ショートショート
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発明家K氏〜防犯K氏は発明家である。最近、彼はボールペンに防犯の機能を付けてみた。 普段は普通のボールペンとして使えるのだが、いざというときにおしりのでっぱりを3回押すと大きな警報音が鳴り響く。 着想から試験作を作ってみるまで大して時間がかからず、あっという間に完成した。 それもまたK氏が発明家だからだろう。 しかし実際に現物を作ってみると実に味気ない。ひねりが効いていないというか、どこにでもありそうな商品である。 少し考えてK氏はさらさらさらっとそのボールペンで新しく図面を書き直した。 そして新しく催涙スプレーが警報器付きボールペンに付け足された。 おしりのでっぱりを引っぱると先からいきおいよく催涙スプレーが噴き出す。 これをまともに顔に浴びれば目が痛くなって涙が流れだして目が見えなくなり、まず行動不能になる。運がよければ(?)相手は呼吸困難にすらなる。 なかなかよい作品が出来た。 もし警報器を鳴らしても誰も聞いてくれないような人里離れた所で襲われた場合はこの催涙スプレーを使えばよい。 仕事が一段落してK氏は改めて自分の作品を眺めた。 そしてひらめいた。 K氏はさらさらっとそのボールペンで図面を書き直した。 そして新しく自動で近くの警察署に通報する機能が警報器催涙スプレー付きボールペンに付け足された。 しかしK氏はまだ何か物足りない気がした。まだ何か工夫が出来そうな気がする。 K氏は改めて机に向かった。 とうとう着想から2週間目。K氏の名付けて「完全防犯ボールペン」は完成した。 まずボールペンとしての機能は言うまでもなく、シャープペンの機能が付いた。ボールペンとシャープペンの代え芯が各々50本程収納できる。 防犯機能としては警報器、催涙スプレー、強力ビームライト、特殊警棒、高圧電流銃、威嚇のための火炎放射器、煙幕装置が付けられた。また首尾よく暴漢をやっつけた場合に襲ってきた暴漢を縛りあげる鋼線が引き出せるようになった。 ボタン一つで最寄りの警察署と必要に応じて消防署にも通報し、現在位置を知らせる機能、更にエアバッグの応用で瞬間的に膨らんで弾丸を防ぐ機能も付いた。 ついでにおまけとして世界各地の時刻を知らせる時計と耐火性貴重品収納金庫とパラシュートとスケジュール帳とお泊まりセットとサバイバル道具一式としての機能が付いた。もちろん対衝撃、ステンレス製で象が踏んでも壊れないし、日本刀やチェーンソーや小型ドリルや旋盤はもちろんS&W44マグナム、手留弾くらいでは傷つかない。 そして4桁の暗証番号で本人と認識しない限り、これらの機能は作動しないようになっている。 そこで彼は満足した。なかなかよいものが出来た。これなら売れるし、売れれば日本の治安は格段によくなるだろう。 彼は某有名ボールペン会社に売り込みにいった。 「これが私が開発したボールペンなんですが───」 「なんですかこれは。これがボールペンですって? ふざけないでください。 こんな大きなものでどうやって書くんですか!」 と若い担当者らしき人物は、困ったような非難の表情を浮かべた。 机の上には書類ケースほどの大きさの銀色の物体がのっている。 「いえ、大丈夫です。ほら、こうやって書くんですよ」 と、K氏がスイッチを押すと角の所からボールペンの先が飛び出してきた。K氏はその巨大なボールペンを両手で抱えるようにして持つと、ミミズがのたくる様な字を書いてみせた。 もちろんその場で追い出された。 K氏は内蔵の特殊警棒でその若僧を張り倒してやろうかと思ったが、なんとか思いとどまった。 まだ売り込む筋はある。彼は気を取り直して今度は鞄を専門に扱う会社に向かった。そでに大きさが鞄ほどで中にモノが収納できるのだから鞄といっても差し障りない。 「これが私が開発したスーツケースなんですが───」 「なんですかこれは。これがスーツケースですって? ふざけないでください。 これは一体何ですか!」 何ですかと聞かれたら正直に答えるしかない。K氏は頭を掻きながらスイッチを押して例のごとくボールペンの先を出して、ミミズがのたくる様な字を書いてみせた。 もちろんその場で追い出された。 K氏はそこでその担当者を高圧電流でヒィヒィ言わせてやろうかと思ったが、なんとか思いとどまった。 最後に防犯製品を扱う会社にも足を運んだのだが、同じように「値段が高すぎる」などと言われて追い返された。 結局何の収穫もなく家に帰ることになってしまった。大金をつぎ込んだこの商品も無用の長物か───。 ところが彼がとぼとぼと大きすぎるボールペンを持って一人歩いていると突然後ろから突き飛ばされた。男が大胆にも車が通る様な大通りで襲いかかってきたのだ。 「や。何をする」 「その大事に抱えているケースを俺に渡して貰おうか」 暴漢にもこのボールペンがケースに見えるらしい。 「いや、これを渡すわけにはいかない。命の次に大事なものだ」 「だろうな。お前がそれを慎重に胸に抱えて会社から会社へ行き来しているのをずっと見ていたのだ。 そんなに大事なものならいただいてやろうと隙をうかがっていたのだが、とうとうそのチャンスがやってきた。さぁ渡せ!」 K氏は必死に抵抗したが暴漢の腕力の方が勝っていた。K氏が誇る防犯機能を発揮するより先に奪われてしまった。 暴漢はいきなりその完全防犯ボールペンのなにかのスイッチを押したが、暗証番号を入れていなかった。 突然催涙ガスがものすごい勢いで噴き出した。 彼の身体はその衝撃で後ろに吹っ飛び、運悪く、走ってきた車のボンネットの上でバウンドしてアスファルトの上を数m飛んで、転がった。 さて、これからどうするかな。とその無残な光景を見ながらK氏はつぶやいた。 とりあえずはボールペンの通報機能で警察と救急車を呼ぶしかあるまい。 しかし事故の原因がこの完全防犯ボールペンと言って通用するかどうか───。 |