天の朱雀編

「イノリ!」

 イノリは笑顔で作業場に飛び込んできた少女に驚いてから不機嫌そうに顔を背けた。
「何しに来たんだよ、シリン」

 シリンはイノリのそんな態度に戸惑って不安そうに顔を曇らせる。
「だ、だって・・・イノリったら最近全然お屋敷に来てくれないんだもん。神子様も心配してたよ『どうしたのかな?』って」

 イノリはシリンに背を向けて鍛冶の仕事を続ける。
「見てわかんだろ?忙しいんだよ」

 カンカンと打ち続けるイノリの背中を見つめながらシリンは唇をぐっと噛み締めてから叫んだ。
「何よ!あたしが嫌いならはっきりそう言えばいいじゃないの!」

 シリンの怒鳴り声にイノリは思わず作業の手を止めて振り返る、そして真っ赤な顔をした彼女の目に浮かんだ涙に気づく。

「今まで毎日のようにお屋敷に来てあたしと遊んでくれてたのに、あたしが大きくなっちゃったら途端にお屋敷に来なくなっちゃって、イノリは鬼が嫌いなんだもんね、あたしが大きくなって鬼みたいになったからもう顔も見たくないんだ。ならそう言えばいいじゃない!忙しいだなんてヘタな言い訳しなくてもさ」
 シリンは零れ落ちた涙をグイっと腕で拭いながら言い切った。

「違う!そうじゃない!」
 イノリはシリンの涙から目を逸らすように俯いて怒鳴り返した。

「そうじゃないんだ、屋敷に行かないのはお前が・・・」
 最初の怒鳴り声とは対照的に語尾を小さくしていくイノリの言葉にシリンは淋しそうに
「やっぱりあたしが嫌いになっちゃったんだね」
 と苦笑するように呟いた。

「違うって言ってるだろ!」
 再び語気を強くして怒鳴ったイノリは目の前に立っているシリンの姿を見ると視線を逸らす。

「屋敷に行かないのは・・・お前があんまり綺麗になったからさ・・・あのお屋敷にいればいずれは貴族の所に嫁に行くんだろう?俺なんかには手が届かない所に」

 シリンはイノリの言葉に驚かされた。
 確かに大きくなってからは藤姫の屋敷で行儀作法だ和歌の作り方だと勉強させられる事が多いが、それは単に覚えなくてはいけない事で貴族に嫁ぐ為のものだとは思ってもいなかったから。

「イヤだなぁ、イノリったら。あたしが貴族の所にお嫁に行ける訳無いじゃない。こんな、鬼のあたしが、さ」
 シリンはイノリの言葉を笑い飛ばすように言ったつもりだったが、語尾は小さく沈んでしまった。

「鬼だって構わねぇってヤツは五万といるだろうさ、お前くらい綺麗なら」
 俯いてしまったシリンを眺めながらイノリはそう呟いた。

 本当に綺麗になったと思う。
 小さい時も綺麗な子供だったけど、今ではもう子供とは言えない。
 背も伸びて、女らしい体つきになって。

 シリンはああ言っているけれど、友雅や鷹通はきっと放っては置かないだろう。
 小さい時から自分の屋敷に連れて行きたがっていたから。
 泰明や頼久だってきっと同じように思っているはずだ。

 天真や詩紋なら龍神の神子と一緒に自分の世界へ連れて行ってしまうかもしれない。
 そうすればもう二度と会えない。
 二度と会えなくなるのなら、あまり顔を合わさずに、これ以上好きになる前に会わなくなる方がいい、とイノリは思った。

「イノリはあたしが綺麗になったと思うの?」
 シリンの問いに考え込んでいたイノリは素直に「ああ」と頷いた。

「なら、イノリがあたしをお嫁さんにして!」
「なっ!」
 シリンの言葉にイノリは絶句してしまった。

「お嫁に行くならイノリの所がいい!貴族なんて嫌い!重たい着物を着て行儀作法に煩くて」
 シリンが不満げに続けた言葉にイノリは真っ赤になって怒鳴り返した。
「バッ、バカヤロウ!俺の所に嫁に来たって何にも良い事なんてありゃしないぞ!その日に食うもんにすら困るような貧乏人の所に来てどうすんだよ!」

「貴族の所に嫁に行けば、食うに困んなくて綺麗な着物も着られるんだぜ?そりゃあ屋敷から出歩く事は難しいかもしれないが、飢えなくてすむって事は大変な事なんだぜ」
 それが何より大切な事だと思っているイノリはシリンにそう諭すが
「でも、貴族は何人もの奥さんを囲っているじゃないの、あたしはその中の一人になるよりイノリのたった一人の奥さんになるほうがいいな」

 イノリはシリンの言葉に詰まった。
 確かに、でも友雅はともかく、鷹通とか頼久ならシリンたった一人を大切にしてくれそうだがと思ったがそれを口に出さずに尋ねた。
「・・・俺のどこがいいんだよ?」

「だって、イノリならあたしを守って大事にしてくれるでしょう?優しくって強いもの」
 にっこりと笑うシリンにイノリは否定する事が出来ない。

 鬼は嫌いだ。
 京の都を混乱させて人を惑わせる。
 でも、シリンはイノリにとって鬼ではなく、慈しんできた少女だった。
 彼女に求められて嬉しくない筈は無い。

「・・・俺の所に嫁に来たら、あのお屋敷には戻れないんだぞ?美味いモンも綺麗な着物も二度と手にする事が出来なくても、それでもいいのか?」
 イノリが真摯な視線と共に投げかけた問いにシリンは嬉しそうに頷いた。

「うん!イノリが傍に居てくれればそんなものいらないよ」

 シリンの言葉にイノリは苦笑して呟いた。
「バカだな、お前」

「あたしはバカじゃないよ!」
 ムッとしたシリンが怒鳴るように叫ぶとイノリは笑って手を差し伸べた。

「来い!俺の嫁にしてやる」
「うん!」
 シリンは満面の笑顔を浮かべてイノリの手を取った。

 イノリはシリンの細い体を抱き寄せて腕の中に閉じ込める。
「嫁になるってどういう事だか判ってるか?」

 尋ねられたシリンはイノリを見上げて微笑む。
「うん、ずっと一緒に居られるって事だよね?違う?」

 シリンの返事にイノリは苦笑しながら
「違わないけどな、それだけじゃないんだぜ」
 今まで耐えて来たものを解き放つようにイノリはシリンをギュっと抱き寄せて抱え上げる。

「俺に抱かれるんだ」
 イノリはシリンを奥の藁の上に横たえると、不思議そうにしているシリンに
「俺に抱かれて、俺の子供を生む事だ。出来るか?シリン?」
 と尋ねる。

「うん、出来るよ、あたしイノリの子供を生む!料理だって出来るよ」
 シリンが勢い込んで答えた事にイノリは満足そうに頷いた。
「痛いかもしれないけどな、我慢するんだぞ」
 怯えた様子も見せずに頷いたシリンの着物にイノリは手を掛けた。

 少し前まで肩に抱き上げられるほど小さい体だったのに、着物の下から現れた白い肌はもう一人前の女のものだった。
 胸は膨らみ、肩や腰は丸みを帯びて欲情が抑えきれないほどの・・・自分はこれから逃げていたのだとイノリは思う。
 だが、もう逃げる必要は無くなった。

「お前は俺だけのものだ、シリン」
 イノリはそう呟くとシリンの体に覆い被さった。

 イノリの手が指が舌が、シリンの胸をその尖端を腕を足の間を強く握り締め這い回る。
 シリンは痣が出来るほどの痛みにも耐えて、イノリが自分を求めてくる感触に酔いしれていた。
 これでイノリと一緒に居られる、ずっと、イノリとあたしとあたしたちの子供と・・・。

 きつく抱きしめられた痛みも破瓜の痛みも全て耐えられた。
 シリンには彼が与えてくれるものが彼女の望んでいた本当の幸せなのだと信じる事が出来たから。

「お前を誰よりも幸せにしてやるよ、シリン」
「うん、イノリ」


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こっぱずかしい言い訳


 警告ページにもありましたが、これはチャットで出来たお話です。
 が、ログを取っていなかったので(ウチのチャットはそれが出来ないので)私の記憶だけを頼りに再現いたしました。
 去年の10月ごろから1ヶ月くらいかけて続けたシリーズでした。
 実はチャットでは単純に呪が掛けられてから10年経った時、が設定でしたのでシリン14歳、イノリ25歳のはずでしたが そうすると他の相手に問題が・・・なので泰明さんに頑張って貰いました。

 イノリは25歳のはずでしたから、既に刀鍛冶として一人前になっていたはずだったので仕事場からのスタートでした。
 覚えているのはそれとシリンがちょっと押し気味だったこと(苦笑)

 私としてはイノリはアウトオブ眼中な方だったのですが、こうして考えると成長すれば意外とイイかも(笑)
 生活の価値観が同じ相手というのは大切な事です。
 玉の輿もいいけどね。

 

 




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