“第四世界 エルクレア”
そこは、この物語の舞台となる地球によく似た星。
そこに住む人々は地球にいる人と大差はない。 話している言葉も同様として。
唯一、大きく違う点がひとつ。 それは、この星が・・・
“剣と魔法が栄える世界”であること・・・。
クレス『・・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・』
それは草原の真中に出来た木陰で涼む、少年の声。
−クレス=スティール− この物語の主人公である。
クレス『・・・ははっ・・・・今度ばかりは・・・・・・』
どことない場所を見ながらつぶやく少年にかけられた声。
アルテナ『・・・・・・もぅ・・・やっぱりここね・・・・』
それはちょうど少年の眼前に位置し、日差しを遮るように立っている少女。
−アルテナ=フェ−リング− クレスとは6年間にもわたる付き合いの親友である。
クレス『・・ぁあ、アルテナか・・・・・よっ・・・』
アルテナ『よっ・・・じゃないわよ・・・どういうつもり?』
クレス『・・・・・何が?』
アルテナ『・・・今日の魔法倫理の授業。・・・途中でどっか行っちゃうなんて・・・』
クレス『・・・ああ・・・・あれはな、お腹がすいたんでね・・・』
アルテナ『・・・嘘。・・・よく見えなかったけれど、先生に何かを言われてショックを受けた。そ
してその場を去った・・・って感じだったよ・・・』
クレス『・・・・・・・・・・はぁ・・・・・さすがアルテナ・・・見抜かれたね・・・』
決まりの悪い笑顔をしながらアルテナに言う。
アルテナ『・・・いったい、何を言われたの?・・・・そんなにショックを受けること?』
クレス『・・・・そりゃぁ、ショックも受けるよ・・・・“貴様の退学が内定した”なんて面と向かって言われちゃぁな・・・・』
アルテナ『・・・ぇ・・・・・・?・・・・・退・・・・・学・・・・?』
クレス『・・そう。先生たちときたら大喜びだろうな・・・なにせ“落ちこぼれ”が一人減るんだから・・・鼻も高々・・・ってところだろうね・・・』
――つっ・・・、明るく立ち居振舞う彼の頬を涙が流れていた。
アルテナ『・・・・・・・クレス・・・・・』
クレス『・・・アルテナ・・・僕は本当に魔導士になりたかったんだよ・・・』
クレスは体を起こし、アルテナと並ぶようにして立つ。
クレス『・・・でも、そう簡単には行かなかった。・・・才能がなかった・・・何よりも魔法が全然使えないし・・・そうして“落ちこぼれ”って言われて
・・・でも、ずっと諦めずにやってきたのに・・・』
ふっ と涙を止め、アルテナに笑顔を作り、言う。
クレス『・・・・諦めされられちゃう、なんてね・・・・・』
その笑顔の裏に隠された悲しさを垣間見た瞬間、彼女はこみ上げてくる涙を留めることが出来なかった。
サンテオ『・・・無理だ』
ここは魔道を学び、習得しようと志す者たちが集まる‘魔法学校’グラード。
その施設内にある、大魔導士“ウィザード”の称号を冠する魔導士であると同時に、アルテナの父サンテオ=フェ−リングの私室である。
アルテナ『・・・そこを何とかお願いします父上!・・・父上から口をきいてもらえば学校側も看過するわけには・・・・』
サンテオ『・・・・無理だ、と言っているのだ』
一度席を立ち、少し歩きまた座る。
サンテオ『・・・どうやら、お前はまだわかっていないらしいな・・・』
アルテナ『・・・・・・何が・・・ですか?』
サンテオ『“落ちこぼれ”の・・・クレス・・・だったか、あの少年が学校を退学させられる・・・・』
アルテナ『・・・だから、そこを何とか父上のお力で・・・』
サンテオ『・・・ただでさえ、“落ちこぼれ”に娘がいるのに・・・か? ただでさえ、それで圧迫を受けているのに・・・か?』
アルテナ『!?・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・』
サンテオ『わかっただろう。現状ですでに手一杯なのだ・・・お前を学校に残すだけで・・・な』
瞳を伏せ、そう告げる。
アルテナは何もいえなかった。自分の身がかわいかったからではない。
尊敬する父にこれ以上迷惑をかけられない、そう思ったから。
彼女は心の中で深く、神に祈っていた。
ここは学校のたくさんある生徒用の部屋・・・・・・の一室。
クレスの部屋。 彼の部屋は学校の地下魔法庫の真上である。
クレス『・・・よし・・っと。 これで荷物はまとめたな・・・あとは、明日になるのを待つだけだな』
そう言い窓を見る、すでに外は夕暮れであった。
クレス『・・・・明日・・・遂にここにいられなくなるんだな・・・・』
感慨にふける・・・・のもつかの間。
クレス『・・・・・・それにしても、今日はいやに静かだな・・・』
窓から下を眺める。 見えるのは地面だけ。
クレス『・・・おかしいなぁ・・・・動物が一匹もいないなんて・・・・ひょっとしたら・・・・』
少し考え、つぶやく。
クレス『ひょっとしたら・・・魔物でも襲ってきたりして・・・・・』
急に学校の遠くの一角に、魔法による爆撃かと思われる衝撃が走った。
クレス『・・・・・・・・・・うそぉ・・・・・・・・・』
呆けていると、突如。
どこからともなく放たれてきた炎の魔法“フレア・ランス”が窓から入り、彼の足元を直撃した。
クレス『!?ちょっと・・・・・待っ・・・・・』
言い終える前に、彼は下の魔法庫に落ちていった。
その衝撃は学校中に伝わっていた。無論、大魔導士の私室にも。
アルテナ『!?・・・・この波動・・・・・・・魔法!?』
驚愕の色を隠せないアルテナをよそに、サンテオは。
サンテオ『・・・フレア・ランス・・・・・・・奴か・・・・・・』
少し考えた後に、口を開く。
サンテオ『・・・アルテナ、お前は魔法庫へ行け。奴等の狙いは魔法庫の書物だ』
アルテナ『・・・・奴等・・・?』
サンテオ『それはおいおい説明する。とにかく早く行け。・・・彼が危ないぞ』
サンテオの顔は、普段と同じなのだが、どうもその口調はわずかにではあるが焦りのようなものが
混ざっていることを娘は感じ取っていた。
アルテナ『・・・・父上・・・・・・?』
娘に勘付かれ、彼は一瞬動揺らしいものを見せるが、すぐにもとの姿に“切り替わる”。
サンテオ『・・・・そんなことなどどうでもいいのだ・・・とにかく魔道・・・いや、彼が危ないぞ・・・』
その言葉を聞き、疑問を覚えるアルテナ。
アルテナ『・・・・魔道・・・・・』
だが、父の言葉のその後の部分が、彼女にはより印象が強かったらしい。
アルテナ『・・・・・・クレス・・・・』
サンテオ『そうだ・・・冷静に考えろ。 奴等の狙いは魔法庫の書物だ。』
アルテナ『・・・・・』
サンテオ『・・・奴等はまず間違いなく一直線に目的の場所に向かうだろう。・・思い出せ、彼の部屋の位置を』
冷静に考えをめぐらせていくサンテオ。 そのおかげで、彼女は気付いたのだ。大事なことに。
アルテナ『・・・魔法庫・・・・!・・・クレスの部屋の真下は・・・!』
それを思い出し、一礼し部屋を飛び出すアルテナ。
サンテオ『・・・行ったか・・・』
サンテオは、机の上にある魔導書を片手に持ちながら、ぼそりと呟いた。
サンテオ『・・・・・娘など・・・どうなってもいい・・・だが・・・“風”だけは・・・』
クレス『・・・・・っあ・・・いってぇ・・・・・』
部屋の床を打ち抜かれたクレスは部屋のちょうど真下に位置する、この学校の魔法書をすべて保管してある、通称“魔法庫”に落ちこんでいた。
彼が落ちたのは、山のように積み上げられた本の上だった。
当然ながら、学校にあるすべての書物が管理されているのだから、一面本の山である。
クレス『・・・・ふぇ〜・・・・すごい数・・・・』
立ち上がりあたりを見回す。 目に映るものは、本、本、本、生物、本・・・。
クレス『・・・・・・・・・・・・ん?』
生物? クレスはもう一度あたりを見渡した
クレス『・・・・・・・・・・!?・・・・・・・ガ・・・・ガーゴイル!?』
彼の目に映ったものは、今日の魔法生物の授業で習った魔物と同じ風貌だった。
そして、クレスがそれを発見したように、むこうもクレスを発見した様子である。
そして、ガーゴイルは獲物めがけて滑空してきた。
クレス『ちょ、ちょっと待った!!』
そう叫び、きびすを返して逃げ出すクレス。
すると、ガーゴイルは滑空と同時に何らかの詠唱をはじめた様子であった。
クレス『・・・・?・・・・ぁ、たしか・・・・・』
振り返り、その様子をちらりと確認したクレスは何かを思い出していた。
クレス『・・・ガーゴイルって魔法使うんだっけ・・・・・・たしか・・・・』
次の瞬間、ガーゴイルの体から一瞬光が放たれた。
クレス『・・・・風の刃“ウィンド”だ!』
叫ぶと同時に、後ろから迫る突風にクレスは吹き飛ばされた。
クレス『・・・・今日は,つくつぐ本に助けられてるなぁ・・・・・』
先程のガーゴイルが放った、ウィンドによって吹き飛ばされたクレスだったが、魔法庫に無数にあろうかという本の山のおかげで、またも
難を逃れたのである。
クレス『・・・・・でも、まさかガーゴイルに遭うなんて、思いもしなかったな・・・・』
本の山に埋もれた自らの体を起こしながら、クレスはぼやく。
クレス『・・・しっかし・・・・これからどうする・・・・?・・・倒そうにも、武器なんか使えないし・・・まぁ、武器なんかどうせ無いけど・・・』
クレスは足元にあった魔術書をひとつ、手にとり読んでみた。
クレス『・・・大地に根付く、紅き力よ。今、我が呼び声に応え、我に害なす者を焼き払え・・・・火の鎖“フレイル”か・・・・・』
詠唱を終え、魔術書を閉じる。 そして、つぶやく。
クレス『・・・魔法を使って倒そうにも・・・・使えないし・・・・なぁ・・・』
彼は,今日という一日の中でこれほど自分を責めたことは無かった。
魔導士のくせに、魔法が使えない。 そんな事実を突きつけられたのだ。
彼の退学、と言う形で。 今の彼は、どん底だった。
すると。
――――あなた・・・を――――
ふと、クレスの脳裏に女性の声が響いた。
クレス『・・・・・・?』
我に返り、あたりを見渡すが誰もいない。・・・しかし、さっきまで自分が埋もれていた本の山の中にひとつ、それ自らが光を放つかのように
淡く輝いているものがあった。
クレス『・・・・・あれ・・・か・・・?』
なんとなく、そんな気がした。 振り返り、クレスはその本を手に取った。
―――そう・・・私は風の魔導書“ウインディア”・・・・―――
今度ははっきりと、彼はその声を聞いた。
クレス『・・・本が、語りかけてる・・・・まさか・・・』
――‘風’の魔導士・クレス=スティール。今から、私はあなたの力になりましょう――
クレス『・・・え・・・? 力って・・・・それに、風の魔導士って・・・・?』
―大地を優しく包む風のように、私はあなたを守りましょう。・・・いつまでも・・・―
その言葉が、クレスの脳裏に響いた直後。 その“ウインディア”という本から光が放たれた。
・・・まるで、クレスを包み込んでくれるような、空色の光を・・・
それも一瞬。
光は止み、あたりは先程の薄暗い魔法庫に戻っていた。
クレス『・・・・なんだったんだ・・・・・一体・・・・?』
自分の体をくまなく見てみるが、どこにも異常は見られない。
確かに、自分の中に“なにか”が入ってくる感じはあったのに、だ。
ふと、自らの頭の中から語りかけてくるように。
≪・・・クレス・・・・さん・・・・?≫
頭の中で、誰かが・・・しかも声からして女性が語りかけたのだ。当然、驚くのも無理はない。
クレス『!?%&&$#¥¥!!??』
驚いて声も出ない様子であった。 そのまま、固まること3〜5分。ようやく、我を取り戻しはじめたクレスが、念じるように語り掛ける。
クレス≪・・・きみは・・・?≫
≪あ・・・私は“ウインディア”の中に‘封印’されていた魔力媒体・・の、フィーナと言います。先ほどあなたに語りかけた者です≫
クレス≪・・・あ、僕はクレス。・・・って確か知ってたよね?・・・それに、封印ってどういう・・・≫
あきらかに人のものでない咆哮が、クレスの背後から聞こえた。
クレス『・・・まさか・・・』
すぐさま後ろを振り返ると、ガーゴイルがクレスから約十歩たらずの距離にまで迫っていた。
クレス『!?・・・・やばっ・・・・』
ガーゴイルのいる方向とは逆に逃げようとしたが、そこは行き止まりだった。
クレス『・・・・・・・・・・・・終わり・・・・だ。・・・は・・・は・・・・』
絶体絶命のクレスに救いの手を差し伸べたのは、クレスの“中”に入り込んだというフィーナという女性だった。
フィーナ≪クレスさん。大丈夫です、あなたには“風”がついているんですから≫
クレス『・・・・風・・・?』
フィーナ≪・・・クレスさん。私の後について、詠唱をお願いします≫
クレス『・・・・詠唱・・・・?・・・なんの・・・?』
フィーナ≪風の・・・・囁き、のためのです≫
ガーゴイル【ギュシュァアアッ!!】
しびれを切らせたガーゴイルが、目の当たりにする人間を食い殺そうと、猛然と滑空してきた。
フィーナ≪・・・大地に住まう、生命のひとつが汝に力を願う≫
クレス『・・・・・・大地に住まう、生命のひとつが汝に力を願う・・・』
フィーナ≪・・・我の生命と、我の住まう大地を守るために、今ここに汝の力を貸し与えたまえ≫
クレス『・・・我の生命と、我の住まう大地を守るために、今ここに汝の力を貸し与えたまえ・・・』
フィーナ≪・・・大地を包む、‘風の囁き’を・・・≫
クレス『・・・大地を包む、‘風の囁き’を・・・』
なぜか、クレスにはわかった。 今から使う魔法の名前が。
2,3歩前ほどにまで近づいてきたガーゴイルに向かい、クレスは叫んだ。
クレス『・・・・風の囁き“ウインディア・ブレイス”!!』
その声とともに、魔法が使えなかったはずのクレスの目の前に突如、風の刃が現れた。
その大きさは、先ほど見た‘ウィンド’など比ではなかった。
そして、その風は目の前にいたガーゴイルを消し去り、なおもおとろえることなく。
魔法庫の壁に、大穴を開けた。 それでも、まだ勢いは止まなかったが。
その衝撃を感じ、別棟のサンテオが呟く。
サンテオ『・・・・‘風’が目覚めた・・・か・・・』と。