魔女の恋



私は考える。

恋の成就とは何を持ってして言うのか?

思いが通じる事だろうか?身体を繋げる事だろうか?子供を成す事だろうか?

父はそれで言うと、何一つ当てはまらないから、彼の恋は成就しなかったと言えるのだろう。

母はそれとは反対に成就したと言えるのかもしれない。

私達、3人もの子供を得たのだから。


それでは、恋の終わりとは何を持ってして言うのか?

思いが消えてしまう事だろうか?

母はあの時、父の写真を躊躇いもなく破り捨てて『昔の事だ』と言った。

あの時、既に母の中では恋は終わっていたのだろうか?

相手が亡くなってしまった時も恋は終わってしまうのだろうか?

父は、私を慰めてくれた時に『死んだ者は生きている人間の記憶の中で生き続ける』と言った。

父は母をずっと覚えてくれていたのだろうか?

母が残した私達が居るから忘れられないと父は言ってくれたが、それではその思いの一欠けらでも父の中に母は生き続けていたのだろうか?

私の恋も、父を記憶に留めている限り終わる事は無いのだろうか?

成就する事は叶わなくても。

「静香様、西塔さんがお見えになりました」

呼ばれて私は物思いから抜け出した。

「はい」



我が家で一番広い応接室に皆が集まっていた。

カズ兄と弟のノブ、お姉様とそのご主人である西塔さん、そして岳居さんとその息子。

それぞれがバラバラにソファーに座っている。

TVドラマだとこう言う時は、大きなお座敷にずらりと整列して座るか、大きなテーブルにやはり整列したように座っているものだけど、我が家に畳の部屋は無いし、大きなテーブルと言えば食堂にしかない。

食堂ではおかしいわよね。

一同が揃ったのを確認した西塔さん、この西塔さんはお姉様のご主人のお父様でお父様の顧問弁護士の方、が徐に口を開いた。

「それでは、ウェルナー・クリフオード氏の遺言状を公開いたします」

あら、これはドラマと同じだわ。

思わず笑いそうになって俯いた。

不謹慎な娘だわ、父親の遺言状を聞く時に笑うなんて。

「まずは不動産についてですが、氏の名義であるアメリカでの土地・建物の全てを和晴様・靖治様のお二人に、これは売却を希望されるのであれば、売り上げを等分されるようにとの事です」

兄も弟もその言葉に困惑している。

彼らは外国の土地や建物を貰っても困るだけでしょうしね。

「次にこの家の名義は静香様に。その他の日本にある土地・建物につきましては売却してこの家の維持費に回すようにとの事です」

あら、私にはこの家を維持していくだけの力が無いと思われたのかしら?

ちょっと心外だわ。

「続いて、氏の保有していた株券についてですが、半分をライラ様に、残り半分を和晴様・靖治様・静香様で等分に分配するようにとの事です」

ここで、今まで黙って聞いていた岳居さんが立ち上がった。

「ちょっと!どうしてそこに杜也の名前が無いんですの?杜也もその子達と同じ彼の子供ですよ!」

ご尤もな意見だわ。

でも、お父様は彼女達には現金を残していると思うのだけど。

「これから申し上げる所でしたが、杜也様には他の皆様の相続税等の必要経費を除いた全ての預貯金が残されております」

ほらね。

「わ、わたくしには?」

「岳居真理様には既に生前、現在お住まいの住居と信託預金を残されておりますので今回の遺言状にはお名前はございません」

西塔さんは、岳居さんに書類を見ずに応えた。

浅ましいわね。

あれだけお父様からお金を絞り取っておきながらまだ欲しいのかしら?

「・・・私、私は相続を放棄します。あの人の遺産を受け取る謂れは無いわ」

お姉様は青い顔をしていた。

お父様の死のショックからまだ立ち直れていらっしゃらないのかしら?

「貰っとけよ。株ならあっても困んねーだろ?特に会社のモンならさ」

兄がお姉様の言葉に反論する。

そうね、私もそう思うわ。

「実質、会社は姉貴が継ぐ事になんだから。親父もそー思ってたんだろ?」

兄の視線を受けて西塔さんは困ったような笑いを返しただけだった。

まあ、自分の息子の配偶者が遺産の相続人なのだから複雑な心境なのかもしれないわね。

「オレこそ遺産はいらねーや。相続は放棄する」

「え?でも・・・」

「兄貴!」

お姉様と弟が兄の言葉に驚いて声を上げた。

カズ兄ならそう言うと思ったわ。

「オレも何とか一人前になったし、親の金をあてにする年でもねーし。嫁さんの実家が金に困ってる訳でもねーからな」

あれだけの旧家で資産家なら、お金に困っていないどころの話ではないでしょうに。

相変わらずカズ兄の物言いは素直じゃないわね。

「じ、じゃあ、俺も相続は放棄する」

弟は昔から兄に倣えよね。

何でも兄の言った事ややる事に『俺も』って言うんだから。

馬鹿の一つ覚えみたいだわ。

「待って!カズ兄もノブも。そう性急に答えを出さないで。お父様が私達に遺して下さった物をそう簡単に放棄するだなんて言わないで」

私の言葉に西塔さんが頷いてくれた。

「そうですよ。よくお考え下さい。日はまだありますから」



西塔さんと岳居さん親子とお姉様達が帰ってしまった後、私達兄弟だけで話し合った。

「馬鹿ね、二人とも。相続を放棄したらどうなるかよく考えたの?」

ノブはともかく、カズ兄は法律家でしょうに。

「たりめーだろ!」

「よく考えたよ、もちろん」

そうかしら?

「いい事?あなた達二人が放棄した財産は残りの法定相続人で分配される事になるのよ?つまり、岳居さん親子にも行くのよ?」

私やお姉様だけにじゃないのよ。

「株はお姉様に譲るとしても、他の資産は貰っておきなさいよ。自分達だけじゃなくて、将来の事も考えれば貰っておいて損になるものじゃないでしょう?」

今はまだ、二人とも子供が居る訳じゃないけど、いずれ近い将来には生まれて来るんだろうし。

「自分達で稼いで生活出来るからって安易に財産の相続を放棄するなんで愚かな事だわ。二人とも自分一人だけで決めてしまわないでお相手に相談してから決めなさいよ」

それぞれパートナーがいるんだから。

私の言葉に二人とも黙った。

兄は資産家の娘と結婚して仕事も順調の様だから資産などいらないと言えばそうかもしれないけど、資産があって困る事はそうそうないと思うのよ。

弟だって働いているけど、お相手はごく普通の家の娘だから資産がある訳じゃないし、贅沢を望んでいる訳ではない事は判るけど、贅沢をさせてあげてもいいんじゃないかしらと思うわよ。

「・・・静香、オマエは受け取るつもりなのか?」

兄の言葉に私は頷いた。

「当然でしょ?」

悪いけど、株だってお姉様に譲るつもりは無いわ。

それは確かに、株券はお姉様に全て譲った方がお姉様にも会社の為にもいい事は判っているけれど。

お父様が私に遺して下さったものですもの。

誰にも譲らない。





「しーちゃん、抱っこ」

「はいはい」

おねだりされて抱き上げれば・・・重いわ。

4歳児ってこんなに重かったかしら?

でも、サラサラの金髪に青い瞳がクリクリしていて可愛い。

ほっぺをツンツンと突くとクスクスと笑い出す。

「ジュニア、可愛い!大好き!」

う〜ん、もう!このまま攫って行きたいくらい!

「ぼくもしーちゃん大好き!」

そう言って頬にキスしてくれる。

年の差さえなければ、絶対にモノにするのに!

あ、それ以前に三親等以内だからダメかしら?

ん〜でもお姉様と戸籍は別々だし・・・

「あら、ジュニア。静香に遊んで貰っているの?良かったわね」

「ママ!」

母親の登場にジュニアは私の腕の中から抜け出そうともがき出す。

残念だわ、母親には敵わないのね。

「ジュニアは随分と大きくなりましたわね。お姉様」

私は甥っ子を解放してあげると、飛びついて来た息子を難なく抱え上げるお姉様に微笑みかけた。

「そうなのよ。もう重くって大変」

そう言いつつも幸せそう。

「先日はお顔の色が悪いようでしたけど、体調でも崩されました?」

私はそう尋ねつつ、お姉様の淹れてくれたコーヒーを頂く。

相変わらずコーヒーだけは絶品ね。

お料理の腕前は上達したのかしら?

私は結局リタイアしてしまったけれど。

「あら、やっぱりお医者様の目は誤魔化せないわね」

ニコニコしているお姉様の具合は悪くなさそうだけど。

「お目出たですの?」

「ビンゴ!もう四カ月に入っているって言われたわ」

「ぼくね、お兄ちゃんになるの!」

お姉様の膝の上で甥っ子がはしゃいでいる。

一つの命が消えれば新しい命が生まれる。

慶事は続くモノなのね。

「おめでとうございます、お姉様」

本当に喜ばしい事だわ。

「実は、そんな嬉しいお話の後に無粋なんですけれど、先日の相続の件についてなんですが」

微笑んでいたお姉様の顔が少し曇る。

「和晴お兄様も靖治も株券は全てお姉様にお譲りしたいと言ってます。不動産については売却する事になるかと」

どうして私が一人でこんな話をお姉様にしなくてはならないのかしら?

まったく。

「私の株券については申し訳ありませんけれど、このまま頂きたいと思っています」

これを言わなくてはならないから黙って引き受けたんだけど。

「お兄様も、靖治もお姉様に直接、お話出来なくて申し訳ないと申しておりました」

本当に。

「お兄様は赴任先に飛んで帰ってしまわれましたし、靖治はその、今、生憎と沙枝ちゃんの悪阻が酷いらしくて」

まったく、あの愛妻家どもめ!

「まあ、靖治の所もお目出たなの?」

お姉様の言葉に私は頷いた。

ちょっとばかり計算が合わないような気がするけど、弟の所は。

式を挙げたのは2か月前でしょ?怪しいわ。

「・・・そうね、株の件については皐とも話し合ったんだけど、譲って頂けるなら相応の値段で買い取らせて頂こうかと思っているのよ。あちらの不動産についても、私が買い取るわ」

私はお姉様の申し出に少し驚いた。

「もちろん、相場の値段で、だけれど。私達はいずれあちらに拠点を移す事になるし、子供も増えるし、クリフォード家の土地や家はかなり古いものだから」

私は自然と笑顔が浮かんだ。

「素晴らしいですわ、お姉様。そうして頂ければ、クリフォード家とアクトン家の財産がその血を受け継ぐものに受け継がれていく訳ですものね」

お父様の血をひく子供達がお父様の生まれた家を継いでいく。

お姉様は私の言葉に少し肩を竦めた。

「ま、結果的にそうなってしまうのだけれどね」

相変わらず素直になりきれない方。

「それより、靖治に先を越されるとは・・・和晴の所はまだなの?」

ああ、それなら。

「お兄様は葵さんを子供に取られてしまうのがイヤなんですわ、きっと」

あの熱愛ぶりは異常よね。

まだ結婚して1年くらいでは、子供なんて早いと思っているに違いないわ。

結婚するまで遠距離恋愛が続いていた訳だし。

ふっ、大学を卒業するまでお兄様を待たせるなんて葵さんも流石だわ。

「それで静香は?恋人とかいないの?」

出たわね、仕切りババア根性が。

「私はまだ研修が何年も残ってますわ、お姉様」

医師免許を貰ったばかりなんですもの。

一人前になるまで男なんて作っていられないわよ。

ま、作るつもりもないけれど。

「医者と言えば、あの子も医学部なんでしょう?」

私は思わず眉がピクリと上がるのが止められなかった。

「確かにその様でしたわね」

「この間、初めて会ったけれど、あの子は全然あの人に似ていないのねぇ」

「お母様の方に似ていらっしゃるのでは?」

お姉様も兄も弟も文系で、理系に進んだのは私だけだと思っていたのに、あの岳居のクソガキときたら。

兄の言葉によると、お父様の跡を狙っている様子だったのに、何故か大学は国立の医学部。

私に当てつける様にレベルの高い所を選んだに違いないわ!

岳居のババアはそういった嫌味な嫌がらせが好きそうですもの。

自分の息子が私達よりいかに優秀か、お父様にアピールしたかったのね。

でも、残念でした。

結局、あの人はお父様の妻の座には就けないままに終わってしまったわ。

お父様の会社を継ぐのはこのお姉様で間違いないのだろうし。

お父様の遺産だって、必要以上にあの人達に譲りたくないわ。

だから兄弟を説得したんですもの。

「お姉様はいつまでこちらにいらっしゃいますの?」

お姉様は既にアメリカでの生活が主になっている。

今回はお父様の事で来日しただけ。

「来週には戻るつもりなの」

「寂しくなりますわね」

兄も弟も結婚して家を出て行った。

お父様が私にあの家を残してくれたのは、私が温室を気に入っていた事を覚えていてくれたからだろうけれど、一人であの大きな家に住むのは広過ぎるかもしれない。

もちろん、お父様との思い出があるあの家から出て行くつもりなどないけれど。

「静香、あちらで勉強する気になったら声を掛けて頂戴ね?」

確かに、医術を極めるつもりならアメリカ留学は魅力的だろう。

けれど、私には医術を極める理由が無くなってしまったから。

「はい、お姉様。その際にはお世話になります」

私はにっこりと微笑んだ。



私の最愛の父が亡くなったのは、私が25歳の秋の事だった。

アメリカでの交通事故だった。

子供は誰も見取る事が出来ず、あっけない最期だった。

アメリカ人である父は、そのまま向こうで埋葬され、私達は父の遺体とも対面していない。

会社で社内葬が行われただけ。

私は父が亡くなって1ヶ月以上経ったと言うのに、まだ実感が湧かないでいた。

折角時間を掛けて医者の卵になれたのに、その理由を失ってしまった。

私は父の専属の医師となって、彼の傍で生涯を過ごそうと決めていたのに。

私の恋は成就しないまま、永遠に終わる事が無い。







 






























 

Postscript


『はた迷惑な女達』のシリーズ最後を飾るのは静香のお話。
これはプロローグ的なお話で、これから3年後から本筋がスタートいたします。

え?親父、死んじゃったの?
ハイ、管理人のお気に入りの親父には亡くなって頂きました(冷酷)
アレよりも長生きしたし、子供が3人も結婚するのを見届けたし、孫も(多分)抱けただろうから、いいかな?と。

実は静香は最初はもっと大人しい可愛い子だったのですが、管理人が捻くれているので、あんな性格に・・・それが面白くて気に入ってしまったので主役のお鉢が回って来たのでした。

静香のお話は考えていなかったので、彼女がどういった進路を選ぶか、全然考えていませんでした。
なので最初の頃は大学の学部も人物紹介に載せていませんでしたが、子供が全員文系と言うのもどうよ?
と言う事で、彼女は理系に進みました。
幼い頃から(当然、父親に引き取られてから)彼女はバイオリンを習っていた、という裏設定があるのですが、芸術方面は厳しいし、実は兄弟の中で一番優秀な静香には女ブラックジャック(古)でも目指して頂こうかな?となりました(安直)
しかし、これがまた色々と調べる要素が多くて苦労する羽目になったのは言うまでもありませんが(自業自得)
でも、白衣はイイですよね(選んだ動機が不純過ぎ)
静香が彼女なりに選んだ父親とずっと一緒に居る方法でしたが、その甲斐も無く親父は急逝してしまいました。

このお話は今までとは少し違って、交互視点で描くのではなく、しばらく静香だけの視点からお届けする予定です。
人物紹介を見ていた方は気がつかれたかと思いますが、相手役は彼です。
今回は管理人ポリシーの一つ、「欲望の後から愛はついて来る」バージョンですので、今までの様にあまり甘くはないかもしれません。
相手役は色々と候補が居たのですが、芸能人とか(私が芸能界舞台が苦手でパス)メチャクチャ年上とか(ファザコンだし、でも不倫が嫌いなのでこれもパス)文無しのプータローとか(愛だけじゃ食っていけねぇぜ)
あの、静香の相手役なので、アレに耐えられる根性と性格の持ち主を探すのに苦労しました(苦笑)
結局、今まで出した中から強引に選んでしまったのですが、ちょっと禁断っぽくてイイかなぁ、と(サイテー)

次はこのお話から3年後になります。
いよいよ、彼も喋ります(大笑)


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