ショートショート

白い箱

 それは飲み会があった翌朝の出来事だった。
 私は酷い二日酔いで目が覚めたので、薬箱から錠剤を取り出すと、台所で水を飲もうとのろのろと部屋を出た。
 コップに汲んだ水を錠剤と一緒に流し込む。
 冷たい水道水が胸にしみる。
 やや気分が楽になってから部屋の中を改めて眺めると、酷い有様だった。
 昨日帰ってきたままの状態で服やら紙袋やらが散乱していた。
 まだ違和感の残る体を何とか動かして、脱ぎっぱなしの背広をハンガーに掛けようとしたとき。
 背広の下に白い箱があった。
 私は今まで背広の下にあったので気がつかなかったが、かなり大きな箱である。
 そして昨日まで家になかったものだ。
 まだ酔っているのか?
 いや、この箱は実際に存在している。触ればそこにあるのだ。
 では酔った勢いでどこかから勝手に持って帰ったか?
 いや、こんな大きな箱はこのマンションの入り口から入れるには結構苦労する。というより入らないだろう。
 では誰かが自分が寝ている間に鍵を開けてこの部屋に運び込んだか?
 でも何のために?
 私は箱を改めて観察してみた。
 自分の腰くらいの高さくらいの直方体で材質は紙のようだ。そのわりには角が突き刺さりそうなくらいぴしっとしている。
 色は白で汚れ一つない。
 ある意味では完璧な直方体とも言える。
 だがそれを持ち上げてみると以外と軽かった。
 中は空のようで、開けたらいきなりバクハツするとか毒ガスが広がるとか危険な動物が飛び出してくるとかいうことはなさそうだ。
 ほっておくわけにもいかないし、何が入っているのかという好奇心を抑えられずに私はその白い箱を開けてしまった。
 その中には白い箱があった。
 勿論元々あった箱よりも小さい。
 それだけか。と思って開けてみた箱の裏を覗いてみるとそこにはレタリングされた黒い字で「テレビ」と書いてあった。
 なるほど。元々あった箱はテレビくらいの大きさである。
 私は試しに大きな箱の中から一回り小さい箱を取り出すと、居間にあったテレビを箱に入れてみた。
 ちょうどぴったりの大きさだった。
 さて、大きな箱はテレビをその内に蔵するということで存在理由を持ったといえるのだが、目の前にはそれを持たない一回り小さい白い箱がある。
 勿論それも開けてみた。
 読者の皆さんも既に予想しておられると思うが、その中には更に一回り小さい箱があった。
 ここで「いや、ここになってバクハツするんだろう」とか「最初のはヒッカケでここで箱から白い煙が出て歳をとるんだろう」とか考えた人は少しひねくれすぎていると思われる。
 もっと素直な感覚でこれを読んでもらいたい。
 とにかく更に一回り小さい箱が出てきた。
 蓋の裏をみるとそこには「パソコン」と書いてあった。
 私はそこに買ったばかりのデスクトップパソコンを入れてみると周辺機器も併せてちょうどの大きさだった。
 
 数時間後。
 部屋には大小20個近い白い箱が現われ、私の家具のほとんどをそれらが蔵することになった。
 周りにある箱には全て「カメラ」だとか「煙草」だとか「枕」だとかの文字が書いてある。
 開けていく毎に箱はどんどん小さくなっていく。
 そして「シャツのボタン」を入れたときには白い箱はもう小指の先程になっていた。
 もう私は白い箱を開けることに、箱をどんどん小さくしていくことに恐怖は感じなかった。
 二日酔いの所為か微かに振るえる指でその白い箱を開けた。
 そこには何もなかった。
 軽い失望を覚えつつ、蓋の裏を眺めるとそこに小さな字で「シロイハコ」と書いてあった。
 「シロイハコ」
 「しろいはこ」
 「白い箱」
 その瞬間。私の周りにあった白い箱たちはその小指ほどの箱に全て収まってしまい、その箱はもう開かなくなってしまった。
 ただからっぽになってしまった私のマンションの中には私とその小指ほどの白い箱だけが取り残されていた。

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