『傍迷惑な女達』番外編
「愛の夢」
成島 潤・成島 青華 編
教育学部で教員免許を取っておきながら、卒業すると何故かアメリカに留学し、 苦手だと言っていた経済を勉強する為にまた向うの大学に入った。 更にアメリカの企業で実務を学んで帰国した彼女は用意されていた父親の会社の役員の席に就いた。 最初は「若いから」「女だから」と眉を顰めていた者達を納得させる力を発揮して。 「潤、帝国ホテルの孔雀の間、土曜日で大安、押さえといて欲しいんだけど」 伯父のコネで秘書室長をしている僕は彼女に呼び出されていきなりそう言われた。 土曜で大安・・・孔雀の間と言えば1000人以上収容できる大宴会場だ。 「パーティですか?」 「そ、披露宴するから。あ、あと式場も押さえといてね」 披露宴、式場、大安・・・なるほど。 「ご結婚が決まられたんですね、おめでとうございます」 僕の言葉に彼女の眉がピクリと片方上がる。 「ナニ寝ぼけた事、言ってんの?」 え? 「ご結婚されるんですよね?」 僕の問いに彼女はコクリと頷く。 「専務が?」 「そう、私が、アンタと」 ・・・ 「だから、予約が取れたら、総務に特休の申請しておきなさいよ、私の分と一緒に」 ちょ、ちょ、ちょっと・・・ 「・・・私、ですか?」 「他に誰がいるのよ?」 「式は教会式でも神前でも仏前でも何でもアンタの好きにしていいから。じゃ手配宜しく」 そう言って彼女は目の前の書類に目を通し始めた。 僕は言われた言葉がぐるぐると意味も無く頭の中を駆け回って理解できなかった。 呆然と立ち尽くしていた僕に彼女は怪訝そうに追い討ちをかける。 「何してんの?」 僕は頭の中を整理しようと言われた事を繰り返してみた。 「ええっと・・・帝国ホテルに予約を入れるんですよね?」 「そう」 「土曜の大安に式場も含めて?」 「そうよ」 「その・・・私と専務の結婚式と披露宴の予約なんですよね?」 「そう言わなかった?」 「その・・・どうしてですか?」 何故ですか?結婚?僕とあなたが? 「クソ親父が『結婚しろ』ってうるさいから、クソ婆あも『孫の顔が見たい』ってうるさいし 私も来年は30になるし、そろそろいいかなと思って」 それは僕も聞かされてますから知ってますが。 問題はそうではなくて! 「どうして私と、なんですか?」 僕と貴女は秘書室長と専務で、部下と上司で、従姉弟同士で、小さい頃から殆ど一緒に暮らしてましたが 今では別々に部屋を借りて住まいは別だし、なにより恋人同士であったり男女の関係であった事などないのに。 否定する事実は山のようにあっても、肯定する事実が一つもない。 目が覚めて反論する僕を彼女は椅子の背凭れに思いっきり寄り掛かりながら睨んだ。 「潤、アンタが悪いのよ」 はい? 「アンタが素直にピアニストになってクソ親父をパトロンにしてくれてたら、私は不良学生をドツきながら この会社を継いでくれそうな男を扱き使いながら結婚出来たのに、アンタがサラリーマンなんかになるって言うから 私は跡取娘として大ッ嫌いな経済なんかを勉強し直して女だてらに専務なんかになる羽目になったのよ」 「それって私の所為ですか?」 「そうよ!」 「アンタは一族で只一人の男子なんだから、財産は全てアンタのものなの! クソ親父にそう言われたこと無い?」 実は・・・ある。 ピアニストになるなら一族を上げてバックアップするから絶対に成功させると伯父に言われた事が。 つまりはどんな手を使ってでも、と言う事だ。 才能が無いのに金の力だけで成功するのは情け無いし申し訳ないような気がした。 だから伯父の会社に勤める事にしたのだ。 僕は恩返しのつもりだったのだが、そうでは無かったらしい。 「アンタがピアニストにならないのなら、この会社を継ぐしかないのよ。 そして私は名目上は跡取娘だから、私の結婚相手が財産を相続する事になるの。 だからアンタは私と結婚するしかないのよ、判った?」 まだ判らない事がある。 「でも、それじゃ・・・」 青華は好きな人と結婚できないのか? 「ピアニストになってればどんな子でも好きになった子と結婚できたってのに・・・アンタってホントにバカなんだから」 彼女は勢い良く椅子から立ち上がって僕の側に立った。 「式を挙げて披露して籍を入れるだけよ。それだけ我慢すればいいから。 家は別々にすればいいし、そのうち離婚して好きな人と結婚できるようにしてあげる」 青華はそっと僕の頬を撫でて優しく微笑んだ。 小さい頃に僕にしてくれたように、実の姉よりも姉のように。 「イヤです!」 僕は僕に触れていた彼女の手を握り締めて叫んだ。 「イヤって・・・だから・・・」 青華は驚いたように僕を見上げた。 そう、僕はもう彼女より背が高くなっている。 「離婚なんて絶対にしません!結婚するなら青華とだけです!形だけの結婚なんてイヤです! 一緒に住んで、ちゃんとした夫婦になれなければ結婚なんてしません!」 僕は青華をギュッと抱きしめた。 毎晩、夢の中で抱きしめていた彼女の身体を強く抱きしめる。 「ずっと好きだったんです・・・ピアノだって青華が弾いてって言うから続けたんですよ」 絶対に言わないでおこうと思っていた言葉が零れてしまって泣きたくなる。 「青華は?」 僕と本当の夫婦になるのはイヤなのだろうか? 「アンタってホントにバカ。私が嫌いな男と家の為とは言え結婚すると思ってんの?」 泣きそうな僕の顔を僕の腕の中から青華が見上げる。 「でも、お見合いした相手と結婚するつもりだったじゃないですか?」 それも大学を卒業して直ぐに。 「だ・か・ら、アンタがピアニストになりたいなら誰と結婚しても同じだったの! 私は年上だし、従姉だし、言葉使いは乱暴だし、あんまり頭もよくないし・・・」 頭が悪い人は留学して大学を二つも卒業できないと思いますが。 「僕は青華のように綺麗で優しい人は他には知りませんよ」 ずっとずっと・・・小さい頃からずっと憧れて好きだった女性なんですから。 「世界が狭いわよ、潤」 それは貴女もです。 僕たちは顔を見合わせてクスリと笑った。 そして約束のキスをする。 「ねぇ、潤。またアレ弾いてくれる?」 僕の腕の中で青華が耳元で囁く。 「いつでも弾いてあげますよ」 前に言ったでしょう?僕は貴女の専属ピアニストだって。 |
Postscript
青華と潤が社会人になったお話。 「愛の挨拶」の続きです。 タイトルと同名の曲もあります。 ロマンティックな曲とタイトルなので色々なお話にも出てきます。 男性が女性の為にピアノを奏でる・・・美味しいシュエーションだ。 青華は三十路直前の29歳、潤は26歳。 青華の両親は健在です。 二人ともモタモタしていました。 青華の両親もやっと娘が片付いて安心している事でしょう。 さて、実は青華が米国に留学していた、というのが伏線になっています。 彼女は留学先の大学である男に出会い、彼からかなり激しくアプローチされましたが、鈍い彼女は全然気づかず仕舞いでさっさと帰国してしまったのでした。チャンチャン! そして、子供たちの世代に色々と悲喜劇を生むのでした(苦笑) つまり、現代版になっても基本的な話は変わっていないんだよ〜というお話。 拍手掲載期間2006.8.23-2007.6.13 |