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「一応着替えを用意した。何時までもそんな格好でいる訳にはいかないだろ?シャワーでも浴
びて着替えてくれ。使い方は・・・・分かるだろ。」

いたって冷静で、無機質な口調の兄に千影は眉をひそめる。

「・・・・何を・・・・怒っているんだい・・・・・?」

決して自分には触れようとせず、何かを手渡す事でさえ間接的に行う兄に千影の苛立ちと不
安も限界に達しようとしていた。

「面白い事を言うな?別に怒っていない。」

無言で「普通だ。」と告げる兄の視線は儚く寂しそうなものだった。なんで自分にはこんな視線
しか向けず、自分を拉致した奴等をあれほどまで叩きのめせるのか、千影は分からなかった。
そしてまた・・・・兄もそんな自分の気持ちを持て余していたのだった。

「・・・・怒っているのか・・・・寂しがっているのか・・・・・ハッキリしてもらいたいな・・・・・・。」

的を獲ている問いに困惑顔で首を捻る兄。拗ねた子供の様に黙りこくってしまった兄を見て、
千影は諦めた様に彼の家のバスルームに向かっていったのだった。しかし千影は兄の傍にい
るのが嫌いではなかった。むしろ安堵さえしている自分がいる。千影もまたバスルームで服を
脱ぎながらこの不可解な感情が何なのか、思案しているのだった。

「・・・・まぁ・・・どうでも良いか・・・・・。・・・・・それよりも・・・・早く儀式の続きをしないと・・・・・。」

そう思って粗方服を脱ぎ終えた千影が再び眉をひそめる。もちろん普通の家だからバスルー
ムも普通だと思っていたのが間違いだった。目の前には沢山ボタンのついたパネルがある。
千影は超常現象については十八番だったが機械はさっぱりなのである。もちろん千影にどうす
れば良いのかなど分かるはずも無い。千影は置いてあったバスタオルを纏うと再び部屋の戻
るが、相変わらず部屋の隅で唸っている兄を見て『・・・重傷だな・・・。』と勝手に納得し再びバ
スルームに戻った。

「・・・・適当に・・・・押してれば・・・・何とかなるだろう・・・・・。」

適当に2つのボタンに目星をつけて押してみるが、彼女の思惑通りにはならず、バスルームに
はスチームとバスソープが充満しただけだった。初めは面食らった千影だが機械に舐められ
ている様で意地になる。千影はチョコンと座り込むと手当たり次第にボタンを押し始めた。ある
意味無邪気にボタンを押すのは良いが、既にバスルームはとんでもない事になっていた。

「・・・・これも違う・・・・。・・・・これか・・・・きゃっ!!」

いい加減イライラしてきた千影が同時に押したボタンは冷水を千影に叩きつける。自分ではそ
んなに大きな声で叫んだとは思っていなかった様だがうんうん唸っていた兄を正気に戻すには
十分だった。兄はバスルームで何が起こっているのか瞬時に理解し、鈴凛を密かに恨みなが
らバスルームに飛び込んだのだった。兄は千影が押し捲っていたボタンを解除し余計な効果を
全てストップさせた。

「一体何をやって・・・・。」

びしょ濡れになった事に腹を立てて呶鳴り付けようとする兄。だが千影の艶姿を見てしまい、慌
てて背中を向ける。

「わ、わりぃ・・。」

「・・・・仕方ないじゃないか・・・・・。どれを押せば良いのか・・・・分からなかったのだか
ら・・・・・。」

「分かんないなら聞けよ!!」

「・・・・部屋の隅で・・・・唸っていたのは・・・・・誰だっけね・・・・・。風呂に入れと言ったの
は・・・・・誰だったかな・・・・・?」

シャボンや色々な効果が名残惜しいのか、気付かない兄が恨めしいのか、嫌味ったらしくネチ
ネチと喋る千影。

「そんな事はどうでも良い!!それより・・・・隠そうとか思わないのかよ!!」

「??何を・・・・?」

何を言われてるのか全く分からない、という風に首を傾げる千影。

「今、どういう状況なのか、分かってるのか!!」

テキパキと水温を調節しながら叫ぶ兄。

「・・・・・どんなって・・・・・風呂に入っている・・・・・?」

鈍感な千影に業を煮やしたのか、兄はピクピクと震えながら千影に振り向く。

「お前は裸で、ここは俺の部屋。他には誰もいない。俺が・・・・・。」

その言葉を聞いてやっと兄の言いたい事を理解した千影であった。

「・・・・何かするつもりかい・・・・?・・・・私を・・・・抱きたいの・・・・?」

緩やかに立ち上がると無言のままの兄を見つめる。

「するわけ・・・・ないだろうが・・・。」

苦しそうに、寂しそうに外された視線が兄の気持ちを言葉よりも端的に表している。

「・・・・ならば・・・良いじゃないか・・・・・。・・・・幾らでも見せてあげるよ・・・・・・。」

無感情に放たれた言葉が心に深く突き刺さる。キスにさえあんなに動揺した彼女がこんなに大
胆に、自暴自棄になる。自分の中での不安が確信へと変わっていく。体中に広がる震えが止
まらず、頭痛さえし始める。

「・・・・但し・・・・見るだけだよ・・・・・?」

あからさまに視線を逸らした兄に挑発する様な眼差しで近づいていく千影。自分の行動や言動
に過剰に反応する兄が面白くて仕方が無い、といった風に・・・・。
しかし兄は透き通る様な手に自分の手を重ねると優しく掴んで体から離す。

「悪いね・・・・俺は今のお前に魅力なんざ感じないね。汚れたお前になんかね・・・・・・。」

「!!!誰が・・・汚れたと言うんだ!!!」

きつく唇を噛み締めながら言った兄の言葉に、普段は感情を面に出さない千影が激怒する。
千影はしっかりと兄を下から見上げると言い放った。

「・・・残念だが・・・・あのような下郎どもに・・・・そんな事をさせるとでも思ったのか・・・・!?・・・
確かに少し身体に触れられたりはしたが・・・・まだ誰にもそんな事をさせた事など無
い・・・・!!!・・・・貴様の頭は・・・・一体どうなっているんだ・・・・・!!!」

激怒した千影の怒りはまだ収まらず喚き続ける。

「・・・・私は・・・・正真正銘の・・・・処女だ・・・・!!!!!!!」

キュッと唇を噛んで千影の話を聞いていた兄が、最後の言葉を聞いて突然笑いだ出したかと
思うと千影をいきなり抱き締めた。

「ちょっ・・・・何をする・・・・・!!!」

力いっぱい抱き締められて動揺する千影を、兄は尚も抱き締め続ける。ずっと、ずっと・・・・・。
自分を覆い尽くす広い肩と、意外と逞しい胸板に胸。それらに抱えられ千影は途方にくれなが
らも内心こう思っていた。

『・・・・こういうのも・・・・・悪くない・・・・・。』

そしてどういう訳かいがみ合っていた2人は2つではなく1つのベッドでじゃれ合う様に眠りに就
いた。言葉よりも態度で示した兄に千影が答えたのだった。



それから1年。兄妹という関係には程遠い生活をしていた2人に別れは唐突に訪れた。千影と
兄の関係に懸念を抱いた千影の父から兄自信に、彼女と別れる様に命令があったのだ。従わ
なければ千影を殺す、という条件付で。
兄は無言のまま自分の家へと帰っていった。
部屋に広がる温かい光と夕食の匂いが2人の関係と生活を象徴している。妹である千影が恋
人さながらに部屋の中を行ったり来たりして夕食の準備をしているのである。
『夫婦だな、これは。』
ままごとの様な生活。変わっていく自分。余りに当然の様に過ぎていったずれた生活。ずれた
関係。そして兄は今、居心地の良かったこの空間を自分の手で壊さなければならなかった。こ
こで初めて兄は自分が千影に固執していた理由を知った。『ブチのめす』=『守りたい』ただそ
れだけだった。誰にも取られたくなくて、取られる事を恐れて、自分で奪っただけの事。
出来ない。自分には遂行不可能な命令。だがしなければ千影を失う事になる。それが無限ル
ープの様に頭の中で回っている。

「別れよう。」

一体何を言っているのか、と不思議そうに兄を見つめる千影。

「・・・・ただいま・・・じゃないかい・・・?・・・普通・・・・。」

呆れた様に溜め息をつくと「・・・・すまない・・・・。兄くんは・・・・普通じゃなかった・・・・・。」と付け
加え席に座るように促す。そんな千影を抱き寄せると兄は真剣な面持ちで切り出した。

「お前の親父から、千影と別れないと千影を殺す、と言われた。もう新しい部屋は見つけてあ
る。今日中に荷物を纏めて移ってくれ。」

初めて困惑顔になる千影。

「もう・・・・ままごとは・・・・終わりだ。」

さり気無く渡されたキーを持て余す様に千影は兄を見上げたが、兄の瞳には何の感情も映し
出されていなかった。千影は暫く無言で考えていたが、顔を上げると薄く微笑んだ。

「・・・分かった・・・別れよう・・・・。・・しかし・・・また会いに来るよ・・・・。」

また会えるかどうかも分からないうちからこんな事を言う。兄は千影の強さというか、大胆不敵
さというか・・冷静沈着というか・・こんなところが好きだった。同時に憎たらしくもあった。自分に
無い物を全て持っていると思うと無性に腹が立ったのだ。
千影は適当に返された相槌を確認すると兄に向かって思い出した様に口を開く。

「・・・私・・・・兄くんの事・・・そんなに嫌いじゃなかった・・。直情的で・・・・自信家で・・・。憎たらし
いけど・・・・私が・・・・持っていないものばかりだもの・・・・・。・・・仕方ないのかも・・・・しれない
けどね・・・・。だから・・・今度は私が・・・・兄くんには絶対に手に入らないものを・・・・見せてあ
げるよ・・・・。・・・楽しみにしてて・・・ほしいね・・・・。」

翌日、荷物を纏めて出て行く千影に向かって兄が呟く。

「お前は・・・・このままで十分さ・・・・。」




それから幾年もの月日が流れ、あの出来事が遠い過去になりつつあった時、千影は約束通り
再び兄を訪ねた。開けたドアの向こうに兄は意外なものを見つけ絶句する。

「フフ・・・兄くん・・・・久しぶり・・・・。」

前よりもさらに大人びた千影の横には、彼女をそのまま小さくした様な娘が寄り添っている。

「結婚・・・・したのか・・・・。・・・・おめでとう・・・。」

ショックを隠し切れずに一言言うのがやっとの兄。そんな兄の頬に手を当てると千影は不意に
キスをする。怪訝な顔をして千影を受け止めた兄の耳元で一言。

「・・・・言っただろう・・・・?・・・兄くんには・・・・到底・・・手の入らないものだよ・・・・・。」

「・・・・そのようだな・・・・。」

「・・・・責任は・・・・もちろん取ってもらえるだろうね・・・・兄くん・・・?」

「えっ!?」と硬直する兄に、ほのかに頬を染めながら、今まで見た事も無い悪戯っぽい笑み
を浮かべる千影。

「・・・・まあ・・どちらかというと・・・・2人で共有するものだけどね・・・・・。・・・でも・・・・これな
ら・・・・今度は・・・・。」




『・・・人目を・・・気にせずに・・・キス出来るだろう・・・・?』

その言葉は発せられる事は無かった。なぜなら重ねられた2人の唇に吸い込まれていってしま
ったから・・・・。
それは、2人がこれから歩んでいく新しい人生の確認だった。

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