悪女の嘆き



これってあたしの所為?
あたしが原因?
あたしが悪いの?
勘弁してよぉ・・・



あたしは極々普通の家に生まれて育った。
母親はあたしが生まれてすぐに亡くなってしまったけど、父親はヒラでも結構いい会社に勤めていたから経済的に困ったことは今までなかったし、中学生までは祖父母が健在であたしを育ててくれていたから、おかげで家事は人並み以上に出来るわ。
唯一の取り柄と言ってもいいわよね。

頭脳も人並み、容姿も人並み・・・だと信じている。
家のことをしなくちゃならなかったから、彼氏なんて作っている暇はない、と言えぱ聞こえはいいけど、ま、あたしに告白してくるようなモノ好きもいなかったから年齢イコール彼氏いない歴なんだけど。
公立の小・中・高校を出て、私立の短大を卒業した。
少々、地味なことを除けば、あたしは極々一般的な生まれと育ちをしてきたと言える。


人と少し違っていると言えば、父親の勤めている会社が外資系で、3か月毎に家族を呼んでパーティなんかをする会社だってところぐらいかしら。
普通はパーティなんて縁がないわよね、一般庶民には。

社員が元気で働けるのは家族が支えているからだ、とかで毎回ホテルでビッフェスタイルのパーティがあった。
外資系は派手で気前がいいわよね。

でも、日本人はパーティなんて慣れてないから、任意参加のそのパーティにはそんなに多くの家族は出席していなかった。
奥さんを連れてくる人はいても子供まで連れてくる人は少ない。

だけど、父親は母親がいないあたしを、外食する代わりによく連れて行ってくれた。
あたしも珍しいそこでしか味わえない料理をとても楽しみにしていたし。

そこで出会ったのがアイツ。
お偉いさんの息子であたしより2つ下のお坊ちゃん。

あたしは覚えていないんだけど、どうも小さい頃に母親を亡くしたばかりでベソベソ泣いていたアイツに声をかけて 慰めてあげたとか何とか・・・記憶にないんですけど。

人違いじゃないの?と言えば
「絶対に間違っていない」と強気の答えが返って来た。

「あんな地味な格好をしていた子供は一人しかいなかった」そうで
悪かったわね、ウチは貧乏じゃないけど余所行きの子供服をバンバン買うほどの裕福でもないんです。

それからアイツはパーティのある毎にあたしに話し掛けて来て、やたらと懐いていたのは記憶にある。
小さい頃はあたしより小さかったし、兄弟のいないあたしにとっては弟みたいで、料理を取ってあげたり面倒を見てやったりしていた。

最初はアイツが誰の子供だなんて知らなかったし、学校も違えば住んでいる所も近くはないし、パーティで会うだけだからとあまり深く考えていなかった。
あたしも流石に高校を卒業したら着ていく服を考えなくてはならないことに気が付いていたし・・・中学・高校は制服でやり過ごしてしまったけど、よく考えれば(考えなくても)ちょっと恥ずかしい事してきたなぁ。


短大を卒業して、親のコネで父親の会社に入る事が出来たあたしは社員として久しぶりにパーティに参加していた。
お給料が入るようになったから、ちょっと奮発して普段着には出来ないワンピースなどを着てみたりして。

でも、他の人の気合の入り様には負けた。
ちょっと浮いてるかな〜いやいや、あたしと同じ新人は似たり寄ったり・・・そのはずだけどな・・・

パーティ会場の隅でチビチビとジュースを飲みながら引け目を感じていると、アイツが話し掛けて来た。

「久しぶりだね」

嫌だな〜目立つと困るよ〜あたしはまだ新人なんだし、今までとは違って社員の家族じゃなくて今ではアナタのお父さんに雇われている身分なんですよ〜あたしは。

しかし、無視する訳にもいかず「お久しぶりです」と返す。
どこかに知り合いを見つけて逃げ出そうと視線を彷徨わせていると
「ちょっと話があるんだけど」とパーティ会場の外へと連れ出された。
体を抱くように後ろから肘を強く掴まれては騒ぎ出さないと逃げられない。
あたしは諦めて従った。



ホテルの中庭は緑が多くて、初夏とはいえ日が暮れているから涼しい風が入ってくる。
都心の一等地なのに静かだなぁ・・・と感心していると。

「どうして今まで来なかったの?」
大学生にもなってセーラー服は着られません、とは言えず
「大学に入ると付き合いも増えたし」
お姉さんは忙しかったんだよ〜と笑って答えると

「恋人とかいたりするの?」
難しそうな顔をして聞いてくる。

あのね、あたしは自慢じゃないけど今までモテた事なんかありません!と言い切れるけど、そんな自慢をしても虚しいだけだし。
にっこりと笑って誤魔化す。これぞ日本人の究極奥儀。

「そっちこそ、恋人でも出来た?今年から大学でしょ?」
コイツは幼稚園から有名な私立に通っていたんだから、大学だってそこそこ有名処に潜り込んでいるはずだわ。

いいわよね〜お金があるって。
優秀な家庭教師を雇って学力も引き上げて貰えるだろうし。

「A大の教育学部に入ったよ」
へ〜A大かぁ〜有名な私大じゃない。
あたしの出た二流の短大とは大違いだわ。

へ?教育学部??
経済じゃなくて?

「きょ、きょういくがくぶ?」
ビックリして思わずひらがなで聞き返してしまったわ。

「うん、俺、教師になりたいんだ」
嬉しそうに仰いますね、アナタ。

「え?でも・・・」
「俺、兄貴いるし」

そ、そーですけど。
確かにアナタにはお兄さんがいらっしゃいますけど、アナタのお兄さんはドロップアウトしたともっぱら有名な方で 、大学にもあまり行かずに車と女を乗り回していると悪い噂が絶えなくて、髪を染めて派手に遊び歩いて父親から見捨てられたとの評判で、真面目なアナタに周りがみんな期待しているとのお話を会社で聞いてますけど。

「後を継がないの?」
「継がない」

一刀両断ですか?

「だって、継ぐ事になったら見合いをしなきゃならなくなるし」

お〜流石、まだ大学に入ったばかりなのにお見合いかぁ・・お金持ちはやる事が違うわね。
まぁ、でも、定石だけど当然よね。
結婚ってのは家と家との結びつきでもあるんだから、同格の家同士での結婚。常識だわ。

それにしても、鼻水垂らしていたコイツが結婚かぁ・・・あたしもいい人見つけよ。
幸い、就職先は外資系。職場結婚も悪くない、悪くないぞぉ。

「おめでとう」

にっこり笑って祝ってあげたのに、コイツときたら。
「話、聞いてた?」
怒った様に人の腕を掴んできた。

「聞いてたよ、お見合いするんでしょ?」
放してよ、痛いじゃないの。

「しないよ!俺は君と結婚するんだから!」
はいい〜〜っ!
いつ、そんな話になったのでしょう?


「ずっと前から結婚するなら君とだと思ってたけど、俺は年下だし、まだ学生だし、せめて就職してから話そうと思ってたのに、親父が勝手に見合いの話とか持ってくるし、見合いの話が出た途端に周りは俺が後を継ぐとかいきなり言い出すし・・・だから、俺は卒業したら家を出て後を継ぐつもりなんてないし、結婚は好きな女とするってはっきり言ってやったんだ」

あの〜もしもし、好きな女って誰の事?
後を継ぐとか継がないとかはそちらのご家庭の勝手な事情でしょ?
あたしは関係ないでしょ?

あたし、今までアンタから好きだとか言われた事一度もないんですけど。
勝手にあたしを巻き込まないで欲しいんですけど。

「そう、頑張って。あたしには関係ないし」
関わり合ってはいけない。さっさと逃げ出すに限る。

くるりと背中を向けたあたしをアイツはまた引き留める。
「だから、話を聞いてた?俺は教師になって君と結婚したいんだって!」

またしても腕を強く掴まれてぐぐぐっと怒りがこみ上げてくる。
このヤロー!

「いい加減にして!結婚ですって?冗談じゃないわ!あたしはゴメンよ!アンタなんかとは絶対に結婚しない!」
思いっきり力を込めてアイツの腕を振りほどく・・・筈だったのに振りほどけない。
どんだけ馬鹿力なのよ。

「だから、今まで言わなかったけど、ずっとずっと君だけだったんだ。一生傍に居て欲しい人は。家とか親とか兄弟とか、そんなもの全部捨てたっていい。君だけなんだ、ずっと一緒に居て欲しいのは」
何だか泣きそうな目をして訴えてくる。

勘弁してよぉ。
あたしは絶世の美人でもなければ胸が大きいわけでもないし、極々平凡な一般庶民なのよ!
良い処のお坊ちゃんにそこまで言われるほどの女じゃないんですけど。
家や家族を捨ててまでって・・・そこまで言われちゃったら、どうしたらいいの?


「結婚しないなんて言わないで、ずっと俺の傍に居て」
今までの様な力任せじゃなくて、そっと優しく抱きしめられる。

あ〜あ〜もう・・・子供の頃とは違って、あたしよりも頭一つ分以上大きくなったのに、全然成長していないの?
未だにあたしに泣きついてくるなんて・・・

はああ〜〜っ。
これってやっぱりあたしが悪いの?
世間知らずのお坊ちゃんを誑かしたって事になるの?
あたしが望んだ事じゃないのに。


でも、放って置けないのよね・・・

パーティであたしの後ろをトコトコと付いて回って「僕にも!僕にも!」とあたしと同じものを欲しがって。
取ってあげても溢したり上手く食べられなくて手間をかけさせて。
一人っ子のあたしは弟みたいに思っていたけど、コイツには母親はいなくても父親もお兄さんも妹もいて、あたしなんかの傍に居なくたって構ってくれる人は他にもいたはずなのに。
妙に懐いてくるのが鬱陶しくて・・・嬉しくて。

中学や高校に入っても、恥を忍んで制服でパーティに出ていたのは、やっぱりアイツに逢いたかったからで。
まだ、あたしを見つけて話し掛けてくれるのか確かめたくて。
身分が違うのが分かっていたのに。
あたしの父親はここの社員でも万年ヒラで役付きでも何でもないんだから。

パーティに出ないで、逢わないでいたらコイツはあたしの事なんてさっさと忘れてくれていたのかもしれないわよね。
そうすると、やっぱりあたしの所為?
諦めきれなかったあたしがいけないのかなぁ。
こんな風になる事を望んていた訳じゃなかったんだけどなぁ。


でも・・・嬉しいと思う気持ちが確かにあるのよねぇ・・・困った事に。
だから、抱きしめてくれている彼の背中にそっと腕をまわして抱きしめ返してしまう。


「あのね・・・」
ゆるく抱きしめ合っていたあたし達だけど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
あたしは顔を上げて訊ね掛けた。

「あたしやあたしの父親ってクビになっちゃったりするのかしら?」
無粋だけど、とってもとっても気になる。
だって、親子二人してクビになったらこのご時世、路頭に迷うことは必至だもの。

「え?ええっと・・・どうだろ?」
解んないの?
頼りにならいヤツ!
ま、まだ学生だし、会社の事なんて分かんないだろうけど。

はぁ〜っと思いっきり大きな溜息を吐くと、コイツは慌てて言い訳をし始めた。

「あ、で、でも、親父だってそう簡単に人事に口を出すことはしないと・・・多分思う・・・んだけど・・・」
もしもし?語尾が小さくなってますよ?
ダメだ、こりゃ。

「あたしの事、名前を出して話したの?」
ギン、と睨んで詰め寄ると視線をそらす。
コイツ、話したわね。

情けない、好きな女を守って庇う事も出来ないのか。
ま、まだ学生だし。無理かしら。

フン、と鼻息荒くコイツから離れてあたしは歩き出す。

再就職活動始めた方がいかしら。
父親は・・・再就職は無理かなぁ・・・年が年だもの。

「ま、待ってよ!コレ!」
アイツは慌ててあたしを追いかけて小さな箱を差し出してきた。

「なに?これ?」
大きさからして解ってるけど、敢えて聞いてみる。
意地が悪いかな?


「あの、その・・・受け取って」
恥ずかしそうにしてるけど、ガタイの大きな男がもじもじしているのって可愛くも何ともない。

「ヤダ!」
「え?なんで?」

驚いているコイツにあたしははっきりと教えてあげた。

「あのね、アンタ、あたしのサイズ知ってるの?アンタは何年も逢っていなかった女の指のサイズが判るの?大体、学生の癖に指輪なんて百年早いのよ!自分でまともに稼いだ事もないくせに!生意気だわ!第一、家を出るとか言った端からそんな大きな買い物しててどうするのよ!無駄遣いしちゃ駄目でしょ!」
これだからお坊ちゃんは!

「これは返していらっしゃい!」
腰に手を当てて言い放ったあたしに、コイツは「ええ〜〜っ!」と泣きそうな声を上げた。
そして、せっかく兄貴に教えて貰ったのに、とかブツブツと言っている。

なるほど、コイツにしては気の利いた事を、と思ったら車と女を乗り回しているお兄様の入れ知恵だったのね。


「他には?」
「え?」

あたしの問い掛けにアイツは名残惜しそうに見ていた小さな箱からあたしに視線を戻した。

「他にもお兄様から教えて頂いたサプライズ・プレゼントがあるんじゃなくて?」
あたしは口元を引き攣らせながら詰め寄った。

「ええっと〜その・・・このホテルに部屋を取ってあるんだけど・・・」

な、何てベタで王道な!
し、しかもこのホテルにですって?
ここのホテルってシングルでも一泊ン万円もするのよ!

「ま、まさか・・・スィートとか?」

高鳴る心臓の鼓動を抑える様に胸に手を当てて訊ねる。
まさか、コイツだってそこまで馬鹿じゃないはずよ、と一縷の望みをかけて。

「うん、そう」
甘かったわ、あたし・・・コイツは筋金入りの馬鹿だった・・・


都内でも超がつくほど有名なこのホテルのスィートって言ったら・・・あたしのお給料なんて軽く飛んでしまう。
これだからお坊ちゃんってヤツは!

だけど、指輪は返品が出来てもホテルの部屋の場合当日のキャンセル料は100%・・・使わないと勿体ないわ。


いや、待て、あたし。
いくら勿体ないからって、そんな勢いでコイツと一緒にホテルに泊まっていいものなの?

よくないでしょ?
だ、だって、あたし・・・初めてなのよ?

いくら超高級ホテルのスィートとは言え、キャンセル料が勿体ないからとは言え、そう簡単に男と一緒に泊まっちゃ駄目でしょ?


そりゃあ、好きな人と素敵な場所で一夜を過ごすってのは女の子の夢だけど。
子供の頃から知っているとはいえ、告白されたのはついさっきで、プロポーズはされたけど本当に結婚出来るのかって言えば正直な話、多分難しいとあたしはまだ思っている。

そんな状況でこうも簡単に身体を投げ出していいものだろうか?
いや、別に勿体をつけてる訳じゃないけど、それこそ本当に身体を餌にコイツを釣ったって事になりはしない?


「やっぱり駄目かな?」

悶々と考え込んでしまったあたしに、コイツはまるでお預けを食らった犬のようにしょぼんとした情けない顔で尋ねてくる。

ううっ、あたしが悪いの?
あたしは悪くない!悪くないはず・・・よ。


正直、スィートには泊まってみたいわ。見てみるだけだっていいから。
でも、何もしないで二人で泊まるだけって、どれだけ人でなしなのって話よね。

覚悟を決めなきゃ駄目なのかしら・・・何だか失うものが大き過ぎるような気がする・・・職にバージンかぁ・・・

こんな時にそんな事を考えるだなんて、あたしってやっぱり悪い女なのかしら?
純粋に単純に彼の胸に飛び込んで素直に身を任せる事が出来ないなんてね。


「あたしの事、諦め・・・」
「ダメ!絶対出来ない!」

全部を言わせて貰えなかった。


その言葉の強さと勢いにちょっと驚いて笑っちゃった。

とっても嬉しいと思っちゃうなんて、あたしも諦めが悪いなぁ。
コイツ程ではないにしろ。


あたしはそっと彼に両手を差し出す。

「後悔しないくらいに幸せにしてね」

思わず泣きそうになったあたしの手を彼はギュッと握って大きく頷いてくれた。


それはとても頼もしかったんだけど、コイツにはちゃんと色々と教えないと駄目だわ。
実家から独立して暮らしていくのがどれだけ大変なのか。
まずは金銭感覚から養わせないと。


はぁぁ〜〜っ、しなくてもいい苦労をしなくちゃならないのは自業自得なの?

誰か、あたしは悪くないって言ってくれないかしら・・・





 







































Postscript

私が言ってあげるとも!
「君は悪くないよ!」

勝手に熱を上げたお馬鹿な男が悪いに決まってるさ!


これは『恋愛遊牧民』というサイトで7月のテーマになっている『御曹司との恋』という言葉に触発されて勢いで書き上げたものです。
勢いだけで書き上げたからヒロインがブツブツ呟いているだけで恋愛要素は薄いし、エッチもないし、短い。
短編だから・・・ゴメンなさい。

「御曹司」といえば悪女に引っかかって身を滅ぼすのが定石(でもないかな最近は)
なので悪女らしくない極々普通の女の子が「御曹司」に言い寄られて「あたしって悪女なの?」と泣き叫ぶお話を書こうと思ったのです。

実はヒロインも相手役も名前が出ていません。
考え付かなかったので・・・

しかし、もしも続きを書くとしたら出さなければなりませんね。
考えておきます。

実はこれは私の書いた話を現代版に設定を変えたものです。
今回の主役二人はそちらでは脇役でした。

現代版にすると障害は多い様で実は少ない。
まぁ、19と21では結婚に行きつくまでが長いと思いますが、彼が情熱を失わなければ(多分)大丈夫でしょう。
頑張って下さい、再教育と再就職(無責任)。


2009.7.5up  7.8改稿

 


 

 

 

 

 

 

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