ぼーい・みーつ・がーる



それは俺が初めてそのパーティに出た時の事。

母親が亡くなって茫然としていた俺達の前に父親だと名乗る男が現れ、母親と兄と妹との貧相ながらも馴染みのあるアパートでの生活から、大きな家で沢山の人に囲まれる堅苦しい生活へと急激に変わった。

お陰で母親の急死を実感する事も出来ず、泣く事も忘れていたが、父親の会社の催し物だというその定期的に行われるパーティに強制的に参加させられ、七五三の時に着るような服を着させられて居心地が悪くなった俺は、パーティ会場の隅の大きな観葉植物の陰に隠れてじっとパーティが終わるのを待っているうちに母親の死をじわじわと感じ始めて声を殺して泣き始めていた。



どうしてこんな所に居なくちゃならないのか、どうしてこんな息苦しい服を着なくちゃならないのか、どうして隠れている僕を母さんが探しに来てくれないのか。

いつもならこうして隠れていても、母さんがすぐに僕を見つけ出してくれてたのに・・・ああ、そうか・・・母さんは死んじゃったんだっけ。

もう、僕やお兄ちゃんや静香を抱き上げてくれたりはしないんだ。

もう二度と、母さんには会えないんだ。

だってお兄ちゃんが言ったんだ。

ヘンな匂いのする場所で箱に入って眠っている母さんを見ながら僕と静香の手をギュッと強く握りしめて「母さんにお別れするんだよ」って。

お別れしたんだもの、もう会えないんだ。

綺麗な声で笑っていた母さんに、いつも優しい母さんに、抱きつくといい匂いがしてた母さんに・・・もう会えない。

涙が零れて止まらない。
鼻水も出てきた。
七五三の服が汚れちゃうけど止められない。

「ヒック、ヒック、エグ、エグ・・・」

洋服の袖口を口元に充てて声を殺そうとしたけど、上手くいかなくてしゃっくりが出てきた。

しばらくそうしていると、声が聞こえてきた。

すぐ傍から。


「どうしたの?怪我したの?おなかが痛いの?」

俯いていた顔を上げると、僕より少し大きい女の子が僕を覗き込んでいた。
見つかっちゃった!と思って驚いた僕は一瞬だけ涙が止まった。

だけど

「お父さんかお母さんを探してあげようか?お名前は言える?」

そう言われて僕はまた母さんが死んだ事を思い出して、止まっていた涙が再び流れ始めた。

「い、いない・・・か、母さん、し、死んじゃったもん・・・エグ」

また俯いて泣き始めた僕に、その女の子はハンカチを差し出してくれた。
そして僕のベショベショの顔を拭いてこう言った。

「鼻を咬みなさい。余所行きの服が台無しだわ」

その言葉は今までの優しい言葉とは違って何だかちょっと怖かったので僕は言われるままにチーンと鼻を咬んだ。


「あのさ、人っていつかは死んじゃうもんなんだって。だから、いつまでも泣いてたって生き返る訳じゃないんだよ。
っておばあちゃんが言ってた」


僕はちょっとビックリした。

だって今まで周りの人達は母親を亡くした僕達の事を『かわいそうに』とよく言ったから。
大きい家の『使用人』の人達や新しく通い出した幼稚園の子達やそのお母さん達が『かわいそうにね』と言っていたのに

この子は『かわいそう』とは言わないんだ。


「あたしだって生まれた時からママがいないけど、あんたみたいにメソメソ泣いたりしてないわよ!」

その子は偉そうに胸を張ってそう言った。

そうか、この子も母さんがいないんだ。
でも、僕だっていつもいつも泣いてる訳じゃない!
そう言い返そうとしたけど

「ノブ!」

お兄ちゃんが僕を見つけて声をかけて来た。

「なんで、こんなとこに隠れてんだよ!心配しただろ!」

お兄ちゃんは息を切らせて怒った様にそう言う。
お兄ちゃんは怒ると怖い。

「ご、ごめんなさい」

「なんだよ、泣いてたのか?誰かにいじめられたのか?
ん?なんだコレ?」

お兄ちゃんは僕が持っていた涙と鼻水でグショグショのハンカチを取り上げた。

「あ、ソレは・・・」

僕はハンカチをくれた女の子の事を言おうとして、その子を探したらさっきの女の子は僕達に背を向けて離れていこうとしていた。

「待って!」

僕は長い事蹲っていた場所から立ちあがって、その子を追いかけた。

僕に服を引っ張られてようやくその子は立ち止まってくれた。


「あの、あの・・・ありがと、その・・・ハンカチ」

こんな時になんて言ったらいいのか解らなかったけど、ハンカチを貰ったし汚しちゃったしお礼を言わなくちゃいけないと思った。

「気にしなくていいわよ。アレお兄さん?」

「うん」

「兄弟がいるならあたしよりいいじゃないの。あたしは一人っ子なんだから」

まるで不幸自慢をするようにその子は得意そうに笑った。

僕は本当は泣き虫じゃないとか、お兄ちゃんは普段はあんまり優しくないとかいろんな事を言いたかったけど、上手く言葉に出来なくて。

「ぼ、僕は『なみき のぶはる』って言うんだ」

名前を言うのが精一杯だった。
情けない。

「あら、お名前言えるのね。偉いわ」

小さい子にするようにヨシヨシと頭を撫でられた。

僕は自分の名前を言えないような小さい子供じゃないと思ったけど、撫でてくれたその手は、いつもガシガシと乱暴に頭を揺さぶるように撫でるお兄ちゃんの手とは違ってまるで死んでしまった母さんみたいに優しかった。

だから、もっと傍に居て欲しくて

「お姉ちゃんの名前は?」

と聞いたのに。

「こういう時は名乗らないで立ち去るのがカッコいいのよ」

なんて言ってパーティの人混みにまぎれて消えてしまった。

名前くらい教えてくれたっていいのに。


お兄ちゃんは僕が貰ったハンカチを「汚いから」と言って捨ててしまうし、僕はパーティがある毎にその子を探す羽目になった。


でも、何度目かのパーティでやっと探し当てたその子は僕の事をすっかり忘れていて

「誰?」

なんて言ってくれちゃうし、
当然、名前を聞いてもなかなか教えて貰えなかった。


そして、名前を教えて貰った頃にはその子はとてもぶっきらぼうだけど、とっても世話好きで優しくて母さんみたいな石鹸の匂いがする事に気づいてますます、ずっと傍に居て欲しいと思ったから僕はいつしか心に決めていた。

「大きくなったら『たむら さえ』ちゃんをお嫁さんにするんだ」と。



































Postscript


名前が決まったので二人の出会いを彼の視点で書いてみました。
そんなに甘くないのはコメディだし、子供の出会いがそんなにスィートな訳なかろうと思って。

最初の口調がシリアスっぽいのは、今の彼の回想だからです。
だから、最初は「俺」なのに途中から「僕」になっている。

彼の背景をちょっと入れてしまったら長くなってしまった・・・

「のぶはる」クンとその兄弟は実は婚外子。
「なみき」は母親の姓です。父親は外国人だし。

母親が女手一つで3人の子供を育てていましたが、亡くなったので父親に引き取られました。
俄か御曹司の「のぶはる」クンなのでした(笑)
なんで亡くなった事にしようかなぁ・・・病気より事故かなぁ(考えていない)

出会った時に一目惚れするほど「さえ」ちゃんは可愛い子じゃないので(ゴメン)
性格に癒されるという設定になってます(マザコンです)

お兄ちゃんは弟を虐めたヤツにはきっちり仕返しをする頼りになる優しいお兄さんですが
日頃、弟は乱暴に扱ってもいいものだと思ってます。

二人の名前の呼び方を覚えておいていただけると嬉しいです。
さえちゃんはともかく、のぶくんはちょっと読みにくい字を当てたので。

ちなみに静香とはノブちゃんの双子の妹のことです。
そう、今回は兄弟3人一緒に育ちました。


拍手掲載期間 2009.7.6-7.10

 

 

 

 

 

 

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