聖母の信頼



「兄貴、大丈夫か?」

「へ?ナニが?」

弟に声を掛けられてオレはボンヤリとした答えを返した。

「そんなに取って・・・食べられんのか?」

言われて見ればオレの皿には山盛りのマッシュポテトが・・・いかん、無意識のうちに大皿から取り過ぎていた。

「あ、ああ、食えるぜ。腹減ってっからな」

オレは猛然とマッシュポテトを攻略し始めた。

ダメだ、最近は集中力に欠ける、調子が悪ぃ。


オレはチラリと食卓の左側に座っている親父を見た。

いつもと同じように苦虫を噛み潰した様な顔をして黙々と食ってる。

本日の夕飯は実に久し振りに全員が揃っていた。

親父は言うに及ばず、オレも少し前までは家でメシなんて食ってなかったし、弟も大学に入ってから帰りが遅くなったし、四人とも揃うのはええっと・・・考えるのも面倒なくらい前の話だ。

しかし・・・親父がいるとメニューが芋と肉ばっかになんだよな。

長年、日本にいても食生活ばかりは変えられないらしいが・・・米が食いたい。

柔らかい芋を咽喉に流し込むように口に運んでいると、心配そうにオレを見ている弟に妹が声を掛けた。

「心配しなくても大丈夫よノブ。カズ兄はちよっと病にかかっているだけだから」

オイ!

「病って・・・病気?」

オイオイ!静香の誘いに乗るんじゃネェ、ノブ!

「そう、お医者様でも草津の湯でも治らないと言われているあの病よ」

っのヤロー!こないだっからオレをからかいやがって!

「え?それって?」

オマエもオマエだ!ノブ!鈍過ぎる!

「オホホ、お兄様は恋煩いに掛かっていらっしゃるようよ、靖治さん」

ナンの嫌がらせだ!親父のいる前でそんなコト言い出すとは!

「え?兄貴が?ウソ!」

「信じんな、ノブ」

オレはそれとなく弟に釘を差したが、弟の驚いたような反応に、オレが恋煩いだとそんなに驚く事なのか?

どんだけオレは遊び人のタラシに見られてんだ?と落ち込む。

だから彼女も信じてくんないのかなぁ・・・はぁっ。

「ほら、見てご覧なさい、あの溜め息。恋煩いの立派な症状じゃないの?」

オレはナニカがブチっと切れる音を聞いた。

「静香、いい加減にしろよ」

オレは地を這うような声で妹に歯止めを掛ける。

「兄貴、マジで?」

だから、オマエは鈍過ぎるんだよ!

オレはノリが遅すぎる弟を睨み一つで黙らせた。

よし、静かになった。兄としての威厳はまだ健在らしい。

会話がなくなった食卓には食器とフォークやナイフが立てる小さな音だけが響いた。

この家に来てからテーブルマナーについて叩き込まれているオレ達の食べ方は悪くないと思うから。


そして、親父が食事を終えてナプキンを口元に運ぶと、一言こう告げた。

「来週の火曜日にいつものパーティがある。空けておくように」

あ〜またあんのかアレ、めんどい。

三ヶ月毎に行われる親父の会社の社員と家族の慰労会。

ナンでオレ達まで出なきゃなんねーの?

しかし、楽しみにしているヤツもココにはいる。

「ノブ、今度こそ絶対に来てくれるわよ」

親父が席を立つと、妹が弟を励ますように言った。

「う、うん」

すると弟は緊張した面持ちでそう答える。

あ〜イイデスネ〜楽しみが待っていらっしゃる方は。

「あら、でも来週の火曜日って・・・七夕じゃなかった?」

ああ、そう言えば確かに。

「いいわね。七夕の再会だなんて、ロマンチックで」

再会か・・・オレには彼女と再会出来るチャンスがあんのか?

彼女と逢えなくなって二週間が経つ。

その間、オレはどうすればいいのか未だに解からないままだ。

はぁぁ〜〜!

「カズ兄!鬱陶しい溜め息やめてくれない?辛気臭くなるわ」

さっきは散々からかっておきながら、ナンだよ!その冷たい反応は!

オレはスネるぞ!

傷心の兄を労わる事を知らない冷たい弟と妹を置いて、オレは山盛りのマッシュポテトを料理人と農家の人達にすまないと思いつつも残し、食事を強引に終わらせた。





どうすれば彼女に逢えるのか?

どうすれば彼女が逢ってくれるのか?

どうすれば彼女がオレを信じてくれるのか?

オレはずっと答えの出ない問題を抱えていた。


「兄貴、ちょっといい?」

ベッドでグタグタと考えていたオレは弟の声にドアを開けた。

「なんだよ?」

オレより体がデカい弟はオレから視線を逸らせたまま恥ずかしそうに尋ねてきた。

「あのさ、あの・・・お、女の子が喜ぶモノって何かな?」

おーおー、顔を真っ赤にしちゃって、まー!

あ〜あの例の好きな女ね、そーいや、さっき静香が今度こそ来るとか何とか言ってたな。

あの地味な女が喜ぶものねぇ・・・

「フツーはアクセとかじゃねーの?一般的に光りモノは外れねーだろ?」

と思うんだケド・・・彼女はクレーンゲームの景品であんなに喜んでくれてたけど。

あんなに喜んでくれんなら、ケ−スの中身全部獲ってやったって構わねーのにさ。

「光りモノって?」

あ、弟がまだ居たんだっけ。

「ネックレスとかブレスとかピアスとか・・・いっそのコト、指輪でも贈っちまえば?」

そんで勢いでプロポーズでもしちまえ!

引かれるかもしんねーけど。

「指輪かぁ・・・そうだね」

オ、オイオイ、マジですか?

そ、そうだった。弟は冗談が通じないヤツだった。

ヤバイか?

い、いや、もし相手の女が弟を好きなら喜ぶだろう。

真意は伝わる・・・かもしんないし。

真意が・・・

「うん、俺、そうしてみる」

素直な弟はバカ正直にオレの助言を受け取った。

ホント、かーいーヤツだぜ。

「ついでに上手く行った時用にホテルの部屋でも用意しときゃカンペキかな?」

オレは調子に乗ってそう付け加えたが、弟はそれすらもマジに受け取った。

「う、うん。解かった」

え?マジで?

いやいや、ヤツの事だからきっとマジで用意すんだろうなぁ。

「ケチんなよ」

ま、フツーの女なら指輪にホテルの部屋で墜ちるかな?

弟はツラは悪くないし、家は金持ちだ。

バカだけど、成績は悪くないし。ネックは年下ってトコだけか?

「ありがと、兄貴」

弟は嬉しそうにそう言って出て行った。

成功を祈る!

ホントにアレで上手く行きゃいいけど。



真意か・・・そうだよな、見せないとな。信用はされないよな。

彼女は『誘いには応じられない』と言った。

じゃあ、誘わなければいいのか?

逢いたいと、気持ちを伝えるだけならイイだろうか?

いや、『逢いたい』は誘いにも取れる。

実際誘っているようなもんだし。

ナニがいいだろうか?


オレは携帯を取り出してアドレスを引っ張り出す。

メールを打つ手が微かに震える。

たった一行だけなのに。

『葵、今ナニしてる?』

オレはその文面をじっと見詰めた。

オレのアドレスは消されちまってんのかな?

着信拒否にされてっとか?

可能性大だよな。

時計を見ると日付が変わる頃だった。

彼女はもう眠っているだろうか?

オレは送信実行ボタンを押した。

どうか届きますように!

エラーメッセージは出てこなかった。

エラーが出ないように拒否られてんのか、設定がどうなってんのかは判んねーけど、メールが返って来なかった事にオレは僅かでも希望を持ちたいと思った。

そしてオレは日付が変わる頃、メールを送り続けた、毎日。

『今日、ナニ食った?』とか『今日は暑かった』なんて、くだんねーコトを打って送った。

本音としては『逢いたい』だけなんだケド・・・それ送ったらマズイよな?

いや、毎日メール送ってるだけでも充分引かれるか。

オレはストーカーか?

ハハッ!何て言われたってイイ!

彼女がオレを許して逢ってくれんなら。

もう一度初めから・・・いや、遣り直すんじゃなくてさ、続けて行きたいんだ。

だって、今までの事を忘れらんねーだろ?

彼女がどんだけオレの腕の中でかーいかったと思ってんだ?

アレを忘れろって?

無理だって!

コレっきりになんてしたくないんだ。

お願いだから逢ってくれ!

オレがメールで一番伝えたいコトをどうか判って欲しい。





メールを送り続けて1週間が経った。

『明日、晴れるとイイな』

明日は七夕だ。

オレと彼女が逢えなくても、あの二人だけでも逢えるといいよな。

そーいや、ノブも勝負を賭けるんだっけ。

窓の外を見ると雲が流れていた。

今日は涼しかったが曇っていた。

明日は晴れると予報じゃ言ってたけど、どーかな?

その時、携帯の着信音が響いた。

これはメール用の着信、それも彼女専用の。

オレは震えそうな手で携帯を開いた。


『晴れたら、願い事は叶いますか?』


ああ!

オレは震える指先でアドレスを引き出した。

コール音が5回6回と聞こえてから繋がる。

「葵?」

彼女は黙ったまま、何も応えてくれない。

「葵・・・」

オレと逢ってくれないか?

オレの声は情けない事に震えそうで小さくて、言いたい事が言えない。

「葵・・・」

オレの見苦しい言い訳を聞く気ないか?

そう言いたいのに言えなくて、名前をただ呼ぶ事しか出来ない。


もしかして、もしかして・・・彼女の願いだって、オレと同じなんじゃないか?

メールに返信してくれたのって、そーゆーコトじゃねーの?

それとも、もう二度とメールもしてくんな、ってのが願いだったら笑えねぇけどさ。

でも、彼女はオレからの電話を取ってくれたんだ。


彼女は黙ったまま、何も応えてくれなかったけれど、オレはじっと待った。

すると、次第に声が漏れ聞こえて来る。

いや、声じゃない。嗚咽だ。

彼女は泣いてる。

また泣かせたのか?オレ!

「葵、葵・・・」

泣かないで!

オレも泣きそうだ。

そんなつもりじゃなかったんだ。そんなつもりじゃ。

「・・・声も聞かせてくんないの?」

ただ、逢いたかっただけ。

いや、逢うだけじゃダメだ!

逢ったらきっと、彼女の全てを感じたくなる。

だからこそ逢いたい。

「葵・・・葵に触れたいよ・・・葵が欲しい」

オレの身体は熱くなっていった。

その熱は涙を押し上げて、熱い吐息を漏らす。

『・・・狡い人』

漸く聞こえて来た声は涙交じりで震えていた。

けれど間違いなく彼女の声で、オレはメチャクチャ嬉しくて。

「葵・・・」

それでも、オレは涙がボロボロと零れて名前を呼ぶのが精一杯で。

情けないコトに鼻まで出て来ちまって、慌てて携帯を覆いながら鼻を啜った。

そしてオレは覚悟を決めた。

「葵、今から迎えに行く。門の前で待ってろ。30分で行くから」

時計を見ればもう1時に近い、けどそんなのかんけーねー!

『・・・今から・・・ですか?』

「そうだ、もう日付は変わったろ?逢っても構わねーよな?」

もう七夕だ。

オレは返事を待たずに携帯を切った。

車のキーを持って車庫へと急ぐ。

もう。じっと待ってるなんて出来ねー!

逢いたい、逢いたい・・・逢って彼女を抱きしめたい!

オレは思いっ切りアクセルを踏んだ。





だが、車を走らせるうちにオレは段々と不安になってきた。

彼女は出て来てくれるだろうか?

深夜だし、明日は学校もあるし、それに第一、オレと逢ってくれんのか?

いや、絶対逢ってくれる!

オレは信じてる!

そう、心の中で暗示をかける様に言い続けながらオレは不安を打ち消した。

そして・・・彼女の家の門の前に人影を見た時、オレはまた涙が出そうになった。

彼女は初めてみる私服姿で立っていた。

夏らしい白いワンピースが似合っていたが、それより1ヶ月近くぶりに会う彼女にオレは涙が出そうになるくらい感激していた。

「葵、乗って」

オレは身を乗り出して助手席のドアを開け、震えそうになる手を差し出した。

彼女は躊躇いながらもオレの手を取ってくれた。

それでもう、オレの箍は外れた。

彼女の腕を引き寄せて彼女を抱きしめる。

ああ・・・彼女の柔らかい身体と彼女の髪の香りにオレはもうイっちまいそうだ。

「葵、葵・・・」

逢いたかった。

抱きしめてもキスしても彼女は抵抗しない。

それどころかオレの背中に腕を回して抱きしめ返してくれる。

そしてキスは舌を絡ませて・・・オレが内心驚く位に積極的だ。

「葵・・・」

オマエもオレに逢いたかった?

キスで上がった息を整えながら彼女の顔を間近で覗けば、彼女は泣いていた。

「あなたは酷い方です」

そう言う彼女はとても・・・とてもキレイだった。

黒くて大きな瞳は涙で潤み、縁取るまつ毛に小さなしずくがキラキラと輝いている様でとてもキレイだった。

「私をどこまで貶めたいんですか?」

彼女は悲しそうに微笑んでオレを詰る。

オレは胸が詰まった。

それって・・・それって、オレのコト・・・

「どこまでも墜ちて、葵」

オレと一緒に。





「ん・・・んっ、はぁっ」

彼女が苦しそうに唇から息を漏らすが、オレは彼女の唇を逃すつもりなんて無かった。

ホテルの部屋に着くなり、彼女を抱きしめてキスをする。

キスの間にも彼女の服を探って背中のファスナーを下ろす。

ワンピースを床に落とすと、ブラのホックを外して胸を乱暴に弄る。

そうしながら、更に下の下着も摺り下す。

彼女もオレのシャツのボタンを外してジーンズのボタンを外した。

ああ、葵。オマエもオレが欲しいんだな?

オレはTシャツを脱ぐ為にキスを中断した。

そして殆どマッパになったオレ達はベッドの上に倒れ込んだ。

「葵」

オレは彼女の髪を撫でて微笑んだ。

やっと、やっと逢えた、抱ける。

もう何度もしてるキスをまた再開する。

既に唇は長いキスで腫れぼったく感じるほどになってたが、どんなになったって続けたい。

出来れば死ぬまで。

しかし、オレの息子がソレは無理だと激しく主張する。

クソッ!久し振りなんだからじっくり触り捲りたいのに!

彼女の具合を確かめると、結構イケるかも?

久し振りで彼女も感じてくれてんのか?

「葵、わりぃけど・・・もうイイ?」

オレの情けないお願いに彼女はコクンと頷いてくれた。

では、遠慮なく。

「あん!」

オレが挿れると彼女の身体はビクンと跳ねる。

うはっ『あん』だって!ちょー、かーいー!!

オレはガンガンと腰を打ち付けながら『ヤベ、着けんの忘れてる!』と冷や汗を掻いたが、止める事なんて出来やしねぇ。

それにこの直の感触・・・たまんねぇ!

ヤローが着けんのイヤがるのも解かる。

コレ、知ったらアレはもう着けたくないよな。

「ああっ・・・も、もう・・・」

オレに揺さぶられてる彼女がそう言ってキュッと締め付ける。

ま、まて!

オレは慌てて彼女の中から引き出した。

白い液体が彼女の太股に掛かる。

か、間一髪セーフか?

「わ、わりぃ・・・着けんの忘れてた」

オレは慌ててティッシュでソレを拭きながら彼女に詫びる。

気だるげな彼女はそれをぼんやりと見ながら呟いた。

「大丈夫だと思いますが・・・直に来る筈ですし」

そーゆーけどな。

「ダメだ!ちゃんとしとかねーと!オマエの親に合わす顔がねーだろ!」

どんなにキモチよくたって、そこはちゃんとしとかねーと!

ま、今回はオレがわりぃんだけどさ。

「あなたは・・・私の親に会うおつもりがあるんですか?」

彼女は上半身を起こしてそう尋ねてくる。

「こないだもそう言ったろ?」

出来てたらちゃんと挨拶に行くつもりだったし、出来てなくったって何れは会わね―とな。

今更、ナニ言ってんだよ。

「・・・私の母に会えるのですか?」

ナンだ?ソレ。

「私の母が憎くはないのですか?」

あ〜、そのコトか。

「別に、オマエのお袋を恨んでるワケじゃねぇよ」

オレはちょっと恥ずかしくなって彼女から顔を背けた。

「オマエが成島の娘だと知って誘ったのは単なる好奇心だけだったからで、ナニも傷付けようとか思っちゃいねぇ。第一、オマエのお袋はナンにも悪かない。悪いのはオレの親父だけなんだし」

不安そうな顔をしてオレを見ている彼女を抱きしめて、オレはベッドに横になった。

「葵、オレがオマエを誘い続けているのは、オマエが欲しいからだけ、なんだぜ?」

誘った切欠は確かに彼女の母親の事が在ったからだが、そんだけであんなに必死になるかよ、このオレが。

ヘンな誤解しないで解かってくれよ!

「前にも言ったろ?オマエの身体と心が欲しいって」

そうだ、その身も心も全部欲しい!

「・・・私の心は誰のものにもならないと以前も申しあげました」

あらら、気の強いトコが復活されちゃいましたか?

誤解は解けたのかな?

「オレはさ、オレのお袋が死ぬまで親父は死んだモンだと思ってたんだ。ケド、お袋が死んで親父に引き取られて二人が結婚してなかったって聞いてスッゲー疑問だったワケ。オレだけじゃなくて弟も妹もいたのにさ。親父はオレ達を引き取る時に『義務と責任があるからだ』って言い切る様なヤツだったから聞く気にもなれねーし。したら、色々と教えてくれるご親切な方々がいるワケよ。親父がどうして結婚しないのかとか、どうして子供がいるのに認知するだけなのかとかさ。そん時、オマエのお袋の名前を聞いた」

オレは彼女に話しながら、あの時の虚無感を思い起こしていた。

驚きや怒りや憤りといった感情は湧かずにただ虚しさだけを感じたあの時のコトを。

「あのさ、オレの名前覚えてるだろ?」

忘れて貰っちゃ困るんだけど、一度も呼んで貰ったコトないよな。

「ええ」

あ、やっぱ名前を呼んではくんないのね。

「んで、弟も知ってるよな?ナマエ」

前に彼女の口から弟のフルネーム聞いたし。

彼女は黙って頷いた。

「んで、オマケに妹の名前なんだけど、コレが静香っつーワケ。静かに香る、で静香」

オレの言葉に彼女は腑に落ちないような顔をしながら頷いた。

まあ、待て。本題はコレからだから。

「さて、ここで問題です。オレ達兄弟の名前に共通するものはナンでしょう?」

彼女は少し首を傾げて考え込んだ。

「ちなみに、オレ達の名前は親父がつけたそーです」

判んないかな?

ま、オレもかなり後になって気付いたんだけどさ。

「オマエの母親の名前って青華ってゆーんだろ?」

特大のヒントを出してやったら、彼女ははっとしたような顔をする。

「そ、オレ達の名前には全てオマエのお袋さんの名前が入ってる。スゲー執念だと思わねぇ?」

オレは笑った。

「聞いた話じゃ、最初にした結婚もオマエのお袋さんに出会ったから離婚したとかゆーし、その後は誰とも結婚してねーし、スゲーよな?それも相思相愛だったとかゆーならともかく親父の独り相撲だったらしいじゃん。バカみてぇ」

ホント、大馬鹿ヤローだ、アイツは。

「だからさ、オレは親父に恨み辛みはあってもオマエのお袋さんやオマエに復讐しようとかそんなコト考えたコトもねーぜ?ただ、ちょっと、どんなんかな〜って興味はあったケドね」

ここまで話したのは彼女が初めてだ。

誰にも言った事はない。弟や妹達にも。

だから、信じて。

オレは悲しそうに目を伏せる彼女の滑らかな髪をそう思いながら何度も梳く様に撫でた。

「・・・もう一人の弟さんは杜也さんと仰るのでは?」

でも、今まで黙って考え込んでいた彼女が口にした言葉はこんなコトだった。

あ、やっぱ来てんのね、新しい見合い話が。

「ああ、アイツは岳居のオバサンがつけたらしいからな名前」

親父はヤツが生まれた後に『あなたの子供です』と言われて認知をしたらしいからな。

しかし、それはともかく。

「葵、する気なのか?杜也との見合い」

断ってくれるだろうと思ってたが、この前オレにあんなコト言い出したし、十中八九引き受けたんだろうなぁ。

「・・・断ってくんないのか?」

オレは情けないコトに彼女にお願いするしか手がない。

岳居のガキとは面識がないし、オレの言うことに耳を傾けるとも思えない。

親父もご同様だ。

黙ったままで答えない彼女にオレは誘いを掛ける。

「オレとこんなコトしておきながら、他の男と見合いすんのか?」

良心に訴えかけてみるが・・・効くか?どうかわかんねぇ。

こうなったら・・・

「オレから離れられんのか?」

こうして逢ってくれたのに。

オレは彼女への愛撫を再開した。

頑なな彼女の心を溶かす様に、さっき身体が逸り過ぎて手を抜いちまった手順をゆっくりと焦らす様に踏む。

唇を銜えて舌を入れずに、乳房をくすぐる様に軽く触れるだけで、太腿を撫で回すだけで肝心の場所には指も入れずに、彼女を焦らし続ける。

「ん・・・やめて!」

じれったい感触に彼女が懸命に耐えている。

けれど、オレに焦らされて、それに耐えかねたように首を振る。

だからさ、素直にオレが欲しいって、オレだけが欲しいって言ってくれれば、ちゃんとしたげるんだぜ。

オレって意地が悪いか?

思わずニヤリと笑ってしまったら、それに気付いた彼女に思いっ切り睨まれて頬を抓られた。

「イデデデ・・・いてぇよ!」

オレは思わず彼女を詰ってしまったが、そうでした、彼女は前にもオレの失言に怒った時、オレのナニを握りつぶそうとしたほどの方でした。

「私を玩ぶのがそんなに楽しいのですか?」

ちげーよ!

「玩んでなんかいるワケねーだろ!」

いや、しかし、彼女にそう思われても仕方ないのか?

「ただ、オレを欲しいって言ってくれるだけでいいんだ」

それだけなんだよ。

「葵・・・言って」

オレが欲しいって。

彼女は間近で顔を覗き込んでいるオレの目をじっと見詰めて黙ったまま、そっとその腕をオレの首に回した。

唯一、彼女がオレに見せてくれる誘いの仕草。

それだけでオレはもう・・・単純にも有頂天になって彼女の言葉を待たずにキスをした。

唇に吸い付き舌を絡ませるちゃんとしたキスを。

あ〜あ、オレってバカ?

結局、彼女には負けてしまう。

彼女はナンにも言ってくれてないのに。

でも、それでも仕方ない。

オレは彼女がオレを欲しがってくれていたとしても、それ以上に彼女が欲しいんだから。

そして、彼女がオレの愛撫に反応して感じてくれてんのが何よりも嬉しい。

「ああ・・・っんん」

色っぽい彼女の声に陶酔しながらオレはねだる。

「オレの名前を呼んで、葵」

オレを欲しいと言う代わりに。オレの名前を呼んでくれよ。

オレは彼女の濡れた場所に吸い付きながら促す。

「やっ・・・そこは・・・だぁめぇ・・・」

ヤなのはコッチだぜ、そんなかーいー声出しやがって、我慢の限界だぜ。

オレは慌てて脱ぎ散らかした服の中からジーンズのポケットを漁った。

二度目はサスガに少し冷静になる時間が出来たから忘れずに着けなくては。

ゴソゴソとみっともない格好で準備するオレを彼女が指でツンと突つく。

「大丈夫ですと言ったのに」

オレもダメだって言ったでしょーが!

「コレはオレの誠意の表れなの」

オマエはオレにとっては大切な大切な存在なんだぜ。

大事に大事にすんのはあたりめーだろーが!

「だからさ、オレのお願い聞いてくれよ」

オレは彼女に覆い被さって、準備万端のモノを擦り付ける。

「名前を呼んで・・・葵」

彼女の耳元で囁く様にねだる。

「・・・和晴・・・さん」

小さな小さな声で彼女が恥ずかしそうに呟いてくれた。

頬を染めて俯き加減に恥じらう姿にオレはもう心臓が止まるんじゃないかと思うほどヤられた。

かーいー!かーいー!かーいー!メチャクチャ、かーいー!

オレを殺す気ですか?葵サン!

さん、付けなのがナンとも奥ゆかしくてイイ!

他人行儀かもしんないけど、お嬢なんだし、仕方ねーよな。

『波生さん』や『あなた』っつーよか余っぽどマシだぜ。

いや、結婚してからなら『あなた』もイイんだけど、それはまだ先の話だし。

まあ、そんな先の話よりも、今はコレだ。

オレのお願いを聞いてくれた彼女のお願いを叶えてやらなくちゃな。

オレも限界が近いし。

「葵・・・」

アリガト、すっげー嬉しかった。

だから、思いっきり感じさせてあげっからな。

オレは彼女の両足を抱えて持ち上げた。

「あ・・・やっ」

恥ずかしがる彼女を無視して、彼女の脚を抱えたまま挿れた。

腰をゆっくりと動かしてヒクヒクと蠢く彼女の中を抜き差ししながら段々とスピードを上げる。

汗が滴って彼女の身体に零れ落ちる。

シーツを握りしめて耐えている彼女の手がオレへと伸ばされて誘う。

「葵」

オレは自ら彼女に身体を寄せて伸ばされた腕をしがみ付かせる。

キスは荒い呼吸に途切れがちになるけどやめられない。

あー!クソッ!この体勢はツライな・・・でも、終わらせたくねーし・・・よっしゃ!

オレは彼女の身体を抱え込んで、くるりと身体を反転させた。

「え?」

つまり、驚く彼女の身体をオレの身体の上に持って来ちゃったワケ。

あー、でもやっぱ抜けちまったか・・・上手くイカね―もんだな。

「今度は葵が上になって動いてみ」

ホレ、とオレは息子を支えて彼女のアソコに充てる。

出来っかな?恥ずかしがって無理か?

しかし、彼女は果敢にもチャレンジを開始した。

オレはちょっと感動した。

ま、最初の時にオレのをイキナリ銜えたくらいだから度胸はあんだよな。

お互いに横倒ったままじゃ上手くハメらんねーから、自然と彼女は身体を起こすことになった。

オレの腰の上に座る様な格好になった彼女は一生懸命オレのモノを挿れようとする。

う〜ん、かーいー!

「っ・・・あ・・・ん・・・」

ナンとか挿れられたケド、サスガに動けはしないらしい。

やっぱココはオレの頑張り処か?

「そのままでイイから」

オレは下から腰を動かし始めた。

ゆっくりと突き上げると彼女の長い髪が思いっ切り乱れて色っぺぇ。

そんでゆさゆさと揺れる胸がまた・・・ソソる。

騎乗位ってイイなぁ。

今度はサスガにオレが笑っても彼女は気付かない。

つーか、そんな余裕がないんだろう。

オレの腹に手を置いて、必死で自分の身体が崩れ落ちないようにするのが精一杯の様だったし。

オレは揺れる魅惑的な彼女の胸を揉みながら、彼女の腰を支えた。

あ、ヤベ、背筋がゾクゾクして来やがった。

オレが募る射精感に耐えようとしていると、彼女の方が耐えきれなくなったのかオレの方へと身体を倒して来た。

ズルリと抜けてしまったオレはそこで出た。

ホッ、今回も彼女より先にイカずに済んだぜ。

オレはオレの身体の上で息を切らしてぐったりとしている彼女の身体を優しく撫で回しながら抱きしめた。

「葵、よく頑張ったな」

オレも頑張ったケド。

彼女はオレの言葉に失いそうな気を取り戻したのか、気力を奮い立たせてオレの上から退こうとした。

「いいから、このまんまにしてな。オマエ軽いから全然ヘーキだし」

そう言うと、彼女は身体に入れていた力を抜いた。

オレの身体の上に預けられる彼女の身体。

汗ばんでしっとりした肌に柔らかい身体・・・いつまでもこの腕の中に留めておきたい。

ケド、そんなワケにもいかねーんだよな。

ナニしろ、彼女は夜中に家から抜け出させちまったんだから。

「葵、落ち着いたらシャワー浴びろよ。送ってっから」

オレはそっと彼女をベッドに横倒えてから先にシャワーを浴びた。

よかった・・・彼女はオレと逢ってオレとシテくれた。

彼女の誤解も解けたよな?

それって望みを捨てなくてもイイってコトだよな?

オレはホッとして浮かれていた。

肝心の彼女の答えを聞かないままだと気づかずに。





ホンの少しだけ明るくなり始めた空はまだ曇っていたが、オレの心は晴れていた。

「葵、今日・・・は無理だけど、明日またいつものトコで待ってっから」

そーだぜ、チクショウ!今日の夜にはあの厄介なパーティがあるんだった。

オレは心の中でボヤきながら、帰りの車の中で彼女との約束を取り付けようとした。

彼女は黙ったまま答えなかったが、浮かれていたオレは気にしなかった。

だって、彼女は今日、オレと逢ってくれたんだ。

次だってきっと逢ってくれるはずだと信じてた。

そして彼女の家の前で彼女を下ろして、いつものように彼女が見送ってくれて、オレは更に調子づいてハザードランプを五回点滅させた。

次に聞かれたらちゃんと教えてやるって覚悟を決めて。

あれ?そーいやオレ、彼女に伝えたことあったっけ?

あれれ?もしかして・・・なかった?

彼女が『欲しい』とは何度も言った。

身体も心も欲しいって。

でも・・・好きだって言ったぞ!確かに。

スルーされた様な気がするけど。

もしかして彼女がオレにナニも言わないのって・・・疑われてんの?まだ?

そーいや、岳居のガキとの見合いの話も断るって言ってくんなかったし・・・ヤバくないか?

明日、彼女は本当に来てくれんのか?

オレは猛烈に不安になった。

ああ〜!オレってばオレってば、ダメダメじゃん!

どーすんだよ!彼女が見合いしちまったら!

婿養子になる男じゃなきゃダメだっつったら、どーすんだ?

オレは彼女に逢えてもまだ何も問題は解決していないんだと今更ながらに気付かされて落ち込んだ。

オレってホント、バカ。







 

































 

Postscript


や、やった・・・ちょっと頑張った私。
これでも、えっちに気合入れてみました。

そしてナンとか和晴の尻を叩くのにも成功・・・したと思いたいが、ちょっと情けない。
タイトルにある葵の信頼を得られたのかどうかはっきりしてないじゃん!努力は一応してるけど。
葵が出て来てくれなかったらストーカーへの道一直線です。
これで完璧に「悪女の嘆き」と「悪趣味な二人」に繋がりますね。ホッ。

このお話で伏線を一つバラしました。
波生兄弟の名前の秘密(と言うほどのものでもないが)
名前を考える際に色々と凝ってみましたので、その成果が表れているといいのですが。

さて、このフィルターは和晴だけのものですので正しいのか間違っているのか。
何れにしろ、この告白で「聖母の微笑」前編冒頭で彼が投げ遣りな理由をお分かり頂けたかと思います。

そして、前回考えていたのに言い忘れた事を一つ。

二人が出会ったのは5月20日(聖母の微笑・やさしいキスをして)、
次が5月27日(聖母の冷笑)と
その翌日28日のカラオケデート(笑顔の行方)
そして更に翌日3連チャン目29日(聖母の誘惑)
翌週の月曜日6月1日(未来予想図・聖母の固執)
知り合って3週間後が6月10日(琥珀の月)
その翌週の月曜日が6月15日(聖母の拒絶)
そして更にその2週間後が今回の冒頭6月29日とその1週間後の7月6日から7日となります。

今年の曜日と天気と月齢を実は話に盛り込んで当て嵌めてあります。
こんなアホな辻褄合わせをしておりました。

次は葵視点でこの話の裏を書かねばならないでしょうねぇ。
タイトルはもちろんアレです。


2009.7.27 up

 


 

 

 

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