将士『……………………』
部屋のベッドの上で、寝ぼけ眼でどことない場所を仰いでいる少年。
将士『……懐かしい夢だな…また…』
そう言って、ベッドから抜け出しハンガーにかけてある夏物の制服に着替える。
そして、引出しからネックレスを取り出し、首にかけた。
外は、初夏の日差しがまぶしかった。
リビングルームでは、すでに朝食が用意されていた。
将士『おはよう、母さん』
母、と呼ばれた女性は声に気づき振り返る。 その顔は、見れば安らぎを与えてくれるような笑顔だった。
翠『おはよう、将士』
テ−ブルに用意された朝食は、パンとサラダと牛乳だった。
彼の食は細いほうなのだろう。パン皿にバターロール1個しか乗っていないところを見れば。
翠『そうそう。たしか、もうすぐ夏季郊外学習だったわね』
朝食を将士と向かい合う位置で食べている翠が言う。
将士『うん。行く所は、鳥取砂丘だったと思うけど…』
少し疑問を感じ、首をかしげながら二人は声をそろえて。
『なんで…こんな時期に砂丘なの?』と。
ふいに。
『学習…だからでしょ、おにいちゃん♪』
階段の方から声。
将士・翠『…おはよう、フィーリア』
彼らは少女の問いにわざと答えず、挨拶をする。
フィーリアと呼ばれた娘は、階段を降りきると間髪いれずに将士に抱きついた。
フィーリア『♪♪♪』
将士『……フィーリア……起きていきなり抱きつくのはやめてくれ…』
翠『………………………(また、いつものか……)』
呆れ顔の翠をよそに、フィーリアが言い出した。
フィーリア『おにいちゃん。今日も家にいてくれるんだよね♪』
将士『いない。(即答) だいたい、昨日は日曜だろ…』
フィーリア『え〜〜、「いつでもいっしょにいる」っていったじゃない〜〜』
将士『今日は学校。 時と場合によるだろ……』
フィーリア『ぅ………じゃあ、学校ついてく♪』
将士『ダメ♪』(即答)
フィーリア『え〜…どうせ、「女の子と一緒に住んでいるのがばれる」とか「学校でおにいちゃんって言われると困る」とか
「ばれたら学校いけなくなる」とか言うんでしょ〜〜…(汗)』
将士『大正解☆』(即答)
フィーリア『……………(しゅん)………』
将士『…その代わりに、帰ってきてから一緒にいてやるから、それで我慢しろって』
フィーリア『ほんと♪ 約束だよっ♪』
さらに強く抱きしめるフィーリア。 その光景を見て翠がぽつり。
『いつもの…風景ね…』と。
将士『……ふぁ………』
クラスの大半の生徒を、眠りの渦にまきこんでゆく三時間目の世界史の授業。
当然ながら、将士もその眠りの渦に巻き込まれ、時間の大半を眠りに費やしていたのは言うまでもなく。
教師『………というわけで。…次の時間に中世ヨーロッパあたりの小テストを行う』
ぴたり、と教室が静かになる。
教師『なお、このテストの結果は成績に加算されるので、しっかり勉強してくるように!…以上!』
まくしあげて、その場を去ろうとする教師。 だが、それはかなわなかった。
などと、生徒たちは各々思うことを叫び始めた。 その叫びに、教師は半泣きで飛ぶように教室を後にした。
男子『あ!!ノーコメントだ!!』
女子『PTAに訴えてやるわ!!』
男子『早弁しねーーか?』
休み時間の教室は喧騒で溢れ返った。 まぁ、突然に「テスト」と言われて喜ぶ学生がいるとは思わないが。
かたや、将士はというと。
――机に頭を突っ伏して、KOされていた。
将士『抜き打ち……嘘だろ……』
泣き言を言いながら、窓越しに眼下に広がる中庭を見やる。
将士『…………あれ?』
人。
将士『………こんな時間に……しかも中庭の隅のほうで……?』
こんな時間に、誰もいないはずの場所に人。
将士『………行ってみよ』
それは、彼の興味を惹くに十分なものであった。
将士『で?…………一体、何でこんな場所にいるのかなぁ…?』
中庭の奥を抜けると、中央に噴水を携えた広場がある。
そこに、わざとらしい笑顔を浮かべた将士と泣き顔のフィーリアがいた。
フィーリア『え?だから……家で、お母さんを手伝ってたんけど……お母さんがお仕事に行っちゃって……その…えっと…』
やたらと目をパチパチさせながらどもりがちに言う。
将士『ふぅん……それで、暇になって…もとい、お兄ちゃんが心配で…出てきちゃった♪……なんて言うんだろ?』
フィーリア『それは………………ごめんなさい…』
しょんぼりとしてうなだれるフィーリア。
将士『…ぷ…はははっ。…嘘だよ。別に怒ってないって。ただ、ね…』
声を殺し、フィーリアに耳打ちをする将士。
将士『(ひそひそ) フィーリアが、日本…いや、地球そのものに住んでないことがばれたら大変だろ?』
言葉の後、彼女の衣服を指差してみる。
フィーリア『(ひそひそ) それは…そうだけど…』
彼女も納得したらしく、額に汗を浮かべながらうなずく。
将士『(ひそひそ) だろ? だから、むやみに外出しないで、って言ってるんだよ。(それだけじゃないけど)……分かった?』
フィーリア『(ひそひそ)うん…本当に、ごめんなさい…』
その返事を聞き、手を彼女の頭の上に乗せ、少し離れる。
将士『…でも、最初は驚いたな…なにしろ、小学三年生の頃フィーリアと出会っただろ? そして「私は地球とは別の世界から来ました」
って言われたのが小学校6年生の頃だもんな……あの時は「この世に起こってること全てが嘘だ!!」と思ったからな……今思っても…』
“驚いたな”そう続けようとした。
『まったく…ほんとに驚いたわ………なんで、こんなに平和そうな世界から「VS(ヴァリキュアス・スペンディー)反応」が
検出されるのよ……』
将士・フィーリア『!?』
二人は同時に声のしたほうを見やる。
そこには、明らかにこの世界の者ではないと思わせるような風貌の女性が立っていた。
その女性は、二人の視線をよそに右手に携えている魔法鉱石造りの石を見つめながら、なおもぼやいていた。
女性『まったく……こんな世界にVS反応が出るだけでも不思議なのに…しかも、しかもよ…』
石から目を離しながら、彼女は将士たちを見やる。
将士・フィーリア『え………(汗)』
女性『なんで、あなたからVS反応が検出されるの!?』
将士を見据え、怒鳴るように言う。
すると、ふと隣のフィーリアが目に飛び込んだ。
アスティー『……あら?』
呆然とする二人をよそに、女性がフィーリアに近づきながら言う。
女性『…あなた…その服装……アスペクトの…「ラクティア」の服装ね…なるほど。それなら頷けるわ……彼からでたVS反応もね…』
言いながら彼女は自らの腕を虚空に折り重ね、何らかの言葉をつぶやいている。
将士『…あの……その…VS反応……って何です…か……?』
その質問を横耳で聞き流しながら、女性は何らかの言葉をつぶやいている。
女性『…ん…? ああ……もう少し待って…もう少しで終わるから………』
将士『…は…………はぁ……』
言い終わるのと同時ごろに。
彼女は虚空に手をいなし、高らかに叫び始めた。
女性『…時の契約者たる我…アスティー=インクリスが命ずる! 時の壁よ! 我と汝のさまたげを超え………』
彼女のはじめた詠唱により、周りの空気…いや、空間そのものが歪み始めていた。
将士『…ちょ…!? …僕はただ…VS反応って何って……』
慌てふためく将士をよそに、フィーリアは実に落ち着いた様子の声でぽつり。
フィーリア『……時空…転紗……』 と。
その将士を見ながら、アスティーと叫んだ女性は笑いながら言う。
アスティー『…大丈夫。 後で説明してあげるって。………ラクティアに、行った後で…ね』
そしてアスティーは、懐から二粒の珠…のようなものを取り出した。
将士『…ラクティア………って……フィーリアの住んでた所じゃないか………』
慌て具合に火をつけたかのように、更にふためく将士。
アスティー『……「時空珠」の御力のもと……ラクティアに生を受けし者と“聖剣”を、汝の時空へと導きたまえ!!』
その直後、アスティーが取り出した珠が輝きだし、その光が三人を包み込む。
そして、一瞬強く輝いた後………彼らの姿は消えていた。
…はるか彼方に存在すると言う、ラクティアと言う星に…。