あたしはちょっと困った事になっていた。
進退これ谷まる、ってこの事かな?
後ろは壁・・・というか黒板だし、前にはアイツ。
今は放課後、帰宅部の生徒はとっくに帰り、部活の連中はクラブ活動に勤しんでいる頃。
校庭からは運動部の元気のよい掛け声が微かに聞こえてくるだけ。
誰もいない教室の中は妙に静かだ。
窓からの光がアイツのメガネを反射して表情がよく見えない、けど怒っているはず。
怒っているのは判るんだけど、理由が判らない。
何で?何でアイツはあんなに怒ってるのよ〜。
事の発端は、多分あたしの一言だと思うんだけど。
昼休みにあたしは屋上でのんびりとお弁当を食べていた。
本当は立ち入り禁止なんだけど、そこはまぁ、ね、3年にもなればこっそり入り込む事くらい。
そこへアイツがやって来た、1年生のクライス・キュール。
何でかって?
そりゃあ、あたしとクライスはその・・・付き合っているからでしょう。
それも大人のお付き合いってヤツを。
ゲーセンでナンパされたのがキッカケだったんだけど、その時は年下だなんて知らなくて。
大体、ナンパされて乗ったのは初めてだったし、とーぜんアレも。
初対面のヤツとそんな事するなんて自分が信じられなくなりそうだった。
アイツときたら平気な顔してホテルに入って呆然としていたあたしは気付くと裸でベッドにいた。
あまりにも手馴れているからすごい遊び人かと思ったら、行為はぎこちなかくて、そんなキャップが可愛くて、イイかな?なんて思っちゃったワケ。
付き合い始めて、アイツが年下でそれも同じ学校だって知って・・・何となく続いてる。
でも2人が付き合っているのは皆にはナイショ!
だって、1年と付き合ってるなんて恥ずかしくって。
アイツは学校では真面目な主席の優等生だし、あたしはサボってばかりいるような問題児だし。
たまにこうして昼休みに屋上で会ったり、放課後待ち合わせてデートするくらい。
それで屋上にやって来たアイツは何だか不機嫌そうに聞いてきたの。
「夏休みにバイトするって本当ですか?」
「うん」
あたしは親友のシアと一緒に夏休み1週間だけ海の家でバイトすることになっていた。
「来年は受験なのに随分と余裕ですね」
「いいでしょ!1週間だけだし」
嫌味なアイツの言い方にカチンときたけど、あたしの成績が進学出来るほど立派なものじゃない事は本人のあたしが一番知ってるわよ。
でも短期だし、バイトして新しい服を買うんだもん。
「それに、エンデルク先輩がバイトしてるトコだし、ウフッ」
クライスは知らないけど2年前に卒業した先輩は物凄く人気があったカッコイイ人なんだから。
別に付き合いたいとか思ってるわけじゃないけど、バイト先が一緒っていうだけでもトキメクものがあるわよねぇ。
それにしても誰にバイトの事聞いたんだろ?
シアかな?
あの子だけはあたし達が付き合ってること知ってるから。
「あなたと言う人は・・・」
クライスが更に何か言おうとした時、チャイムが鳴った。
ラッキー!クライスの嫌味を聞くのはゴメンだわ。
「授業が始まる〜またね〜」
あたしは憮然としているクライスから逃げ出して教室に向かった。
そして放課後、昼休みの件をすっかり忘れてしまったあたしは急いで帰り支度をしていた。
だって、今タッキーのドラマの再放送をやってるんだもん。
これが始まってから平日はデートもしていない。
「シア〜帰ろ〜」
あたしは今日のタッキーに思いを馳せてルンルン気分でいた。
「マルローネさん!」
そこへクライスが来たのだ、今まであたしの教室に来た事なんて一度も無かったのに。
何だか物凄く怒っている顔をして。
入り口から窓際のあたしの席に近づいてくる彼を見て、あたしは何だか恐くなってしまった。
カバンを置いて窓から逃亡を図ってしまうほど。
ちなみに教室は1階よ、もちろん。
かくしてあたしとクライスの校内追いかけっこが始まった。
走りながらあたしは何でクライスがあんなに怒っているのか考えてみた。
バイトの事かな?
でも1週間だけだし、シアも一緒だし・・・何が不満なのか判らない。
いつもあたしの事をバカにして、嫌味なことばっかり言ってるクセに。
バイトするのだって、アイツとのデートの時の服を新調しようとしてんのに。
デートの時、着ていく服にいつもアイツは文句を言う。
『男の子みたいですね』とか『まるで水着ですね、ここは海でもプールでもありませんよ』とか。
仕方ないじゃないの、あたしはボーイッシュなヤツしか持っていないんだもん。
でも、あたしの成績に文句を言う事と服を貶す事以外ならクライスは優しい。
映画館でクーラーが効き過ぎて震えてるあたしに上着を黙って貸してくれたりするとことかベッドの中だけで呼んでくれる『マリー』っていう声も。
あたしがクライスの為にしようとしている事なのに、なんでアイツは怒るのよ。
あたしが教室を逃げ出してから、校庭・中庭・特別教室棟を走り回っているのにクライスはしつこく追いかけてくる。
勉強はイマイチでも体力には自信があるこのあたしに、あのガリ勉のクライスが。
ちょっと驚きでちょっと楽しい。
ここ1週間ほど放課後デートはお預けだったし・・・あたしのせいだけど。
学校であんまり大っぴらに逢えなかったし・・・これもあたしが言い出した事だけど。
みんなの前でこれだけ走り回っていたら隠していた事が水の泡よね。
2人で黙って走り回っているだけだけど・・・なんか愉快で楽しい。
もっと追いかけてきてよクライス、あたしの事をもっと。
調子に乗って走り回っていたあたしは、遂に追い詰められる事になった。
当然だけど。
すっかり息が上がってしまっているあたしは必死で呼吸を整えながら聞いてみる。
「な、何で追い掛け回すのよ」
「あなたが逃げるからです」
クライスも少しだけ息を切らしている。
「じゃあ、何でそんなに怒ってるワケ?」
近づいてくるクライスにあたしは聞く。
足はガクガクで再び走り出す力は残ってないし、背中は黒板、もう逃げられない。
楽しかった追いかけっこも終わりだわ。
「私がどうして怒っているか、あなたには判らないんですか?」
「判らないから聞いてるんじゃない。何が不満なのよ」
どうせあたしはバカですよ。
膨れているあたしの目の前まで来たクライスは逃げ出さないように黒板に両手をついてあたしを閉じ込めた。
もう逃げ出す気力もないのに。
「私はあなたが私の知らない所でバイトをする事や、アイドルに熱を上げてデートを断る事や付き合っている事を隠さなくてはならない事が不満ですね」
あたしはクライスの言葉に驚いてしまった。
バイトの事はともかく、デートを断ってる事だって、内緒にしたいって言った時も納得していたみたいだったのに。
「じゃあ、どうして今まで黙っていたのよ」
今になって文句を言うくらいなら、最初から言えば良いのに。
「あなたに嫌われると思ったんです、あまり縛り付ける様な事を言うと。でも、もう我慢出来ませんあなたは私のものです。誰にも渡さない」
クライスはそう言うと黒板についていた両手であたしをギュッと抱きしめてきた。
走り回ってすっかり汗をかいた彼のシャツにあたしの汗が吸い込まれてしまうくらいきつく。
あたしはクライスの背中に腕を回した。
クライスってば、すごいやきもちやきだったのね。
ちょっとビックリしたけど、ちょっと嬉しい・・・へへっ。
「マリー」
クライスに呼ばれて顔を上げると熱いキスをされる。
あたしをいつも夢中にさせてしまうクライスのキス。
クライスの手があたしのセーラー服の下からとスカートの下から入り込んでくる。
唇を解放されたあたしは慌てて抗議する。
「ちょっと、ここは学校よ」
誰か来たらどうすんのよ。
「大丈夫ですよ、誰も来ません」
そりゃあ、ここは音楽室で防音もされててドアや窓から中は覗けないけど。
「今まで散々私にお預けを食わせて置いて、私が我慢するとでも思っているんですか?」
お預けって、そんな。
「あなただって感じているくせに」
クライスってば、あたしの下着の上から触ってくる。
下着越しにも濡れているのが判るんだろう。
「そ、それは、走って汗かいたから・・・」
恥ずかしくなったあたしは言い訳なんてしてみるけど。
「汗ですか?」
クライスはにやりと笑ってる。
もう、意地悪な事言わないでよ、スケベ!
クライスはあたしを黒板に押し付けたまま下着を下ろしてしまう。
もう、好きにして。
クライスの指はあたしが一番感じる所を擦ってくる。
「あん、そこ・・・」
やだ、もう、声が出ちゃう。
クライスの指の動きはイヤらしい音を立てていて、我慢できなくなっちゃう。
「クライスゥ・・・」
目の前の彼を見上げて促すと、彼はズボンのベルトに手を掛けた。
そして待ち望んでいたもので満たされる。
ああっ、イイ・・・彼と一つになって快感を共にして・・・。
「マリー」
低くて掠れるようなクライスの声、あたしを求めている声。
大好き。
「んんん、クライス・・・ああん」
イカされた後に彼の物が放たれる。
「ちょっとぉ、中に出さないでよぉ・・・」
後始末が大変なのにぃ。
「でも今日は大丈夫な日でしょう?」
何でアンタがそんな事知ってるのよ!
真っ赤になって睨むあたしにクライスは
「一ヶ月も付き合っていれば排卵日くらいわかりますよ」
しれっと言うな、そんな事!
とりあずクライスの機嫌は直ったみたいだった、アレで。
次の日からあたし達の事は学校中にバレちゃったし、公認って仲になってクライスは満足のようだ。
でも、バイトの件は譲らないもんね。
理由を話したら、渋々オッケーしてくれたし。
でも、一緒にバイトするって言って、強引について来た。
シアったら「愛されてるわねマリー」なんて言うけど。
あたしに話しかけてくる男に片っ端からガン飛ばすのは止めて欲しい。
それに「露出の高い服は駄目です」って言って、この暑いのに袖のついたシャツを着されられてる。
だって、所構わずアト付けるんだもの、タンクトップが着れないのよ。
クライスがこんなに嫉妬深いヤツだったとは・・・。
まぁ、ちょっと嬉しいと思っちゃうあたしも駄目なのかしら。
だって、海ではセクシーな女の子達が一杯いるのよ、気になるじゃない。
恋って、こんなものなのかな。
思って思われて、でも気持ちの重さは常に一定ではなくって、まるでシーソーみたい。
コイツを好きでいる限り続くシーソーゲーム。
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