あたしは土曜日の午前9時50分にご丁寧に地図まで書いてもらったライラさんのマンションに到着した。 「地図なんて必要ないじゃない」 思わずそんな言葉を零して見上げたのは高級住宅街にある外国人専用と噂の高いマンション、いやこれはもう億ション。 在日外国人が会社のお金で借り上げて住んでいる人が殆んどだと言われているそれは、豊かな緑の中坂を登り切った丘の上にあった。 これだけ高い場所にあれば高く建てなくても見晴らしがよさそうだわ。 その建物群は他の高層マンションとは違って優雅に高過ぎない階層で出来ている。 まさか自分がこんな所に来る日が来ようとは思わなかったわ。 都心の大通りから1本道を入っただけで優雅な建物が立ち並ぶ一角に足を踏み入れたあたしは感慨に耽った。 ビクビクと怯えながら教えて貰った通りにエントランスのセキュリティを通って部屋の前まで辿り着く。 チャイムを鳴らすと迎えに出て来てくれた人を見て、あたしはビックリしてしまった。 「え?静香ちゃん?」 見覚えのあるその子は波生静香、ノブちゃんの双子の妹。 ノブちゃんと一緒に居る所を何度もパーティで見かけたし話をした事もあるけど、どうしてここに? 静香ちゃんはライラさんの異母妹だから、この部屋に居るのはおかしくはないけど。 う〜ん、ライラさんに謀られたかしら? 「沙枝ちゃん、お久し振りです。会えて嬉しい」 本当に嬉しそうに微笑んでそう言ってくれた静香ちゃんにはウラがあるようには見えないけれど。 それにしても、相変わらず可愛いなぁ・・・静香ちゃんはライラさんのような美人じゃないけど、小柄で黒目がちな瞳が大きくて食べちゃいたくなるような愛らしさは小さい時から変わらない。 身体が大きくなってゴツイ感じに育ったノブちゃんと双子だなんて信じられないくらい似ていない。 「お、お久し振りです」 あたしは驚きながらも何とか挨拶を返す事が出来た。 「どうぞ入って。姉も待ってますから」 案内をされて中に入る・・・うわぁ、靴を脱がなくてもいいのね。流石は外国人御用達。 広い廊下とドアの数に驚きながら静香ちゃんの後ろを付いていくと、これまた広いリビングに到着した。 そこにはノースリーブのサマーセーターとサブリナパンツを穿いたカジュアルスタイルも決まっているライラさんが優雅に長い脚を組みながら雑誌を片手にソファーに座っていた。 「いらっしゃい。わざわざ来てもらって申し訳ないわね」 あたしがリビングに入ってきた事に気付くと雑誌から視線を上げてにっこり微笑んでくれた。 はぁ〜相変わらず綺麗な人だわ。 「お邪魔します。こちらこそ、お招きにあずかりまして。とってもいい目の保養をさせていただいてます」 部屋の広さや内装に調度品を見て感嘆の声を上げないでいるのが精一杯ですから。 「ふふっ、お気に召すといいんだけど・・・そうそう、言うのを忘れていたけど静香も一緒に教えて貰ってもいいかしら?あなたにお料理を教えて貰うって教えたら静香もぜひ一緒に習いたいって言い出して、あなた達は顔見知りなんでしょう?」 「はぁ」 まぁそうですけど・・・言い忘れたんじゃなくてわざと黙っていたに、あたしは100万ルピーを賭けてもいいと思う。 「突然、割り込んでごめんなさい。あたしが姉に無理を言ってお願いしたの。だって沙枝ちゃんに久し振りに会いたかったの」 静香ちゃんが申し訳なさそうに謝ってくる。 そう、静香ちゃんもノブちゃんと同じ様に小さい頃からあたしに懐いてくれていた。 お兄さんの背中に隠れている事が多い人見知りな子供だったけど。 でも、静香ちゃんもこのライラさんと同じ血をひく姉妹なんだから、このしおらしさも演技かしら?と疑いたくなる。 いけないわ、ちょっと疑心暗鬼になっている。 「静香も一緒でも構わないわよね?」 ここで嫌だと言えるのは緑の血をした宇宙人ではないでしょうか。 あたしは色々と葛藤している内心の溜息をグググッと飲み込んで頷いた。 「ええ、構いませんよ」 あたしの答えにライラさんも静香ちゃんもホッとしたように笑っくれた。 「よかった!あたし、ずっと沙枝ちゃんとゆっくりお話ししたかったの。だっていつも沙枝ちゃんに近づこうとするとノブが追い払おうとするんですもの。本当はいつもノブと一緒に沙枝ちゃんとお話したいと思ってたのに」 え?静香ちゃん。いきなり何を言い出すの? 「へぇ、靖治ってば小さい頃から沙枝ちゃん一筋だったのねぇ」 ラ、ライラさんまで何を・・・ 「そうなの。ノブったらパーティの始まる前にいつも『僕に近寄るなよ』って言って、それを無視して沙枝ちゃんとお話したりしたらパーティが終わった後に『どうして邪魔するんだよ!』って怒られて喧嘩になった事まであるんだから」 「へぇぇ〜」 ニヤニヤと笑うライラさんにあたしは顔を真っ赤にして居た堪れない。 「あ、あの!その、お料理をお教えする事なんですが!」 話題を変えなくては!そう、これが本題、本日の最重要事項。 「どういった料理を作りたいとお考えですか?あたしがお教え出来るのは一般的な家庭料理ぐらいしかありませんけど」 そう、高級フレンチとかイタリンアンだとか教えて欲しいと言われても困ります。 あたしが作れるのは一般庶民が家で食べてる普通の料理。 それもお祖母ちゃん仕込みだから、いささか古いお袋の味といったものになってしまう。 「それで構わないのよ。日頃食べるものを自分で作れるようになりたいだけなんだから」 ライラさんがそう言えば 「あたしも、小さい頃に母が亡くなったからキチンと教えてくれる人がいなくて。沙枝ちゃんに教えて貰えれば嬉しいわ」 静香ちゃんも了承してくれたみたい。 「それじゃあ、何か作りたいものってありますか?メニューを決めてからお買い物をしようと思って何も用意してきませんでしたけど」 食べたいものを作る、作りたいものを教える。 教えるなら覚えを良くするための基本よね。 「これなんてどうかしら?」 ライラさんが差し出したのはさっきまで読んでいた雑誌、と思っていたら料理の本だった。 開いてあるページには『肉じゃが』が載っている。 なるほどね。 お料理する必要のなかった人が習いたいと思うのはやっぱりアレですか。 定番過ぎてベタだけど、男の胃袋を掴む成功率が高いメニューなのも確かだと聞いた事がある。 「いいですね。初めてする料理としても簡単だし、いろいろと応用が効きますから。それじゃ買い物に出かける前にお米を研いでおきましょうか?」 もしかしてお米の研ぎ方から教えないといけないかしら? ちょっぴり不安になりながらキッチンへと向かおうとしたのだけど。 「あ、炊飯器がいるのよね」 ライラさんの言葉にガックリと項垂れる。 そこからですか? 「ええっと、ご飯もパックや出来合いの物が売っていますから、スーパーで買っても構いませんが、これからもずっとご自分でお料理をするつもりなら用意しておいた方がいいかもしれませんね」 肉じゃがのような日本食を作るなら尚更なんですけどね、と心の中で付け加えた。 「そうね、後で買いに行きましょう」 やる気ですね、ライラさん。 しかし、炊飯器がない事に不安を覚えたあたしは、ライラさんの家にある調理器具と冷蔵庫の中身を確認してから買い物に出かけることにした。 お鍋やフライパンや食器と言ったものは使った形跡がなかったけど一通り揃っていた。 でも、冷蔵庫の中身は案の定飲み物ばかりだった。 当然ながら調味料もほとんどない。 うわぁ〜料理をしない人のキッチンってこういう風になっているのねぇ。 あたしはある意味、とても感心させられました。 それでは、お買い物に行きますか。 前途多難だけど。 因みに「お米を研いだ事ってあります?」と聞いたら「炊飯器を用意したら教えてね」と返された。 やっぱりね。 「買い物から始めるのは食材を選ぶのにもコツがあるからなんです」 ライラさんの部屋の傍、というより群れを成して立っているマンションの敷地の中に輸入食材まで揃えてあるような高級なスーパーがあった。 そのスーパーでまずあたしは偉そうに一石を打った。 でも、本当の事だし大切なことなのよ。 「ここにはそんな悪質なモノは置いていないと思いますが(なんたって高級スーパーだから)それでも食料品を選ぶ際には鮮度とか賞味期限とか品物を見て吟味する必要があります」 うん、初めてのスーパーに来ると目新しいものがないか、ちょっと燃えるわ。 「沙枝ちゃん、今までと目つきが違ってるわ」 静香ちゃんにそう言われて、ふと我に返る。いけない。 「でもそうね、料理は食材選びからか・・・素材は大切よね、確かに。見る目を養う事から始めないといけないわよね」 ご理解頂けて何よりです、ライラさん。 静香ちゃんの言葉に逸る心を抑えつつ、野菜売り場から回り始めた。 「じゃがいもは日持ちする食材ですし色々とメニューのバリエーションがありますから買う時は多めに買っても構わないと思います。人参や玉ねぎも同様に」 食材を説明を加えながら見て歩いていると、その値段に驚く。 あたしは絶対にここでは買わないと心に決めた。 「日持ちするってどれくらい?」 「時期にもよりますけど、今なら冷蔵庫に入れておけば1週間から10日ほどは持つかと・・・じゃがいもは芽が出てきたらダメですし、人参は萎れるとダメで玉ねぎは触ったり切ったりして腐っていたらダメです」 ライラさんに聞かれてそう答えたけど、実は芽が出たって萎れたって腐っていたってあたしは使える部分を使うようにしている。だって勿体ないもん。 他の食材も同様に説明をしながら籠に入れていくとライラさんは時々質問をしてくる。 本気で料理をするつもりなのは確かみたい。 静香ちゃんは黙って頷きながら後を付いてくるだけだけど。 「お肉はどうしますか?豚よりは牛肉のほうが酷が出ると思うんですが」 あたしが普段使うのは豚だけど、安いから。 「お任せするわ」 ライラさんがそう言ってくれたので遠慮なく牛肉を選ぶ。 だって材料費は彼女が持ってくれるって言ってたし。 「次は調味料ですけど、コレを使いましょう」 そう言ってあたしが手に取ったのは『めんつゆ』。 「醤油やみりんをわざわざ別々に買い揃えるより、使い勝手が良くて便利です。ホラ、材料表示を見て下さい。全部入っているでしょう?これ一つで煮物にも炒め物にも隠し味とかにも使えます。もちろん麺類の汁にもなるし」 初心者や主婦の強い味方よね。 「でも、手を抜き過ぎてない?」 ライラさんは意外と本格派を目指したいらしい。 「そうですね、本来ならキチンと出汁を取るところから始めないといけませんが、最初はこれを使いましょう。初めは失敗しない方法を覚える方がいいと思いますから」 いるのよね、料理の本を片手に初めてなのに本格的に出汁を取ろうとする人が。 でも、あんな事は経験を積んで手際が良くなければあっという間に失敗してしまうのよ。 出汁は一歩間違えれば味を台無しにしかねないんだから。 調味料を揃えたら、次は調理器具。 「今は便利なものがありますから、出来るだけそれを使うようにしましょう」 包丁に慣れていない人が怪我をするのはお約束。 ピーラーやスライサーを籠に入れる。本当にコレって便利。 最初だからと色々と買い込んでしまったけど、3人で分担して持ったから思っていたほど運ぶのは大変じゃなかった。 なにしろ近いし。 それにしても色々とあたしが言った事、覚えられたのかしら? 当然ながらスーパーの中でメモを取っていた訳ではないし。 「あの、色々と言いましたけど覚えられました?」 不安になってそう聞くと 「大丈夫。ちゃんと言われた事はココに入っているから」 ライラさんは指で頭をトントンと叩いた。 さすが才女、頭の出来が違いますね。 ライラさんの部屋に戻るともうお昼に近かった。 「どうしましょう?お腹が空いているなら、まずあたしが作ってからそれを手本にしてから作ってみますか?それともご自分達でやってみますか?それなら何かすぐに食べられる物を別に作りますけど」 あたしの言葉にライラさんと静香ちゃんは顔を見合わせた。 「お恥ずかしいけど、本当に料理をした事がないのよね。だから最初はあなたに作って貰う処を見せて貰ってもいいかしら?」 「でも、それだと同じものを続けて食べる事になりますけど構いませんか?」 「構わないわ」 二人の賛同を得て、あたしは肉じゃがとキュウリの酢の物を作り始めた。 「肉じゃがは其々の家庭で具材や味が違いますし、好みもあると思いますけど、お肉とじゃがいも以外に人参と玉ねぎと白滝を入れて絹サヤを飾るのがあたしは好きですね」 ピーラーで人参の皮をサッサと剥きながら説明をする。 「ピーラーは便利で包丁ほど危なくなく手早く皮をむけますけど、刃が付いているので気をつけて使って下さいね」 ごく偶にだけどピーラーで怪我をしたと言う人にお目に掛かる事があるから。 「堅くて火の通り難いものから煮ていきます」 お鍋にめんつゆと水を張って皮を剥いて乱切りにした人参を入れて火にかける。 「水の割合はココに書いてある通りで構いません。簡単でしょう?」 めんつゆのボトルに貼ってある配分表を指し示す。 こう言ったものがあるから一々覚えなくても構わない。 「根モノは水から、葉モノは湯から、と言って火を通す時に根菜は水から白菜やキャベツといった葉のモノは沸騰してから煮始めるのが普通です」 お鍋に火を掛けている間にじゃがいもと玉ねぎの皮を剥いて切る。 「手際がいいわねぇ」 嬉しいな、、褒められちゃった。 「お料理は慣れですから。お二人とも続けていけば慣れてきますよ」 白滝をざっと洗って水を切り、適当な長さに切る。 そしてお肉と共に入れる。 じゃがいもをお鍋に入れてからきゅうりを刻み始める。 ワカメを水で戻して、沸かしたお湯に絹サヤを浸ける。 「絹サヤはさっと湯掻くだけで構わないんですが、光熱費が勿体ないのでお湯に浸けこんでおけば触感もパリッとしますし」 はっ、つい、勿体ないとか言ってしまったわ! 呆れてるかしら? 「成程、主婦の知恵ね」 ライラさんは気を遣ってか微笑んでくれている。 ホッ。 「煮汁が沸騰したら火を弱めて下さい。煮物は弱火にしておかないと、あっという間に水分が蒸発して煮詰まって焦がしてしまいますから。もっとも火を使っている時は出来るだけ火の傍から離れないようにした事に越した事はありませんけど。くれぐれも火の取り扱いには気をつけて下さいね」 キッチンからの出火による火事の数は馬鹿に出来ないんだし。 切ったキュウリと戻したワカメを三杯酢に浸け込んで酢の物を作る。 いつもは目分量だけど二人の為にちゃんと計量スプーンで分量を量って。 「これもお好みでしらすを入れたりカニカマを入れたりアレンジ出来ます」 お鍋からはコトコトといい匂いがしてきた。 「お箸で具を刺して火の通り具合を確認して下さい。箸が通ったら、それを味見してみましょう」 熱々のじゃがいもを小皿に移して二人に渡す。 「美味しい!」 「ホント」 「よかったです」 ご飯をレンジでチンして出来上がったものをテーブルに並べる。 食器の中にお茶碗がなかったのでお皿に盛りつけて。 ノリタケの金縁のお皿にご飯と肉じゃがを盛り付けて食べると言うのも何とも。 アンバランスな感覚に食器と鍋はどうして揃えたのかライラさんに聞くと「貰いものなの」との事。納得。 ライラさんと静香ちゃんの二人に「美味しい、美味しい」と仕切りに褒めて貰ってお昼ご飯は終了した。 でも、普段この二人はもっと美味しいものを食べているんじゃないかしらと思うんだけど。 「お口に合ってよかったですけど、こんなものでいいんですか?」 「こんなものって立派なお料理じゃないの。私はこういうものが作れるようになりたいのよ」 ライラさんがそう言えば 「あたしも、何だか懐かしい感じがする。母親に教えて貰う料理ってこういったものでしょう?」 静香ちゃんもこう言ってくれた。 それにしても、しかし・・・あたしの料理は母親の味ですか? まぁ、家庭料理なんてこんなものだし。 「ふふっ、私達が沙枝ちゃんにお料理を作って貰ったって言ったら、靖治は怒り出すかもしれないわね」 また何を言い出すんですか?ライラさん。 「物凄く怒ると思う。絶対!『どうして俺より先に沙枝ちゃんの手料理食べてるんだよ!』とか言いそう」 し、静香ちゃん・・・これはなんの羞恥プレイですか? 「さ、さぁ!食べ終わったら片付けましょう!後片付けをし終わるまでが料理ですから」 あたしは強引に話題を切り上げた。 これから二人にお料理をして貰わなくてはならないのに既にすごく疲れてる。 もう帰ってもいいですか? あたしはある程度は覚悟していた。 だって二人ともお嬢様だし、今まで料理なんてした事がないと言っていたし、する必要もなかっただろうし。 でも、静香ちゃんは学校で調理実習ぐらいは経験しているだろうと思っていたのに「なかったの」とのお言葉。 そうですか、調理実習がなかったんですか。 お嬢様には料理なんて必要ないと学校でも教えないんですね。 凄過ぎて庶民の想像を超えてます。 そんな訳で、あたしはまず包丁の持ち方から教える事になった。 確かに皮剥きはピーラーで済ませられるけど乱切りは出来ない。 「いいですか、焦らずにゆっくりと、効き手で包丁を持って反対の手で押さえるんです。押し付けるんじゃなくて安定させる程度に軽く・・・ああっ、右手の指先は軽く握って下さい!そのままだと指を切ります!!猫の手みたいに指先を内側に丸めて!猫です猫!」 あたしは絶叫する寸前だった。 手慣れたあたしのやり方を真似しようとしないで下さい! スピードが出せるのは厭くまでも慣れてからです!慣れてから! 見本を見せたのが良かったのか悪かったのか判らなくなって来てしまいます。 「くれぐれも怪我だけはしないで下さいね」 あたしの心臓が持ちませんから。 それでも二人はあたしの指示に大人しく従ってくれた。 二人とも爪はそんなに長く伸ばしている訳じゃなかったし、覚えも悪くはないし。 「どうかしら?」 まな板の上にはライラさんが刻んだ人参とじゃがいもがある。 人参はピーラーで皮を剥いたし乱切りだから多少の不格好さは構わないとしても、じゃがいもは見事に丸く小さく皮を剥かれて切る必要がない程小さかったものがさらに刻まれている。 「ええっと、まあ、初めてにしては上出来かと」 苦笑するしかないあたしだけど、ライラさんはちょっと落ち込んでいた。 「形が悪過ぎるわよね」 「料理で一番大切な事は味付けですし、形は追々慣れれば綺麗に出来ますよ。最初から完璧に出来る人なんていませんから。繰り返し練習して少しずつ上達していくものですよ。焦っちゃ駄目です」 そうですよ。 「あたしなんて最初に作った料理は焦げているのに火は通ってなかったし味も形も最低でしたから」 それでも、こうして食べられる物を作れるようになるんですから。 「そうね、頑張るわ」 そうそう、前向きに頑張って下さい! 「あたしのはどうでしょうか、先生」 せ、先生って静香ちゃん。 確かに、あたしは今、お料理を教えてますけどね。 静香ちゃんはニッコリ笑ってあたしに切ったものを見せた。 ダメだわ、静香ちゃんの可愛い笑顔にからかう様な素振りは見えないから、反論もし辛い。 「はい、結構ですよ」 思わず先生口調で答えてしまう。 静香ちゃんの切った野菜はライラさんの切ったものよりは少しだけマシな感じ。 「静香って意外と器用よね。お料理した事ないんでしょう?」 羨ましそうに静香ちゃんの手元を見るライラさん、あなたは意外と不器用な人だったんですね。 何でも完璧にこなす事が出来る人だと思っていました。 「ええ、でも沙枝ちゃんのやり方を見てたし、あたしってトロいから」 成程、確かにゆっくりとやれば丁寧にもなるわ。 「最初はゆっくりと焦らない方が良いかも知れませんね。丁寧な仕上がりになるし、怪我もしなくて済みそうですから」 「そうね」 納得して頂ければ幸いです。 材料を全て切って、それから煮込む。 さっきのあたしのやり方は早く食べるために時間を配分したものだけど、初心者にそれと同じ事をやらせては危険だわ。 「キチンと計量して調味料を加えたとしても、途中で味見はして下さいね。味付けに失敗すると料理は台無しですから」 失敗作が出来てしまったら、きっとこの人達は躊躇いもなく捨ててしまうだろう。 そんな勿体ない事させられないし。 ライラさんも静香ちゃんも自分一人で作り上げると言って、二人は段取りを分担することなく別々の鍋で作っている。 下手をすれば失敗作が大量に出来上がるけど・・・いやいや、あたしが失敗しないように教えればいいだけの話だわ! 心の中で固く決意をする。 果たして出来上がったものと言えば・・・ 「あら、意外と」 「美味しいわ!」 何とか無事に成功しました。 形は悪いけど味は悪くないし、十分に食べられます。 尤も、これで失敗していたら今後料理をするのはとてもじゃないけど勧められない。 人には向き不向きがあるから、きっぱりと諦めて貰いたいと思う。 でも、幸か不幸か成功してしまったので 「「これからも宜しくね、沙枝先生」」 ライラさんと静香ちゃんにステレオで言われてしまった。 これからあたしの休日はどうなるのかしら? <<それぞれの試食会>> ■和晴お兄様の場合■ 「へえ〜静香が作ったって?」 「そうなの。食べてみて」 情けない話だけど、あたしには作った料理を食べてくれる恋人もBFもいないから、カズ兄に食べてもらうしかないの。 「どう?」 自分で味見をしてるし、沙枝ちゃんにも美味しいと言って貰ったけど、男の人は味覚が違うかもしれないし。 「うん、食えるじゃん」 『食える』って・・・カズ兄、それは褒め言葉なの? そんなんじゃ恋人に振られちゃうよ、カズ兄。 「なにしてんの?」 カズ兄の無神経さに呆れてなんて言い返そうかと思っているとノブが食堂に入ってくる。 「あれ?オマエ、今日はデートじゃなかったの?」 カズ兄の言葉にあたしはちょっぴり後ろめたさを感じる。 「ドタキャン!なんだかとっても疲れてるんだってさ」 きゃぁ〜!沙枝ちゃんゴメンなさい! あたしとお姉様に料理を教えるだけで疲れちゃったのね。 「仕方ないだろ、アッチは社会人なんだし。それよかコレ食べてみ、静香が作ったんだと」 「へぇ〜静香、オマエ料理なんて出来たっけ?」 ノブはそう言ってあたしの作った肉じゃがを口に入れた。 「うん、美味いよ。やれば出来るんだな」 ノブの褒め方の方がまだましだわ。 カズ兄は酷過ぎる。 「そうでしょ?なんてったって先生が良いから」 あたしは得意げにそう言ってしまったけど失敗だったかも。 「誰に教わったんだ?」 そう聞かれて焦る。 「お、お姉様に・・・」 そう答えてしまったけど、拙かったわ。 「ウソつけ!あの姉貴が料理なんてする訳ないだろ?しかも人に教えられる程上手いとも思えない!」 カズ兄、そう断言しなくても・・・事実ですけど。 「正直に白状しろ!誰に教わったんだ!!」 黙ったままで挙動不審なあたしをカズ兄が面白がって問い詰めて来る。 うう・・・お姉様ごめんなさい。隠し通せませんでした。 「あの・・・その・・・沙枝ちゃんに・・・」 「はぁ?なんで?どうして沙枝に?」 突然出て来た沙枝ちゃんの名前にノブがビックリして反応する。 「おそらく姉貴が言い出したんだろ?あの子に料理を教えろとか言ってマンションに呼び込んだってトコだろ?」 カズ兄、さすが! 「そ、そうなの。お姉様が沙枝ちゃんを呼んだからってあたしも呼んでくれて・・・沙枝ちゃんてお料理上手よね?スッゴク丁寧に教えてくれたし、初めてなのに失敗もしなかったのは沙枝ちゃんのおかげだわ」 カズ兄に言い当てられて隠す必要がなくなったあたしはベラベラと正直に喋ってしまった。 するとノブの機嫌は急降下。 「なんだよ、ソレ。俺だってまだ沙枝の手料理なんか食べた事ないんだぞ。おまけに今日のデートのキャンセルはオマエと姉貴の所為なのか?」 ノブに凄い形相で詰め寄られて思わず視線を逸らしてしまう。 「そ、そうかも・・・ゴメン」 悪かったと思ってるのよ。 だってあんなに沙枝ちゃんが疲労困憊して帰っていくとは思ってもみなかったんだもの。 「・・・初めてのデートだったのに・・・」 がっくりと肩を落としたノブにあたしは謝る事しか出来ない。 「諦めろ。あの姉貴にバレちまったんだからしょうがないだろ?姉貴はあの子と同じ会社に勤めてんだから、オマエより会う機会も多いだろうし」 「そうよ、ノブばっかりずるいわよ!あたしだって沙枝ちゃんに会いたかったんだから」 いいじゃないの、一日くらい。 「兄貴も静香もそんなに俺の恋路の邪魔をして楽しいのか?」 あたし達を睨みつけるノブは鬼気迫るものがあった。 「そ、そんな・・・邪魔なんてしてないわよ!応援してるのよ。今日だって沙枝ちゃんにノブの事言っておいたし」 面白がって揄うカズ兄はともかく、あたしは沙枝ちゃんが姉妹になったらいいと思ってるし。 「なに言ったんだよ?」 え?まだ怒ってるの? 「えっと、ノブがどれだけ沙枝ちゃんの事が好きだったかって言っておいたわよ。ほら、パーティの時によくあたしを邪魔者扱いしてくれてたじゃない?そんな事をね」 沙枝ちゃんてば真っ赤になって聞いてたし。 「だあ〜っ!なんで余計なことするんだよ!」 あら、ノブまで真っ赤になってる。 「そんなに恥ずかしがらなくても」 あたしはそう素直に指摘しただけなのに。 「静香、オマエそんなんじゃ彼氏なんて当分出来そうもないな」 カズ兄にそう言われてしまった。 失礼ね、無神経なカズ兄にだけはそう言われたくないわ。 ■ノブちゃんの場合■ 『どうして姉貴と静香に料理なんて教えているんだよ!すぐにやめてくれ!あの二人に料理を教えるより俺に手料理を食べさせてくれよ!』 ノブちゃんから携帯の留守電にもの凄い大声でメッセージが入っていたけど、あたしは疲れてぐっすり眠っていたからそれに気付いたのは日曜日の夜で、返事をする気力もなかった。 だって断れないでしょ? あの二人を見捨てられないよ。 手料理の件に関しましては・・・前向きに検討させていただきますからご容赦下さいませ。 |
長い、長過ぎる! 拍手掲載時は3つに分けてアップする事になってしまいました。 あまりにも長いので何度も省略しようとしたのですが、頭が上手く回っていないのかな? 上手くいきませんでした。 でも、次第に疲れて来てしまったので、後半のお嬢様方が調理する場面はメチャクチャ省略モード。 料理で一番大変なのは買い物と下拵えかな? 手抜き料理で日々を過ごしているぐーたら主婦の料理はいい加減なものですから、ちゃんと出汁から取る方法で教えるのがベストだと思いますけど、沙枝ちゃんもお勤めしているから手を抜く方法はお上手だと思います。 そしてこれからが拍手でのおまけの試食会のコメント。 こ、これも何だか長くなってしまった・・・ 波生3兄弟の漫才をお届けしました。 お姉様バージョンは西塔さん視点も含めて拍手に再掲載しました。ご了承ください。 和晴お兄様は繊細な乙女心を理解するにはまだちょっと修行が足りませんし、静香ちゃんも実は和晴お兄様と似たり寄ったり。 静香ちゃんが「お姉様」と呼んでいるのはもちろんお姉様からのリクエストです。 拍手掲載期間 2009.7.10-14 |