| 「どうしてあの二人はまだまとまらないんだろうね?エンデルク」ブレドルフの言葉に騎士隊長のエンデルク・ヤードはブチ切れそうになるのを必死で堪えた。
 
 「陛下、市井の者達のご心配よりもご自分のご婚儀をお考え下さい。引退された父君の跡を継がれ即位されて半年、このままですと近隣諸国より送られてくるお后候補の肖像画の置き場所がなくなります」
 エンデルクは平積みする訳にも行かずに壁や床に立て掛けられた肖像画を指し示した。
 
 「う〜ん、でもねぇ、いずれも名花ばかりで一人だけに絞るのは難しいなぁ・・・そうだ!エンデルク、君が選んでくれ給えよ」
 ニコニコと話すブレドルフ王に騎士隊長はぐっと拳を握り締めて体をブルブルと震わせた。
 
 「私が選んでどうするんです?」
 そう言った後でブレドルフにからかわれていると気づいたエンデルクはふと思い立ち。
 
 「私が推挙された方と婚儀を上げて頂けるのですか?ならば・・・この方ではいかがでしょうか?」
 エンデルクが取り上げた一枚の肖像画を見て、ブレドルフは「うっ!」と詰まった。
 
 「早速、お相手の方にご連絡を入れましょう。そして一日も早くご婚礼を!」
 出て行こうと踵を返したエンデルクにブレドルフは詫びた。
 
 「ま、待ちたまえ!判った!僕が悪かった!!ちゃんと真剣に考えるから」
 渋々、肖像画と釣り書きに目を通し始めたブレドルフにエンデルクはホッと安堵の息を吐いた。
 今回ばかりはあの二人に関わっていられては困る、一年前とは状況が違うのだから。
 
 それにしても・・・あのコンテストから1年も経つのに、クライスは何をグスグスしているのか。
 ブレドルフ陛下の退屈凌ぎのネタになられては困るのに。
 騎士隊長はそっと溜息を吐いた。
 
 
 「こんにちは、マリー!また新しい服をお願いしたいんだけど」
 お得意様の一人、フレアが店に入ってくると店内をキョロキョロと見回している。
 
 「いらっしゃい、フレア・・・何?ブルグならお遣いに行ってるんだけど」
 マルローネに問われてフレアは手を振って否定する。
 
 「ううん、違うの!ブルグじゃなくてクライスさんが来てないかと・・・あっ!」
 自分の失言に気づいてフレアは口元を手で隠したが、後の祭りである。
 マルローネは『クライス』という言葉を聞いて忽ち不機嫌になった。
 
 「・・・生憎と、クライス・キュール大先生はこんな小さな店にはいらっしゃいません」
 マルローネはブスッと低い声で答える。
 
 どうして来る人来る人み〜んなクライスの事を聞いてくんのよ!
 あたし達は別に付き合ってる訳じゃないし、クライスがこの店に来るのは月に1度か2度がいいトコなんだから。
 去年のあのコンテスト会場で派手に喧嘩をしてからと言うもの、あたし達の事はザールブルグの街に瞬く間に広がり、噂ではいつ結婚するのか賭けすら行われているらしい。
 だからさ、クライスは何にも言って来てないのに・・・結婚なんて無理に決まってるじゃん。
 プロポーズだってさ、あのコンテストの前日にしたっきりで、それ以降は以前と同じ様に嫌味を言いに来るだけだしさ。
 尤も、最近じゃ忙しいらしくて店に来る事だって少ない・・・。
 
 内心の呟きをぐっと堪えて笑顔で来客の対応をしたマルローネは、新しい仕事を請けて客に当り散らす事をせずに無事送り出した。
 すると、フレアと入れ違いに買い物に出ていた雇われ妖精のブルグが小さい体で大きな荷物を抱えて帰ってくる。
 
 「ただいまぁ〜ひぇ〜重かったぁ〜ホント、マリーは妖精使いが荒いよね」
 テーブルに生地や材料をドサドサっと置いてブルグが息を吐く。
 
 「愚痴が多いわよブルグ。アンタには月々ちゃんとお給料を払ってるんですからね、給料分の仕事はしなさい!」
 めっ、と窘める様にマルローネがブルグを睨みつけると、妖精さんは溜息を吐いた。
 
 「へいへい、少ないお給料だけどね。それより今日は7倍に跳ね上がってたよ」
 「7倍?って何が?」
 ブルグの言葉の意味が判らず、マルローネは尋ね返す。
 
 「マリーがクライスさんと1ヶ月以内に結婚するかどうかって賭けの倍率だよ。ボクは1年先に伸ばしといたけどね、最近クライスさん来なくなったしねぇ・・・・プロポーズした事、後悔してるんじゃないのかなぁ?賭けの対象に『結婚しない』ってのが出るのも時間の問題だよね」
 妖精さんの言葉にマルローネはぐっと唇を噛み締めて拳を握り締めた。
 
 「ブルグ・・・アンタって子は・・・」
 妖精さんがマルローネの徒ならぬ雰囲気に気づいた時は遅かった。
 服の襟を摘み上げられて店の外へと乱暴に摘み出される。
 
 「イテッ、何するんだよ!」
 抗議するブルグにマルローネの冷たい言葉が降りかかる。
 
 「いいこと、下らない賭けに注ぎ込むお金がある程余裕があるならお給料を減らすわよ!そんな事を考えてる暇があるならキリーの所に行って赤い絹を貰っていらっしゃい!きちんと持ってくるまで店に入れないからね!」
 「ええ〜!あの魔女の所にか弱いボク一人だけで行けっての?ヒドイよマリー」
 
 泣き出しそうな顔をしてマルローネに縋るブルグの言葉に耳を貸さず
 「いい事、赤い絹よ、間違えないように」
 そう言い残して店のドアを閉めた。
 
 「そんな・・・マリー・・・」
 呆然とドアの前に座り込んだブルグだったが、マルローネと長い付き合いになる彼には、怒った彼女が絹を持っていくまできっとドアを開けてくれないだろうと言う事が判っていた。
 そして、あの魔女の作り出す生地は他のものでは誤魔化せないほど特色がある。
 ブルグは重たい足取りをキリーの住むエアフォルクの塔へと向けた。
 
 
 「お前が一人で来るなんて初めてじゃないか?」
 魔女の言葉にブルグは帽子を握り締めて震えながら頷いた。
 やっぱり、この塔にはイヤ〜な雰囲気が漂っている。
 ボクは食べられずに無事に帰ることが出来るんだろうかと不安になりながら。
 
 「そんなに脅えなくともお前を食べたりはしないよ。私達は基本的に人や妖精は食べない」
 ブルグの様子を見てキリーはクスリと笑ったが、ブルグは『基本的には、って何?』と震えが治まらない。
 
 「えっとえっと、マリーが『赤い絹』が欲しいって言ってるんですけど・・・ありますか?」
 それでも、遣いの用事を果たそうと健気な所があるブルグだった。
 
 「『赤』か・・・赤と言っても色々あるが。マリーは何に使うつもりなのかな?」
 考え込んだキリーの言葉にブルグは自分が店に戻る直前に出てきたお客の事を思い出した。
 「多分、晴れ着かなぁ?フレアさんからの依頼みたいだから・・・」
 
 「ふむ、『飛翔亭』のフレアか・・・あの娘も婚礼が近そうだな。ではこれを持って行け」
 キリーは自分の髪と同じ様な真紅の絹をブルグに差し出した。
 
 「あ、ありがと。じ、じゃあボクはこれで・・・」
 ブルグはこれで帰れるとホッとしたのだが、キリーに呼び止められた。
 
 「時に、マリーとクライスはどうなっているんだ?」
 魔女の問いにブルグは自分がここに向かわされた時の状況を思い出して急に不機嫌になった。
 
 「どうもこうも、全然進展してないんだよ!あのコンテスト以来、街の人達が二人の様子に目を光らせてるから二人とも会う機会が減っちゃったし、タダでなくてもクライスさんはコンテストの優勝のお陰で仕事が増えちゃって忙しくて前みたいにマリーの店に来なくなっちゃうし・・・マリーはすっかりお冠なんだよ」
 いたいけなボクにまで当り散らす始末なんだから、とブルグは先程までの魔女に対する恐怖はどこへやら、キリーに対して愚痴を言い始めた。
 
 「そうか、お似合いだと思ったんだが。中々難しいな」
 溜息を吐いたキリーにブルグは勇気を振り絞って尋ねた。
 「ねぇ、キリーさん。あの二人が上手く行くか先は占えないの?」
 薄暗い部屋の隅にある水晶球を目線で指しながら。
 
 「生憎だが未来はホンの少しのきっかけですぐに変わってしまうものだ。不確定要素が多すぎるからな。お前が望む未来が実現する事は難しい」
 暗に賭けの事を言い当てられたようでブルグはドキッとする。
 マリーには1年後と言ったが、ブルグは常に1ヶ月以内にゴールインに張り続けているからだ。
 
 「だが、逆に少しのきっかけを与える事で望み通りの結果を近くに引き寄せる事も出来る。下手をすると遠くに消えてしまうかもしれないが」
 「それって、二人を刺激すればいいって事?」
 キリーの言葉にブルグは目を輝かせる。
 
 「上手く行けば、な」
 ブルグは初めて魔女の笑顔に安らぎを見出した。
 
 
 「・・・でね、他に手伝ってくれる人って言ったらさ・・・」
 「やっぱり、陛下にもお願いするべきかしら?」
 「う〜ん、それはちょっと無理じゃない?」
 ヒソヒソと店の隅でブルグはシアと話し込んでいる。
 
 「ちょっとぉ、手伝ってよブルグ!ウチだって最近じゃ注文が多いんだからぁ」
 一人、真面目に作業台に向かっていたマルローネは友人と話し込んでいる妖精に声をかけた。
 
 「あ、は〜い、じゃあシア、頼んだよ」
 「任せて」
 密かにウインクを交し合う二人にマルローネは気づかなかった。
 
 
 「師匠(せんせい)、ここの始末の仕方なんですが・・・」
 「師匠、このラインは・・・」
 引っ切り無しに声を掛けられてクライスは超多忙だった。
 
 「ここは糸を出さないように始末して下さい、それとこのラインはこうすると・・・出ます」
 見習いやお針子達に指示を出してフッとひと息吐く。
 この分では今日もマルローネさんの所には行けませんね、と諦めながら。
 
 「こんにちは」
 シアが訪ねて来たのはそんな時だった。
 
 「いらっしゃい、どうなさったんですか?シアさん」
 彼女はマルローネの友人だから、基本的には彼女の所で服を注文する。
 クライスとも顔見知りではあるが、今まで店に来た事など殆どなかったのに。
 
 「あのね、実はクライスさんにちょっと聞きたい事があって・・・陛下がご結婚されるっていう噂は知ってる?」
 シアの家はザールブルグでは大きな商いをしている。
 王族の婚姻の噂には敏感なのだろう。
 王室御用達の店を出しているクライスに尋ねて来る事に不思議はないが。
 
 「噂は聞いていますが、お相手が誰かはまだ存じ上げませんね。お選びになっていらっしゃる最中なのではありませんか?」
 婚礼が決まればクライスの元にも陛下から直接話が来るだろう、婚礼衣装を調えさせる為に。
 そうなるともっと忙しくなるな、とクライスは内心で溜息を吐いた。
 
 「そうよね、まだお決まりじゃないのかしら・・・じゃあ、アレはやっぱり単なる噂でしかないのよねェ?」
 シアは独り言にしては大きすぎる声で尋ねた。
 「アレとは?」
 
 思わず尋ね返したクライスの言葉に、お針子の中から答える者が居た。
 「あ、あたし知ってます!陛下が婚礼の衣装はマリーさんに頼むんじゃないかっていうアレですよね?」
 明るくて元気なエルフィールがそう言うと、彼女の袖をそっと引く見習いが居た。
 「ち、ちょっと、エリー!」
 
 「違うわよ、私はマリーさんがお后の候補になっているって聞いたわ」
 「私はエンデルク隊長がマリーさんと街中を歩いている、という話を聞きました」
 見習いのノルディスくんの気遣いも空しく、お針子のアイゼルとアイラがクライスに聞かせたくない噂ばかりを並べ立てる。
 あ〜みんな!師匠の気持ちを考えて〜!!ノルディスの心の叫びは彼女達に届かなかった様である。
 
 お針子達が自分の聞いた噂の真偽に議論を始めた時、『バキッ』という音がして全員が音の発生源を振り返った。
 「師匠・・・」
 そこにはクライスが長い竹の物差しを真っ二つに折って立ち尽くしている姿があった。
 
 「・・・出掛けてきます。後は宜しく、ノルディスくん」
 声をかける暇も与えず、クライスは店を出て行った。
 
 それを見ていたシアはエルフィール・アイゼル・アイラといったお針子達にグッと立てた親指を突き出してウインクをした。
 すると、彼女達は同じ仕種をシアに返している。
 「一体、何を企んでるんだい、君達は?」
 
 
 夕暮れのザールブルグの街中をクライスは恐い顔をして歩いていた。
 正確に言うと、眼鏡をかけた彼の表情は読み難かったが、足の運び具合が他者を寄せ付けないほど気迫に満ちていたのだった。
 
 しかし、そんな彼に声を掛ける兵も居た。
 「いよぉ、クライス!お前さん、あんまりのんびり構えていると他のヤツにマリーを取られちまうぜ!」
 ガハハと豪快に笑う鍛冶屋の親父とか
 
 「あら、クライス。さっきマリーが騎士隊長と歩いてるのを見たけど、あなた達、もうダメになっちゃったの?」
 心配そうに声を掛けてくる飛翔亭のフレアとか
 
 「クライスさん、マリーと結婚出来なくてもボクを雇ってくれる事、前向きに考えといてよね?」
 留めは妖精のブルグ。
 
 だが、クライスはそれらの問いに何も答えずに、黙ってマルローネの店へと向かっていた。
 
 
 「マルローネさん!」
 勢い込んで店のドアを開けたクライスは、店の中央にそそり立つ様に存在しているマント姿の男の後姿を見た。
 そして、その男の影からマルローネが顔をひょこっと出して。
 
 「あら、クライス。どしたの?」
 呑気なマルローネの言葉にクライスは少し安堵した。
 今までその男と親密にしていたのなら、そんな反応はしないはずだと自分に言い聞かせて。
 
 「エンデルク隊長、あなたがこちらにおいでとは存じませんでした」
 しかし、マントを纏った後姿の男に牽制するように声を掛ける事も忘れなかった。
 長身で長い黒髪のマント姿は街中の女性達を騒がす騎士隊長に他ならない。
 
 「フフン、余裕ブッコいてると王室御用達の看板はウチが頂いちゃうわよ!」
 マルローネが腰に手を当てて踏ん反り返るように言い放つ。
 
 「では、私はこれで失礼する」
 寡黙な騎士隊長はそれだけ言い残して、長いマントを翻し、去って行った。
 
 「彼は何の用でいらしたのですか?」
 「アンタには関係ない事でしょ!」
 二人っきりになって、クライスが尋ねた言葉にマルローネは素っ気無く答える。
 
 ツンとそっぽを向いたマルローネにクライスはしつこく食い下がる。
 「関係ない事はありません!私は貴女に求婚しているんですよ!噂は本当なんですか?」
 「噂って?」
 クライスに両腕を掴まれて対峙させられたマルローネはビックリしてキョトンとした顔をする。
 
 しかし、眉を顰め恐い顔で問い詰めてきたクライスに一瞬の驚きから解放されて段々と腹が立ってきたマルローネはその腕を強く振り解いた。
 「何よ!アンタがあたしに求婚したのって1年も前の事じゃないの!それっきり何も言わないくせに!何を偉そうに!」
 
 一旦は振りほどかれたマルローネの腕は又もや強い力でクライスに捕えられる。
 「1年前に求婚した時、貴女の返事は『もう少し考えさせて欲しい』と言う事でした。だから私はずっと待っているんです!私が貴女の返事を辛抱強く待ち続けていると言うのに、他の男に求婚されているとか一緒に歩いていたとか妙な噂を立てられるなど酷いじゃありませんか!私には誰よりも先に返事を頂く権利がありますよ!あれからもう1年も経つんですから!」
 
 マルローネはクライスの言葉と迫力に面食らってしまった。
 「噂は噂でしょ?あたしはアンタ以外の誰にも求婚なんてされてないし、街中で話しかけられれば一緒に歩くくらいの事はするわよ!それに、アンタだってあの時一回言ったっきりじゃないのよ・・・あたしはてっきり・・・アンタはあたしの事・・・」
 
 段々と俯いて語尾が小さくなったマルローネをクライスは両手でギュッと抱きしめた。
 「私は貴女への求婚を翻したりはしませんよ、マルローネさん。昨日や今日の思いつきで求婚したのではありませんからね。イングリド師匠の所で一緒に修行していた時からずっと貴女に伝えたいと思っていたんです」
 
 クライスは硬い抱擁の腕を緩めてマルローネを正面から見据えた。
 その顔は少し紅潮していた。
 「貴女を好きな事を、ずっと愛している事を。面と向かって言えるようになったのは去年のあの時からですが」
 
 苦笑するクライスに暫し見惚れてしまっていたマルローネはハッと我に返って慌てて視線を彼から逸らした。
 「で、でも、その後だって、店に来ては嫌味ばっかし言ってたじゃないのよ。求婚したことなんてすっかり忘れてるか後悔してるんだと思ったわよ」
 
 プゥッと膨れたマルローネにクライスはムッと柳眉を跳ね上げた。
 「それは貴女がいつまでも『イエス』と言わないからですよ」
 
 クライスはマルローネの顎を捕えて彼女の視線を固定させた。
 「もう1年も経ったんです。そろそろはっきりと答えを聞かせて下さい。私の妻になってくれますね?」
 
 マルローネは頬が熱くなってくるのを感じながらクライスをじっと睨み付けるようにして答えた。
 「だって・・・アンタは『イエス』の答えしか聞かないんでしょ?」
 「もちろんです」
 
 即答するクライスからマルローネはするりと逃げ出して
 「じゃあ、まだ返事は出来ないわ。だってまだ『イエス』って言える自信がないんだもん!」
 
 クライスの一瞬の隙を突いて彼の腕から逃れたマルローネの言葉に、クライスはがっくりと肩を落とした。
 「私はいつまで待てばいいんですか?」
 「聞いてなかったの?あたしが自信が持てるようになるまでだよ」
 
 明るく笑うマルローネにクライスは気が抜けたように尋ねる。
 「貴女に自信を持って貰えるにはどうすればいいんですか?」
 「そんなこと!自分で考えてよ!!」
 
 「判りました」
 クライスはそう言うと、マルローネの顎を再び捕えてその唇に自分のものを重ねた。
 
 突然の柔らかい唇の感触にマルローネは驚いたが、離れようとか逃げ出したいとは思わなかった。
 腕にはさっきから何度も強く掴まれたせいできっと痣が出来てる。
 顎だってそうだ。
 でも、クライスの腕の中に居て、彼の温もりを感じられるのはイヤじゃない。
 キスだって、そうだ。
 歯茎を刺激されて入り込んできた舌は柔らかいけど乱暴な動きをしてる。
 
 「あはぁん」
 ホラ、変な声が出ちゃうくらい。
 
 声に驚いたようにマルローネとクライスは赤い顔を少し離した。
 「貴女に自信を持って頂く為に、もっと進んでも構わないんですよ?」
 
 クライスの言葉にマルローネは彼を睨みつける。
 「・・・そんな事したら、嫌いになっちゃうよ」
 「そう仰ると思いました」
 
 苦笑しながら赤い顔を隠すかのように眼鏡を持ち上げたクライスにマルローネは小さい声で呟いた。
 「もう少しだけ・・・待ってて」
 
 
 「ど〜してなんだよぉ〜!!あれだけ大勢の人達に協力してもらったのにさぁ〜!!!」
 ブルグは今ではすっかり恐くなくなったエアフォルクの塔の上から思いっきり叫んだ。
 
 「だから言っただろう?上手く行けばの話だ。マリーも頑固だがクライスは諦めが悪そうだから、この縁組がなくなることはあるまい」
 キリーは淡々と語る。
 
 「ボクは諦めないぞぉ〜絶対に賭けに勝って独立資金の足しにするんだぁ〜!!」
 魔女の言葉を聞いて更に叫んだブルグの意外と堅実な目的を知ったキリーは
 「まぁ、頑張れ。いずれは当たるさ」
 と励ましに成るのか成らないのか判らない言葉をかけた。
 
 「ボク、負けないよ!!」
 負けるなブルグ、賭けで儲けるまでに注ぎ込む資金が大変だが、賭けをするより貯金をしたほうが正しいのか、それは賭けで儲けた事のない作者の妬みも入っているからわからない。
 
 
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