ショートショート
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猫御堂〜夜市でその日、D氏は夜市の奇妙な店で奇妙な品を手に入れた。今思うとどうしてそんなものを買ったのか分からないし、そもそもあんな店があったのかどうかも怪しい。 それは弓と矢だった。 夜市に古道具屋が店を出していることにも驚いたが、しかし陶器や置時計や刀剣に並んで弓と矢が置いてあるのを見た時、D氏は思わず店主に聞いてみた。 「これは何ですか?」 その店主というのも実に怪しい人物で中肉中背で特徴といったら眼鏡くらいしかない、無愛想な人物だった。 「弓と矢です」 何とも無愛想な店主だ。 「それくらい分かりますよ。 これはどこか、床の間とか玄関に飾るんですか?」 その弓と矢は骨董品というよりも新品だった。どこにも古さを感じさせるようなところはないし、矢尻などはキラキラと光っていた。 ところが店主は顔をしかめてこう言った。 「違いますよ。これは充分実用に足るものです。 1000年くらい前の品で実際に弓の名手が使ったものだそうです。 この弓と矢の弓のほうは『矢文の弓と矢の弓』と言います」 そういって弓と矢の弓のほうを指した。 それから弓と矢の矢のほうを指して 「この弓と矢の矢のほうは『矢文の弓と矢の矢』と言います」 と言った。 聞いても何だかよく分からなかったが、矢文に使うのだということが分かった。 「じゃぁこれは矢文に使うんですか?」 店主は頷いた。 「誰かの顔を思い浮かべながら手紙を付けた矢を放ってください。 経験なんてなくても結構です。 適当にうっても矢は必ず手紙を届けますよ」 店主がにやりと笑う。唇がきゅっと歪んだ。 気が付くと矢と弓を手に家路についていた。 いっそのこと返品しようかとも思ったが、面倒だったので持って帰ることにした。 D氏の背後では夜市の明りがきらりきらりと輝いていた。 それから一週間くらい経っただろうか。D氏は矢と弓のことを思い出した。 本当かどうか分からないが、誰かに矢文を送ってみることにした。 近くにあったメモに「どうだいおもしろいだろう」と書いて、矢に結び付ける。 それから表に出て矢を構えて弓を引き絞った。 ぎりぎりぎりという弦のきしむ音。意外と弓は硬かった。 そして隣町の友人、F氏を思い浮かべて、心地そっちのほうを向いて、矢を放った。 びゅんッという風を切る音がしたかと思うと、矢はもう見えなくなった。 本当に届いたのか気になったが、F氏に確認はしなかった。 矢文が届いたか、なんて確認するのが恥ずかしかったからだ。 次の日、来客があった。 チャイムの音を聞いて玄関を開けると背広姿の初老の男と若い男が立っていた。その向こうにももう一人、同じような男が立っている。 老人は手帳の様なものを見せるとこう言った。 「警察です」 「はぁ…」 「ちょっと署まで同行して貰いたい」 「はぁ・・・」 あまりに突然のことなので状況が全く掴めなかった。 しかし次の言葉に頭を殴られたような感じがした。 「君には殺人未遂の容疑がかかっている」 殺人未遂───。 「そ、そんな。僕が誰かを殺そうとしたって言うんですか? それは何かの間違いです。ちゃんとした証拠はあるんですか!」 しばらく沈黙があって、若い刑事が口を開いた。 「昨日の晩に隣町で被害者のFさんが食事をとっていたところ、突然窓から矢が飛び込んできました。 矢は真っすぐ被害者の肩を刺し抜きましてね。いえ、被害者は重傷でしたが命に別状はありませんでした。 それで矢には手紙がついていて、そこには「どうだいおもしろうだろう」と書いてありました。 怨恨の線かとも思ったんですがね。鑑識に回してみみたんですよ。 Dさん、あなたの指紋がついてまして。筆跡もどうやらあなたみたいなんですよ。 で、これがどういうことなのか。署で説明していただきましょう」 もはや私は話を聞いてはいなかった。 説明? 説明したところで彼等に通じるだろうか? あの夜市の店はとっくに無くなっているだろう。 「必ず手紙を届けますよ」 私はあの無愛想な店主の言葉を思い出していた。 手紙は、必ず届ける・・・か。 その晩、冷たいコンクリの壁に囲まれて眠るとき。私は一つの考えに至った。 なるほどあれはまさしく与一(夜市)の弓───。 |