「あのさ、クライス♪」
学校でマルローネさんに声を掛けられました。
ちょっと甘える様な声は何かを強請るつもりのようです。
「・・・今度は何を聞きにいらしたんですか?」
以前、在籍をかけた課題の時に色々お教えしてからというもの、マルローネさんは遠慮なく私に物を尋ねて来るようになった。
年上のくせに下級生の私に恥ずかしげもなく尋ねて来るとは、些か情けない。
いくら私の方が優秀であるとは言え。
「えへへ、実は卒業試験の事で相談したい事があってさ」
尋ねると少し頭を掻きながら苦笑しています、私の読みが当たったようですね。
「卒業試験?もうそんな時期ですか?」
『卒業』という言葉に驚いた事を誤魔化すように、いつもの癖である眼鏡に手をかけた。
確かに彼女は最上級生ですし、卒業はあと数ヵ月後に迫っています。
驚いた、と言うよりも吃驚したと言う方が正しいのかもしれません。
マルローネさんがこの学校を卒業して私の前から居なくなる・・・どうして当たり前のことに吃驚するんでしょうか?
「ちょっと早いけどね。あたしの場合、今から準備しといた方がいいかなって思ってさ」
明るい笑顔を向けて答えるマルローネさんに私は何だか腹立たしくなってきました。
卒業を楽しみに待っている彼女に怒りを感じる。
ですが、そんな感情を表に出す事もなく、私はいつもの様に事務的に言葉を返していました。
「そうですね、では今週末にでも私の家にいらっしゃいませんか?」
「わかった」
「キチンと材料を量りましたね?ではまず卵黄と砂糖の半分をボウルに入れて泡立てて下さい。湯煎を忘れてはいけませんよ」
自宅のキッチンでマルローネさんに手取り足取り手順を教えていく。
ポニーテールにしている彼女の露になった項に息が掛かるほどの傍で。
生暖かい息を感じて、マルローネさんの背中がゾクっと震えたようになる。
「卵白は冷たいままで泡立て始めた方が肌理が細かくなるんですよ。砂糖は2・3回に分けて入れるんです」
冷蔵庫から取り出した卵白の入った金属のボウルを彼女の露な腕に触れさせて、冷たさを感じ取らせる。
ビクッと反応する体。
マルローネさんの後ろに立って指示を出していると彼女の体を捕える事は容易に思える。
すぐ傍にある魅惑的な肢体・・・エプロンの下はタンクトップのシャツとショートパンツ、腕や脚が露な上に豊かな胸の谷間すら覗いている。
相変わらず無防備に肌を曝す人ですね。
「その二つを混ぜたものに、薄力粉にココアパウダーを入れてから篩いにかけながら混ぜていくんです。さっくりと混ぜるんですよ」
生地を混ぜ始めた彼女の手付きが重く遅い。
いつもはこういった力仕事を難なくこなす筈の彼女が。
いつもと違う私の過剰なボディタッチに戸惑っているのだろうか?
泡立て器を持つ手を取って一緒にかき混ぜる。
「そんなにもたついていてはいけませんよ、手早くです」
マルローネさんの右手を握り締めながら泡立て器を一緒に動かす。
私の体を彼女の背中にぴったりと合わせながら。
「その位でいいでしょう。次は溶かしバターを半分に分けて入れて下さい。さっくりとね」
私が彼女の体から離れて、マルローネさんがホッとした事に気づく。
それが腹立たしい。
どうして私は今まで何もしなかったんでしょうか?
『優秀で親切な後輩』の地位に半年以上も甘んじたままで。
彼女が卒業してしまえばこんな風に一緒にいる事すら出来なくなってしまうだろうに。
「どう?」
「結構ですね」
練りあがった生地を見せたマルローネさんにOKを出すと、彼女は楽しそうに型に流し込んでオーブンに入れた。
楽しそうに鼻歌を歌いだす彼女の笑顔を見るのがこれっきりになるなんて嫌だ。
「焼きあがるまでに飾りの用意をしておきましょう。キルシュを出してクリームとソースを作りませんと」
マルローネさんを促すと彼女は「わかったわ」と頷いて、チョコレートを刻み始めた。
「焦げないようにして生クリームと混ぜるんですよ。火は強すぎないように注意して」
私が細々と注意する事に最近のマルローネさんは文句を言わなくなった。
最初の頃は『一々煩いわねぇ』とか『男の癖に細かすぎるわよ』と言い返していたものだが。
それでも文句を言いながら私に尋ねてくる事を止めない彼女は、私に信頼以外のものを置いてくれていると思ってはいけないのだ
ろうか。
「鍋の周辺に泡が立ち始めたらバターを加えて下さい。沸騰させてはいけませんよ、風味が飛んでしまいますから」
声をかけながら彼女の項に顔を寄せて舌を這わせる。
左手をエプロンの下にある胸に伸ばしながら。
「あの・・・クライス?」
戸惑ったマルローネさんの声が掛かる。
でも私の手の動きは止まる事がない。
「なんですか?」
留まる事がない私の舌は彼女の肩まで下りて、左手は既にタンクトップの下に潜り込んで直接彼女の乳房を握り締めていた。
平然と尋ねた私にマルローネさんはどう言おうかと一瞬迷っていたようだが
「・・・やめてよ。まだ終わってないのに」
「終わった後ならいいんですか?後は飾りつけだけですよ。これと同じキルシュを飾り付けるだけ」
豊かな乳房の尖端をキュッと指で摘み上げるとマルローネさんは「ああん」と甘い声を上げる。
『サクランボ』とはまさに打ってつけの例えですね。
「いいなんて言ってないよ、あたし」
少し赤い顔をして息を乱しながらマルローネさんが抗議して来ますが。
「でも、抵抗なさいませんね」
さっきから私が彼女の体に触れて挑発してもマルローネさんは拒絶しなかった。
それは彼女も私と同じ考えで、同じ気持ちなのだと、思う。
「だって・・・それは・・・」
言いよどんだマルローネさんの口を唇で塞ぐ。
どうしてもっと早くにこうしなかったのか。
互いに好意を持っているのなら、こうする事は自然で当たり前の事なのに。
私は男で彼女が女ならば。
「貴女も私もずっとこうなる事を望んでいたはずです」
マルローネさんのショートパンツを下ろして彼女の上体をキッチンの台の上にうつ伏せに組み敷く。
露になって突き出した腰に私はさっきから熱くなっていたモノを押し当てて、そして・・・。
「ああっ、クライス!」
「マルローネさん、マリー・・・」
マリー、ずっとそう呼んでみたかった。
マルローネさんなどと堅苦しくなく。
マリー、私のマリー。
「ああっ、マリー」
鍋のチョコレートソースが焦げた匂いをさせている。
オーブンのタイマーが鳴り響く。
いつまで経っても鳴り止まない。
「・・・夢ですか」
オーブンのタイマーの正体は目覚まし、チョコレートソースの焦げた匂いの正体はどうやら姉さんが焼いているトーストのようです。
あんな夢を見るなんて。
夢は個人の願望だと言いますが、私はあんな事を願っていたのか?
キッチンでなんて、ちゃんとしたベッドではなく、いやいや、そうじゃなくて!
あの人にそんな事をしようとする欲望が自分の中にある事を今までは認めたくなかったのに。
自分は邪な欲望の目で彼女を見ているような、そんな他の男達とは違うと思っていたのに。
そう思っていたからこそ、彼女に何も言えずにいました。
はっきりと口にする事すら躊躇われるものを口にするべきではないと。
でも、このままだと何も進展はしない。
あの鈍くて疎いマルローネさん相手ではね。
「あのさ、クライス♪」
自覚させられた私に、マルローネさんは今日も明るく声をかけてきます。
「・・・今度は何を聞きにいらしたんですか?」
少し、声が強張るのは今朝の夢のショックからまだ立ち直れていないせいだと思う。
「えへへ、実は卒業試験の事で相談したい事があってさ」
「卒業試験?もうそんな時期ですか?」
既視感のある会話だ。
眉間に皺が寄る。
「ちょっと早いけどね。あたしの場合、今から準備しといた方がいいかなって思ってさ」
えへへ、と笑う彼女に心の中に黒い靄が立ちこめる。
「そうですね、では今週末にでも私の家にいらっしゃいませんか?」
「わかった」
所詮、あれは夢でしかない。
あの通りに行くはずもないが、でも試してみる価値はあるかもしれない。
|