やっと楽になれると思ったのに・・・・・。死すら神は許してくれないのか・・・・・・ 私が次に目を覚ましたのは温かいベッドの上だった。自分で手首を掻っ切ったところまでは覚 えている。かなり血を失ったのだろうか、頭がくらくらし、目眩がする。不意に声を掛けられ一瞬 ビクリとする。 「起きたか・・・・・。大丈夫か?咲耶。」 私の瞳に映る見知った顔。その顔を見て私の中で何かが弾けた。 「どうして・・・助けたの?どうして死なせてくれなかったの・・・?」 「咲耶?」 「そんなに面白い?脂ぎった中年の男に抱かれて壊れた女に慈悲をかける事が・・・・・そんな に面白い!!!?」 視界は涙で歪み、本来の役目は全く果たしていなかった。 「ふっ・・・。良い様ね・・・・。本当はあざ笑ってるんでしょ!?ブタの性欲処理にしかならない汚 れた・・・・」 「言うな!!!!」 お兄様が激怒するが全く気にならない。逆に鼻でせせら笑える位の余裕が、私にはあった。 「やっぱり図星ね。滑稽よ。とても。やっぱり、お兄様、私の事・・・・・。」 「違う!!!俺はそんな事を思っちゃいない!!お前は汚れてなんか・・・・!!!」 「良くそんな事が言えるわね?じゃあどうして抱いてくれないの!?はっきり言いなさいよ!! 自分の家でなんか自殺未遂なんか起こして欲しくないってね!!反吐が出るってね!!迷惑 だって!!!お兄様は単に私に同情してるだけ!!同情して面白がってるだけよ!!!」 お兄様は唇をキッと噛み締めて俯いている。 「だんまり・・・・。懸命ね。言葉では何とでも言えるものね。・・・・・・信じない。絶対に信じない。 お兄様なんて信じない。もう誰も信じない!」 「時期が来たら返そうと思っていた。俺が軽率だった・・・・・・・。」 「嘘!嘘!!嘘!!!全部、全部嘘っぱち!!・・・同情なんて・・・・慈悲なんて・・・・・もう沢 山・・・・。どうして助けてくれなかったの?死をもって・・・・。どうして!!」 お兄様はずっと押し黙ったまま床と睨めっこしている。そんなお兄様の様子を見ながら自嘲気 味に話す。 「お兄様は昔から大切な事は何一つ言ってくれない!そうやって嘘を塗り固めていくんだ わ!!別にお兄様が後悔する事はないのよ。お兄様を今まで信じ続けてきた私が馬鹿で愚か だっただけ・・・・・。もう終わりにしましょう?そうする事がお互い一番だわ。」 「落ち着け。咲耶。俺は・・・・・。」 「抱いて。私が汚れてないと言うなら抱いて・・・・そしてしっかりお兄様のものにして・・・・。」 一瞬困惑した顔になったお兄様だが寂しく微笑むと静かに言った。 「ああ。喜んで・・・。」 選択の余地は・・・・無かった。私を抱く事、お兄様に抱かれる事。全てが儚く脆い夢の様だっ た。そして夢は私達の判断力を奪い、肝心な事をスッポリと包み隠した。 「お兄様も・・・・私を抱くのね・・・・。」 冷めた抑揚の無い、それでいて甘い響きで紡がれた言葉はお兄様の理性を奪うのに十分だっ た。 「ああ。お前に恨まれようが、忌み嫌われようが、拒絶されようが抱くさ・・・・・。」 こうしてお兄様の心も壊れていった。私はお兄様に抱かれる事で、お兄様は私を抱く事で自分 の傷を深くしていった。 彼は私を傷つける事で自分を傷つけ続けた。 私を抱き、辱める事で自分の罪をより大きくした。 それを私は知っていた。でも拒めなかった。 だってお兄様の事好きだったんだもの。 どんなに歪んだ形でも良い。お兄様を受け入れ続けたかった。 私が監禁されてからもう一年近く経つ。私とお兄様の関係は以前のままだった。少し違うとす ればお兄様は毎日のように私を求めてきた。そしてお兄様が私に与える苦痛は私自身の苦痛 でなくお兄様自身の苦痛となっていた。私は心のどこかでお兄様を拒んでいた。別にお兄様を 拒んでるのではない。お兄様に抱かれる事によって思い出される忌まわしい記憶を拒絶してい るだけである。 対してお兄様は毎晩私と肌を重ねる事だけを考えていた。精神的な欲求を肉体を支配する事 で満たそうとしたのだ。 こんな二人の狂った生活は元通りになる事は無かった。なぜなら二人とも狂ったレールを元に 戻そうとする事自体を放棄していたからだ。 本当はこんな関係は断ち切らなければならなかった。こんな何も生み出す事の無い無意味な 関係は自分のためにも、お兄様のためにも終止符を打たなければならなかった。 何時ものように変わらぬ朝が来る。私は軽い倦怠感とともにベッドから起き上がる。隣ではお 兄様が静かに寝息を立てていた。ベッドの近くにあるデスクにナイフが置いてある。お兄様の 大切なものか何かだった様に思う。私は鞘を抜くと静かにお兄様の喉に当てる。後は少し手を 前に押し出してやれば良かった。しかしそれがどうしても出来ない。 「お兄様を殺せるならこんなに苦労しなくて良いのにね・・・・・。」 私はナイフを放り出すと再びベッドに横になった。 「どうして殺さなかった?」 お兄様が私を見ずに虚ろな目で尋ねる。 「気付いてないんだろうけど・・・・お兄様は寝ている時、私の存在を確かめるように私の身体の 何処かに必ず触れているもの・・・・・。」 「ふっ。ざまあないね。情けない・・・・。どうして逃げない?俺は事実としてはお前を監禁してい るが逃げようと思えば逃げられたはずだ・・・・・。・・・・俺に対する慈悲か・・・・・・。」 「そんな感情ではないわ・・・お兄様・・・・。」 深く深呼吸すると話を続ける。 「私・・・私ね・・・・。本当は分かってたの・・・。抱かれれば抱かれるほど・・・・お兄様が壊れてい くの・・・・。でも・・・・本心から拒めなかった。お兄様の事ずっと好きだったから・・・・。抱かれな くなるのが・・・・手放されるのが・・・・怖かった。」 静かにお兄様が口を開く。 「実に愉快だね。何て愉快で、愚かで、残酷で・・・・。俺はお前の肌を他人に取られるまで、自 分にとってお前がどういう存在なのか、・・・・全く理解していなかった・・。気付いた時はもう後の 祭り。残されたのは傷つき絶望に覆われたお前だけ。何とかして助けようとした事が逆にお前 を・・・・更に傷つけた・・・・。俺はお前を・・・・・失いたくなかった。何時もお前に傍らにいて、お 前を何時も傍らに置き続けたかった。」 お兄様が静かに・・・・・そして力強く私を抱きしめる。 「咲耶・・・・。先に愛したのはね。俺なんだよ。ずっと前から愛していた・・・・。」 私はお兄様をしっかりと見据えると切り出した。 「死にましょう。私達。」 お兄様もこの言葉を予想していたのか、別に驚く風もなく頷いた。 「毒なら・・・・この部屋に吐いて捨てるほどある。」 こっちの考えてる事が悟られてちょっと苦笑する。もしもこんな狂った関係でなければ、素直に 喜べただろうが・・・・。 「私から飲むわ・・・。」 「同時にしよう。」 「嫌。最近吐き気が頻繁にするの・・・・。一緒に飲んで私だけ生き残るなんて絶対に嫌。」 私はお兄様の手の上で弄ばれてるビンを受け取るとカプセルを取り出す。 「一足先に逝くわね。」 そういうと躊躇う事無く薬を口に入れた。 「うっ。うぐっ。んーーんぐっ。」 薬を飲んだ瞬間激しい吐き気のために洗面所に駆け込む。そしていの中身を全て吐き出し た。 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・。」 私が口を漱いでいる時にお兄様がやってきた。なぜか笑っていた。 「死ぬのはまた今度にしよう。何時だって死のうと思えば死ねるんだから。方法は他にもあるは ずだ。だから思いつく方法を全て試そう。探して、探して、探しまくって。」 私は一瞬お兄様が何を言っているのか分からなかった。 「どういう事よ!お兄様!!」 相変わらずニヤニヤ笑っているお兄様。 「う〜ん。男かな?女かな?名前はなんにしようか?咲耶。」 「は?何訳分かんない事言ってるの?」 お兄様は心から可笑しそうに笑うとこういった。 「咲耶もニブチンだな。俺達が死なないのは新しいチャンスを手に入れたからだよ。」 「チャンス?」 この時の私の顔はさぞ面白かっただろう。 「分かんないのか?全く・・・・・。」 お兄様は一瞬呆れると少し顔を赤くしてはにかみながらこう続けた。 「お前のお腹に赤ちゃんがいるの。俺とお前のね。」 私はもちろん耳を疑った。 「赤ちゃん?・・・私の・・・お腹に・・・赤ちゃんがいるの・・・・?私と・・・お兄様の子供・・・・。」 思わず熱いものが堪えられなくなって溢れ出す。しかし心は実に清々しかった。 それからお兄様はそれらしい理由をつけて研究を退いた。そして今までの自分の行いに深く反 省をした様だ。それから私達は世間から離れてある山中の湖のほとりに家を建てて住む事に なった。そして現在に至る。 「う〜ん。名前は何にしようかな〜。思いつかないな、全然。」 「もう。朝からずっとそればっかりね・・・・。」 テラスにある椅子に腰掛け、ずっと腕組みして唸っているお兄様を呆れつつ眺める。 「咲耶?」 「なぁに?お兄様。」 お兄様は初め、照れ臭そうだったがポケットから何かを取り出した。 「こっちに来て。」 「う、うん。」 お兄様は私の左手をとり薬指に・・・・・ 「受け取って・・・・貰えるかな・・・・?」 次の瞬間、私はお兄様の胸に顔を埋めながら言う。 「喜んで・・・・」 それは・・・二人の思いが一つになった瞬間だった。
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