聖母の救済



「んで、今日はどっか行きたいトコある?」

オレは約束通り来てくれた彼女に内心ホッとしながら、コインパーキングの精算を済ませて車のエンジンを掛けながら尋ねた。

彼女はオレがギヤを換え、サイドブレーキを倒してといった一連の作業を見ながらポツリと呟いた。

「そう言えば・・・ハザードを五回点滅させるのにはどういった意味があるのですか?」

オレは思わず離そうとしていたブレーキペダルを思いっきり踏みなおした。

い、今ソレを聞きますか?葵サン。

「・・・しんねーの?」

「知らないからお聞きしてるんですが」

彼女の声が少しお冠だ。

「あ〜アレはな、その・・・」

ダメじゃん!オレ!

こないだは聞かれたらキッチリ彼女に説明してやるって覚悟を決めたクセに。

いざ、聞かれると恥ずかしさが込み上げて来る。

「・・・無理に教えていただかなくても構いません」

彼女は気を悪くしたようにフィっとオレから顔を逸らす。

マ、マズイ!

このままだと言いそびれるぞ!

言わなきゃダメだろ?

ええい!勇気を出して覚悟を決めろオレ!

「あ・・・」

ちゃんと言えよ最後まで!

「あ?」

ホラ、トロトロしてっから彼女に言い返されちまっただろ?

あ〜情けねぇ!!オレは弟のコト、言えねーよ!

「・・・いしてる、っつー意味」

あー!もうオレ、顔赤い!

オレはハンドルに顔を埋めてガックリと力を抜いた。

ハズイ!モーレツにハズイぞ!

どーしてあんなコトしたんだオレ!

オレは過去の自分の浮かれ具合をモーレツに後悔した。

「嘘」

彼女の言葉にオレは真っ赤になっているはずの顔を上げた。

「ウソじゃねーよ!」

見ろよ!この顔を!ウソであんなコト言えねーし、こんなんなるかっつーの!

「だって、今まで一度もそんなこと・・・」

オレを詰る彼女の目に涙が零れて来てオレはギョッとした。

そ、そーでした。オレは今まで一度も言った事がないって昨日も反省したじゃんか。

それがこんなに彼女を不安にさせてるなんて・・・思いもしなかった。

「わりぃ・・・確かに言ってなかったよな。ケド、マジでその・・・あ、あ・・・」

うわうわ、恥ずかし過ぎる!!

い、言えねー!

け、けど・・・彼女の視線をビシビシと感じる。

言わなくては。

「あ〜バーが上がっちまった!も、もっかい精算してくっから!」

オレは車を出て精算機へと駆け出した。

どんだけヘタレてんだよオレってば。

ガックリと機械に凭れて項垂れた。

昨日、覚悟を決めたはずだろ?

彼女にちゃんと伝えて、そして見合いも止めて貰わなきゃ。

このままじゃオレ、完璧に彼女から見捨てられちまうぜ。

キチンと告白も出来ない男と付き合おうとする女なんていねぇよなぁ。

どんだけ恥ずかしくたって言わなきゃダメだろ!

オレは今度こそ!と覚悟を決めて車に戻った。

「あ〜葵、その、だな」

まだ言い澱むかオレ!

しかし、そんなヘタレきっているオレを彼女の言葉が救ってくれた。

「またバーが上がってしまう前に車を出してしまいませんか?お話の続きは場所を変えて伺いますから」

そ、そーですか?そーですね。

「安全運転でお願いします」

はい。





んで、結局来たのは毎度お馴染みのラブホ。

だってさ、誰にも邪魔されずにゆっくり話ができる場所っていやぁココっきゃねーだろ?

それに話をしたアト、すぐにできっし・・・ま、コレが本音かな?

しかし・・・オレは頭を冷やそうと冷たいシャワーを浴びながら壁に手をついた。

あの言葉だけを言っても彼女が素直に納得するとは思えねぇ。

さっきだってソッコー否定されちまったし。

彼女に信じて貰う為にはアレを言うだけじゃなくて、どーしてそう思うようになったかも言わないとダメなんだろーな、きっと。

恥ずかしさMAXだが。

そーでもしねーと、明日にも見合いしそーだしなぁ・・・

ホントは親父に話して話をなくして貰うのが一番な様な気もするが・・・ダメだ。

聞いてもらえるかどーかなんてわかんねぇし。

はぁ・・・彼女頼みってのも情けねぇよなぁ。

覚悟を決めろ、オレ!

昨日のノブを見習え!

恥なんて捨てて玉砕覚悟で告白だ!

オレはタオルでガシガシと髪を拭きながら鏡をチラリと見て『そーいや、伸びたな〜』と思った。

切るか?

んで、もう色も戻すか?

このカッコもチャラくて軽くて信用されねー要因の一つの様な気もするし。

でも、髪切ると・・・親父に似てんだよなオレ。

ガキの頃はお袋に似てるって言われてたのに、デカくなるに従って何となくだけど、アイツに似てきている様な気がする・・・特にこの髪の色だと。目は同じ色だしなぁ。

あーヤダヤダ、お袋がオレの目を見てナンとも言えない顔をしてたのを思い出しちまった。

それよか、これからだ!これからが問題だ!

勇気を振り絞れ!オレ!



オレが風呂場から出ると、彼女は部屋にそれしかないベッドに腰掛けて待っていた。

結構広い部屋なのにベッドしかないって、目的はコレだけですと言わんばかりだよな。

オレはいつものように腰にバスタオルを巻いただけのカッコで彼女の隣に腰を下ろした。

「あのさ・・・」

えっと、まず初めは。

「こないだも言ったけど、オレがオマエを最初にこーゆートコに誘ったのは確かに成島の娘だからなんだけど、シようとは思ってなかったんだ」

ホントだぜ。

彼女は黙って苦笑するオレの言葉を聞いてくれてる。

「でもさ、でも・・・あン時、オレが今みたくシャワーから出てきたらオマエ、電話してたろ?家にさ」

そーだよ、最初は事務的に淡々と喋っていたクセにさ。

「そんで、妹に代わった途端にオマエってば、スゲー優しい顔しちゃってさ、それまでの無愛想がウソみてーに」

オレは彼女の顔を見て笑った。

ナンだよ、その唖然としたツラは。

「ナンか、慈愛に満ちたマリア様みてーで、オレもうビックリしちまってさ」

アレにやられちまったんだよな。

「こないだのゲーセンの時もそーだったけど、オマエってば妹の事になるとスッゲー優しい顔になんのな。イイお姉ちゃんしてんだな」

オレがそう言うと彼女は激しく首を振って否定した。

「そんなこと・・・そんな事ありません。私は・・・」

そして俯いて小さく呟いた。

「・・・慕ってくれる妹の事を鬱陶しいとすら思っている酷い姉です」

あ〜まぁ、慕ってくれてんのがウザイと思うのは解からんでもない。

オレも『お兄ちゃん』だからな。

「でもさ、ホントにうっとーしーなら妹の欲しがりそうなモン欲しがったりはしねーだろ?慕われてるって解かってても四六時中纏わりつかれりゃイヤんなる時だってあるさ。オレも弟や妹いるからわかるケドさ」

オレがニカッと笑うと彼女は戸惑ったような顔をしてる。

ホント、『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と頼ってくれんのは嬉しい反面、うるせーと思う時の方が多かったぜ、正直な話。

「ま、それはともかく、オレはその笑顔を見て、ソイツをオレに向けて欲しくなっちまったってワケ」

は、恥ずかしいのはココだけのはずだ!ガンバレ!オレ!

「まーその、早い話がその・・・そん時の笑顔に一目惚れっつーか、なんつーか・・・」

オレは彼女と視線が合わせらんなくて、そっぽを向いたまま呟いた。

な、情けねぇ。

「だ、だから・・・ヤッたら・・・身体からでも付き合い始めたら、オレにもいつかはあん時の笑顔を見せてくれっかな〜とか思っちゃったワケで」

勇気を出せ!オレ!

「だから、何度も何度も誘ったし、何度も抱いた。それは決してオマエが成島の娘だからじゃなくて、オマエがオマエだから」

オレは顔を上げて彼女を見た。

「オマエを好きになっちまったから・・・葵、愛してる」

彼女の頬に手を伸ばしてそっと触れる。

チクショウ!手が震えそうだ。

だが、彼女が身体を震わせて涙を溢れさせたからオレはギョッとした。

どうして?どうして葵?

まだオレが信じられねーのか?

それとも、それとも・・・ヤッパまだ・・・

「・・・そーだよな、今まで一度もこんなコト言わずにヤッてたヤローの言う事なんか信じらんねーよな」

オレはそっと俯いた彼女の頬に流れる涙を拭いながら呟いた。

だが、彼女はそんなオレの手を握りしめて首を振ってくれた。

「・・・信じます・・・信じたい・・・です」

涙で詰まりそうな彼女の声は小さかったけれど、しっかり聞こえた。

信じたいって・・・それって彼女もオレと同じ気持ちだと思っていいんだよな?

その涙は嬉しいからだと思っていいんだよな?

「信じて貰えるように、これからは何度でも言ってやる」

オレは彼女の両頬を両手で包んで引き寄せた。

「愛してる、葵」

彼女の唇の上でそう囁いてからキスをする。

もう、恥ずかしさなんて吹っ飛んじまった。

そう、彼女に信じて貰う為なら何度だって言ってやるとも。

「愛してる、愛してる、葵」

キスの合間に何度も繰り返す。

そして、オレは彼女をそのままベッドの上に押し倒した。

制服のシャツのボタンを外して手を背中に潜り込ませてブラのホックを外す。

そのまま緩んだブラを引き上げて胸を曝け出す。

ピンと勃った乳首に軽く歯を立てると彼女の身体がピクンと跳ねて甘い声を出す。

そのまま乳首に吸い付きながらスカートの中に手を入れて下着の上から指を滑らせて濡れ具合を確かめる。

下着をずらして、オレは彼女の脚の間に顔を埋める。

その間、彼女は一切、恥ずかしがったり抵抗したりしなかった。

オレは遠慮なく、彼女の濡れて光るソコに舌を伸ばす。

「ああっ!・・・ダメ、そこは・・・」

シャワー浴びてないから気になる?

でも、もう遅いよ。

オレは言葉だけで抵抗する彼女の両足を抱え上げて露わになった場所に吸い付いて舐り回した。

相変わらず甘くてオレを陶酔させる蜜だ。

コレを味わうとオレはもうギンギンになっちまう。

「あ・・・やっ!」

軽くイッた彼女の全身を見れば、制服が乱れたままで下着すらもまだ身についている姿はすんげーエロい。

このままシちまいたいのは山々だが、前回の二の舞にならねーようにちゃんと準備する。

「いい?葵?」

オレは彼女の腰に激しく自己主張するモノを押しあてて尋ねる。

泣き腫らした目をした彼女がぼんやりとしながらも頷いてくれたのを見て、腰を進めた。

「ん・・・んん、あっ・・・はぁん」

ホント、色っぺ―声出すよな。

その声だけでイッちまいそうだ。

最近はお世話になってない憲法でも引っ張り出さなきゃダメか?

「ああ、葵・・・愛してる」

オレは必死で耐えながら、彼女の耳元で囁いた。

すると、彼女の中がギュッと締まる。

うっ、ヤベェ。

すると、ホンの僅かの差で彼女の身体が弛緩して緩まる。

それからオレの腰の動きも止まった。

はぁ〜、ヤバかった。

ナルほど、アレはあん時にも有効だと。

オレは一つ学んだ。

「葵、すんげー、かーいー」

後始末を終えたオレは彼女の身体を撫で擦りながら彼女の身体を抱き寄せた。

ホント、イッた後の彼女の可愛さと言ったらもう、オレの息子の復活具合を見ても解かるくらいサイコーだ。

「な、葵は?オレのコト好きだろ?」

愛してるは無理でも、そんくらい言ってくれてもイイよな?

彼女の髪を撫でて促すオレを見ながら、彼女は唇を小さく開くけれど、言葉は出て来ない。

そして瞼を伏せる。

・・・まだダメなのか・・・

「言ってくれるまで何度でもスルからな」

オレは彼女を漸く裸に剥いて第二ラウンドを開始した。

例によって夕食までには帰ると言う彼女を第三ラウンドまで粘って攻めたが、彼女は遂にオレの望む言葉を口にする事はなかった。

どうして?

ナニが彼女をそこまで頑なにさせんだ?

けれど、彼女はオレの車を家の前でいつものように見送ってくれていた。

オレは懲りずに恥ずかしげもなくハザードランプを五回点滅させた。

彼女に伝わるまで、何度でも繰り返してやると心に誓ったから。





本日の我が家の夕飯も全員集合だ。

昨日はパーティがあったから家での夕飯はなかったが、しかしそれにしても最近のこの出席率の良さはナンなんだ?

親父は相変わらずの仏頂面だが、弟はニマニマと判り易い顔をしているし、妹も何だか楽しそうだ。

斯く言うオレも・・・実は頬が緩みがちではある。

だってさ、彼女は言葉にしてはくれなかったが、オレの告白に嬉しそうに反応してくれたのは確かなんだ。

いつかきっと必ず言葉にしてオレに伝えてくれると信じてもいいよな?

「カズ兄もノブもなんだかとってもお幸せそうね。カズ兄は昨日、ノブは今朝、お二人ともそれぞれ朝帰りをなさったりしてご発展なのね」

妹が静かな食事の席でいきなりそう言いだした。

ナンなんだ?コイツはこないだっからやけに絡んでくんな。

それにしてもノブのヤツ、今朝は朝帰りだったのか・・・意外とヤるな。

あの地味でケチな女も流石に一流ホテルのスィートルームで墜ちたのか。

「お、俺はそんな・・・」

弟は真っ赤になってうろたえた。

だから、静香の挑発にそんなに素直に乗るんじゃねぇよ。

「静香、うるせぇぞ」

オレはそう言ったきり、黙々と食事を続けた。

オレの朝帰りなんぞ、今サラだろ?

飲んで騒いで午前様はちょっと前までアタリマエだったんだからな。

「あら、攣れない反応だこと」

妹はそう言って肩を竦めると黙った。



オレは食事の後、妹を呼び止めて部屋に引っ張り込んだ。

この前から、正確に言うとオレが彼女と付き合っていると確信した時から、妹は選りにも選って親父の前で何度もからかいやがって、何考えてんだ。

「どういうつもりだ?」

オレの睨みにも妹は怯みもしねぇ。

妹は弟と違って体は小さいが度胸が据わってる。

「別に、お兄様も靖治と同じ様に付き合っている女性についてお父様にご報告なさればいいと思っているだけですわ。折角、色々とご報告する機会を作って差し上げているのにお兄様ってば全て無視するんですもの。酷いわ」

わざわざ嫌味なくらいご丁寧なお嬢様言葉で語る妹にオレは呆れた。

「んなコトしてどうなるってんだ?」

弟は見合いを断る理由として好きな女の事を親父に白状したらしいが、オレにはそんな必要は・・・無いとは言えないが。

「お見合いの日取りが決まったそうですわよ?よろしいの?」

妹の言葉にオレは冷や水を浴びせられたかのように固まった。

そっか・・・やっぱ断ってないんだ、見合い。

「成島のお嬢さんにこのお話をお断りになるおつもりがないなら、岳居さんの方にお話する事なんて出来ない以上、お父様にお願いしてこのお話を取り止めて貰うしか他に方法はないんじゃなくて?」

妹の言う事は尤もだ。

尤もだが・・・

「アイツに頼み事なんで出来るかよ!」

オレがそう言い捨てると、妹は呆れた様な溜息を吐いた。

「頑固ね。カズ兄だってもう判っているんでしょう?私達のお母さんが亡くなったのはお父様の所為だけじゃないって事を?私達を連れてこの家を出たのは他でもないお母さん自身だったんだから」

ああ、古くからいる使用人に聞かされてそれは知ってる。

オレと妹達はこの家で生まれたのに、オレ達の母親は何故か突然ココを出て行ったのだと。

その理由についてオレ達の母親は誰にも何にも言わないままだったから推測するしか出来ないが、それでもきっと多分、その理由は・・・

だが。

「それだけじゃねぇよ」

オレが拘る理由は。

「やれやれ、困った事。本当に頑固者なんだから。そんなに初めて会った時に言われた事がショックだったの?」

妹は呆れたように肩を竦めた。

そんなんじゃ、そんなんだけじゃねぇよ!

「どういった蟠りがあるにせよ、本気になった彼女の為なら何でも出来ると思ったけど、無理なようね。カズ兄の本気の程が良く解かったわ。余計な事をして悪かったわね」

妹は黙ったまま何も答えないオレにそう言い残して出て行った。

オレの本気の程度がオマエに解かんのかよ!

オレはそう叫びたかったが・・・出来なかった。

妹が言った事は一々ご尤もなコトだ。

彼女が好きなら、本気なら、親父に対する子供じみた拘りをかなぐり捨ててでも、親父に話して見合い話をやめて貰うように頼むべきだってコトはオレにだって判ってる。

でも・・・でもな。

『義務と責任』だと言った親父が、『投資』だと言った親父が、オレの為にそんなコトしてくれるだなんて思えねぇんだよ。

オレが本気で好きな女が相手だからって、親父が自分で考えて持ちかけた見合い話を無かった事にしてくれんのか?

無理だろ?

オレは長く伸びた髪を握り込んで頭を抱えた。

・・・見合いを潰すにゃ、どーすりゃいいんだ?

次に彼女と逢うのは来週の月曜日だ。

試験休みになるからって、彼女はオレと午前中から逢ってくれると言った。

つーコトは今は試験中だったんじゃねぇの?もしくは試験直前とか?

それなのにオレと逢ってくれた彼女のオレに対する気持ちを疑いたくはない。

こうして次の約束もしてくれんだし。

でも、でもな・・・見合いの話は進んでんだよな。

それにしても妹のヤツはどっからそんな話を仕入れてくんだ?

弟は自分が見合い相手で無くなった時点で話から外されてっだろーし、岳居の家と交流があるとも思えねぇ。

何しろ岳居のババアはオレ達兄弟のコトを邪魔者扱いして毛嫌いしてっからな。

すると、考えられんのは・・・まさか!

いや、妹は妙に親父に好意的なコト言ってたし、もしかして・・・

それなら事情に詳しい理由も解かるが、でもそれならどうしてオレと彼女のコトを親父に黙ってるんだ?

判んねぇ。

何れにしろ、オレは根気よく彼女に見合いを止めて貰うようにお願いするしかないってコトだけは確かなんだよな。

はぁぁ〜情けねぇ。





月曜日は風が強いが晴れていた。

妹はあれからもう二度と彼女のコトや見合いのコトについて言わなくなった。

当然、親父の前でミョーな話を振る様な真似もしない。

ただ、ナンの嫌がらせか、初めて作った手料理とやらを試食させられたが。

弟が初めてのデートが妹と姉貴の所為で潰れたと言って荒れるなど、ゴタついた週末も明けた。

ガッコが休みの彼女は制服姿ではなく、2回目となる私服姿だ。

前のワンピも清楚で可愛かったが、今回の短いパンツ姿もかーいー!

ええっと、確かサブリナパンツとかゆーヤツだよな。

カジュアルな格好も似合うじゃねーか。

うん、今日は待望の一日デートだかんな。

やっぱゆーえんちとか行くべき?

本音としては一日中ホテルに籠ってヤリ捲くりたいけどさ、そんじゃあ嫌われちまうよな。

彼女も顔を合わせた途端に言い辛そうにせーりが始まったと言ったし、諦めるべきなんだよな。

ひじょーに、残念だが。

いや、機会はこれから幾らでもあるんだから。

我慢だ、オレ!



ゆーえんちに着くとオレは彼女にナンに乗りたいのか尋ねると、彼女が迷わず選んだのが・・・

そ、そーですか、葵サンは絶叫系がお好きですか。

オ、オレはちょっと苦手だったみたいです。

「大丈夫ですか?」

青い顔をしたオレを心配そうに見る彼女にオレは見苦しい言い訳をした。

「や、わりぃ。オレ、こーゆートコ来たコトなくってさ」

慣れてないだけなんだよ。

慣れれば絶叫系の一つや二つ・・・む、難しいかな?

「遊園地が初めて、なんですか?」

彼女は驚いた様に尋ね返してくる。

ま、当然だな。

フツーはさ、小さい頃に親とかと一緒に来るもんなんだから。

「ん、まあ、縁が無くってね」

ガキの頃はビンボーだったし、親父がこんなトコ連れて来てくれるワケねーし。

でも、正直にそれを言っちゃ、彼女に気を遣わせちまう。

それでも、慣れてないオレに気を遣った彼女はその後、比較的大人し目の乗り物を選んでくれていた。

そ、それにしてもお化け屋敷までコースターに乗って移動するってどうよ?

二人で歩いてゆっくりペースで進んだ方がムードがあると思うんですけど!

「メ、メシにすっか?」

ヘロヘロになって情けなさ大爆発のオレは取り敢えず休憩を望んだ。

ええっと、食事をするトコは・・・

「あ、あの・・・」

彼女がおずおずと声を上げた。

「ナンか食べたいものあんの?」

希望を聞くべく耳を傾けたオレに彼女は衝撃の発言をした。

「その、お弁当を・・・作って来たんですけれど・・・」

ナニ!デートの必須アイテム!彼女の手作り弁当とな!

非常に嬉しい!

嬉しいが・・・

彼女は妹が卒業した学校と同じお嬢様学校に通っている。

妹は料理が出来ない。

何故なら、お嬢様学校では調理実習などと言うものが存在しないからである。

従って、彼女の料理の腕は果てしなく未知数だ。

お嬢様学校に通う全ての女子高生が料理が出来ない訳ではないだろうが、その可能性は高い。

だが、初めての彼女の手作り弁当である。

これを食わずして男と言えようか?

オレは今までの汚名を挽回する為にも、ナニが出てきても完食してやると心に決めた。

「・・・おお、スッゲーな!食う食う!喜んでいただきます!」

オレの反応が、決意するまでの時間が、何れかが彼女の気に障ったのか、ちょっと眉を顰めた彼女はコインロッカーに預けていたバスケットの中身をオレに出して見せた。

「うまそーじゃん!」

キチンと保冷剤を入れて暑さ対策を施してあるサンドイッチの見掛けは悪くなかった。

そーだな、コレなら・・・切って挟むだけなんだし、そうそう外れねーだろ。

オレは卵の殻が入っていても噛み砕いて飲みこんでやる気満々でソレを手に取って口に運んだ。

「・・・いかかですか?」

「ウマいよ」

オレはちょっと拍子抜けして薄い反応をしてしまった。

いや、ホントにウマかったんだ。

フツーに、期待・・・つーか、想像していたよりもウマかった。

どんなモノが出てきても完食する意気込みで挑んだオレが少し落ち込むほど、ソレはウマかった。

「お口に合いませんでしたか?」

当然、そんなオレの反応に彼女は不安そうにそう尋ねてくる。

オレは慌てて否定した。

「いやいや、ウマいって!ホント!お世辞なんかじゃねーって!」

しかし、彼女の顔色は優れない。

オレの言葉を信じてねーな。

「いや、その・・・妹がさ、葵と同じガッコ出てんだけど、これがまた全然料理が出来ないもんだからさ、その、実は・・・」

オレは正直に白状することにした。

静香!オメーの所為だ!

オレはお嬢様学校に通う女に持つ偏見の原因となった妹を恨んだ。

「正直言って、もっとヒドイモンだとばっかし思ってました!だからフツーにウマくて拍子抜けしちまいました!スンマセン!」

オレは素直に頭を下げた。

すると、彼女は唖然とした顔をしてからクスクスと笑いだした。

「そうですか・・・妹さんが。すると私の先輩に当たる訳ですね。確かに同級生にもお料理をしない方は大勢いらっしゃいますが、私は妹に時折お菓子を作ったりするので少しは出来る程度ですけど」

わ、わ、わ・・・彼女の笑顔だ。

そ、それも、このオレに向けた。

か、かーいー!!

オレはホンのちょっとだけ妹を許してやろうと言う気になった。

「少しなんてモンじゃねーよ!これだけウマけりゃじゅーぶんだって!」

オレは有頂天になってバクバクとサンドイッチを食った。

慌てて食い続けたオレは当然ながら喉を詰まらせ、心配した彼女に飲み物を貰う羽目になるほど食った。

ああ、コレがフツーのデートってヤツ?

なんか、感動的だ。

やっぱ、ラブホばっかじゃなくてこーゆーふーに健康的なヤツもイイなぁ。

うん、なんかさ、イイよな。ホント。

彼女と一緒にキャーキャー騒いで(叫んでいたのは専らオレだが)彼女の作った弁当食って、まったりとチャー飲んで。

うん、イイ!

ゆーえんちの〆と言えばやはり、観覧車であろう。

夏だから陽はまだ暮れていなかったが、二人っきりで過ごせる空間だ。

「葵、こっち来いよ」

乗る時は向かい合わせでも、並んで座んなきゃナンにも出来ねーだろ?

オレが誘うと、彼女は揺れる中、オレの隣に座った。

オレは彼女の肩を抱き寄せて、彼女の髪の香りを嗅いだ。

ああ!この後、ホテルに連れ込みて―ケド、出来ねぇんじゃあなぁ・・・クソッ!お月さまのイジワル!

せめてキスだけでも・・・とオレが彼女の顔に近づこうとすると、彼女が突然こう言いだした。

「この間のお話ですけど・・・」

こないだの話?

ってナニ?

どれのコト?

「・・・和晴さんとご兄弟のお名前のお話なんですが」

え?ソレ?

ソレがナニか?

「私・・・考えたんですが、和晴さん達のお父様は、ご自分の子供に名前を付ける時に、とても大切なものだからよく考えられてから付けられたんだと思うんです」

え?なんでそんなコト言い出すの?

「それが例え、その・・・私の母の事があったにしても・・・子供に付ける名前を考えるのはとても大変な事だと思うんです。お父様は外国の方だし、日本語の意味ある名前を考えるのは特に難しいのではないかと」

オレにはまだ彼女がナニを言おうとしているのか判らなかった。

けど、口を挟む事も出来なかった。

「つまり・・・私の勝手な推測に過ぎませんけど、お父様はあなた方ご兄弟をとても愛しんでいらっしゃるのではないかと思うんです。何と言ってもご自分の血を分けた子供ですもの」

ああ、彼女は・・・彼女がとても両親に愛しまれて育ったのが良く解かる発言だ。

だからこそ、そんなコト考えたりするんだろうな。

オレはナンだか泣きたくなった。

彼女にそう言われると、そうじゃない事が解かってても、そうなんだと信じたくなる。

「そー思う?」

オレ達が親父に愛されている子供だって?

「ええ」

そう言って頷いた彼女の浮かべた微笑みは、オレが待ち望んでいたあの聖母の様な眩しくて優しい笑顔だった。

オレは込み上げて来たモノをスーッと零した。

「アリガト、葵・・・スゲーな、今の一言でナンか、色んなモンがキレーに洗い流されちまうみてぇ」

オレはギュッと彼女を抱きしめて、彼女の肩に顔を埋めた。

「スゲーやホント」

聖母マリアもビックリの効果がある。

オレは彼女の髪に顔を埋めてちょっと泣いた。

「葵、ずっとオレの傍に居て」

そして、こうしてオレを慰め続けてて。

オレから離れて行かないで。

オレをどん底から救って欲しい。

「愛してる、葵」

オレは彼女にキスをした。

彼女はそれを優しく受け止めてくれて・・・絶好調に盛り上がった所で観覧車は地上へと降りた。

ドアを開けようとした係員はキスしてるオレ達にギョッとしながら「お、お客さん・・・」と叫んだが、オレは尻から財布を取り出してソイツに投げると指を1本立てた。

『もう一周させろ!』

そう心の中で叫んで彼女とキスをしたまま観覧車から降りなかった。

そしてキスはたっぷり観覧車が一周する間続いた。

もちろん、降りた後に係員が「こんなモノ投げられても困ります」とか「ここはラブホじゃないんですよ」とかブツクサ言ってたが、真っ赤になって恥ずかしがる彼女とは対照的に、オレはヘラヘラと笑って謝り続けた。

別にヤッてたワケじゃねーんだから構わねーだろうに、うっさいヤツだ。

しかし、機嫌が最高潮に良かったオレは笑って遣り過せた。

彼女は帰りの車の中でも顔を赤くしたままで、頻りと「恥ずかしい」を連発していたが。



オレはもう彼女に「見合をするな」とは言わなかった。

オレが自分で親父に言わなければと思えるようになったから。

それは他でもない、彼女の言葉がオレを後押ししてくれたから。

今まで逃げていた親父とちゃんと向き合って話をしなければならないと感じたから。





オレは覚悟を決めて親父の書斎のドアをノックした。

「お父さん、お話があります」







 

































 

Postscript


あ、イイトコでナゼ切る!と仰りたい方も多いかと存じますが、ヘタレサイドのお話はここまで。
これから先は葵ちゃんサイドとなります。

や、やっとヘタレをちょっぴり返上出来たかな?
ホントは最初、車の中でちゃんと言う筈が、ヘタレは恥ずかしがって恥ずかしがって、両手で顔を隠してイヤイヤをしたものですから先に延びました。
情けないヤツに比べて彼女はしっかりしております。

静香との会話やゆーえんちデートを入れたかったので、えっちが薄目ですが、ご勘弁を。
折角のえっちシーンを削ったのは長くなるな、と思ったからで、決して表現に困ったからでは・・・色々なバリエーションつけんのはこの二人にはまだ早過ぎるしなぁ・・・

遊園地はどこか具体的にモデルにした場所はありません。
今では「こうらくえんゆうえんち」にも観覧車があるようですし。
ネズミランドにだけないのかな?
しかし、アレは混むからな。
夏は避けた方が無難です。

係員に財布を投げつけるとは、金持ちの坊ちゃんらしい態度。
横柄で傲慢ですな。
最初は観覧車に乗せるだけのつもりで、某臨海公園を舞台にしようと思っていました。
あそこなら乗る前に無理やり写真を撮らされて、降りると半強制的に売りつけられる。
和晴なら喜んで初の2ショット写真を買い込んだ事でしょうが、普通の遊園地ではそういったサービスは・・・あ、絶叫系の写真なら撮ってくれるとこあるな結構。

今回のタイトルにあります「救済」は取りも直さず和晴の親父への確執の瓦解です。
妹に指摘された時は意固地になった癖に、惚れた女に言われると信じる、単純な男。
彼女の言葉を全て信じた訳ではありませんが「信じてみようかな」程度でも彼にとっては大きな進歩です。

次こそ見合いだ!
やっと!
え?見合いすんの?と思った方、します!


2009.7.29 up

 


 

 

 

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