翠玉の檻
〜Emerald Prison〜
[6]
−夢魔−
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「ちょっと疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
よくある気遣いの言葉だが、その口調は、不思議と差し出がましさを感じない。
干渉を厭うシュウが受け入れることの出来た、もう一つの理由だった。
控えめな笑顔に、思わず心の緊張が緩む。
……いっそ、身代わりに…。
いつの間にか、値踏みするように、その首筋に視線を流している己に気付いた。
「…そうですね。少し疲れているようです…。
今日はもうこれで失礼しますよ」
自らの不埒な思考を振り切るように、シュウは席を立った。
帰路の夜風はひんやりとしていたが、酔いはいつまでも覚めない。
火照る身体の、その熱の理由を探しながら、ゆるゆると気怠い歩みを続ける。
……彼の指摘は、正しかったのかも知れない。
シュウがそう思いながら、マンションのエレベータの前に立ったときだった。
「─────っ!?」
限界は突然来た。
膝から力が抜け、意識がまるで拡散していくかのように遠退く。
白くなっていく視界の中で、
「……マ…サキ……」
新緑の色を見たような気がした。
+ + +
耳をつく、秒針の時を刻む音。
重い瞼をあげる。
薄暗い自室の天井をぼんやりと見つめた。
…何が、あったのだったか…。
今、自分がこうやってベッドに横たわっていることに、妙な違和感を覚える。
横たわっていることが、おかしなことであるように思える。
「………………?」
起きあがろうとした肩を、誰かが押し戻す。
ゆっくりと、自分の肩を押す腕を辿り、肩を見て、そして顔を仰ぐ。
「まだ熱があるんだから、寝てろよ」
「………………あ……?」
「なんて締まらねえ顔してんだよ?
研究熱心なのは良いけど、自己管理くらいちゃんとしろよな」
「……………………」
「ったく、重かったんだぜ?
カギに部屋番号のタグつけっぱなしになってなかったら、
そのまま床に放り出して帰るトコだったぜ」
どうやら、自分は随分と都合の良い夢を見ているらしい。
きっと現実の自分は、今頃マンションのエレベータの前で、冷たい床と仲良くしているのだろう。
何という…。
忌々しい夢だろうか?
「……貴方は……」
「あ?」
「貴方はさぞ楽しいのでしょうね……」
「はぁ?」
「こうやって毎晩毎晩、私の心を掻き乱して…。
一人で無様に苦悩する私を見ているのは、楽しいことでしょう」
「シュウ? 何、言ってんだよ? 大丈夫か?」
「大丈夫? そんな訳ないでしょう?!
大丈夫ではないから、こんな見苦しい有様なのではないですか!?」
「見苦しいって…、そんなみっともないなりには見えねえけど?」
「そうやって、私の想いを弄んで……、
貴方のせいで無関係の人間にさえ、私は…!」
瞬間、脳裏をよぎった、穏やかで控えめな青年の姿を、強引に抹消する。
だが、先ほどの失態の反芻が招いた屈辱は、思いの外、激しくシュウの内を掻き乱した。
猛り狂う苛立ちに、耳の奥が熱くなる。
目の前の存在に暴力的な衝動を覚え、未だ自分の肩に添えられていた手首を掴んだ。
骨の軋む音が聞こえるほどに、容赦なく。
「い…つッ! シュ…シュウ!? 何怒ってんだよ!?」
「何? 貴方が一番ご存じでしょう?」
分かり切ったことを知らぬ顔で問い掛ける、その空々しさが憎い。
「何言って…ぅわっ!!?」
乱暴に引き寄せ、容赦なく引き倒す。
「ちょ……?! シュウッ?!」
ねじ伏せるようにして身を入れ替え、スプリングで弾む身体を力尽くで押し伏せた。
今まで自分が寝ていた場所で、腹立たしい夢魔は、驚愕に瞳を揺らしている。
わずかに恐懼を孕むその眼差しを、さらりと晴れ渡った空を見るようなすがすがしさで見つめ返す。
長い間、煩わされてきた憎むべき事象へ、ようやく報復することが出来る。
凶暴な歓喜が胸を満たす。
「『本物でない貴方』になら……、何をしても構わない。
そうでしょう?」
溢れる笑みを抑えることが出来ず、喉の奥で低く嗤う。
返ってきたのは、怒りに尖った刃の瞳。そして、普段よりもぐんと低い怒声。
「シュウ! てめえ、なにゴチャゴチャ言ってやがるッ!
意味が分かんね………んんんっ!」
しかし、重い声が含む威嚇に構うことなく、シュウは噛みつくようにその唇を塞いだ。
咄嗟に背けられる細い顎を掴む。
手加減のない力で無理矢理口を割らせ、その内を犯す。
「ふ……ッ、んんーっ!」
自らを支配する男の身体を引き剥がそうと、少年の手首が暴れる。
シュウは、それらを苦もなく一纏めに掴み、新緑の髪を越えて押さえ込んだ。
抵抗する術を失った少年の、温かい舌に自らのそれを絡め、貪る。
絡められた舌が、嫌悪し逃れようとするたびに、顎を捉える指に力を込め、従順を強要する。
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1996
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Sep.2006
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