Atelier Marius 2 1年目1月10日〜2年目11月22日
1年目1月10日 エルフィン洞窟での成果を少しばかり飛翔亭で得た俺は、アカデミーで機材を手に入れようとしていた。 すると何やら中庭で言い争う声が聞こえてくる。 『何とか言ったらどうなのよ!』 うわっ、女同士のケンカか・・・こわっ。 『私のプライバシーです。あなたには関係ないでしょう』 この声はクラリス・・・思わず声の方向に足を向ける。 「ちょっとばかり頭が良いからって、生意気よ」 現場に辿り着いた時、小柄なクラリスが突き飛ばされて倒れる所だった。 「おい、何してるんだ!」 俺はつい、かっとなって大きな声を上げて近づくと、クラリスを囲んでいた4・5人の女の子達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。 「大丈夫か?」 「平気です。慣れてますから」 俺の差し出した手を無視して、クラリスは一人で立ち上がった。 逞しいヤツ。 「よくあるのか?こんなこと」 慣れてるなんて、そう言えばこの間のアザも、もしかしたら。 「私が優秀なのを妬む、心の狭い人が多いんです」 それだけか?前はそんな事無かったみたいなのに。 じっと、無言で問い質すと、クラリスは溜息をついた。 「私があなたの工房に出入りしたり、採取に付き合うのが気に入らない人が多いんです」 「何で?」 クラリスはやれやれといった感じで、また溜息をつく。 「あなたも鈍い人ですね。あの娘たちはあなたが好きなんですよ」 どうしてこんなに鈍い人がもてるのか判りませんが、とかクラリスは呟いたが、俺には晴天の霹靂だ。 「どうしてそれでオマエが虐められるんだ?」 クラリスはメガネを指で持ち上げながら。 「シアさんのように可愛い人ならともかく、私のようなメガネのチビはあなたにふさわしくないと思っているようです」 なんだそりゃあ。 「バカバカしい!」 「ええ、ですから気にしていません」 「そうじゃなくて、オマエのそのメガネ、度が入ってないだろ?メガネ外して髪を伸ばして着飾れば、他の娘なんか足元にも及ばないくらいの美人になるぞ」 シアよりもフレアさんよりもショップのおねえさんよりもずっと。 俺は常々そう思っていたのだ。 コイツは実はとっても綺麗なんだ。 言葉に刺があるけど。 クラリスは驚いていた。 へへーん、俺はそこまで鈍くないぞ。 「メガネのこと、知っていたのならどうして・・・」 俺は、うっ、と詰まってしまった。 「だ、黙っていたのはだな、その、変な男が近づかなくて良いじゃないか」 そう、コイツが綺麗なのを知っているのは俺一人で充分だと思っていたのだが。 これって嫉妬・・・だよな。 思わず赤くなる。 「と、とにかく。さっきの奴らにはっきり言ってやるから・・・」 「結構です、あなたには関係ないことです」 「俺と噂になるのが嫌なのか?」 「そうじゃありません」 クラリスと話している内に段々と彼女の顔に近づいて行くと、ギュッと噛み締めた彼女の唇が紅くて濡れているのに気づく。 「じゃあ・・・」 思わずその紅い唇に吸い込まれるように近づいて、話しながらキスをする。 中庭を出て、正面玄関の傍まで来ていた俺たちは立ち止まって、クラリスにキスをした。 「マリウス、教官室にいらっしゃい!」 げげっ、俺たちの後ろに立っていたのはイングリド先生だった。 その声は低く響いて、髪の間から覗く左右色違いの目が光っているような気がした。 おしおきかな?とほほ。 先生は机の引き出しからカードを一枚出して、俺に渡した。 「これは?」 「図書館の暗証カードよ。最近、頑張っているようだからご褒美にね」 おしおきじゃなかったのか・・・ほっ。 でも、これで高い参考書だけに頼らなくても済むかもしれない。 喜んでカードを眺めていた俺に先生は釘を刺すことも忘れなかった。 「あなたたちも若いのだし、恋愛が悪いとは言いませんが、風紀を乱すような真似はお止めなさい。 アカデミーでさっきのようなことをまたしたら、注意だけではすみませんよ」 「・・・はい・・・」 やっぱり、中庭はまずかったかな。 1年目3月8日 本日はアカデミーのショップの年に一度の半額セールの日である。 喜び勇んで買い溜めと、行きたいところなのだが、いかんせん、金が無い。 俺って半年前からあまり進歩してないんじゃないか。 図書館で借りてくる本は難しくてなかなか読み進めないし、調合は失敗するし、何よりクラリスに逢えない。 研究が煮詰まっているらしくて、工房に顔を出さないのだ。 アカデミーでもすれ違いが多い。 セールに向けて節約していたから、採取にも行けなかったし・・・。 取り合えず、飛翔亭で少しでも資金を蓄えてからアカデミーに行こう。 「いらっしゃい、今日は年に一度の半額セールの日よ」 おねえさんの笑顔が迎えてくれる。 『火薬のしくみ』と『世界の薬草』の参考書と遠心分離機とランプくらいしか買えないなぁ。 チン!とレジの音がして、銀貨を渡す。 「ありがとうございました、図書館に寄っていくの?今ならクラリスも居るはずよ、さっき入っていくのを見かけたから」 俺は買った物をカウンターに置き去りにして図書館に駆け込んだ。 暗証カードがないと入室出来ない図書館はさすがに人がいない。 暗くて静かなその空間には天井までの書棚が並んでいる。 その書棚の間を青銀の髪と青と白のマントを探しながら一つ一つ覗いていく。 最奥の少し手前の棚に腕を伸ばしている彼女をやっと見つけた。 探していた本はつま先立ちしてやっと届きそうな棚にあった。 精一杯、背伸びをして手を伸ばしていると、誰かが近づいて腰を持ち上げられた。 そして、後ろから首筋に顔を埋めてくる。 金色の長い髪が視界を横切る。 一瞬の不安が安堵に変わる。 「マリウスさん?」 「会いたかった・・・クラリス」 彼の少しくぐもった声にドキリとする。 彼に触れられるのは1ヶ月振り。 研究が忙しいせいもあったけれど、イングリド先生に言われたことが気になって、工房に行くのを避けていた。 マリウスさんが教官室に連れて行かれた次の日、イングリド先生に呼び出されて言われたのは。 『クラリス、あなたマリウスの勉強を見てあげるいるそうね。それは構わないけれど、自分の研究を疎かにしていないでしょうね?付き合いを止めろとは言いませんが、お互いに高めあっていけるような関係になって欲しいわ』 このまま彼に会い続けていれば彼の勉強の邪魔をしてしまう。 彼を求め続けて離れられなくなる。 彼の足枷になりたくないのに。 彼の手がローブの下に入り込んでシャツの上から胸に触れてくる。 「こんな所で・・・駄目です」 囁くような小さい声で抗議してみるが。 「やだ」 と、一言。 私だって本当は止めさせたくないけど。 「誰かに見つかったら・・・」 「誰も来ないよ、こんな奥までは」 振り向かされて、見詰め合う。 彼の首に腕を回して貪るようなキスをする。 もう駄目、我慢できない。 「マリウス・・・」 唇を離して私が漏らした声を聞いた彼はローブの下のズボンを引き摺り下ろして、立ったまま腰を跨がせる。 私は彼のモノをズボンから取り出して、触れられた時から濡れはじめていた場所にあてがう。 「ああ・・・」 彼が私の中に入り込んできて、彼にしがみ付いて声と吐息を堪える。 服はほとんど身に着けたままで、お互いの腰を振りながら高まっていく。 ああ、マリウス・・・マリウス・・・愛してる。 「・・・マリウス」 「クラリス・・・」 彼の精を受け止めた後、彼の体を滑り落ちてしゃがみ込んだ私は、彼の後始末をしながらぼんやり考えていた。 お互いの為に逢わないでいようとしていたのに反動で今回みたいに場所をわきまえないくらい会った時に激しくなのでは無駄な努力というものだ。 久し振りのマリウスの温もり、その腕に抱かれる幸せ、離したくない。 私と彼の勉強とこの付き合いを必ず両立させて見せる。 1年目4月20日 騎士団の討伐隊に便乗して、ヴィラント山へ採取に行って帰って来た。 盗賊や怪物達に襲われない旅って素晴らしい! 採取かごが一杯になるまで取れたのは何回目だろう? ええーっと今まで15回程採取に出かけてるけど、確か5回くらいじゃないだろうか。 そう言えば、最近クラリスと採取に行っていないなぁ・・・。 最近、俺は冒険者を雇える余裕が出来たので、彼らと採取に出かける。 魔法の杖を使いこなせないのだから仕方が無い。 遠くに行くときは一人では目的地まで辿り着く事さえ出来ないのだから。 他の冒険者と一緒だとその・・・二人っきりになれない、特に夜。 彼女も研究が忙しそうだし・・・だって、帰ってきた時クラリスがいなかった。 今までは採取から戻って暫くするとクラリスが訪ねて来てくれていたのだが、もう日が暮れてしまった。 ちょっと寂しいような気がする・・・と、ノックの音!クラリス? 慌ててドアを開けると誰もいない、が声がする。 「こんばんわ、僕、ボックス」 よ、妖精・・・このちびこいのが・・・俺は内心の動揺を何とか隠しながらお引取りを願った。 すると、『妖精の腕輪』なるものを置いていった。 ザールブルグから片道6日程の所にある妖精の森で妖精さんを雇えるそうだけど、そんなゆとりなんてない。 冒険者を雇っているのがやっとなのに。 特にクーゲルのおっさんは強いんだけど、高いんだよなぁ・・・報酬が。 何度か一緒に行っているから少しずつまけてくれてるんだけど・・・さぁ、落ち込んでいられない! 調合して、バンバン作るぞぉ!そして、飛翔亭で買い取って貰おう。 結局、クラリス来なかったな。 1年目6月29日 今日は蚤の市、シアが誘いに来てはじめて気づいた。 そうすると、俺は2カ月以上も工房に篭って調合していた事になる。 うーん、久し振りの太陽がまぶしいぜ。 シアに引きずられるようにして広場に来ると妖しげなテントがたくさんある。 おや、あれはルーウェンじゃないか? 何か買ってくれって? ダメダメ、今日は金を持ってないんだよ、悪いけどまたな! ルーウェンは気さくでいい奴なんだけど、弱いんだよ、とーっても。 雇用費は安いし、誘うと快く引き受けてくれるんだけど、遠出する時には頼りにならないんだよー。 やる気はあるんだけどさー、やる気だけは。 知り合いの冒険者に逢えたし、なにも買えなかったけど、結構気晴らしになったかも、ありがと、シア。 やっぱ、篭ってばっかしじゃダメだな。 手近な完成品を飛翔亭に持ち込んで売りさばいたら採取にでも行くか! 1年目8月7日 いやー、妖精さんて、本当に居たんだな。 今日、前に来たボックスとよく似たパテットとかいう奴が来て、いろいろ置いていった。 ボックスの時は夢かと思っちゃったもんね。 シャリオミルクかぁ、そう言えば参考書に載っていたアイテムにこれを材料にした奴があったよな。 えーと、フムフム・・・。 最近の俺は調合の失敗率もかなり減ってきている。 5回に1回くらいかな? 新しいアイテムの製造方法がどんどん理解出来て、完成されていくと手応えが違う。 俺はこの卒業試験が始まってから一つづつ手にしたものや完成したものをスケッチしている、もちろん製造過程も書き添えて。 これが段々増えていけばいいんだけど。 未だにレベル3がやっとだ。 これじゃあ、クラリスと同じレベルまで辿り着くのはいつになることやら・・・。 少し前クラリスの痛烈な言葉に俺はかっとなってしまい、『二度と来るな!』と怒鳴ってしまった。 それ以来彼女は工房に訪ねてこない。 俺が悪い、悪いのは判ってるが、クラリスも酷い事を言ったんだぜ。 『レベル3のアイテムでそんなに喜んでいてどうするんです?植物栄養剤なんて、2年の前期に習う課題ですよ。卒業試験にそんなものを出すつもりなんですか?』 俺の卒業試験は5年間の研究の成果として、最後に一つ作品を提出する事になっている。 卒業試験なんだから、それなりのレベルのアイテムを提出しなければならないだろう。 そんなこと、判ってるけどさ、仕方ないだろ!今の俺にはこれが精一杯なんだから! とは言え、『二度と来るな!』は言い過ぎだったかなぁ。 あいつなりに心配してくれてたんだよなぁ。 やっぱり謝るべきだよなぁ。 でも、なんて言って謝ればいいんだろう? クラリスとケンカをしたのは初めてじゃないけど、こんなに長い事逢わなかったのは・・・あの時以来かも。 あの時はケンカしてた訳じゃなくて、ただ二人の都合が合わなかったからだったけど。 逢った時に我慢できなくて図書館でやっちゃったんだっけ。 やばっ、思い出してきちゃったぞ、あの時のクラリスは場所が場所だけにいつになく恥ずかしがってて、それでいて大胆で。 うわーっ、ダメだ!思い出したら止まんないぞ。 クラリスの声や髪の匂いや肌の感触が甦ってきて、俺を刺激する。 確かに言う事キツイけど、俺の事心配してくれたんだし、自分の研究だってあるだろうにいつも俺にアドバイスしてくれる。 イヤミつきだけど。 やっぱり、俺が悪かった、謝ろう! えーと、えーと、まずは『ごめん』だろ、それから・・・。 頭の中でシュミレートしながらドアを開けると、そこには。 「クラリス!」 ドアの前に居たクラリスは気まずそうに一瞬視線を逸らした後、キッと俺を睨みつけて。 「ぐ、偶然前を通りかかっただけですから」 そう言って背を向けようとした。 俺は慌てて、ドアの中に引きずり込む。 「偶然でも良かった!」 ドアにもたれながら、彼女を強く抱きしめる。 ああ、この感触、この匂い、この声、クラリスだ。 「逢いたかった・・・」 彼女の顔を捉えてじっと瞳を見つめる。 明け方の空のような青紫色の聡明な瞳。 少し怒っているようで、赤くなっている頬を包み込むと口付ける。 ああ、この感触をどうして今まで忘れていられたのだろうか。 触れただけで甘く感じるこの唇を。 キスをしながら再び強く抱きしめる。 この小さくて柔らかい身体に隅々までキスしたい。 クラリスの手が俺の髪の中に潜り込んでくる。 首筋に触れるクラリスの指に、俺はベッドまで持ちそうも無かった。 俺は工房の床にクラリスを押し倒す。 抵抗は無かった。きっと彼女も俺と同じ気持ちのはず。 だって、二人とも唇を離さず、急かされる様に着ているものを脱いでいったんだから。 大方の物を脱ぎ終えて、唇を離して息を吐く。 彼女の首筋に顔を埋めて思いっきり息を吸い込む、彼女の匂い、ミスティカのような爽やかな香り。 つーっと首筋に唇を滑らせて胸元を見ると、前に付けた跡が消えかかっていた。 あの時からもう20日は経っている。 もう一度同じ所を吸い上げる。 「あっん」 思わず上がった彼女の声に俺は素直に反応してしまう。 クラリス、君が欲しい。 クラリス、君が好きだよ。 クラリス、どうして俺は今まで君と逢わずにいられたのか判らない。 クラリス、もう我慢出来ない。 言いたい事、伝えたい事はたくさんあるのに。 「クラリス」 ただ、名前を呼ぶ事しか出来なくて。 「マリウス」 抱き合っている時だけ、呼び捨てにされる呼び方が嬉しくて。 あとはただ、君に全身で触れて、感じて、一つになって、一緒に・・・。 挿れた途端に感じる懐かしさと苦しさ。 「クラリス・・・そんなに締め付けないで・・・」 俺にギュッとしがみ付いているクラリスは激しく首を振る。 「んん、ん、だって、熱い・・・の、ああん、ダメ」 段々と腰の動きを激しくしていきながら、俺に廻した腕に力を入れる。 クラリスの豊かな胸が俺の胸に押し潰される。 ああ、ダメだ。 「クラリス・・・もう・・・」 俺の訴えにクラリスはこくんと頷いて、俺は彼女の中に迸る。 体中の力が抜けてしまって、仰向けに寝転がる。 真夏だけれど、火照った身体には床が冷たく感じられて気持ちいい。 裸のまま大の字で床に寝ていると、クラリスが起き上がって俺の後始末をしようと口に咥える。 最近はいつもそうだ、最初は何となく恥ずかしかったけど、気持ちイイのでお願いしちゃってる。 俺は上半身だけ起き上がって、膝をついて腰を突き出している彼女に触れる。 口が塞がっている彼女は上目遣いで睨んでくるが、さっきまで二人で繋がっていた場所から俺のものを掻き出すように指を掻き回す。 「ん、んん」 クラリスは舌の動きを止めずに喘ぎ始める。 こんなに可愛いのに、どうして逢わないでいられたんだろう?俺ってバカだよなぁ。 彼女の口と仕種ですっかり元通りになった俺はクラリスの胸の先端をギュッと摘まむ。 それは、次への合図。 クラリスが俺の上に跨って身体を擦り付けて来る。 柔らかい胸が、つんと起った乳首が、まだ濡れているアソコが俺の肌の上を滑って何度も行き来していく。 彼女は軽いから、その感触だけがやけに伝わってくる。 そして、竿の上を襞が滑っていく、口の中ともアノ中とも違う、焦らされるような感覚に酔う。 クラリスの顔をグイっと引き寄せて、貪るようにキスをする。 彼女の口の中は俺の残滓が残っていて、それを舌で舐め取るように貪り尽くす。 そして、腰を押さえている両手の指が、彼女を焦らすように責める。さっきのお返しだ。 クラリスは俺のキスから逃げ出して睨んでくる。 そんな強気の瞳も可愛いと思う。 思わず抱きしめて耳元で囁く。 「早く挿入れて」 俺のおねだりに、彼女は眉間に皺を寄せながら腰を沈めていく。 彼女の他に女性を知らないけど、何度抱いても抱かれても、彼女の中は何て熱くて気持ちイイんだろう。 だから、彼女とは一度では終われない。 俺の上で上下に身体を、腰を振るクラリス。 揺れる胸を下から掬い上げるように捕まえて少し力を入れる。 そして、じっとしていられなくなって腰を動かす。 俺は謝る事をすっかり忘れてしまい、一晩中クラリスの身体に溺れてしまった。 もちろん、次の日の朝、ちゃんと謝ったさ! 何をって・・・怒鳴った事と昨夜の事を。 2年目9月5日 今日は図書館で借りてきた参考書を読みながらちよっぴり危険な調合に挑戦だ! 火薬系のアイテムは高値で売れるんだよなぁ・・・ふふふ。 そして、下心が祟ったのか、はたまた実力か、見事に調合に失敗した。 工房は煤だらけ、器具も幾つか使えなくなっちまった。とほほ・・・。 「これは一体・・・何の調合に失敗したんですか?この匂いは・・・判りました、メガフラムですね?また無謀な事を」 以上がクラリスが工房の有り様を見て言った一言、さすが主席、正解です。 「無謀?ハイレベルに挑戦する勇気と言ってくれ!」 過去最大級の調合の失敗に俺は自棄になり、開き直っていた。 「今までレベル4がやっとの人がいきなりレベル7に挑戦する事を勇気とは言わないと思います」 冷静なご指摘ありがとう。君の言う通りさ。 「でも、おかしいなぁ。参考書の通りにやったのに・・・」 俺は辛うじて被害を免れた参考書を開いて読み返す。 クラリスは座っている俺の後ろから覗き込むようにして見る。 おい、胸が肩にあたってるぞ。 「材料に間違いはありませんでしたか?」 彼女が耳元で囁くように喋る、誘ってんのか?クラリス。 「お、おう!フラムを2・燃える砂を3・ロウを1、間違いないとも!」 立っている彼女は俺を見下ろしながら更に聞いてくる。 「きちんと天秤で計量しました?」 「俺、天秤持ってない」 クラリスは長い溜息をついた。 「器具が揃っていなければ失敗する確立も高くなります。錬金術の初歩じゃありませんか。特に火薬系のアイテムの場合、細かい材料を使うので天秤は必須器具ですよ」 判ってますよ、でも買えないんだい!俺はビンボーなの! まったく、イングリド先生みたいな事言って。 「あんまり煩いとこの口を塞ぞ」 と言った俺は既にクラリスの顎を掴んで唇を塞いでいた。 離れた顔をふと、見ると彼女はしかめっ面をしていて、顎と頬に黒い物が付いている。 「何だコレ?」 取ろうとした俺の指先は真っ黒、成る程、原因は俺か。 「まったくもう、さっさとお風呂に入ってください」 俺が触れた所をハンカチで拭きながらクラリスはご立腹だ。 そんなクラリスに俺はギュッと抱きついた。 「一緒にはいろ!」 ニコニコ笑いながら誘う俺をクラリスは一睨みして来た。 「あなたという人は・・・」 そしてため息をついて降参!やったね! ザールブルグではどの家にも井戸がある。 工房をざっと片付けてから、井戸水を汲み上げて大きな釜で湯を沸かす。 そしてそれをバスタブに移し変える。結構な手間だ。 だから、普通の人は夏は水浴び程度で済ますし、冬は一週間に一度くらいしか入らない。 しかし、今回俺はかなり煤けてしまっていたらしく、まず井戸の傍で服を着たまま冷たい水を浴びせられた。 「まず、ざっと落とさないと」 クラリスは容赦なく井戸水を浴びせ掛ける。 「髪はどうしますか?お湯で洗います?」 「いや、水でいい」 俺は髪を束ねていた紐を解いて水で髪を洗い出す。 「あなたのような人にしては髪の手入れはきちんとされてますね」 クラリスが感心したように俺が髪を洗う様を見ている。 「まあな、長い付き合いだから」 クラリスは何か考え込んでいたようで隙だらけだった、俺は髪に掛けようと思っていた水を彼女に掛けた。 「な、何をするんですか!」 「えー、だって一緒に入るんだしいいじゃん。服も汚れてるから洗わないと」 唖然とするクラリスに悪戯っぽく笑いかける。 「本当にあなたと言う人は・・・」 外で服を着たまま水を浴びた俺たちは、びしょびしょになりながら部屋に戻って、丁度沸き始めたお湯を運んだ。 「本気で一緒に入るおつもりですか?狭いのでは?」 「へーきだよ、重なってれば」 まあね、バスタブは普通は一人で使うもんだけどさ、俺はそんなに大きくないしクラリスは小柄だから結構余裕だと思うんだけど。 もちろん、風呂に入るためだけに誘ったんじゃないし。 「来いよ」 俺はさっさと脱いでお湯に浸かる。 夏とは言え、井戸水は冷たい。お湯って暖まるなぁ。 のんびりお湯に浸かりながら、クラリスが躊躇いながら濡れた服を脱いで干していくのを見ていた。 そう言えばこいつとこんな風になってもうすぐ一年かぁ。 あの時も濡れてたよなぁ・・・あれからクラリスは少し背が伸びて少し胸が大きくなって髪が随分伸びた。 全部脱いだクラリスは手で胸元を隠しながら少し恥ずかしそうに近づいてくる。 何を今更、って感じだけど、女性が恥らう仕種というのは可愛くて色っぽいもんだな。 「ほら、おいで」 手を差し伸べる。 服を脱いでいる時に気づいた胸についた跡、こういうものに気づくとその時の事まで思い出してしまって恥ずかしくなる。 思わず手で隠してしまったけど、彼はそれを面白そうに見ている。 「ほら、おいで」 伸ばされた手にそっと手を重ねると力強く引き寄せられる。 求められているという事はとても嬉しい、私も同じだから。 彼とこうして過ごすようになって350日が経つ。 こんなに続くなんて正直信じられない。 冷たい自分の身体を彼に摺り寄せる。 彼の身体は温かくて、微笑みは優しくて・・・このまま時が止まってしまえばいいのに。 いつも誘うのは俺の方からだけど、積極的に動くのは彼女の方が多い。 今回もそう、俺の上にうつ伏せに跨った彼女は首に腕を廻し、唇を重ねて来て、胸を擦りつけるようにしてくる。 彼女の白い身体を見ていて元気になった俺は彼女に充てて主張する。 クラリスが腰を浮かせた所へ手で押さえながら浅く抜き差しを繰り返して焦らしてみる。 目を閉じて感触に浸っていたクラリスが黙って睨んでくる。 ハイハイ、あんまりイジワルしないようにするよ。 グッと最奥を突く。 「はあっん」 色っぽい声にそのままイッちゃいそうになる。 ああ、いい、こいつの中ってサイコー。 お湯の中でいつもより緩慢になる動きに何となく焦れながら、それを埋め合わせるように長くて深いキスをする。 あ、いきそう。 「はぁっ、クラリス、いい?」 「・・・ええ・・・」 二人の動きがピクリと止まってガクンとバスタブに沈む。 荒い息を整えながら、このままじゃ上せるなぁと思ったので、まだぼぉっとしているクラリスを抱き上げて出る。 濡れたままベッドに下ろしてタオルを掛ける。 俺も自分の身体を拭きながら、探し物をする、確かここら辺に入れといたはずなんだけど・・・あった! クラリスはベッドの上に上半身を起こして身体を拭いている。 俺は髪を拭いてやり髪を梳かす、そして探し出した物を付けてやる。 「これは?」 「髪留めだよ、前にシアに貰ったんだけど、俺が付ける訳にも行かないだろう?女物だし、やるよ」 伸びてきたものなぁ髪、うん、似合ってるじゃないか。 「いいんですか?私が使っても」 「いいよ、俺が貰った奴なんだからどうしようと俺の自由だろ?」 手鏡を持って来て見せてやる。 鏡を覗いて青くて丸い髪留めを見ているクラリス、うーん、女の子っぽい、何も着ていないからそそるなぁ。 彼女の後ろから胸に手を伸ばして、剥き出しの肩にキスをする。 「あん!」 可愛い声、そのままゆっくりと胸を揉んで、ベッドの上に腰掛けた俺は膝の上にクラリスをのせる。 「足、開いて」 右手を膝に掛けて開かせようとしたら、くるりと振り向いて、向かい合わせになって抱きついてきた。 「こっちのほうが・・・」 そう言ってキスしてくる。 うーん、バックから攻めるのに未練はあるけど、まあ、顔が見えるし、いっか! 髪留めを三つも付けてしまったからベッドに押し倒す事も出来なくて(それなら止めろ何て言わないでくれ)、ベッドに座ったまま抱き合う。 「貰ってくれるだろう?それ」 キスの合間に訊ねてみると。 「ええ」 と、答えてくれた、良かった。 貰ってくれるのは嬉しいけど、本当に喜んでくれているのだろうか? クラリスはポーカーフェイスというか、あまり笑ったりしないのでよく判らない。 人を馬鹿にするように唇の端を上げて笑う事は在るけど(これはせせら笑いって奴だよな)目尻を下げてにっこり、なんて笑い方は見たことが無いぞ、そう言えば。 怒ったり、困ったり、呆れたり、人を見下したりしている顔は見たことが在るけど、うーん、クラリスの笑顔・・・見てみたいかも。 感じている顔も可愛いんだけどさ、ちょっと眉間に皺がよっているよなぁ。 俺は腰を振りながらもそんな事を考えていた。 2年目11月7日 9月の末に王立騎士団の討伐隊に便乗して、ストルデルの滝に行ってかごを一杯にしてからというもの、採取と調合に明け暮れていたら、いつの間にかちょっぴり貧乏から脱出していた。 アイテムもレベル4の完成率が高くなって来たし、飛翔亭からの依頼も受けられる物が結構出てきた。 もちろん、シアが簡単なアイテムに高い金を出してくれた事も大いに役立っている。 結構ご機嫌で飛翔亭を出ようとしていたら、看板娘のフレアさんに呼び止められた。 ええ?デアヒメルって、あのデアヒメル? どうやらフレアさんの所に巷で噂の怪盗デアヒメルから予告状が来たという話。 護衛を頼まれたけど、俺にどうしろと言うんだ。 狙われている宝石箱の番をしているくらいならいいけど・・・。 ほら、やっぱり・・・やられちゃった、だから俺は騎士でも冒険者でもないのに・・・しくしく・・・。 デアヒメルが変装の名人だったとは、すっかり騙されちまった、だってフレアさんそっくりだったんだよ! あー、思い返すと何だか悔しい! いつか、必ず捕まえてやる!! 2年目11月10日 武器屋のオヤジからなんと育毛剤の依頼! そうか、武器屋に行くたび、何だか妙な視線を感じると思ったら、ヘンな趣味じゃなくて俺の長い髪を見ていた訳か。 何となく納得してホッとした。 図書館で参考書を探してみると『生命の神秘』とかいう本に何故か育毛剤の記述があった、不思議だ。 まあ、何にせよ挑戦してみるか! 2年目11月22日 武器屋のオヤジに薬を渡して、工房に戻ると知り合いの冒険者のミューが待っていた。 かなり南の国からやって来ている彼女は褐色の肌をしたけっこう綺麗なお姉さんだ。 ちょっとぼんやりしているけど、ルーウェンなんかよりはよっぽど頼りになるので最近よく護衛を頼んでいた。 何より護衛費がルーウェンの次に安いのだ! くしゃみを連発していたので、残念ながら俺には風邪薬の処方など出来ないと言ってやると、そうじゃないという。 「何か暖かくなるモノォ?」 あまりにも漠然とした依頼なので俺は途方に暮れてしまった。 彼女にとってザールブルグの冬は寒くてたまらないらしい。 先日の武器屋のオヤジといい、最近は何だか変な依頼が多いなぁ。 「何か考えとくよ」 この依頼がきっかけで新しいアイテムの開発に繋がるかもしれないし、と思いながら依頼を受けた。 クラリスに依頼の話をすると。 「相変わらず無謀ですね」 と呆れていたけど。 そんなクラリスに、今日は借りてきた本について教えを乞う。 『魂の秘術』という参考書は物に命を吹き込む方法などという荒業について書かれているが、俺にはこの理論がよく判らない。 一晩かかってご丁寧な解説を賜った。 俺達はいつも寝てばっかりいる訳じゃないんだぞ、こういう日もたまにはある。たまにね。