王都ザールブルグでは朝と夕方に大きな鐘の音が鳴り響く。
仕立て屋のクライスはその鐘が鳴る少し前にいつも目を覚ます。
どんなに遅く床に就いた時でも、一度は必ず目を覚ます、これは習慣になっている事。
目を覚まして一番最初に視界に入ってくるのは金色の髪と愛らしい寝顔。
これはつい最近習慣になった妻の寝顔。
豊かな髪に顔を埋めてその香りを嗅ぐ。
「おはようございます、マルローネさん」
結婚しても以前と同じ呼び方をするクライスがそっと囁いてもマルローネは「う・・・ん」と寝返りを打ってしまうだけで目覚めない。
クライスは苦笑して、サイドテーブルに置いてある眼鏡を取って起き上がろうとする。
が、後ろから抱きしめられてびっくりする。
「マルローネさん?」
振り返ると、マルローネが寝惚けながらしがみ付いている。
背中に当たる柔らかな感触に微笑み、掛けた眼鏡をまた外してサイドテーブルに戻す。
「誘ったのは貴女ですからね」
そう呟いてマルローネの体に触れていく。
光を取り戻しつつある部屋の中ではマルローネの白い体が眩しく映る。
そっとその豊かな体のラインを辿りながら軽く唇に触れて、昨夜かそれ以前か、いつ付けたのか判らなくなってきている体に付いた痕を辿るように唇で触れていく。
優しく触れていただけの愛撫は次第に熱を帯びて力が入っていく。
当然、自分の体に感じた強い感触にマルローネは目を覚ます。
「ん?ううん・・・何してんのよ、クライス」
「昨夜の続きです」
目覚めたマルローネの唇を塞いで今度はゆっくりと深く唇を味わっていく。舌を絡めてじっくりと、離した時には名残が残るくらいに。
まだ寝惚けているのか、陶然としているのか判らない様な表情のマルローネがぼんやりと抗議の声を上げる。
「ちょっとぉ・・・起き抜けに何してんのよぉ」
「私が起きようとしたら貴女が誘ったんですよ、後ろから抱き付いて来て」
クライスはにっこりと笑ってマルローネに答えると
「寝惚けてした事まであたしが責任を取らなきゃならないの?アンタが勝手に解釈してるだけでしょ?」
マルローネは次第に血圧を上げ始める。
「でも貴女ももう感じ始めているじゃないですか」
クライスはマルローネの勃ち始めている胸の尖端を摘み上げ
「ああっん」
思わず声を上げるマルローネに「ほらね」と確認を取る。
「あん、止めて!朝はダメだよ、店のみんなが来ちゃう!」
体をくねらせて拘束から逃れようとするマルローネの秘所に手を伸ばしたクライスは
「ここもこんなになっているのに、ここで止めたら貴女も私も今日一日が辛くなってしまいますよ。店の人間は外で待たせておけばいいんです」
音を立てるように指をかき回す。
「んん・・・もう!」
マルローネは諦めたように乱暴にクライスの背中に腕を回して抱き寄せる。
「早く済ませてね」
真っ赤になってそっと呟く。
「時間を気にするなんて無粋な人ですね。みんな解ってくれてますよ」
クライスの言葉にマルローネは「だから嫌なんじゃない」とぼそりと呟き返す。
「ちゃんと貴女と私が満足するまで遣り遂げるのが一番いい方法です」
店のみんなの為にもね、とクライスはマルローネの体を突き上げる。
最近では、ザールブルグの朝の鐘の音に混じって「いや〜ん」という女性の声が聞こえると言う噂が立っている。
ノルディスは店のドアに手を掛けて鍵が掛っているのを確認すると溜息を吐いた。
これで何回目だろうか?
クライスの元で仕立て屋修行を始めて5年。
その間、ずっと師匠が思いを寄せていた女性と結ばれて喜んだのもつかの間の間だけ、あの真面目な師匠が朝の時間にルーズになり、そして・・・。
「お早う、ノルディス!相変わらず早いね」
ノルディスは元気な声に思考を邪魔されて振り返った。
「お、お早う、エリー。君も相変わらず元気だね」
「うん!でも寒くなって来たね〜まだ店、開いてないの?」
無邪気にお針子のエルフィールに問われてノルディスは苦笑しながら頷くしかない。
確かに秋も深まって段々と寒くなってきている。
このまま冬になってしまったら店の前で凍えてしまうのではないかと言う思いがノルディスの頭を掠める。
「変だね?まだ寝てるのかな?ドアを叩いてみれば起きてくれるかも、師匠(せんせい)たち」
ドアに拳を振りかざすエルフィールの前に立ちはだかりノルディスは慌てて止める。
「エ、エリー!もうちょっと待ってみようよ!もう起きてるかもしれないし」
「そう?」
「そ、そうだよ、新婚さんは朝の支度に時間が掛るものだし・・・」
顔を赤くしながらノルディスはドアに張り付くようにしている。
「新婚ていつまで新婚なのかなぁ?師匠たちが結婚してもう1ヶ月になるよねぇ」
ノルディスの赤面の意味をよく理解していないエルフィールは深い意味もなく尋ねる。
「そ、そうだねぇ・・・人によって違うと・・・」
ノルディスは言いかけて思いっきり後ろに倒れ込みそうになった。
何故ならその時、店のドアが内側に開いて寄りかかっていたノルディスは体のバランスを大いに崩してしまったからだ。
「うわっ!」
背中から倒れ込みそうになったその時、ノルディスの後頭部に柔らかい感触がして
「わっ!ごめんノルディス!大丈夫?」
顔を覗き込んでくるマルローネの顔に真っ赤になりながらノルディスは立ち上がった。
「は、はい!すみません!」
ノルディスはマルローネの隣で睨んでいるクライスに気付いて、赤い顔がたちまち青くなった。
ど、どうしよう・・・殺されるかも・・・マルローネの豊かな胸に頭でとはいえ触れてしまったノルディスは今日これから受けるであろうクライスからの仕打ちを考えて泣きたくなった。
「ごめんねぇ、遅くなって。随分待った?」
すまなそうに詫びるマルローネにエルフィールはにっこりと笑って。
「いいえ、私は今来た所ですし、新婚さんは朝の支度に時間が掛るものなんでしょう?ね?ノルディス?」
エルフィールの言葉に賛同を求められたノルディスとマルローネは真っ赤になる。
「ご理解いただけて感謝しますよエルフィールさん、それにノルディスくんも」
クライスだけが臆面もなく平然と微笑んで答える。
王室御用達の仕立て屋はクライスとマルローネ以外に5人の見習いとお針子と妖精が働いている。
それだけの人数が揃わないと大量の注文を捌き切れないからだ。
今日もみんな忙しそうに働いている。
「師匠、伯爵夫人のドレスの仮縫いの件、なんです、が・・・」
お針子のアイゼルはクライスにお伺いを立てようとして立ち上がりかけて、また腰を下ろした。
「どうしたんだい?アイゼル」
ノルディスはそんなアイゼルの仕種を不思議そうに訊ねるとアイゼルは黙って奥の部屋を顎で刳る。
促されて奥の部屋の様子を伺ったノルディスはまたか、と溜息を吐いた。
「貴女はどうしてそういつもいつもいい加減なんですか!」
「うるさいわねぇ!仮縫いなんて仮初めなんだから適当でいいじゃないのよ!」
クライスとマルローネが口論を始めている。
「仮縫いは大事な段階の1つなんですよ、疎かにすると後で大変な事になります!」
「大体でイイのよ、体に合わせるだけなんだから、そんなモンに時間を掛けるより仕上げに時間を取った方がイイに決まってんでしょ!」
2人はやり方の違いからよくこうした口論を始めてしまう。
その間、2人に近づく事は出来ない。
アイゼルは諦めて他の仕事に掛る。
「そんないい加減な事ばかりしているから貴女はいつまで経っても進歩しないんですよ!」
「ほっといてよ、あたしの勝手でしょ!」
終いには険悪なままお互いの顔を背けて無言の冷戦状態に入ってしまう。
これが続いている間も八つ当たりをされる可能性が高いので近寄れない。
黙々と仕事場に重い空気が流れ続けている。
「いたっ!」
沈黙を破ったのはマルローネの小さな悲鳴だった。
「どうしたんですか?マルローネさん!」
クライスが心配そうに先程までの険悪さを忘れて近寄ると
「針で刺しちゃった」
ベソを掻いたマルローネが血の浮き出た左手の親指を見せて来る。
「ああ、もう!貴女は感情的になるとすぐに怪我をするんですから」
「だってぇ」
非難するクライスにマルローネは不貞腐れてしまうが、彼が親指を銜えたので真っ赤になる。
「ク、クライス!」
「気をつけてくださいね、貴女の体が傷ついたら私まで心が痛みますから」
血を舐めとったクライスは手際よく傷の手当てをして注意を促した。
「う、うん。気をつけるよ」
「そうして下さい、さっきは私も言い過ぎました」
「ううん、あたしも・・・」
先程までとは一転して室温が上がるくらいに熱いムードを醸し出す2人。
ノルディスは思わず窓を開けて冷たい秋の空気に顔を曝す。
「あ〜あ、いつまで続くのかなぁ・・・」
呟いたノルディスの足を誰かがポンポンと叩く。
マルローネと一緒に店にやって来た妖精のブルグである。
「諦めなよ、あの2人は長い事喧嘩ばかりしてたからアツアツでいるのも長いと思うなぁ。ヘタするとずっとあの調子かも」
ブルグの意見を否定しきれないノルディスは泣きそうになりながら零した。
「早く一人前になって独立したい」
クライスの仕事振りは尊敬しているし学ぶ事も多いが、こうあてられてばかりいては目の毒でしかない。
思春期の青少年の苦悩の日々は続く。
急ぎの仕事がない限り、夕方の鐘が鳴ると見習いやお針子達は家に帰ってしまうが、クライスやマルローネは彼らに任せられない仕事を続ける。
今日もマルローネは昔馴染みのお客からの仕事に取り掛かっていた。
「あまり根を詰めてはいけませんよ、マルローネさん」
先に仕事を切り上げたクライスが気遣うように声を掛ける。
「うん、もうちょっと」
マルローネはそう言って、顔も上げずに黙々と作業を続けている。
熱中しだすと周りが見えなくなるタイプの彼女のそんな所は嫌いではないが、新婚の夫としては余り面白くない現象である。
「無理をしちゃ駄目ですよ、体を壊します」
後ろから抱き上げて作業台から引き離す。
「あん!いつも無理させてんのはアンタじゃないの、クライス」
マルローネは腰に絡みついている手を引き剥がそうとしながら抗議する。
「私が?どんな無理をさせていると言うんですか?」
マルローネの首筋に顔を埋めながらクライスが尋ね返す。
「朝とか夜とか・・・そのベッドの中で、さ」
頬を染めながら言い難そうにマルローネが答える。
クライスはクスリと笑ってマルローネの柔らかい胸の上を手で包んでゆっくりと揉み始める。
「無理をさせていますか?貴女も楽しんでいるとばかり思っていましたが」
そう言いながら耳に舌を這わせて「あん」と声を上げて感じ始めているマルローネの反応を楽しそうに窺う。
「だって、ああん、毎日こんなんじゃ体が持たないもん、んん・・・やぁん」
言葉では拒みながらも、抵抗は余り強くない。
クライスの手はマルローネの作業用のエプロンの下を潜ってブラウスのボタンを外し始めた。
「でも私は長い間待ち望んでいたんですよ、貴女とこうして過ごすことを。暫らく付き合ってくれてもいいじゃありませんか、嫌いじゃないでしょう?貴女だって」
マルローネの首筋に舌を這わせながらクライスの手は下着を潜ってたわわな胸を直に触り始める。
「だからって・・・やん、ダメだよ、こんな所で、仕事だって残ってるのにぃ・・・あはぁん」
すっかり上気してしまったマルローネの言葉は喘ぎながら紡がれていく。
「じゃあ、ベッドに行きましょうか?もう仕事にはならないでしょう?」
クライスはマルローネを抱え上げて寝室へと向かう。
「もう!」
マルローネは憤慨しながらもクライスの首に腕を回す。
「あんまり激しくしないでよ」
小さい声で釘を刺すマルローネをベッドに横たえると
「それこそ無理な注文ですよ、マルローネさん。私は貴女に夢中なんですから」
クライスは眼鏡を外してにっこりと微笑んだ。
マルローネはクライスの笑顔にドキっとさせられる。
今まであまり見る事のなかった嬉しそうなクライスの笑顔。
眼鏡を外すと特に冷たい感じが薄れて可愛らしいとさえ思えてしまう。
長い事思いを寄せられていた事に気付かなかった分、自分の気持ちが急激に加速をつけてクライスに傾いている気がして、マルローネは戸惑ってしまう。
クライスのように素直に気持ちを表すことが出来ない。
嬉しくてもちょっとひねた答え方をしてしまう。
「知らないわよ!そんな事」
こんな風に。
「じゃあ、じっくり教えて差し上げますよ。貴女の体に」
クライスがマルローネの体に覆い被さって、激しく唇を重ねて来る。
朝とはまた違ったやり方で、今度は性急に唇が腫れそうなくらい激しく吸い上げられる、舌までも。
「ん、んん、ん・・・はぁっ」
マルローネは応えるどころか、息をするのもやっとの思いだ。
ようやく唇を解放されても、今度は既に乱れた服の間から胸や脚を撫で擦られて官能を呼び起こされる。
「はぁん、やぁっ、クライスぅ、ああん」
快感に陶酔していくマルローネは、もはや止めて欲しいのかもっと続けて欲しいのかすら判らなくなって、ただ喘ぎ続けるしかなくなっていく。
マルローネの体を弄り回しながら身に纏っている物を剥いでいたクライスは、彼女の喘ぎ声に煽られて服を全て取り去る前に突き上げてしまう。
「ああ、マルローネ、マリー・・・」
「あっはぁっん、んん、クライス」
2人は1つに繋がって体を揺さぶらせながら、それだけでは物足りなくてお互いの体を引き寄せる。
「あっ、あっ、あっ、ん、ん、んん・・・」
マルローネはクライスから再び唇を求められて積極的に応えていく。
長い長い口付けが2人の口を繋ぐものを残して一旦離れた時、マルローネはそれまで感覚を鋭敏にする為に無意識に閉じていた瞳を薄らと開いた。
するといつもは取り澄ました顔をしているクライスが額に汗を滲ませ髪を乱して目を合わせた自分に微笑みかけている。
マルローネは愛しさが込み上げてきてクライスの頬に手を伸ばす。
「クライス、好きだよ」
その言葉にクライスは満足そうに頷いてマルローネの手に自分の手を重ねる。
「ああ、マリー、愛してます」
2人は微笑み合ってまた唇を重ねあう。
一旦止まっていた2人の体が、また段々と激しく動き出してピクリと止まる。
ベッドに崩れ落ちるようになりながら荒い息を吐いて体を摺り寄せていく。
2人の夜はまだ始まったばかりで終わりは来ない。
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