聖母の拒絶



やっちまった・・・


オレはハザードランプボタンを押した後、一瞬だけどボタンに指を掛けたまま固まっちまった。


引くかな?

いや、知らないか?

にしても疑問に思うはず。

次に逢った時、聞かれたらどー答えんの?


だってさ、彼女は超イカってたんだぜ。

ま、オレの態度が悪過ぎたのかもしんないけど。

始まって1回しか出来なかったのが悔しいのは本音だし。

ミョーにカッコつけてどーすんだよ。

彼女となら何回だってヤリたいんだからさ。

そんなオレが洩らした本音があからさま過ぎたのか、彼女はプリプリと怒っていた。

帰りの車の中でもムスッとしたままで。


なのに、いつもと同じようにちゃんとオレの車を見送ってくれたんだぜ!

オレはもう、舞い上がっちまって・・・やっちまった。

は、はずかし〜〜!

次に逢った時、問い詰められてもスルーの方向でやり過ごそう。

知らないならそんなに深く疑問にも感じないはずだし。


オレは呑気にそんな平和な心配をしていた。

家に辿り着くまでは。





「あら?カズ兄、今日も自宅でお食事?」

食堂で妹に出くわすと、そんな嫌味を言われる。

悪かったな、しょーがねーだろ!彼女にゃ門限っつーかタイムリミットがあんだから。

「どうしたの?最近、帰りは早いし週末も家に居るし、夜遊び止めたの?」

「うっせーな。かんけーねーだろ、オマエにゃ」

実は真剣に来年の試験に向けて勉強を始めたのだ。

今からじゃ遅過ぎるのは判っちゃいるんだが、足掻けるだけ足掻いてみようかと思ってる。

「あら、そんな事を言うなら教えてあげないわよ」

妹はそう言ってほくそ笑む。

コイツは・・・魔女みてーな笑い方をするヤツだな。

昔は一時期、喋れなくなるくらいに繊細で大人しいヤツだったのに、成長するに従って何故かふてぶてしくなってしまった。

オレや弟を何かとからかいのタネにしやがる。

弟がいたら格好の餌食になったのに、弟は大学に入ってから必死で単位を取りまくっているらしく帰りが遅い。

しかたない、今夜はオレが餌食になるしかないのか。

「ナニ握ってんだ?」

妹はどう言った訳か色々と情報を仕入れてくる。

「この間、ノブのお見合いの話があったでしょう?カズ兄がわざわざお父様に直談判しに行ったんだから忘れてないと思うけど」

妹は『わざわざ』を強調して言う。

「・・・覚えてるよ」

ナニが言いたいんだコイツ。

「それでね、ノブとのお見合いはノブもちゃんとお断りを入れて無くなったらしいんだけど・・・」

「・・・岳居のガキと見合いさせるんだろ?」

オレはもう一人の親父に認知された息子の名前を出した。
それは親父に聞いてるコトだから驚くに値しないネタだ。

「あら、知ってたの?なんだ、つまらない」

ナンでも面白がるなよ、オマエは!噂好きのオバハンか!

妹を無視して食事を続けるオレを気にせず、妹は言葉を続ける。

「でも、いいのかしら・・・岳居の息子さんはあの話にかなり乗り気になっているとか聞いたけど・・・」

勿体ぶった様に妹は言葉を切ってオレを見た。

「ナニがいいてーんだ。オメエは」

オレの睨みに怯みもせずに妹はにっこりと笑った。

「私、卒業しても仲の良かった後輩とか結構いたりするのよ。未だに連絡をくれる子とかもいるし」

ギクリとしたオレは箸を動かす手を一瞬でも止めてしまった。

「お兄様ってば、成島のお嬢さんとお付き合いされていらっしゃるんじゃなくて?宜しいのかしら?このまま岳居の息子さんとのお話が進んでも」

わざとお上品なお嬢様言葉で嫌味っぽく言う妹は楽しそうだ。

否定しても始まらない。
確かにオレが彼女を誘ったのは妹が卒業した学校の校門の前だ。
何人もの女子高生に見られていたし、その後も迎えに行った処を見られていても不思議じゃない。

「・・・んで、オレにどうしろって?」

岳居のガキと直接話をする事も出来ねーし、親父は見合いに関してはオレはアオトオブ眼中のようだし、彼女が断ってくれんのに期待してるんだが・・・やっぱ、それだけじゃマズイのか?

「いやですわ、お兄様。それくらいご自分でお考えになって」

妹は楽しそうにコロコロと笑った。
このヤロー!

オレは手早く食事を済ませて立ち上がった。

「カズ兄、安心してると足元を掬われるかも知れないわよ?私のいた学校の子達はね、結婚と恋愛は別物だって考えてる子が多かったから」

妹の言葉にオレは足を止めた。

「成島のお嬢さんがそうだとは言わないけれど、彼女は跡取り娘だし、婿養子に入れない男とどこまで真剣に付き合ってくれるのかしら?」

カズ兄、捨てられちゃうかもね、などと言いやがる。

「っるせーよ!」

オレが特大の低気圧で言い放つと、妹は驚いた様に大きく開いた口を押さえた。

「あら?あらら、カズ兄ったら本気なのね?まあ、ビックリ!今まで誰とも真剣にお付き合いをした事がないカズ兄が!もしかして初恋だったりするのかしら?」

オレは言い当てられた恥ずかしさと怒りで顔が赤くなりそうになって何も言い返せずに慌てて食堂を後にした。
妹の嘲笑を背にしながら。



部屋に戻ったオレはベッドに寝転がって妹に言われた言葉を考えた。

『安心していると足元を掬われるかも知れないわよ』

確かにオレは岳居の息子との話を軽んじている。

だって、彼女はオレとの子供を産んでもいいと今日言ってくれたばかりなんだぜ?

結局、出来てはいなかったんだけどさ。

今、ガキが出来んのは確かに困るけど、出来てた方が良かったのか?

ああ、でも、それじゃダメだ!そんなやり方じゃダメなんだ!

「葵・・・」

オレは枕を抱きしめて彼女の名前を呟く。

どうしてオレ達はまだ学生なんだろう?
どうしてずっと一緒に居られないんだろう?
離れているとこんなに辛いのに。
出逢ったのが早過ぎたのか?
それとも遅過ぎた?

もっと早く出逢っていたら、オレは法曹界なんぞを目指さずに躊躇いなく彼女んトコに婿養子に行けたかな?
それとも、オレが一人前になってたら彼女が躊躇わずに何もかも捨ててオレんトコに来てくれたのか?

いや、違うだろ?
今、この時期に出逢えた意味がある筈だろ?

だって、弟との見合いの話は潰せたんだ。
あのままだったら結果はともかく、弟は見合いをしただろうし、ヘタすりゃ弟の婚約者としてご対面、なんてコトに成りかねなかったんだからな。

そんなコトは真っ平ゴメンだぜ!

「葵・・・」

お願いだから、岳居のガキとの見合いは断って。
オレを不安にさせないで。

オレのコト、嫌いじゃないよな?
オレとヤるのイヤじゃないだろ?

今日だって途中でヘンなコト言って中断しそうなオレに怒ってたよな?
それって、オレとヤるのスキってコトだよな?

今度もまた逢ってくれるよな?

岳居との話は彼女にもう伝えられたのかな?
彼女はどうするだろうか?

断るだろうか?
それとも・・・承知するだろうか?

オレは不安を抱えながら彼女にメールを送った。

『月曜日、いつものトコで待ってる』

返事は・・・なかった。

でも、それはいつものコトで、オレはきっとまだ怒っているのかもしれないと自分に言い聞かせて月曜日を待った。





月曜日、いつものコインパーキングでオレは彼女が来るのを待っていた。

時刻は3時を少し回った所。

いつもならとっくに来てるハズだが、まだ来ない。

ナニか学校で用事が出来たとか?

部活は・・・してないハズだし・・・

オレは居ても立っても居られなくなって車から出て彼女を迎えに行った。

学校まで走っていくと、帰宅部のコ達の下校は波を過ぎててチラホラとしかいない。

その中にオレは見知った顔を見つけて捕まえた。

「オイ、成島葵はまだ中にいるのか?」

以前、オレに腕を掴まれた彼女に声を掛けた勇気ある彼女の同級生らしき子に声を掛けると、その子はやはり驚いて怯えながらも答えてくれた。

「じ、成島さんならさっき帰りましたけど・・・」

やっぱり!とオレは心のどこかでそう思いながら駅までダッシュした。

オレと逢うのが嫌になったのか?

それは見合いを引き受けたから?

どうして?

どうして?葵!

オレは息を切らして心の中で必死に叫びながら走った。

猛ダッシュのお陰でオレは駅の近くで彼女に追い付くことが出来た。

「葵!」

オレが大声で名前を叫ぶと、彼女はオレに気付いて立ち止まってくれた。

そして、オレが近付くまで待っていてくれる。

「どうして・・・来ないんだ?」

都合が悪いなら連絡しろよ、と続けたかったが、生憎とオレは息が切れてそう言うのが精一杯だった。

「もう、お逢いしない方が良いと思いまして」

彼女は初めて逢った頃と同じような何も感情を窺わせない表情でそう冷たく言い放つ。

「・・・理由を聞かせろよ」

オレは彼女がそう言うワケを薄々推察しつつも、そう問い詰めた。

彼女は見合いの話を受けたんだ。

だからもう逢わないと言うんだろう。

でも!そんなの納得出来ねぇ!

オレは彼女の腕を掴んで車を止めてある場所へと引き張った。

「なにを!」

当然、彼女は抵抗したが

「ここで出来る話かよ!」

オレが苛立ち紛れにそう言うと、彼女は大人しく従った。



「で?」

車に乗り込んだオレは彼女にそう言って促した。

オレはハンドルに片手を掛けながら震えそうになる手を握りしめて堪えた。

彼女が何を言っても絶対に逢う事を止めさせるモンかと硬く決意して。

ナニを言われても諦めるモンかと勇気を奮い立たせて。

見合いの話なら、なんとしても潰して見せるからと覚悟を決めて。

だが、彼女の口から出てきた言葉は思ってもいないものだった。

「波生さんのお父様と私の母が旧知の間柄だとは存じ上げませんでした」

え?

ナニ?ソレ?

ソレって・・・

「波生さんはこの事をご存じでいらっしゃいましたか?」

オレは彼女に逆に問われて言葉に詰まった。

「初めてお会いした時も私の名前をご存じでしたし、知っていらっしゃいましたよね?」

彼女の言葉をオレは否定出来なかった。

それは事実だから。

「ああ・・・」

確かに親父と彼女の母親が知り合いなのは知っていた、知っていたからこそ誘ったのは事実だけど、でも!

「今までの事を悔んではおりませんが、やはりこれ以上お逢いするのはお互いの為にもよくないと思います」

彼女はオレに反論を許さず理路整然と言い放つ。


彼女は知ったんだ、オレがどうして誘ったのか。

そしてオレを軽蔑してんだ。

きっと、呆れたんだろうな。

もしかして・・・もしかしなくても彼女は傷ついたんだろうか?

オレは、オレは・・・彼女に引導を渡されても文句が言える立場になんかない事に気付かされた。

もう逢わないなんてイヤだ!ダメだ!絶対に出来ねぇ!

そう叫びたかったが、オレにはその資格がない事もよく解かっていた。

黙ったまま、何も言い返せないでいるオレに彼女はきっぱりとこう言った。

「もうお誘いには応じられません。ご理解いただけますね?」

そして、車のドアのロックを外して出ていこうとして、ふと最後に一言付け加えた。

「そうでした。先日いただいたぬいぐみ、妹がとても喜んでおりました。妹からお礼を言うように言い遣っております。ありがとうございました」

妹の事を話す時見せていたあの聖母の様な優しい慈愛に満ちた笑顔は今度はチラリとも見せなかった。

それでオレは酷く彼女を傷付けたことを知る。

そして彼女は『さよなら』も言わずに車から降りた。


オレは引き留める事が出来なかった。

出来ねーだろ!

彼女は気丈に振舞っていたけど、きっと泣いたかも知んねーし。

いや、きっと泣かせた。オレが。

チクショウ!

最初がマズかったのか?

誘った切欠がサイアクだったから?

そりゃ、切欠はそうだったけど、それは嘘じゃないけど、そうじゃないんだ!

オレは彼女を傷付けようとか思ってたワケじゃない。

ただ、ちょっとからかうつもりで誘って・・・そうだよ、最初は説教して帰すつもりだったんだから。

でも、帰せなくって・・・それは彼女のアノ笑顔にヤられちまったから。

アレがどうしても欲しくって、彼女がどうしても欲しくなってあんなコトしちまった。

いや、最初は最後まで出来なかったが・・・

疑われたってしよーがねーよな。

オレが彼女を填めるつもりだって。

どう言えば信じて貰える?

どうすれば彼女はオレと逢ってくれるようになるんだ?

オレにはわかんねぇ・・・わかんねぇよぉ!







 

































 

Postscript


あ、気付けば初めてえっちがない・・・スミマセン、和晴がヘタレきってしまったもので(そーさせたのはアンタだアンタ!と叫ぶ男がうるさい)

実は「琥珀の月」を書き上げて、いいオチだ盛り上がったなぁと満足してしまいましたが、さて、どう続けるか?と悩んでしまいました(見切り発車し過ぎ)

和晴サイドなのは決まっていますので、まずは恥ずかしい事をした事を反省させて(恥ずかしいコトをさせたのもアンタだ!)静香ちゃんに色々と突っ込んで貰いました。

ナゼ彼女が色々と知っているのかは同時にアップした「王様と私」を読んでいただければ(宣伝)判りますが、葵にスッポカされそうになって、慌てて走る和晴に間に合わせるかどうか最後まで悩みましたが、彼女にちゃんと引導を渡して貰わねばと、2人を会わせました。

本来ならそこで根性を見せて葵を引き留めるべきですが、和晴はヘタレなのです。
ここでキャラクター特性ヘタレを登録した意味があるのです!

そして思いっきりヘタレている和晴と葵の話は「悪女の嘆き」の時間軸に追い付きました。

さて、本来なら次は葵サイドですが、もしかしたらヘタレサイドのお話になるかも。
ヘタレの尻を叩かなくてはなりません。
アレでも一応主人公なもので。


2009.7.25 up

 


 

 

 

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