前触れもなくシオンさんの家を訪れたのは、もう日がすでに高くなってからだった。
何の連絡もせずに来たから、シオンさんは城へ行っているかも知れない。
そう思ってきたのだけれど、シオンさんの自宅に人の気配を感じて、扉を叩く。
「こんにちは、シオンさん、いますか?」
声をかけると、それに応えるように、中から扉が開けられた。
顔を出したのは、シオンさんと同居しているダグさんだった。
何故か彼は慌てた様子で、口に人差し指をあてている。
「しーっ、アニキ、今やっと眠ったところだから」
「・・・・・・・・・?」
何の話か分からずに首を傾げていると、ダグさんは極力音を立てないように私を招き入れ、
そーっと扉を閉じる。
その様子につられて、小声で聞いた。
「シオンさん、どうかしたんですか?」
「昨日から調子悪いらしいんだ」
ダグは、私に席を勧めながら、状況を説明してくれた。
「おいらも昨日は留守にしてたんだけど、サイゾウが1日ずっと看てくれて・・・」
『サイゾウ』という名前を、ダグさんはその辺りにいる普通の人達と同じように口にする。
でも、もしその名前が、20000年前にこの星を護った4勇者の一人のものだと知っていたら、
驚かない人はいないだろう。
月から戻って以来しばらくぶりにシオンさんを訪ねて、彼と一緒にいるサイゾウの姿を見たときは、
私もかなり驚いた。
ダグさんから聞いた話では、4勇者はガフに還るか否かを、自分の意志で決定できるのだという。
自ら人間族のルドラとなり、己の手で完全なる次の種族を生み出そうとしたハウゼンと、
この星に強制的に「滅亡と再生のサイクル」を生み出したミトラは、
私たちとの闘いを機にガフへ還ったらしい。
彼等が己の手段の誤りに気付いた故・・・とは正直思いがたいけれど、
私たちにこの星を任せてくれたということは、間違いないのだろう。
言われるまでもなく私たちジェイド戦士は、月から戻った後もこの星のために活動し続けている。
シオンさんはクリューヌの隊長として、私たちとともに戦えるような戦士の育て上げてやるのだと、
いつもの頼もしい微笑みとともに告げた。
リザさんは言霊山へ入山し、ゾラのもとで言霊技術の向上と研究をしている。
そして私は、全てを無に返す存在『虚空より来るもの』についての調査をしている。
時折、同じ目的で動いている(と信じたい)デューンと一緒に行動することもあった。
今日ここへ来たのも、その関係だったのだが・・・。
「昨日出ていくときはどうって事なかったのに・・」
そう言って溜息をつくダグさんの顔は、とても心配そうだった。
確かにシオンさんが寝込むなどということは、私でも想像しがたい。
あり得そうにないが故に、余計にシオンさんが心配になる。
私でさえそうなのだから、つきあいの長いダグさんには、それは大変な一大事なのだろう。
そう考えた私は、ここへ来た用件をあっさり諦めた。
「・・・そうですか、じゃ、今日はちょっと無理ですね」
「・・・・? 何か、用だったの?」
「えぇ、『虚空より来るもの』について・・・。
どうも彼のアポカリプスが関係あるようだったから、拝借できたら、と思ってきたんですが」
「う〜ん、出来れば別の日にしてもらいたいなぁ。
そういう話、聞いたら、きっとアニキ、一緒に行くって言い出すから」
「そうですね。日を改めます」
青ざめるくらいにシオンさんを心配しているダグさんを前にしては、そういうしかない。
これといった収穫も得られないまま、席を立った。
その背中に、普段よりも幾分か力がないけれど、それでもやはり凛としたシオンさんの声がかかった。
「サーレント、待ちな。俺も行く」
「あっ! アニキ!!」
「ダグ、こういう用事の時は起こせって言ったろ」
「ダメっすよ! ほら、まだ脚がふらふらしてるじゃないですかぁ」
私の方へ歩み寄ろうとしたシオンさんは、二、三歩歩いただけで、今にも倒れそうになり、
慌てて駆け寄ったダグさんに支えられる。
「シオンさん。今日はいいですよ。まだデューンにも繋ぎがとれていないし。日を改めます」
「平気だ。ずっとねてたから調子が狂ってるだけだ」
シオンさんは、ダグさんの腕をやや乱暴に振りほどいた。
目眩がしたのか、右手で顔を押さえたが、すぐ離す。
「ムリはいけません、シオンさん。『虚空より来るもの』に対抗し得る者が、私たち4人しかいない今、
あなたの体は、もうあなただけのものではないんですよ」
「そうっすよ、アニキ。ムリはやめて下さいよぅ。頼むっすからぁ・・・」
多分、私の言葉よりもダグさんの涙声にほだされて、シオンさんは首を縦に振る。
でも私たちの言うことなど、ただでは聞かないシオンさんだ。
安堵している私たちに向かって、否やを言わせぬ強い調子で告げた。
「わかった。・・だけど、話は聞かせてもらうぜ」
そう言って、今にも後を追って来そうなほど不安げなダグさんを残し、
シオンさんは私を伴って家を出た。
「わざわざ、宿で話を?」
「あぁ、ダグの奴に心配はかけたくねぇ。どうせ、また危ねぇ話なんだろ?」
宿屋の一室に入ると、シオンさんはベッドの端に腰をかけ、早速私に状況の説明を要求した。
せっかちなのが、いかにもシオンさんらしい。
「相変わらず、ダグさんには優しいんですね」
「そ・・・、そんなことはどーでもいいだろ」
クスリと笑って、感心したように言うと、シオンさんは思わず顔を紅くした。
普段仏頂面をしているくせに、感情はいたって顔に現れやすい。
そんな様子を見るたびに、私はいつもその可愛らしさに心をくすぐられた。
「無表情を決め込んでる人かと思ってたんですが、案外に分かりやすいですね、シオンさんって」
「いいから話をしろよっ」
思わずからかうと、シオンさんは真っ赤になってそっぽを向いてしまう。
ああ、ホントになんて可愛らしいんだろう?
くすくす笑いながら、シオンの横に腰を下ろす。
そして、シオンさんの真っ赤な耳元に顔を寄せた。
『虚空より来るもの』以外に、もう一つ気になることがあった。
それを聞くために、そっと耳元に囁く。
「あなたの方の話が先ですよ」
「・・・・・・・・・・・・・!?」
耳元で囁かれて、ビックリしたらしい。シオンさんは思わずベッドから立ち上がる。
「き・・気色悪いことするなよ。お、俺に、何の話をしろって?」
「・・・サイゾウ・・・・という師匠(せんせい)のことですよ」
「・・・・・・・・う・・・・」
シオンさんにとっては、追求して欲しくない話題だったらしい。
慌てたように私から視線を外した。
「機会が無くててそのままになってましたけど、ねぇ、シオンさん?
何故、彼が生きているのですか?」
優しく問いつめると、シオンさんは視線だけこちらを向けて答えた。
「・・・・・・・生きてちゃいけねぇか?」
「ダメだとは言っていません。ただ、あなたがとどめを刺したはずでは?」
「ウソ、ついて悪かったとは思ってる。でも・・・あいつに死んで欲しくなかったんだ」
「なぜ?」
「昔、いろいろと世話になった・・・・多分」
「多分?」
「実を言うと、よく覚えてねえんだ。でも、そんな気がする」
「そんな気が・・・ですか・・・」
こんなに曖昧な言葉を並べるシオンさんは珍しい。
シオンさんとサイゾウの間に何があったのか、それに興味を惹かれてシオンさんの言葉を反芻した。
それをシオンさんは、はっきりしない理由でサイゾウを助けたことを、
私が咎めているのだと勘違いしたらしい。噛み付くように言う。
「少なくともあいつは、悪いヤツじゃねえ!」
「怒らないで。別に、彼を生かしたことで、私たちの誰もあなたを責めたりはしませんよ。
いや、むしろ私にとってはうれしい事ですね。
『虚空より来たるもの』を知る者がまだ生きているのですから」
私は、シオンさんを責めたりはしていないということが分かるように、穏やかに言った。
「どうして教えてくれなかったんです?
教えてくれていれば、研究も、もっと順調に進んだでしょうに」
「悪い。けど、俺もあいつが生きてるのを知ったのは、つい最近なんだ」
「・・・・・? どう言うことですか?」
「確かに、あのとき、お前達を先に行かせたあと、俺があいつの命を救ったのは事実だ。
救ったってよりは、ほっといた、の方が正しいんだけどな」
「・・・・・・・・・・・?」
「殺さずに、薬草でちょっと回復してやっただけだ。
俺達は先に進まなきゃいけなかったし、俺の言霊じゃ、そんなにしっかりした手当はしてやれなかった。
運がよけりゃ、生きていられるだろ、ていうくらいのことしかしてやってねえんだ」
「それで、運良く助かって、1年近くかけて、ようやくもとの体力を取り戻した、ということですか?」
「あぁ、そんなとこだ」
仏頂面に、ちょっと伺うような色が見えている。私が怒っていないかを見極めようとしているらしい。
ホントに分かりやすい人だな・・。
そんなことを思いながら、微笑んだ。
「助かってくれて良かったですね」
「ん・・・、あ、あぁ」
私の反応は、シオンさんが予想していなかったものだったらしい。
咄嗟に反応しきれずに、はっきりと狼狽えた表情を見せる。
本当に、何度見ても可愛らしい反応だ。
もっとずっとからかっていたくなってしまうけれど、私はそんなことをしに来たのではない。
シオンさんも、身体に無理をさせてここへ来てくれている。
「それで、早速ですが、彼に色々聞きたいことがあるんです。
彼は、この次はいつ頃来るか分かりますか?」
すっかり研究者の立場に戻って、調査を再開した。
それは、情報を得ようとする者にとって、実に当たり前な、何気ない問いかけだった。
でも、何故かシオンさんは、ふいに顔を曇らせる。
「・・・多分、もう、こっちには来ねえぜ」
「え?」
「あいつに話が聞きてぇのなら、デューンに頼んで月に連れてってもらえよ。俺は役には立てねえ」
「どうして?」
「ん・・・・・・・、ちょっとな・・・・・」
先ほどよりも格段に歯切れが悪くなったシオンさんの様子に、その理由を問いただそうと、
身を起こした。
それに気付いたシオンさんが、それ以上の追求を逃れようとして、慌てて部屋を去ろうとする。
「悪い、あんまり長いとダグが心配する」
「待って下さい!」
とっさにシオンさんの腕を掴む。
シオンさんは、慌てて私の手を振りほどこうとした。
でも、目眩でも起こしたのか、ふわり、とそのスラッとして頼もしい身体が傾ぐ。
「・・・・・・・あ・・・?」
「シオンさん!?」
突然バランスを崩したシオンさんにとっさに手を伸ばす。
でも、シオンさんは、私なんかとは比べものにならないほど立派な体格をしているし、
すっかり力が抜けているせいで、思ったよりも重かった。支えようとして、逆に私が前へのめる。
「わ・・・っ」
右手はシオンさんの腕を掴んだままで、左手はシオンさんの顔の横につく。
体を支えようとして取った体勢だったけれど、他人が見たら・・・?
どう頑張って他のものに見ようとしても、
私がシオンさんに、おかしなことをしようとしているようにしか、見えないんじゃないだろうか?
「ご・・・ごめんなさ・・・・」
私も、さすがにこの状況はまずいと思った。
慌てて退こうとした私の視界に、見たこともないものが捉えられる。
明らかに怯えた顔をしたシオンさんが・・・。
「シオンさん?」
「は・・・・、早く退けっ!!」
本気で怒っているらしく、乱暴に私を押しのけようとした。
でも、その腕には全然力が入っていない。
寧ろ、弱々しく震えているくらいで・・・。
「・・・・・・・・・くっ・・」
なぜか悔しそうに唇を噛むと、シオンさんは顔を背けた。
その拍子に見つけたものに、私は愕然とした。目の前の健康的な首筋に、紅い鬱血が見える。
「・・・・・・シオンさん・・・、あなた・・、まさか!」
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