新規ページ003 私には兄が一人いる。お兄様とは小さい頃に生き別れついこの前に再開したばかりだった。 私が知らないこの数年にお兄様に何が起こったか私は知らない・・・・・・。お兄様にはかつての 面影は無く只の残虐な獣に成り果てていた。 研究所のとある一室。私の目の前には変わり果てたお兄様が立っている・・・・・。 「咲耶・・・・。やっとお目覚めのようだね・・・・。全くお寝坊さんだな・・・・。」 別に私は拘束されている訳ではない・・・・・。しかし逃げられなったし、逃げようとも思わなかっ た。 「お兄様・・・・。どうして・・・どうしてこんな事をするの・・・・?」 お兄様は微かに口を歪めて笑ったが、目は凍りついたままだった。 事の発端は私がお兄様を訪ねた事だった。離れ離れになっていたお兄様から突然、こっちに 来ないか?という誘いがあったためだ。もちろん私は即座に行くと決めたのは言うまでも無い。 お兄様は離れ離れになってからバイオテクノロジーやナノテクノロジーを学び海外に留学した のだそうだ。今ではその国の政府のトップレベルの研究所の所長である。大統領でさえ迂闊に 口を挟めないのだとか・・・・・。私はもちろん立派になったお兄様を見てとても喜んだ。あれを 見るまでは・・・・・。 お兄様は私を研究所に招くと(と言っても研究所そのものがお兄様の家になってるの。)突然 私を監禁し、それから毎日のように虐待を課した。お兄様は私を虐待するためなら手段を選ば なかった。しかし与えられたのは精神的苦痛のみ・・・・・・。どれほど辱められた方がマシ、と思 った事だろうか・・・・・・。ある時は人体実験に立ち会わされ、実験体を麻酔無しでジワジワと痛 めつけながら嬲り殺しにするのを見せられた。今でもその時の実験体の悲鳴が耳から離れな い。 またある時は、実験に失敗したサンプルを私と強化ガラス一枚隔てた向こうの部屋に入れ、持 たせた爆弾で爆殺した。今でも飛び散る血や肉片が生々しく脳裏に焼きついている。 監禁されてから大分たったある日。 「咲耶。元気が無いな・・・・・。どうかしたのか?クククッ。」 お兄様は研究のレポートをまとめながら私に問い掛けてくる。初めは何とかしてお兄様を止め ようと色々と抗議をした。しかし必死に訴える私を、お兄様はまるで 面白い物を見るような目つきで眺めているだけだった。私はお兄様の問いに答えようとはしな い。もう何を言っても無駄だと分かっているから・・・・・。 「何だ。何も言わないんじゃつまらないな・・・・・。今日はどうやって楽しもうか・・・・・。だいたい やれる事はし尽くしたしな・・・・・。」 「・・・・・どうして・・・。・・・どうしてこんな事をするの!?何で罪の無い人を弄んで殺すの!!? もう止めて!!こんな無意味な事!!」 「どうしてって言われてもねえ・・・・。暇だし・・・。どうせ不良品は処分しなきゃいけない し・・・・・。ま、一種のゲームみたいなもんだよ。」 「ゲーム!!?あれがゲームって言うの!?人の命がかかってるのよ!!?研究は遊びじゃ 無いのよ!!何とも思わないの!!?」 お兄様はレポートから目を上げると冷ややかに微笑んだ。 「思わないなあ・・・・。全く。考えた事も無かったよ。面白い事を言うね、咲耶。と、言っても喋り だせばそれしか言わないけど。そういうの馬鹿の一つ覚えと言うんだよ。」 「同じ・・・・人間なのよ・・・・。」 お兄様はまるで会話を楽しむかのように冷たく笑うと続けた。 「俺は死ぬような思いでこの地位を掴んだ。死にたくなければ俺よりも偉くなればいい。地位の 低い者が俺に従うのは当然だろ?もっとも偉くなれないから俺の玩具止まりなんだけど ね・・・・・。」 「お・・・兄様・・・・。」 「何か?愛しい咲耶。」 「悪魔・・・・。貴方は狂っている・・・・。」 「有難う。気が利くね。俺のとってそれが最高の褒め言葉なんだ。嬉しいな。」 この時私はお兄様を生かして置く訳にはいかないと思った。あんな狂った人間は生きていては いけない。 「絶対・・・・殺してやる・・・・・。」 ある時お兄様が留守の間に部屋を何気なく見回していた。殺風景な部屋を到底人が住んでい るとは考えられない位だった。そんな部屋にポツンと置かれた本が目に入る。それは古ぼけた 日誌だった。初めのページをめくる。日付は・・・・・私と別れてから2ヶ月ほど後だった。 「この時は・・・・丁度細菌兵器を使ったテロがあったころじゃ・・・・・。」 私はそんな事を考えつつページをめくる。その瞬間、これに凄まじい事が書かれていると理解 した。日誌は(恐らく涙かなんかのためだろう)歪んでいて所々字がぼやけていて辛うじて読め る程度だった。そこに書き綴られた言葉・・・・・。周りの物から迫害される恐怖、誰も助けてくれ ない孤独、理不尽な暴力に対する憎悪、自分以外の人間に対する拒絶。 まだお兄様が10歳ほどの時だ。熱いものが知らず知らず頬を伝う。 仕方が無かったのだ。だってそうしなければ死んでしまうもの。当然の事だ。無意識に体が動 き沢山の人を殺めた。辺りを血の海にはしたけれど・・・・お陰で彼はこうして生きている。 生まれつき頭が良かったためであろう。お兄様は無実の罪で皆から迫害されていたの だ・・・・・。静かに日誌を元に戻す。 お兄様がこんな経験をしていたなんて・・・・・。私はショックと同時に激しい後悔の念に襲われ た。 「私は・・・・・お兄様に絶対に言ってはいけない事を言ってしまった・・・・・・・。」 ふと背後に気配を感じ振り返る。 「やあ。俺がいない間、いい子にしていたかい?」 お兄様の顔を見てさっきの文面が再び蘇る。 「お兄様・・・・・。お兄様は・・・・誰も信用できないのね・・・・・。だから・・・人を傷つけて・・・・自分 を守ろうとした・・・・。」 お兄様の表情が微かに陰りを見せる。 「君に同情される筋合いは無いが?」 「もう怖がらなくてもいいの。安心してお兄様。私が全部受け止めてあげるから・・・・・。だか ら・・・怖がらないで・・・・。」 お兄様の表情がより怪訝な物になった。 「怖がっている?フッ。とうとうおかしくなってしまったか。おい。」 お兄様はガードを呼ぶと私を何処かに連れて行くように指示をした。それでも構わず喋り続け る。 「私は何時でも傍にいる。お兄様はもう一人ではないわ。だらか・・・・・だから、もう人を殺める のは止めて・・・・。殺したくなったら私を殺して・・・。何時でも受け止めてあげるから・・・・。」 「連れて行け。」 私はガードに引き摺られながらもずっとお兄様を見つめていた。初めてお兄様の顔が寂しそう に見えた。
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