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『彼ほど鈍感な人はいないわね。』

『同感。』

昼時の忙しい教室で熱っぽく語る12人の妹の兄に丁寧に相槌を返しながら佐々木と竜崎は
ふぅ〜と溜め息を漏らす。兄の口から出る話はここのところずーっと同じだった。そう、昨日も
一昨日もその前も聞かされた事だ。こっちも覚えたくも無いのに覚えてしまうほどに。単純に計
算してここ2週間は同じクラスのこの兄と顔をあわせ、彼が口を開けば必ずこの話になるので
ある。いい加減聞き飽きている佐々木、竜崎、たか美の3人である。といってもたか美は爆睡
しているが。

「・・・だからよ・・・ってちゃんと聞いてるのか?オイ!たか美!起きろ!」

「んん?ちゃんと・・・ふぁ〜聞いてるよ・・・。」と寝惚け気味のたか美。「はいはい。」とウンザリ
している佐々木。「そうね・・・。」と困惑顔の竜崎。たか美があんな調子だから女性二人にお鉢
が回ってきてしまうのだ。言われてる傍から再び夢の世界へ旅立つたか美。

「心配しないで。ちゃんと私達が聞いてるから。」(竜崎)

「それとも私達じゃ駄目かしら?」(佐々木)

「そんなこと無いって。君達だから話してるんだよ!こっちもハナからたか美に期待してねぇ
し。」

「まあ、彼には興味の無い事なのよ。それで?」(佐々木)

聞き手上手の佐々木はさり気無く先を促す。兄は憎たらしいのか嬉しいのか分からない口調
で話し出す。

「それでよ・・・。アイツときたら・・・。」

「うん、うん。貴方を見て笑ったのね?」(佐々木)

ついつい先に口が出てしまうがそんな事はお構いナシに話し続ける兄。

「そうなんだよ!妹の癖に兄に楯突いて・・・・とんでもない跳ねっ返りのじゃじゃ馬だよ、アイツ
は!」

「そうなの?」と苦笑しながら答える竜崎。

「女の癖に何時も取り巻き沢山居るし、オカルトに被れてるし、野蛮というか何と言うか・・・・も
ちろん佐々木さんや竜崎さんみたいな聡明な女の子は違うぜ?あんな奴と結婚した日にゃあ
地球最後の日みたくなるんじゃないか?兄として大変だよ。」

そして拳をギュッ握って力説する兄。

「アイツは女じゃないね!悪魔だ!!というか現にそうなんだけど。正しくピッタリだぜ!」

「あらあら随分な言い様ね・・・・。」(竜崎)

苦笑いする佐々木と呆れる竜崎を尻目にさらに力説しようとする兄を、構内に広がった喧騒が
打ち消す。喧騒の原因はやがて人伝に兄の耳に入る。すると兄はたちまち水を得た魚の様
に、目をキラキラ輝かせて立ち上がる。そして何時もの様に友人をほったらかして喧騒へと突
っ込んでいくのだった。

「何なんだ?アイツは・・・・。」

何時の間にか起きて兄を見送っているたか美に女性二人はクスッと笑って答えた。

「仕方ないわよ。それだけ好きって事でしょう?」(竜崎)

二人の言葉に素っ頓狂な声を上げるたか美。

「気付かなかったの?鈍いのね・・・。」(佐々木)

小首を傾げて微笑む二人に普段は大人しい人で通っているたか美が絶叫する。

「恋をしているに決まってるじゃない。あの二人・・・・相思相愛ね。きっと。兄妹だっていうのが
ちょっと問題だけど・・・・。」(竜崎)

「でも相手は人間じゃ無いし・・・・良いんじゃないかしら?」(佐々木)



「ふっ・・・・。この程度か・・・・。・・・この程度でよく私に・・・・挑んでこれるな・・・・・。」

素手はもちろん得体の知れない力をフルに発揮して男どもを叩き伏せ、彼女は少し乱れた髪
をそっと整える。彼女・・・千影は何時もの様に自分を取り巻いている野次馬に好戦的な眼差し
を送り、挑発する。

「・・・・脆弱だ・・・・全くもって・・・・脆弱だ・・・・・。・・・こんな所にいるから・・・・兄くんも・・・・ひ弱
なのだよ・・・・。」

「ほう?兄に対して良くそんな口を聞けるな?」

「ふっ・・・・。・・・もう来たのかい・・・・。・・・・兄くんもつくづく・・・・暇人だね・・・・。」

千影は不敵に微笑みながらゆっくりと背後の兄に向かって向き直る。

「それとも・・・・私に何か・・・・用でも・・・?」

「あるさ。二度とデカイ口を聞けない様にしてやるよ。」

緩い動作で模造刀を構える兄に、身構え呪文の詠唱を始める千影。2人は当然の様に対峙
し、すぐさま剣と呪文の応酬を始めた。パワーに秀でている兄とスピードに秀でている千影。当
然の様に繰り返されるやりとりはさらに数を増した野次馬にも左右される事はなった。
まるで舞う様な美しさと力強いやりとり。2人だけの誰も邪魔できない空間。第3者は息を呑ん
で見守る事しか出来ない空間。2人だけがそこに存在する。そしてお互いを強く主張している
のだ。他人が入る隙など全く無い。
しかしそれを破ったのは千影だった。千影は何度目かの牽制の後、挑発する様に微笑む。彼
女の表情にカチンときたのか、兄は眉間に皺を寄せ力強く踏み込んで間合いを詰める。目に
も留まらぬ斬撃をひらりと避けると空高く舞い上がり空中で静止する。歯軋りする兄を尻目に
千影は再び微笑んだ。

「今日は・・・・楽しませてもらったよ・・・・・。・・・・それでは・・・・。」

「逃げんのか!!!」

「・・・全く頭の悪い人だ・・・・・。そうに決まっているだろう・・・・・?・・・・ここはギャラリーが・・・・
多過ぎるからね・・・・。」

ほんの少し寂しげに、それでいて悔しそうに歯軋りする兄を鼻でせせら笑い、千影は空に掻き
消す様に消えていく。

「あ〜らら。逃げられちゃったみたいね?」

「竜崎さん!?ああ・・・みんなもいたのか・・・・。」

珍しく苛立っている兄に少し身を引くたか美。

「なあ、変な事を聞くが・・・・お前・・・・千影ちゃんに特別な感情なんか抱いてないよな?」

たか美の問いに首を傾げる兄。

「特別な感情?確かに固執はしてるけど・・・・・何時かボコボコにしてやろうと思ってるからな。」

きょとんとしながら答える兄は千影の消えた空を見上げながら呟いた。

「次は・・・・逃がさない・・・。」

言葉とは裏腹に彼の視線は寂しそうだった。



今回は失敗した。ハッキリ言って。予定ではこんなに早く見つかるはずではなかったの
に・・・・。なんで何時も何時もアイツは自分の気配を嗅ぎ取って駆けつけてくるのか・・・・。千影
はそっと溜め息をつく。
別に興味の対象ではなかったが、ここへ忍び込む度に現れるあの華奢で態度のでかい兄に、
千影は苛立っていた。別に何をされた訳でもない。物心ついた頃から嫌いだったのだ。生理的
にああゆうタイプは嫌いなのだ。そして兄に会うと良くない事が起きる。いや現に起きている。
とある事情で兄の部屋にテレポートした千影は不覚にもトラップに引っかかり催眠ガスを吸い
込んでいた。

「クソッ・・・・・私と・・・・した事が・・・・。」

忌々しげに宙を睨むと何とかベッドの上に倒れこんだのだった。



兄は今自分の部屋に起こっている状況を理解しかねていた。あの騒ぎの後戻ってきた兄は自
分のベッドで眠りこけている女の姿をみて素直に絶句していた。そして部屋に残る微かなガス
の臭いで事の次第を理解したのだった。
別に会いたいと思っていた訳ではない。決着をつけたかったのは確かだが、何故自分の部屋
に・・・・ベッドに寝ているのだろうか・・・・。
兄は仕方なさそうにベッドへ寄るとすやすや眠っている千影に目をやった。「静かにしてれ
ば・・・・可愛いのによ・・・。」と素直に溜め息をつく兄。次の瞬間彼女の目が開き、続いて全身
に激しい痛みを感じる兄。ベッドの反対側に転がり落ちる様にしながら降りた千影は寝を白黒
させながら吐き捨てる。

「私に・・・・何をした・・・!!!!」

やっと電撃系の呪文を食らったのだと理解した兄は煤を掃いながら侮蔑の視線を送る。

「お前こそ人の部屋に上がりこんで何をやってんだ?ああ?それから何でほとのベッドで寝て
んだよ。」

「私は・・・・。」

そこで暫し首を傾げて考える千影。

「そんな事はどうでも良い。早く出て行ってくれよ。ここにいられると迷惑なんだよ。」

「・・・・兄くんに・・・・指図される筋合いは・・・・無いな・・・・。」

「あのな!お前がここにいたら困るんだよ!近所に人に誤解されるかもしれないし、クラスメー
トにだって・・・・。」

言葉を荒げる兄を無視しながら興味ぶかそうに整った部屋を見回す千影。部屋に転がってい
る分厚い書物や見た事も無い薬品や機械の部品の数々。そんな物を見れて無邪気に喜んで
いるのか、兄の静止も無視して歩き回る。

「お前には遠慮とか、良識っつーもんは無いのか!!初めて人の部屋に来て勝ってに家捜しし
始めるなんて!」

「少し・・・・静かにしてもらいたいな・・・・・貧弱兄くん・・・・。」

「誰が貧弱だ!!!!!」

ブチ切れる兄をからかうのがそんなに面白いのか、千影がクスクス笑いながら近寄ってくる。
「何だよ・・・。」と警戒する兄の頬に手をかけ、千影は唐突に兄の頬にキスをする。真っ赤にな
った兄を見ながら「・ククク・・・アハハハハハ・・・・やはり・・・・初めてだったか・・・。」と腹を抱え
て爆笑する千影に、さすがの兄もカッときたのか、今度は兄が千影を力ずくで引き寄せると無
理やり口付けする。
千影は驚きを隠せずに抵抗するが、腰に回った腕の力と強引に開かれた唇への抱擁に意識
が薄れていく。何度も何度も一方的に唇を組換え、角度を変えて自分にキスし続ける兄に、千
影は初めて男性的な魅力を感じ身を任せていたのだった。

「思ったよりもウブなんだな、お前。」

兄の素直な感想に今度は千影が切れ、兄を突き飛ばし睨みつけて言い放った。

「・・・悪かったね・・・・どうせ初めてだよ・・・・!!!!!」

微かに潤んだ瞳で睨まれて兄は言葉を失う。千影は唖然とする兄から逃れる様に夜の街に飛
び出して行ったのだった。


                                 次の日、学校にて

「お〜い。どうした?」

「食わないならもうらうぞ。」と無言に語りかけてくるたか美に兄は慌てて返事をする。

「ああ。何でもないよ。それから人のを勝手に食うなよ?」

佐々木の差し入れを機械的に口に運びながら、ぼ〜っとしている兄の右手はさっきからずっと
唇を撫でている。困惑+呆れ顔の友人達に取り繕う様な笑顔を向ける兄だが、やはり心はこ
こに在らず、といった感じで目は明後日の方向にとろ〜んと向けられていた。

「まさか・・・キスでもしたの・・・?」(竜崎)

「んなわけねぇよ!!何言ってんだ!!ちょっと竜崎さん、下品&悪趣味だよ。誰が千影とな
んか・・・。」

控えめな竜崎の問いに大声で反論する兄。自分では認識していないのだろうが、顔は真っ赤
だし、嬉しそうに口元は緩んでるし、何より聞いても無い相手の名前を喋っているのだ。必死に
否定する彼を見ながら溜め息をつく3人だった。




「不覚だった・・・・。」

放り込まれた廃屋の中で千影は寝返りを打つ。兄の家から飛び出して直ぐ、彼女は日頃から
敵対していたグループに拉致られたのだ。(彼女は気に入らない奴を片っ端から潰していった
ため。)ここへ放り込まれてからどの位時間が経ったのか定かではないが、日頃から帰らない
事の多い事実がこの時は裏目に出た。

「下郎が・・・・・!!」

動揺さえしていなければ絶対に勝った相手だった。そう考えると、やはりその原因を作った兄
に対する怒りが込み上げてくる千影であった。近付けない様に張った結界もそろそろ限界であ
る。
不意に外が騒がしくなったかと思うと今度は緩やかな足音が近づいてくる。千影は反射的に身
を固め防御姿勢に入った。重苦しい音と共にドアが開き闇だけだった部屋に光が差し込む。不
意に差し込んできた光に目を伏せがちになりながらも千影は光を見やった。やはり、男が立っ
ていた。

「待たせたな。行くぞ。」

思っていたのと違う声。自分を闇に閉じ込めた者とは違う声。変に威張ったその声に千影は聞
き覚えがあった。

「どうした?」

優位に立っているつもりなのだろうか、ニヤニヤと満足げな笑みを浮かべる兄。千影は至極当
然に差し出された手に引き摺られる様にして廃屋を後にしたのだった。

「今日は何も喋らないな。流石に懲りたか?」

まるで嘲笑うかの様に一人喋っている兄に静かに憎しみを募らす千影だった。








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