは、ほんの一瞬の出来事。
3人のディアの天使たちの手が光った。
その光は、「槍」を形取った。 「赤」と「青」と「緑」の三本の槍は……
彼女らの手を離れ――――――
グサリ。
楽しそうに笑っていた、フィーと憐夏とミスティアの胸を貫いた。
―――それは…本当に一瞬の出来事……だった―――
フィー『…………え…? うそ…………せ…り…す…………』
憐夏『…………ぁぁっ…………』
ミスティア『……ほ、な……あほ………………』
途切れ途切れの声を、出し……というよりは振り絞り………。
ドサリ。
彼女らは、その場に倒れ、短い人生を…………終えた。
その体が、彼女らが、もう笑うことはなかった。
もう、立って一緒に旅することはなかった。
フィーが、大好きな人に思いを伝えることは……なかった。
憐夏が、元の世界…地球に帰ることは……なかった。
ミスティアが、ミルフィーユの側にいる事は……なかった。
彼女らは、もう……死んでしまったのだから………
そのとき。
彼が「目」で見て、「頭」で理解した瞬間。
彼の「中」で何かが起こった。
セリスの中。
老人『な!? この力…!? 間違いなく“大天使”に匹敵する!! まさか、潜在しておったとは! これほどの力が!?』
セリスの中にいた老人は、驚きの悲鳴を上げる。
老人『…しかし、間違いなく…“暴走”しておる…!! …仕方ないかもしれん、最愛の者を
失ったのだから…。』
そして一呼吸。
老人『しかし、この力が“暴走”を続ければ、間違いなく地上が滅ぶ!! …もはや頼れるのは………』
呼吸を正し、力強く言う。
老人『…ミルフィーユ……彼の“妹”しかいない…。』
その言葉と同時に。
彼の中の“力”が、堰を切ったように溢れ出してきた。
次回。
遂に、『Angel Sweeter』最終回。
このお話の結末は……?? それほど、たいそうでもないですが(汗)
とにかく、次で終わります。 ありがとうございました!
補足(それは、俗に「いいわけ」ともいう)。
ああ…フィーたち死んじゃった…。
いや…(友達)アンケートの結果「セリスとミルフィーユ以外、殺してしまえ」とのことで…
しかも、多数集まったので、泣く泣く……(汗)