ラウラの詩 [1]
「彼を連れてくるのに、随分と時間がかかったようですが・・・?」
無事にヤンロンの目の治療を終えたシュウが、俺に背を向けたまま手術道具を片付けながら、
突然言った。
「・・・・・・・え?」
「私が想定していた時間より30分ほど、余計に掛かっています。
一体何をしていたのですか?」
「何も・・・してない。俺が行ったら、ちょうどヤンロンが目を覚まして、
それで、ここへ戻ってきた」
答える声が震えた。
シュウはまるで人が変わったみたいに気が短くなっていて、
怒るとどんなひどいことをされるか分からない。
例え俺がウソをついていなくても、シュウがウソだと思ったら、ウソになってしまう。
「それは、随分とゆっくり歩いてきたものですね」
「・・・・・・だって、ヤンロンは目が見えなかったから・・・」
片づけを終えたシュウが、俺の方に近づいてきた。
その顔は無表情で、怒っているのかそうでないのか、全然分からない。
逃げ出したかった。
でも、走りたくても、足がすくんでしまって、動かなかった。
「彼を気遣って、慎重にここまで来た、ということですね?」
「・・・・・・あ・・・あぁ」
シュウが俺の方に手を伸ばしてきたのを見て、打たれると思った。
俺がシュウに怯えているのが気に入らなかったんだと、そう思った。
思わず眼を閉じて、歯を食いしばる。
でも、勢いよく叩かれると思った頬を、そっとくすぐるように撫でられた。
「そんなに怯えないで下さい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「マサキ、正直に話して下さい。彼を愛していますか?」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
「愛している、では答え難いですか?
では、好きですか? と言い換えましょう。どうなんです?」
どう答えたら良いんだろう?
ヤンロンのこと好きだなんて言ったら、怒るかも知れない。
正直に言えって言ってるのに、ウソをついたら、怒るかも知れない。
頭の中で、ものすごくいろんな考えが駆けめぐった。
すぐには答えられない俺を見て、でも、シュウは怒ったりしなかった。
怒るどころか、無意識に震えてる俺を宥めるように、優しく肩や背中を撫でてくれた。
その優しい仕草で、恐怖が解れてきて、俺は決心して正直に答えた。
「・・・好き・・・だよ・・・」
「そうですか・・・。
では、彼の目が治るのは、うれしいですか?」
「・・・あぁ。シュウには、本当に感謝してる・・・」
シュウにはすごくひどいことをされたし、これからだって、どうなるか分からない。
でも、ちゃんとヤンロンの目を治療してくれた。
だからシュウに感謝してるのは本心からだ。
でも、言った後で、シュウのご機嫌を取ろうとして言ったのと勘違いされて、
シュウが怒り出さないか不安になった。
思わず上目遣いにシュウを見たら、予想に反して上機嫌の笑顔だった。
「どういたしまして。
私も、マサキに喜んで頂けて、うれしいですよ」
「・・・・・・・・・あ、あぁ・・・」
憑き物が落ちたような変わり様に、どんな反応を返したらいいか分からない。
でも、もしかしたら「ヤンロンが目を覚ましたら一緒に帰っていい」なんて、
言ってくれるかも知れない。
そう思ったときだった。
「私はよくやったでしょう?
ご褒美に、今ここで貴方を抱かせて下さい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!」
俺が抱いた希望は、一瞬で踏みにじられた。
「ああ、ご心配なく。昨日までのような、無慈悲な真似はしませんよ。
あれは、ずっと欲しかった貴方を、ようやく手に入れられた歓喜ゆえですから」
「・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・」
「勿論今でもその喜びは消えていません。
寧ろ、今まで以上に貴方が愛しくて、その興奮に胸が戦慄いていますよ」
「・・・・・・・・・・・・・シュウ・・・でも・・・ッ」
「登り詰める貴方は、とても愛らしく、とても綺麗でした。
私の腕の中で悦ぶ貴方を、もっと見たいんです」
「・・・・・・・シュウ・・・・・俺・・・」
「私の全てで貴方を愛してあげます。
ですから、その可愛らしい唇で、私の名を沢山呼んで下さいね、マサキ」
シュウは笑顔のまま、俺を空いている手術台に押し伏せてきた。
手術台の冷たさと、笑顔の裏にあるシュウの冷酷さで、全身に寒気が走った。
「シュウッ! ここでだけは止めてくれ! お願いだからッ!」
心臓が潰れそうなほど怖かったけど、それでも俺は必死で拒んだ。
だって・・・。
ここで譲ったら、ヤンロンに見られてしまうかも知れない。
こんな汚い身体だって、ヤンロンに知られてしまうのだけは絶対にイヤだ。
怒ると思った。
「言う通りにしろ」って、殴られると思った。
でも、口答えをした俺を見るシュウの表情は、さっきと変わっていない。
それだって俺を怯えさせるには充分だけど・・・。
胸が緊張で締め付けられるような沈黙のあと、シュウは笑いを押し殺したような声で言ってくる。
「マサキ、少し冷静になって考えてごらんなさい。
たった1回、彼の前で私に抱かれるのと、戦場で突然彼の目が見えなくなるのと、
どちらが良いと思います?」
鳩尾がひやり、とした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
だけど・・・頭が意味を感じ取れなかった。
違う。
俺が、意味を理解するのを拒んだんだ。
だって、理解しちまったら、それはつまり・・・。
でも、シュウは、それ以上の拒絶は許してくれなかった。
「ククク・・・ごく初歩的な呪詛ですよ。
何の媒体も介さなくて良いほどに簡単な・・・」
「そん・・・なッ! 治してくれたんじゃなかったのかよッ!!」
「えぇ、愛しいマサキのお望み通り、眼球の傷も付加されていた呪いも、
綺麗に治癒しましたよ。
ですが、その後どうして欲しいか、貴方は言いませんでしたよね、マサキ?」
それが・・・。
それがお前がそんなに機嫌が良い理由かよっ!
俺が、こんなに辛い思いで堪えてるのに・・・!
「ひど・・・い! ひどいじゃねぇか!
ヤンロンを治してくれるって言うから、俺・・・こんな・・・っ!
俺を騙したのかよ!」
「おや? 貴方との約束はちゃんと果たしましたよ?
騙したなどとは心外ですね」
「ヤンロンの呪い、解いてくれよ! シュウ! 頼む!」
「それは、貴方次第ですよ」
シュウの笑いが、ゆっくりと濃く深くなった。
最初から俺には選択肢なんて、なかったってコトじゃねぇかよ!!
最初から、お前はヤンロンに見せつけるつもりだったんじゃねぇかよ!!
悔しくて。
それでも耐えなきゃいけないなんて、辛くて。
悔しくて、悔しくて。
泣きたくもないのに涙が出た。
シュウが、当たり前のように、俺の涙を指で拭く。
「そんなに哀しそうな顔をしないで下さい。
私は貴方が欲しいだけです。貴方を哀しませるつもりなどないんですから」
「・・・・・・だったら・・・・・・ッ!!」
「マサキ・・・、彼の気持ちを知りたくはありませんか?」
「・・・・・・え・・・・・・?」
「彼の呪いに、ある仕掛けをしたんですよ」
「し・・・仕掛けって・・・!! シュ・・・シュウ・・・、
お願いだからもう・・・ッ」
「またそんなに涙をこぼして・・・、ですが、泣き顔も愛らしいですね、マサキ。
ご心配なく。それによって今すぐ死に至るようなものではありませんよ」
「・・・・・・何を・・・したんだよ?!」
「呪いの解除に、ただ一つ、条件をつけただけですよ。
おとぎ話によくあるでしょう? 王子の口付けや、乙女の祈りといった様な類のものが。
彼の場合は、そんな子供だましではありませんが・・・・・・」
言いながら、シュウは俺の身体を自分の方に引き寄せた。
俺は騙された悔しさで、思わず掴まれた腕を振りほどこうとした。
でも、直後にシュウが言った言葉を聞いた瞬間、俺の身体は指の一本まで動かなくなった。
「マサキ・・・、彼の呪いは『最愛の者が犯される姿』を見た時、
初めて解けるんですよ」
シュウへの怒りで熱くなっていた身体が、急に冷たくなった。
だって・・・。
ヤンロンが一番大切なのは、モニカのはずだ。
俺が、ヤンロンの最愛の人だなんて、有り得ない。
確かにヤンロンは、いつも俺を見守っててくれた。
でも、それは単に俺が危なっかしいから。
年上の責任、っていうような、あいつの堅っ苦しい義務感みたいなやつで。
第一、俺には、怒られた記憶はあっても、優しくされた覚えはない。
「もし貴方が彼にとって最愛の人間でなければ、呪いは解けません。
私が呪いを発動させれば、彼の目はその瞬間に光を失うでしょう」
俺の心を見透かしたような、シュウの言葉。
「私の、ささやかな報復ですよ。
ここまで貴方に想われておきながら、貴方が一番ではないなんて、薄情で贅沢でしょう?」
楽しそうに笑うシュウの姿は、やってることの冷酷さとあまりにもかけ離れてて、ぞっとした。
シュウが、ヤンロンをおとしいれようとしてる。
ヤンロンが、俺のせいで命の危険に晒されてる。
俺がヤンロンのこと好きだったせいで、ヤンロンは死んでしまうかも知れない。
俺は・・・どうしたらいい?
どう?
もう何も・・・!
何もないじゃねぇかよ!
シュウの言うなりになるだけじゃ足らないなら、俺に出来ることなんてもう、何もないんだ!
もう、ヤンロンのために出来ることなんて一つもない!
「健気ですね、マサキ。
そんなに愛らしい泣き顔で、彼を想うのですか?」
「・・・シュウ・・・、ヤンロンを殺さないでくれよ・・・ッ」
「それは彼の心が決めることですよ、マサキ?
彼が貴方を大切に想っていなかったとしても、それは貴方の責任ではないんです。
悪いのは彼なんですよ?」
「・・・違う・・・、違う! 俺の・・・せい・・・ッ」
「聞き分けのない人ですね・・・、マサキ」
冷たい声だった。
また・・・暴行される・・・?
でも、顎を掴まれて、少し乱暴にシュウの方を向かされただけだった。
「こうして、ただ押し問答を繰り返していても、仕方がないと思いませんか、
マサキ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・・」
「愛されていないと憂えるよりも、
彼の愛に賭けて私に抱かれる方が、ずっと建設的だと思いませんか?」
「あ・・・・・・・・」
「さぁ、マサキ」
促されるままに立ち上がる。
「ご自分で、脱いで見せてくれませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
「嫌ですか?」
「・・・・・・脱ぐ・・・よ・・・」
「そんなに恥じらって・・・可愛いですね、マサキ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「初めて見ましたよ、貴方が脱ぐ姿など・・・・・・。
なるほど・・・そんなふうに脱ぐのですか・・・」
俺のほんの微かな動作さえ見逃さないほどに、シュウが俺をじっと見ているのが分かった。
顔に火がついたように、熱い。恥ずかしくて、恥ずかしくて、ずっと下を向いていた。
でも、もう、俺はシュウに逆らえない。
俺がヤンロンのために出来ることは、本当にもう、これしかないんだ。
「よく出来ましたね、マサキ。では、そこに横になって頂けますか?」
指し示された通り、手術台の上に自分で昇って、横になる。
「結構です。では、次は脚を開いて下さい」
あまりの恥ずかしさで、泣きそうだった。
でも、唇を噛み締めて、こぼれそうな涙を我慢して、シュウに向かって全部晒した。
「従順な貴方は、とても愛らしいですね、マサキ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「では、最後にこれを・・・」
「・・・・・・・ぁ・・・っ! ・・・・・・は・・・ッ!」
突然、晒した場所を指でなぞられて、思わず息を呑む。
「私があんなに教えたのに、貴方は本当にすぐに忘れてしまうんですね。
こんなにきつく閉ざして・・・」
「・・・・・・・う・・・、ん・・・んぅ・・・ッ」
「撫でただけでそんなに固くならないで下さい、マサキ。
これでは貴方も痛いんですよ?
まぁ、常に初々しい貴方の姿は、私にとってこの上ない喜びですが・・・」
そういうとシュウは、俺の手を取って、ゴルフボールくらいの、
赤くて透明な柔らかい珠のようなものを握らせてきた。
「・・・・・・・・・・・・?」
「ホワン=ヤンロンのプラーナです。
先ほどの手術の際に、そっと抜き取って結晶化させました」
「・・・・・・・・・・な、・・・何に使う気・・・ッ!」
「心配しなくても、これをどうこうしたところで、
彼が生命の危険に晒されることはありませんよ。
これがあれば、彼の呪いが解けたかどうかを知ることが出来るんです」
「・・・・・・・・・・・!」
「もしも呪いが解ければ、この結晶は張力を失い、気に還るでしょう」
呪術に詳しくない俺に確かめさせるために、わざわざこんなものを作ったんだろうか?
ワケが分からなくて、思わずシュウの顔を見上げた。
シュウは、多分不思議そうにしているだろう俺の顔を見て、満足げな笑みを浮かべた後、
珠を持つ俺の手首をつかんで、無理矢理押し当てた。
「・・・・・・・・・・なっ!?」
「挿れてください」
「・・・・・・・・・・・ッ!」
そんな・・・・。
ヤンロンのプラーナを、こんなところになんて・・・。
「出来ませんか?」
そんなふうに、遠回しに脅されたら、もう俺に選択肢なんてなかった。
おそるおそる自分で押し当てる。
でも、そんなに簡単になんて思い切れない。
「マサキ」
「・・・・・・・待・・・ッ! 今・・・ッ!」
強請るようなシュウの声に、慌てて手で押したけど、やっぱり身体が言うことをきいてくれない。
少しだって入らないように、固く閉まっていた。
こんなはしたないことをしてるのが俺自身なんだと思うと、涙が止まらなくて、
とてもじゃないけど、もうこれ以上、自分に無理なんかさせられなかった。
なのに、のびてきたシュウの手が、押し当てている手を強引に押しつけて来る。
「・・・・・・・・こうですよ」
「あ・・・ッ! あ・・・、いや・・・ッ!」
それでもまだ俺が開けられずにいると、いきなり前を掴まれて、先端を刺激された。
「・・・・・・やぁッ!!!」
あ・・・と思った時にはもう、遅かった。
俺の身体から力が抜けた隙に、赤い珠は、俺の一番イヤらしい部分へ、
つる、と全部滑り込んじまった。
入り口の少し奥でとどまっていて、はっきりと感じられる異物感で、むずむずする。
どうしたらいいか分からない感覚に襲われて、意志とは関係なく涙がボロボロこぼれた。
「彼のものだと言うだけで、そんなに身体が疼くのですか、マサキ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
俺は必死で首を横に振った。
俺とヤンロンは、そんなんじゃない!
俺はヤンロンに、そんなコトして欲しいと思ってない!
「まぁ、いいでしょう。
敏感な貴方の身体・・・、楽しませてもらいますよ」
楽しむ、といった言葉の通り、シュウは俺の身体を貪るように、溺れるように、
抱いてきた。
身体中、触れられていないところがないくらいに、撫で回された。
冷たくて大きな薄い掌と、生暖かい舌が、肌の上をすべるたびに、ぞくぞく寒気がする。
ヤンロンのプラーナを受け入れてるところだけが、ドクドクと脈を打っているのが分かるほど熱い。
冷たい指を差し込まれて、緊張で入り口が締まる。
それに構わず更に差し込まれてくる指が、俺をこじ開けて、ヤンロンのプラーナに触れている。
「ここだけが熱いですね、マサキ。感じているんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
熱さのせいで敏感になっている内壁を、シュウの指がこする。
擦られて、自分の中がぬかるんでいくのが分かった。
「ほら、もう、こんなに潤んでいますよ?」
言葉にされて、恥ずかしさのあまり、脳裏が白くなりそうになる。
望んでもいないのに、勝手に反応するなんて・・・。
そんなに汚い身体なんだ、俺・・・。
「そろそろ、彼も目を覚ます頃ですね。
貴方のここもちょうどいい具合に解れてきました。マサキ・・・、挿れますよ?」
「・・・・・・や・・・待・・・ッ、
ヤン・・・ロンのが・・・、まだ入って・・・」
こんな状態で挿れられたら、ヤンロンのプラーナがものすごく奥に押し込まれちまう。
でも、急いで取り出そうとして起こした身体を、シュウが押し伏せてきた。
「・・・・・・シュウッ・・・!?」
「このままで良いでしょう。貴方もその方が感じるのではないですか?」
「や・・・・・・・・・・・・ッ!!」
俺の言葉など聞きもせず、シュウは、俺に突き入れた。
「あ・・・ッ! あぁッ! ・・・ああぁぁッ!!」
一気に押し入ってきたシュウと、
シュウのせいで腹の奥まで押し込まれた、
溶かされてしまいそうなほどの熱をもつヤンロンのプラーナの両方に刺激されて、
気が付いた時には恥ずかしくなるくらい大きな声で叫んでいた。
そんな俺に構うことなく根元まで収めたシュウは、すぐさま動き出した。
シュウとヤンロンを間違えた時に見つけられちまった角度で、いきなりガンガン責められて、
俺の意識はあっという間に吹き飛びそうになる。
「・・・・・・ッ・・・、ぁ・・・・ぅ・・・ッ!」
「マサキ、私を呼んで下さい」
「・・・・・・・んッ・・・!!」
「さあ、マサキ・・・」
「・・・・・・シュ・・・ウ・・・ッ!」
「もっと、呼んで下さい、マサキ」
「・・・は・・・ッ、ん・・・ッ、シュウ・・・ッ」
「マサキ、まだ・・・・・・、もっと・・・・・・」
「・・・シュ・・・ウ・・・ッ! は・・・あ・・・ぅ・・・ッ!
シュウ・・・ッ!」
「貴方にそうやって呼ばれる度に、私の心が満ちていくんです。
分かりますか、マサキ?」
なりふり構わずに、シュウにしがみつきそうになる。
理性を忘れて、おかしな声をあげそうになる。
でも俺は、ホントはそんなことしたくない。
したくないのに、シュウに無理矢理させられそうになってる。
だから、俺はそれを、必死で堪えた。
全身が石になってしまえばいいと、ずっと思いながら。
「他人の情事を凝視するなど、あまり品の良い行為とは思えませんが?」
突然、落ちてきたシュウの冷たい声。
でもそれが、俺に向かっていないことはすぐ分かった。
そして、それは、ついに俺が一番望んでいなかった事態になってしまったってこと・・・。
何の意味もないことは、分かってる。
多分、もう見られた後だ。
きっと、俺はすごくはしたない顔をしてただろう。
今更遅いけど・・・、それでも俺は、ヤンロンの方から顔を背けずにいられなかった。
あとはもう、胸が裂けそうなほどの辛さに耐えるのが精一杯だった。
ヤンロンとシュウの口論みたいな声が、ものすごく遠くから聞こえる。
気を抜いたら、バカみたいな大声で、子供みたいにみっともなくわーわー泣きそうだった。
頭の中は真っ白で、何かを考えるなんて、とても無理だった。
だから、動きを中断していたシュウが、いきなり突き上げてきた時の俺は、
ものすごく隙だらけだった。
「や・・・・・・・ッ! ぁうッ!」
飛んでもない声を、ヤンロンに聞かれた。
ヤンロンの目の前で、こんなイヤらしい声を出しちまった。
自分のしてしまったことがショックで、恥ずかしくて・・・。
どうして人間の心臓は、羞恥心で止まるように出来てないんだ・・・。
今にも消えてしまいたい気持ちだった。
なのに、そんな俺を更に追い詰めるように、突然すぐ側で、ヤンロンの怒鳴り声がした。
「そんな虚言に僕が乗るとでも思ったのかっ?!!
キサマが無理矢理マサキを暴行したんだろう!!」
心臓を鷲づかみにされた気分だった。
こんなに近くにヤンロンがいるなんて。
今の俺の顔を見られたら、きっと俺がもう、ヤンロンの知ってる俺じゃないことがバレちまう。
「バレませんように」って何度も何度も心の中で真剣に祈りながら、俺は必死でシュウの陰に隠れた。
なのにシュウがまた、俺の弱い場所を突き上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」
さっきよりも飛んでもない声が出そうになった。
咄嗟にシュウにしがみついて、声を耐える。
シュウが俺の頭を抱えて、耳元で囁いた。
「マサキの意志ですよ。そうですね、マサキ?」
あぁ・・・、そうだった。
俺はヤンロンに別れを言わなきゃいけないんだ。
そう約束させられてたんだ。
「・・・ヤン・・・ロン・・・ッ」
「マサキ、シュウに脅されているんだろう? そうなんだろう?」
ヤンロンの声、怒ってるせいかな? いつもより荒っぽい。
それなのに、何かすごく優しいな。
『シュウに脅されている』って・・・。
それって俺の意志じゃないんだって、そう、俺のこと信じてくれてるってコトだよな?
ヤンロン、ちゃんと俺のこと分かっててくれるんだ。
それってすごく嬉しいな。
でも・・・。
何で今、そんなこと言うんだよ?
そんなこと言われたら、俺の決心がぐらついちまうじゃねぇか。
俺だって、別れなんて言えない。言いたくない。
ここへヤンロンを連れてきた時みたいに、ヤンロンと一緒に帰りたい。
今ここで、洗いざらい全部をぶちまけちまいたいよ。
「ヤンロンの目を治したくて、シュウにこんなコトされてるんだ」って。
「言うことをきかないと、ヤンロンの目を治さないって脅されたんだ」って。
言ったら、ヤンロンは「なんて卑劣な手を使うんだ!」って、俺のために、
本気で怒ってくれるかな?
シュウと戦ってでも、俺のこと助けてくれるかな?
言っちまおうかな?
言っちまいたいな・・・。
でも、言わない。
俺、決めたから。
ヤンロンが今まで俺を見守ってくれたことへの、俺に出来る最後のお礼だから。
ごめんな、ヤンロン。
俺、何もしてあげられなくて・・・。
俺じゃきっと、ヤンロンの呪いは解いてあげられない。
でも俺がシュウの言う通りにしてたら、もしかしたら、シュウの気が変わって、
呪いを解いてくれるかも知れない。
・・・だから、俺、シュウの言う通りにするよ。
ヤンロンが死んじまうなんて、俺、絶対にイヤだから。
ほんの少しでも望みがあるなら、俺に出来ること、全部しておきたいから。
「目・・・治って、良かったな・・・」
「マサキ、怒らないから正直に言うんだ。
シュウがお前を無理矢・・・」
ヤンロンのバカ野郎。
なんでこんな時だけ、そんなに優しいんだよ・・・。
そんなの、俺、すごく辛くなるじゃねぇかよ・・・。
「・・・これ・・・で、借り・・・返したから、な・・・ッ」
ヤンロン。
今までありがと、な。
涙が止まらなかったけど、シュウにしがみついて、全部シュウの服に吸わせた。
「これで分かったでしょう? ここにはもう用はないはずですから、
帰って頂けませんか? 見られていると、マサキが恥ずかしがって緊張するものですから、
きつくて仕方がないんですよ」
得意げなシュウの声が、俺の言葉を決定的なものにしてる。
「キサ・・・・・・っ!!!」
「貴男は、マサキがどれほど佳い器か、確認しようとはしなかったようですね。
何でしたら、一度くらい試してからお帰りになりますか?」
その、シュウの言葉を聞いた瞬間、心臓が止まりそうにギュッと縮んだ。
「い・・・イヤだっ! シュウ、嫌だッ!」
抱かれたりしたら、今の俺がどんなに汚いか、全部バレちまう。
俺がこんな身体だって知ったら、ヤンロンはきっと俺のことを軽蔑する。
汚らわしいって思われる。
絶対に嫌われる。
こんなヤツだったのかって、失望される。
構ってやろうなんて、二度と思ってもらえなくなる。
それだけは絶対に嫌だった。
「ヤン・・・ロンっ! もう・・・帰れよっ! 早く!」
だから、必死だった。
「シュウ! てめぇも・・・ッ! 手・・・ぬいてんじゃねぇ!」
「おやおや、見られている方が感じるんですか、マサキ?
たった3日で、随分と淫らな身体になってしまったんですね?」
はしたなくて見苦しい姿を晒せば、ヤンロンは居たたまれなくなって、
すぐに帰ってくれるかも知れない。
「・・・うっせ・・・、も・・・と、ちゃんと・・・犯れ・・・ッ!」
「お望み通りに・・・」
俺が、シュウの言葉どおり、自分の意志でシュウに抱かれているように見られれば、
少なくとも、俺がどれ程汚いかってことはバレなくて済む。
「あ・・・・・・、んっ! やぁ・・・ッ、んッ! ぁんッ!
あ・・・、シュ・・・ウ・・・、シュウッ!」
だから、わざと気の違ったような声を出した。
シュウの動きに、自分から応えたりした。
無我夢中で、目一杯醜態をさらした。
それからすぐに、ヤンロンは何も言わずに、ここから出て行った。
たった一人、取り残されたような気がした。
本当に俺、もう戻れないんだ。
みんなのところにも。
元の自分にも。
哀しくて、寂しくて、辛くて、胸が張り裂けそうなのに。
こんなに涙が止まらないのに。
中ではシュウがイってて、俺もシュウにイかされてて・・・。
みじめでみじめで仕方ない。
そんな俺に追い打ちを掛けるように・・・。
「どうやら、彼の呪いは解けたようですね。
おめでとうございます、マサキ」
シュウが俺から出て行った後の俺の中には、何の異物感も残ってなかった。
何で?
何でだよ?!
お前、一度も俺のことそんなふうに扱ってくれたことなかった!!
俺じゃないと思ったから・・・!!
お前の一番は俺じゃないと思ったから!!
だから諦めたのに・・・!!
なのに・・・。
一緒に行きたい!
ヤンロンの行くところに、俺も一緒に行きたい!
ヤンロン、連れてってくれよ!
なぁっ! 聞こえないのかよ?!
俺も一緒に連れっててくれよ!
こんなところに、俺一人だけ置いていかないでくれよ!
どうしてだよ?
どうして俺、こんな思いしなきゃいけないんだよ?
何で俺なんだよ?
分かんないよ!
もうイヤだ、俺!
これ以上辛いのなんて我慢できねぇ!
ホントにホントに、もう無理なんだよ!
だからさ、ヤンロン、お願いだから俺も連れてってよ!
じゃないと、俺、壊れちまうんだぜ?
ウソとか脅しとか、泣き言とかじゃないんだぜ?
なぁ・・・。
ホントに俺、もう壊れるんだから・・・。
壊れて、ホントの石になっちまうんだから・・・。
ダッテモウ、いたイノハ、いやナンダヨ・・・。
:::::: NEXT ::::::
それは、心からの願いだったけれど。
嘘偽りのない本当の祈りだったけれど。
自分の「核」の望みはそうじゃなかった。
それを耐え切るには、絶望が多すぎて・・・。
|