『傍迷惑な女達』番外編

「愛の挨拶」

成島 潤・成島 青華 編




僕がピアノを習いはじめたのは単純な理由。
2つ年上の姉が習っていたから。

2つ年上の姉はさらに1つ年上の従姉が習い始めたからピアノを習い始めた。
従姉がピアノを習っていたのは、彼女の母親が子供の時から習っていたから。

実に単純で明解な理由。

我が家にはアップライト・ピアノが1台しかなかったけれど、従姉の家にはグランド・ピアノがあった。
姉は僕にピアノを譲らず、従姉は上達しないピアノに飽きてグランド・ピアノは僕の専用となった。

「潤、次はアレ弾いてよ」
練習が終わる頃、従姉がやって来ては必ずお気に入りの曲を僕にリクエストしてくる。
彼女の好きな『エルガー』を。

「いつも同じで飽きない?」
そう言いながらも苦笑して弾き始める。

「好きだから飽きない」
彼女は目を閉じてピアノの音だけに耳を澄ます。

すっかり覚えたメロディを鍵盤から視線を外しながら奏でる。
じっと大人しく聞いている従姉の顔を見ながら。

「潤、大学はもう決まったの?」
目を閉じたまま、従姉が尋ねてくる。

「うん、推薦も貰ったよ」
視線を鍵盤に戻す。

「へえ、さすが・・・どこ?」
「・・・K大の経済」
「え?」

曲が終わってまた最初から繰り返しはじめる。
彼女のリクエストは彼女が止めてと言うまで続ける事になっているから。
「どうして?どうして音大じゃないの?」

「・・・音大なんて無理だよ」
僕は俯いたままクスリと笑う。

ピアノは好きだけどそれで食べていけるほどの実力かどうかは自分でわかっている。
それに・・・

「どうして?潤ならプロにだってなれるのに!親父だって金を出すって言ってたでしょ?」
だから尚の事だよ。
音楽教師になるのが精々の実力しかないのに援助して貰う訳には行かないだろう?

「身贔屓が過ぎるよ、青華ちゃん」
身内の欲目ってヤツだよ。
僕にはそんな実力は無いから。

「・・・っチッ!なんだよ!人が折角・・・」
従姉の青華ちゃんはお嬢様のクセに少々言動が乱暴で男っぽい。

大学も教育学部で『教師になって男子生徒を拳で鍛えてやる!』と豪語している。
見た目はたおやかな大和撫子なのに。

「青華ちゃんの専属ピアニストで僕は相応だよ」
だから・・・

「青華ちゃんの披露宴でも弾いてあげるよ、何がいい?」

青華ちゃんはこの間、お見合いをしたと聞いている。
大学を卒業すると結婚するのだとか。

「ビバルディとかかな?やっぱり」
やれやれ、僕も相当自虐的だな。

青華ちゃんは僕の問いには何も答えずに黙ってピアノのある防音室を出て行った。
その時は、少し短気な従姉は期待に添おうとしない僕に腹を立てたのだと思っていた。

まさか彼女が大学を卒業してから縁談を断って海外に留学するなどとは思ってもいなかった。

僕は彼女より3つも年下で、父親を無くし、母親に捨てられ、伯父である彼女の父親に姉共々面倒を見てもらっている厄介者で早く経済的に自立して、伯父への恩を返さなくてはならないと考えている子供だった。

幼い頃から憧れていた従姉が幸せになる事を側で見ていられれば、それだけで幸せなのだと信じていた。










 


























Postscript



実は一番はた迷惑な女、青華の甘いんだか甘くないんだかよく解からない恋の話。

潤が弾いているエルガーとはエルガーが婚約者に送ったとかいう「愛の挨拶」という曲。

青華は一人娘で我が侭し放題ですが、潤は姉もいるし、伯父に育ててもらっている恩もあるので我慢が出来る子です。

でも、お互いを大切に思い合っている幼なじみの従姉弟同士。
お互いの思いがすれ違い過ぎて、長い時間を掛ける事になりますが、それは決して私が意地悪な訳では・・・犯人はやはり私か(それ以外に居ないだろ)

これは「愛の夢」へと続いています。


拍手掲載期間2006.8.23-2007.6.13

 

  

 

 

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