LOVE is the sin..
chapter 10
side of surlent


「サイゾウ様! その方は・・・・!!」

 サイゾウさんが伴ってきた私の姿を見て、彼の側近の連星竜さんが気色ばむ。
 いきり立つ彼を、サイゾウさんは軽く片手を上げて抑えた。 そのまま静かにシオンさんの部屋の前に立った。軽く一二度ノックする。

「・・・・・・・・・・・・」

 返事はない。

「入るぜ、シオン」

 一応言い置いて、サイゾウさんは扉を開く。 私が後に続こうとすると、少しだけ振り返り、「待て」と目で伝える。
 その背中を見送る私は、言いようのないくらいに不安だった。
 きっと、サイゾウさんはシオンさんに、私が来たことを伝える。 そのとき、シオンさんは何というのだろう?
 「絶対に会いたくない」?
 「顔も見たくない」?
 「何で、ここへ連れてきた」?
 シオンさんに拒絶されることが、こんなに辛いことだとは思わなかった。

「シオン」

 薄暗い部屋の奥から、伺うようなサイゾウさんの声が聞こえる。

「起こしちまったか?」
「・・・・・・・起きてた」

 応えるシオンさんの声・・・あの日以来初めて聞くシオンさんの声。
 ただそれだけで私はここから逃げ出したくなる。

「そっか」

 サイゾウさんの、優しい声が聞こえた後、暫く静寂が続いた。 サイゾウさんは、私が来たことを、どう切り出したらいいのかと、言いあぐねているのかも知れない。
 重い沈黙を破ったのは、シオンさんの方だった。

「サーレントが、来た」

 細く、囁くように彼が口にしたその言葉を聞いた瞬間、私は心臓が止まりそうになった。

「え?」
「そこにいるんだろ?」

 その落ち着きぶりに、サイゾウさんも驚いているらしい。 戸惑ったような沈黙があった後、ゆっくりと訊いた。

「会うか?」

 シオンさんの、返答の声は聞こえなかった。
 私は、シオンさんに何と答えて欲しいのだろう?
 会うと答えて欲しいのか、それとも会わないと答えて欲しいのか・・・。

「・・・・・・そうか。良い子だ」

 サイゾウさんの、優しい声。 それが、シオンの「会う」という答えに対する言葉なのだと、すぐに分かった。

 シオンさんに会う。
 そう思っただけで、私はその場に座り込んでしまいそうなほど、膝が震えた。
 だめだ。やっぱり会えない。シオンさんの前に、この姿をどうやって晒せばいいのだ。
 こんな、ひどい人間である私を、あの暖かく頼もしく優しいあの人の前に・・・・。

「大丈夫です」

 不意に後ろからかけられた声に、思わず肩をはねさせてしまう。

「あ・・・・」

 声をかけてきた連星竜さんは、私に背を向けたままだった。 恐らく彼の気持ちとしては、まだ私を許せないのだろう。
 それでも、怒りや憎しみの感情を押し殺して、彼は大丈夫だと言ってくれた。
 私のために・・・・・。

 そう。私は逃げてはいけない。そのためにここへ来たのだから・・・。
 私が決意を固めるとの、ほとんど時を異ならず、サイゾウさんの声が聞こえた。

「サーレント、入りな」

 逃げないと決めていながら、それでもどうしても俯いてしまう。 そのまま部屋の中へ入る。
 おそるおそる顔を上げて、息をのんだ。思わず立ち止まり、それ以上進めなくなる。
 あの、太陽がそのまま人の形を取ったようなシオンさんが、 サイゾウさんに支えられてようやく起きている。 いつも暖かくて頼もしい微笑みを浮かべるその顔は、まるで蝋人形のように弱々しく青ざめていた。
 それなのに、瞳はじっと怖れることなく私を見つめていた。

「シオンさん・・・・お怪我は・・・?」

 つくづく空々しいと思いながらも、他に、かけたらいい言葉が見当たらなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 シオンさんは何かを言いかけて、止めた。かわりに「大丈夫」というようにひとつ頷く。
 それ以上は言葉が続かない。
 長い逡巡のあとで、私は思い切ってそばへ寄ろうと、踏み出した。
 それを見たシオンさんが、大袈裟なくらいに肩を跳ねさせる。
 その様子を見た途端、足がすくんだ。こんなに激しく、はっきりと私を拒絶するなんて・・・。 自分がこんなにシオンさんに怖れられているなんて・・・。
 当然のことだけれど、ショックだった。
 思わず、シオンさんを包むように抱いているサイゾウさんを見た。彼の瞳も私を捉えていた。 その目が、厳しい光を灯して、退くことを咎めている。
 その瞳の力に引かれて、私はそっと頷いた。
 私が近づくにつれて、シオンさんの緊張は高まっていった。肩が小刻みに震えている。

 このまま近づいて、本当に大丈夫なんだろうか?
 恐怖のせいでシオンさんの心が、壊れてしまったりしないだろうか?
 哀しみや衝撃を思い出して、より深く心を閉ざしてしまったりしないだろうか?

 サイゾウさんに、そんな私の不安が聞こえたわけではないだろう。 この人は、いつもシオンさんのことだけを思っているのだから。
 とにかく、彼はシオンさんのその細い肩を優しく抱きしめた。そして、宥めるように囁く。

「大丈夫だ」

 その囁きに、シオンさんが顔を上げてサイゾウさんを見る。 サイゾウさんが、優しくシオンを見返し、そしてひとつ頷いた。
 シオンさんは、サイゾウさんのその優しい微笑みにつられて、こくんと小さく頷いた。

「いい子だ・・・・・・」

 ゆっくりと、しかししっかりした動作で私の方へ視線を戻したシオンさんの頭を、 サイゾウさんがそっと抱き寄せる。
 シオンさんは、優しく自分を包んでくれるサイゾウさんに身を委ねるようにして、じっとしていた。 震えは収まっている。
 先ほどとは格段にその輝きを増して自分を見つめてくるシオンさんの瞳を、 私は眩しく想いながらに見つめ返した。

 これだけは言わなければいけない。

 そう、強く心に命じてきた言葉を、今こそ言うべきなのだと悟った。
 気持ちを落ち着けるように、大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐く。
 気持ちは決まった。
 逃げることは許されない。
 何もかもを受け止めてくれるこのひとの前では・・・・・・。

「シオンさん・・・・・ごめんなさい。私を許して・・・・・もらえますか?」

 途端にシオンさんの瞳が、悲しげに揺れた。

「悪いのは・・・・・・サーレントじゃない・・・・。俺だ・・・・・」
「シオンさん?!」
「俺が悪いんだ。ちゃんと『イヤだ』って言わなかった」

 ・・・これが、シオンさんの「愛し方」?
 哀しみも苦しみも全部己の中に飲み込んで・・・・

「シ・・・・シオンさんは言わなかったんじゃない! 言えなかったんだ! それを私が・・・・・」

 シオンさんの「愛」に寄りかかってしまいたい自分をうち消すために、矢継ぎ早に言い募った。 しかし、語尾は、突き上げる嗚咽に邪魔されて、まともに言葉にならなかった。
 そんな私の姿を見て、シオンさんはその青い瞳を悲しげに揺らめかせる。 そこには、自分を責め、咎める贖罪の色さえ満ちていた。

「違う・・・! サーレントは悪くない! ずっと考えていた。 何が起きたのか、ずっと考えていたんだ! 悪いのは俺だ。 俺のせいで、みんな・・・・・サーレントもサイゾウも・・・・みんな傷ついたんだ!  俺のせいで・・・・」

 違う! 違う! 違う!
 あなたのせいなんかじゃない!
 あなたを勝手に好きになって、あなたのことを勝手に求めたのは、私・・・そして、サイゾウさん。
 私たちが、勝手にあなたのことを、自分のために自分のものにしようとしただけ。
 悪いのは全部私たちで、あなたには、ほんの欠片ほどさえも罪はない。
 なのに・・・。
 なのに、あなたはじぶんが悪いというのか?!
 真剣に、本当にそんなふうに思ってるのなら・・・私は・・。

「そんなのはイヤだ!」

 気がついたら私は、火がついたように捲し立てていた。

「あなたは、私に罪の意識を持つことすら許してくれないんですか?! そんなの、酷すぎる!」

 いきなり自分に向けられた激しい語調に、シオンさんの肩が強張った。

「サーレント」

 低い声だった。激情をシオンさんへ向かって叩き付ける私を、 サイゾウさんが殺気すら感じられる瞳で睨んでいた。その瞳がはっきりと言っている。 「シオンを脅かすな!」と。
 それでも、私は譲ることは出来なかった。

「サイゾウさん、すみません。でも言わせて下さい。私はもう逃げないと決めたんです」

 さっきまでのしおらしさは、どこ行きやがった? と、不機嫌さを隠そうともしないサイゾウさんに、 言葉だけではなく視線でも「これだけは譲らない」と言い放つ。

「・・・シオンさん」

 改めてシオンさんへ向き直った視線には、サイゾウさんへ向けたような荒々しさは微塵も残さない。 シオンさんをこれ以上怖がらせるのは「罪」になる。

「私はあなたを暴行しました。全く一方的な感情で。単なる嫉妬で、私はあなたを犯したんです」
「それは、仕方ないことだろ? サーレントは今までつらい思いしてきたから・・・だから」
「つらい思いをしたからと言って、あなたに乱暴していいという理由になどなりません。 あなたには、私を咎める権利があるのではなくて、義務があるんです。 シオンさん、今更こんなことを言っても、説得力なんて無いでしょうね。 でも、私はあなたに幸せになって欲しい。だから、つらい気持ちや悲しい気持ちを、 全部自分の中に閉じこめてしまうあなたの姿を見るのはいやなんです」
「・・・・・・・・サーレント?」
「今分かった! 私はあなたが好きだ。心の底からあなたのことが好きだ。 今、この瞬間にも、私はあなたを抱きしめて、口付けたい・・・。 サイゾウさんの腕の中から奪い取ってでも!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

 本当にそのまま実行する気など無い。でも、出来ることならそうしたいのも事実だった。
 シオンさんは、その私の心を敏感に感じ取ったらしい。 明らかな恐怖を顔へ登らせ、身をこわばらせる。
 今にも飛びかかりそうなサイゾウさんの視線に気付かない振りをして、優しく言葉を繋いだ。

「怖がらなくても、大丈夫です、シオンさん。確かに私はあなたが好きだ。 でも、あんなことをしてしまった私には、あなたにふれる権利はないんです。 そう・・・・・一生・・・・・」

 最後まではっきりと言うことが出来なかった。情けないくらいの涙と嗚咽に邪魔されてしまう。
 シオンさんは心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「・・・・・サ・・・」
「ダメです・・・。私の名前など、呼んではいけない。私の姿など、見てはいけない。 私は汚れた存在なのだから・・・・。あなたは聖なる存在です。 だから、私を見たりしたら、あなたが汚れてしまう。シオンさん・・・・・・・・」

 これが、最初で最後だ。

 シオンさんから離れながら、その心配そうなまなざしを、優しく受け止めた。 そして、静かに言う。この最後の言葉に、全ての想いをこめて。

「・・・・・・・愛して・・・・います・・・・」



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