「ん・・・泰明?どうしたの?こんな夜中に」
シリンは枕元に立っている人影に気づいて目を覚ました。
開いている妻戸の向こうはまだ暗い、ほんのりと月明かりが見えるほどに。
「シリン、わたしと共に来い」
無表情の陰陽師は上体を起こしたシリンの腕を取って起き上がらせた。
「どこに?」
眠そうな目を擦りつつ、尋ねてくるシリンに泰明は一言。
「来れば判る」
一陣の風の音と共にシリンの体は一瞬で運ばれた。
風の音に目を閉じていたシリンだが、今居る場所が今まで寝ていた藤姫の屋敷でない事だけは判る、見覚えの無い間取りだったので。
「ここ、どこ?」
「わたしの屋敷だ。今からお前を元に戻す」
「え?」
シリンに考える暇を与えず、泰明は呪を唱え始めた。
床に描かれた結界が発動して光り出す。
シリンは都合3度目になる呪をその身に受けた。
眩しい閃光から解放されて、シリンは目を開けた。
また着ているものが小さくなっている、いや自分が大きくなったのか。
「どうしてまた呪を掛けたの?泰明」
シリンは不思議なくらい落ち着いている自分の声を聞いて違和感を持った。
今までよりも少し低い。
体が大きくなっただけでなく、声も低くなったのか、この前と同じに。
「お前はわたしが呪を掛けて捕らえたものだ。わたしだけのものだ」
「???言っている意味が判んないよ、泰明」
シリンは座り込んでいる自分に屈み込んで来た泰明に素直な疑問を投げかける。
「他の者がお前を手に入れたがっているが、お前はわたしのもの。誰にも渡さない」
泰明は三度、呪を掛けて姿だけを元に戻したシリンの顎を持ち上げて顔を上げさせた。
「お前の体は呪を掛けたわたしのもの、成長させる事も幼くさせる事もわたしの自由に出来る」
シリンは以前、あかねや藤姫から自分は本来成人した女性であった事を聞いている。
以前の自分は皆と敵対していたとも。
シリンはあかねや藤姫や八葉達から慈しまれている今の自分を失くしたくは無かった。
彼らに会う前の自分には石を投げられたり、ひもじい思いをしたりした辛い記憶しかシリンには残されていないから。
「泰明があたしを自由に大きくしたり小さくしたり出来る事は判ったから、あたしを元に戻してよ」
シリンは泰明に願い出るが、彼にその真意は伝わらない。
「?元に戻したと言った筈だ」
「だから、最初のあたしじゃなくて、この前のあたし、泰明が最初に呪を掛けたあたしでもいいから」
あかねや八葉達と敵対していた自分に戻りたくない。
彼らから嫌われたくは無かった。
その頃の記憶など無いのだし。
「ダメだ、お前はわたしだけのものだと言っただろう?前の姿に戻すとお前は皆が欲しがる」
泰明の言葉にシリンは困惑してしまった。
「あたしを欲しがるって・・・みんなは子供のあたしに優しくしてくれているだけだよ」
「違う、お前は鬼でも美しい。だから皆がお前を手に入れたがっている」
泰明はシリンを床に押し倒した。
「皆はお前の心と体を手に入れたがっている。だからお前に優しくする。わたしはお前の体だけでもいい」
元に戻ったシリンが身に付けている物は裾が膝までとなってしまった着物ときつくなった帯だけである。
泰明は着物の袷をグイっと広げ、豊かになった胸を露にする。
「やめて!泰明!」
シリンは慌てて胸元を手で隠すが、泰明はそれを許さない。
懐から出した式を具現化させてシリンの両腕を抑えつけた。
突如現れたもう一人の人影にシリンは激しく抵抗する。
「いや!誰?」
だが、腕は床に固定されたように動かず、体を左右に振って足を動かそうとするが足は泰明に捕らえられて動かない。
「わたしの式だ、気にする事は無い」
泰明の言葉にシリンは恐る恐る式の顔を覗うと、男性の成りをした泰明の式は彼と同じような無表情さでシリンをじっと見下ろしている。
シリンは人ではないと言え、肌蹴られて行く自分の姿を他者に見られている事に我慢出来なかった。
「いや!いや!止めさせて!式を消して!」
涙を溢して激しく顔を左右に振るシリンに泰明は平然と諭す。
「お前が抵抗しなければ消しても良い」
泰明の言葉にシリンは激しく動かしていた体の動きを止めて彼をじっと見つめてから
「・・・消して・・・」
小さな声でそう囁いて瞼をギュッと閉じると、涙が一筋床に零れ落ちる。
手首を押さえつけられている感触が無くなると代わりに泰明の手が豊かな胸を握り締めてくる感触があった。
体から離れていく布の感触、それと代わって体を弄っていく他人の手の感触。
シリンはこの感覚は初めてではない事を思い出していた。
あたしは以前白拍子だったと聞いてる。
きっと、こんな風に男の人に体を投げ出していたんだ。
こんな体になったらもうあのお屋敷には戻れない、戻れないんだ。
瞼をきつく閉じたまま、シリンは滂沱の涙を流した。
「何故泣く?」
泰明はそんなシリンの様子を不思議に思いながら尋ねる。
シリンはきつく閉じていた瞳を開けて自分を見下ろしている泰明を見つめた。
「・・・昔の事を思い出しただけ。前のあたしはこんな風に色んな男の人に抱かれていたから・・・」
「これからは別の男を相手にする必要は無い」
泰明はそう呟いてシリンの胸に顔を埋めた。
「あっ・・・ん、んん・・・」
柔らかい肌に吸い付かれる感覚、鼻を抜けたような声が漏れる。
そして腰に熱い感覚が生まれる。
もうあの屋敷に戻れないのなら、ここでこの男に抱かれたままで居れば、龍神の神子とも八葉とも敵対せずに生きていけるのかもしれないとシリンは思った。
二度と会えなくなってしまうのならば、せめて嫌われるような事だけはしたくない。
あの優しくしてくれた人達に。
「あっ、ああっん、はぁっ・・・泰明・・・」
いつも無表情なこの陰陽師だけが自分に残された。
彼は少々不器用で不躾だが、自分を欲してくれている事には変わりは無い。
山奥の小さな屋敷で陰陽師と鬼の女の二人だけの静かな生活がこうして始まった。
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