私が連行されてから数日。 お兄様はこれまでと同じように拷問を繰り返したが、前のように怒りは湧いてこなかった。怒り よりもお兄様に対する悲しみと思いやりばかりが沸いてきた。 「今日はハデに吹っ飛んだだろう?お気に召しましたかな?」 「まだ・・・・こんな事、するのね・・・・。」 私は悲しかった。こんな形でしか自分を確かめられないお兄様が可哀想で仕方が無かった。 お兄様の色の無い瞳が動揺で揺れる。お兄様は今回の拷問で私を絶望の淵に追いやれると 確信していたのだろう。 「・・・咲耶にはこんなんじゃ生ぬるいかな?」 「いいえ・・・。只今はもうお兄様の事の方が心配だから・・・・。」 「寝言は寝て言ってくれ。」 「待って!!」 ワザと視線を逸らし踵を返そうとするお兄様を呼び止める。 「何か?」 「御免なさい・・・・。」 「はっ?」 「・・・・私。お兄様に・・・・酷い事を言っちゃった。お兄様の事・・・・・悪魔って・・・・・。」 お兄様はじっと聞いてから何も言わずに部屋を出て行った。靴の音だけが虚しく響く・・・・。 私はこれ以上お兄様が苦しむところを見たくなかった。これ以上苦しまないように出来ればこ の手で息の根を止めて一緒に死にたかった。しかし捕らわれの身である私には到底できる事 ではない。 お兄様が私を幽閉している事を知っている上級研究員は私の健康状態に非常に注意を払っ ていた。何でもお兄様がこんな風に誰かと接点を持つ事は今まで無かったらしいのだ。その接 点である私が仮に死ににでもしたらそれこそ自分の命が無いと思っているのだろう。しかしそ れは一部の切れ者の考えた結果であり足元で使われる低級研究員は例外だらけだった。 自分でいうのもなんだがそういう永久サラリーマンみたいな輩にとって私は単なる性的魅力の 対象でしかなかった。 奴等は私に一つの提案を持ちかけた。それは・・・・・私の身体と引き換えにお兄様を失墜させ る事・・・・・。本当はこんな事、絶対にしたくなかったがこれでお兄様が楽になるなら、と取引に 応じた。分かっていた。約束が守られる可能性は0に等しいと・・・。それでも私は少しの望みに 賭けたのだった。 取引が終わってから・・・・私は元居た独房で嫌悪感とありとあらゆる体調の不良に満たされて いた。奴等は約束を守ったのか、お兄様は私の前に現れなかった。 『これでもう彼が傷つく事はなくなる。誰にも束縛されずに自由になる。お兄様・・・。私も直ぐに 行くから・・・・・。』 お兄様がもう傷つく事の無い存在になったという思いだけが、私の理性を保っていた。・・・・ほ んの・・・・少しの間だけ・・・・・。 私の独房に近づいてくる一つの足音・・・・・。それは私の独房の前で止まった。うずくまってい た私の顔に飛び込んできたのは・・・・・・ 「お、お兄様・・・・!!どうして・・・・。どうしているの・・・・?」 「????どうしてってここは俺の家だよ。下らない・・・・・。」 お兄様の言葉は最後まで届かなかった。私の理性を唯一支えていた柱が壊れた瞬間だった。 「お兄様!!もう研究なんて止めて!!お兄様は優しすぎるから・・・だから他人を傷つけ る!!でもそれが自分を守る最良の手段じゃないのよ!!お兄様は他人を傷つけて・・・・結 果的に自分が傷ついて苦しんでるのよ!!」 何か言おうとするお兄様を遮り捲し立てる。 「もう、お兄様が苦しむのも、傷つくのも見たくない!!開放されて欲しいの!!自分の意志と は無関係に人を殺めた忌まわしい過去から・・・・。そして傷ついたお兄様自身から・・・・・。お 願い・・・・。」 お兄様が私の顔を覗き込む。そこに映った私の瞳は狂人の様だった。自分で自分の放つ嫌悪 感にゾッとする。 「いやぁぁぁああ!!触らないで!!私に触らないで!!!」 もやは自分でさえこの絶叫を止める術は無かった。自分の理性を押しのけて感情が火山が噴 火するように溢れてくる。私の絶叫に驚いたガードが駆けつけてくるがそんな事はどうでも良 い。 薄れ行く理性に中でその中に見知った人物を見つける。私に取引を持ちかけたあの男だっ た。 「言ったじゃない!!!お兄様を失墜させてここから追放してくれるって!!!開放してくれる って!!!嘘つき!!!」 私は叫びながら男の周りのヤツを瞬時に叩きのめし奪った警棒を男の頭に振り下ろした。正 確さに欠けていたもののもしも邪魔が入らなければ男は即死だったであろう。 しかし男は死ななかった。引きつった笑いを浮かべ尻餅を付いていた男を助けたのは・・・・お 兄様だった。 「すまないな・・・・。どうやら彼女は疲れているようで・・・・・。連れ帰って俺が責任を持って様子 を見る。安心しろ。・・・・・・それから俺のいなかった間何をしていたか・・・・聞かせてもらうおう かな・・・・。」 お兄様は口調は穏やかだったが全身からは身も凍る様な殺気を放っていた。そして私は再び お兄様に部屋に連れて行かれる事になった。 お兄様の部屋に戻ってから2,3日後。私を食い物にした男どもが何者かによって惨殺された と聞いた。目は潰され、耳、鼻は削ぎ落とされ、舌は引き抜かれ、全身に100箇所以上の骨 折と打撲の後があったのだそうだ。一番酷かったヤツは既に人間の原型を留めないほどに切 り刻まれていたのだそうだ。 しかしそんな事は私にとって何の利益にもならないし実際興味も無かった。あるのはお兄様を 開放できなかった自分の無力さを憎む気持ち。私はこれ以上お兄様が傷つくところを見たくな かった。それから私は一つの決断を下した。 手に持つ剃刀が冷たい。私は一瞬それを見やると静かに手首に当てる。ためらいは無かっ た。剃刀を引く。鮮血が飛び散る。私の意識は血液が体外に出ている事を感じつつ深い闇に 落ちていった。
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