「どしたの?シリン」
あかねが縁側で膝を抱えて座っているシリンに声を掛けると、シリンは無理やり作ったような笑顔を浮かべて答える。
「何でもないよ、神子様」
「何でもない、って顔じゃないなぁ・・・話してご覧?お姉さんが相談に乗ったげるから!」
泰明の呪で成長したとはいえ、まだまだ自分より幼いシリンにお姉さん風を吹かせたあかねは安請け合いをした。
「え?頼久さんが?」
「そうなの、前みたいに一緒に居ても抱き上げたりとかしてくれなくなっちゃったんだよ。あたし、嫌われちゃったのかなぁ」
シリンはそう呟いて俯いてしまった。
「う〜ん、それはシリンが大きくなったからじゃないの?頼久さんがシリンの事を嫌いになる事は無いと思うけどな」
「・・・そうかな?」
不安な表情が拭いきれないシリンにあかねは明るく請け負った。
「そうだよ、頼久さんがシリンの事を嫌いになるなんてそんな事、絶対に無いって!元気出しなよ!」
あかねはシリンの丸くなった背中をバンバンと元気良く叩いて励ますが、シリンは憂いた表情が晴れない。
「でも、頼久は急に小さくなったり大きくなったりするような子は気持ち悪いと思っているのかもしれない。あたし・・・鬼だし」
「そんな事、シリンのせいじゃないし、関係ないと思うけどなぁ」
あかねの言葉にもシリンの表情は晴れる事が無い。
「う〜ん・・・あ!そうだ!」
思案したあかねは思い立ったようにバタバタと自分の部屋に戻り、小さなものを握り締めて戻って来た。
「これ!前に友雅さんに貰ったんだけど、男の人の本心を聞きだせる薬なんだって。使ってみる?」
そう言ってあかねは茶色い紙に包まれたものをシリンに差し出した。
薬を使って頼久の本心が聞けるなら・・・シリンはその誘惑に手を伸ばした。
「うん、ありがとう。神子様」
部下達に稽古をつけていた頼久は汗を拭きながら井戸に向かうと、そこにはシリンが椀を大事そうに両手に持って立っていた。
「あ、頼久!お疲れ様」
にこっと笑ったシリンの笑顔が眩しく感じられて頼久はふと視線を逸らしてしまう。
シリンが泰明の呪によって急に成長してしまってから、度々感じるこの気まずさにシリンが困惑している事を知っていたが頼久にもどうする事も出来ない。
「喉が渇いたでしょ?お水、汲んでおいたんだよ」
シリンは頼久が視線を外した事に一瞬顔を曇らせたが、笑顔を浮かべて椀を差し出した。
「・・・すまない」
頼久は冷たい態度を取った事に後ろめたさを感じていたので、シリンが差し出した椀を素直に受け取って一気に飲み干した。
「・・・おいしい?」
様子を覗うように尋ねたシリンに椀を返しながら「ああ」と頼久は答えて笑顔を向けた。
こんな小さな子に気遣わせるなんて、申し訳ないと思いながら。
そして井戸で顔を洗いながら、体の熱が冷めない事をいぶかしんでいた。
冷たい水を何度も顔に掛けているのに汗を流した体のほてりが治まらない。
逆に段々と熱くなってきているような気がする。
「頼久、どうしたの?」
いつまでも顔を洗っている彼にシリンが心配そうに声を掛ける。
「いや・・・何でもない」
頼久は顔を心持赤らめながら頻りと汗を拭っている。
シリンは薬が効いてきたのかもしれないと思い、勇気を出して頼久に問い質す。
「ねぇ・・・頼久はあたしの事、嫌いなの?」
頼久の袖をギュっと握り締めて背の高い彼を見上げるように真摯な青い瞳を向けてくるシリンに頼久は驚いた。
「何を馬鹿な事を、そんな事は無い」
「じゃあ、どうしてあたしと顔を合わせるたびに目を逸らすの?いきなり大きくなったあたしを嫌いになったんじゃないの?」
否定した頼久にシリンは尚も問い詰めてくる。
何故、シリンを避けるのか?それは頼久にも理解出来ていなかった事だったが、今なら判る気がする。
自分に縋る様にしているこの少女の柔らかい体の感触を腕に感じて、その体が欲しいと、彼の男としての本能の叫びが聞こえたから。
今までこんな衝動を感じた事は無かったのに。
「・・・シリン・・・水に何か入れたのか?」
頼久に問われてシリンはピクッと体を引いた、彼の鋭い眼差しの前では隠し通す事は出来ない。
「う、うん・・・神子様に貰った『男の人の本心を聞きだせる』っていう薬を入れたの・・・」
「神子殿に?」
「うん、神子様は友雅様に貰ったって言ってた」
「友雅殿に・・・そうか」
頼久はどんな薬を盛られたのか察しがついたが、それをシリンに告げられるものではないとも思った。
「やっぱり、頼久はこんな事する子は嫌いなの?」
シリンが不安そうに涙を浮かべながら頼久を見上げてくる。
彼女を不安にさせたのは自分の態度だと判っている頼久は罪悪感で胸が痛んだ。
「違うと言っただろう、嫌ってなどいない、むしろその逆だ」
否定しつつも、本能と戦っている頼久の視線はシリンから逸らされる。
「じゃあ、どうして、そうやってあたしから目を逸らすの?あたしの事を嫌いにならないで、頼久に嫌われたらあたし、あたしどうしていいのか判んない」
シリンは頼久の腕に縋って泣き出した。
「頼久の事が好きなのに・・・」
小さく漏れたシリンの言葉に頼久の理性は崩れ落ちた。
「シリン」
頼久は自分の腕に縋り付いて来る華奢な体を強く抱き寄せた。
この子は自分を慕ってくれているのだ、それなのに何を躊躇う事がある。
シリンは頼久の腕に包まれて久方振りの安堵感を得た気がした。
この腕の中は温かくて安心していられる、全てのものから自分を守ってくれる。
幸福感に包まれたシリンはその腕の温もりに浸りながら呟いた。
「頼久はあたしの事、好き?」
「ああ」
硬く抱き直される感触と共に低く返った来た声に
「じゃあ、これからもずっとこうしてくれる?」
と尋ねたシリンに頼久は
「そう言う訳には行かない」
そう言ってシリンを抱き上げた。
「よ、頼久!」
シリンは頼久に両手で抱き上げられて狼狽した。
今までは彼の肩の上か片腕で抱きかかえられていたのに、体を横にするように抱き上げられて彼の顔が目前にある。
「わたしの本心が聞きたいのだろう?じっくりと教えてやる」
そう言われて魅惑的な微笑を向けられたシリンは思わず赤面してしまった。
頼久って頼久ってこんなに格好良かったっけ?
笑ってくれた事は前にもあったはずなのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう?
頼久に抱き抱えられたまま、彼の部屋に連れて来られたシリンは寝所に横たえられて不思議に思った。
「まだ寝る時間じゃないよ?」
「ここでわたしがどれだけお前の事を思っているか、その体に身をもって知らせてやる」
頼久はシリンの疑問にそう答えると、彼女の着物の帯に手を掛けた。
「頼久!」
驚いて思わず声を上げたシリンだったが
「男が女を好きだと言う事は、肌を合わせたいと思っているという事だ。嫌なのか?」
頼久にそう尋ねられて首を振った。
「頼久になら何をされてもいいよ」
彼が自分を欲してくれるなら、とシリンは微笑んで頼久に腕を差し伸べた。
「シリン・・・」
頼久はシリンに覆い被さって、性急に高まる欲望と彼女に乱暴にしたくないという思いとの狭間で苦しみながら、急激に成長したシリンの体の線を辿る様に着物を肌蹴て行った。
シリンは肌を曝す羞恥に耐えながらも、頼久が熱い手で体に触れていくとその熱が自分にも伝わって体が熱くなってくるのを感じていた。
時折、痛みを感じるほど強く感じる力は彼の思いの証。
彼が自分を求めてくれているからこそなのだと思えば耐えられる。
「ああっ、頼久・・・ん、あん・・・やあっはん」
彼女を労わって力を抑えていた頼久だったが、シリンの艶めいた嬌声が上がり始めるとその抑制は段々と効かなくなってくる。
4歳の幼子とは違う、14歳の花開く直前の少女の醸し出す色香に引き込まれるように柔らかく膨らんだ胸を握り締め、女として感じ始めた場所に舌を這わせる。
「シリン、痛むだろうが我慢してくれ」
そう言って頼久の攻めに息を上げているシリンの両足を抱え上げて体を割り込ませると、シリンは汗を滲ませた顔を頼久に向けてにっこりと微笑んだ。
「頼久が好きだから、何でも我慢する」
シリンの健気な言葉に頼久は一瞬躊躇うが、もう後に戻る事は出来ない。
「ん・・・」
唇を噛み締めて受け入れたシリンに「大丈夫か?」と頼久は気遣わしげに尋ねるが
「平気だよ、頼久」
シリンは笑顔を浮かべて彼の背中に腕を回した。
柔らかな腕と小さいながらもしっかりと彼を受け止めたシリンの感触に、頼久は彼女から二度と背を向ける事はすまいと心に誓った。
「シリン、これからはわたしがずっと傍に居てお前を守る」
「嬉しい、頼久」
ぴったりと肌を合わせた二人は、暫くして激しく動き出した頼久の動きにあわせてシリンが悲鳴にも近い嬌声を上げ、いつまでも一つの影となって揺れていた。
「頼久さん、シリン知らない?」
翌朝、姿を見せないシリンを探していたあかねが尋ねると頼久は困ったように俯いた。
「・・・まだ休んでいるのでは?」
「?そう?おかしいな?詩紋くんの所にも来てないって言うし・・・」
昨日の首尾を聞こうと思っていたのにな、とあかねは内心で残念がった。
「所で神子殿、友雅殿から頂いたという薬ですが」
頼久の言葉にあかねは昨日の企みが露見したことを知る。
「あ、あれ?シリンたらもうばらしちゃったの?ごめんねぇ、シリンが気にしてたみたいだったから」
悪びれずに謝るあかねに頼久は彼女も薬の正体について知らないのだと判った。
「いえ、お気になさらずに。それよりも、まだお持ちなのでしたら残りは捨てられた方が宜しいかと」
頼久は控えめに進言した。
「え?アレってそんなに危ない薬なの?」
あかねは頼久をまじまじと見詰めながら尋ねる。
彼はいつもと変わらないように見えるが。
「女人には負担が大きすぎるかと、ではこれにて」
「???ちょっと、頼久さ〜ん」
性急に立ち去る頼久にあかねは疑問を解消する事は出来なかった。
|