真実に微笑を 2 |
数日後の金曜の午後。 ある会社のサーバートラブルのコールが上がったため俺は結城さんと現地へ入った。 このサーバーは基幹業務のシステムが入っている。つまり、これが回復しなければ顧客の業務が再開できないということだ。このため回復作業は緊急を要するものとなった。 やはり結城さんはすごかった。現象からあらゆる可能性を考慮しそれらひとつひとつをテストして検証を行う。こういった業務システムやデータが蓄積されているサーバーなどはいわば顧客にとっては財産だ。従って、細心の注意と慎重さが必要とされる。 彼は黙々と作業をこなす。自分にはない経験というスキル。それをまざまざと見せつけられた気がした。 そんな彼に羨望を抱かずにいられるだろうか。 結局、結城さんの適切な対応で大事には至らなかった。顧客の業務も半日程度の遅れが出ただけで、データの破損も欠損もなかった。 俺は自分の無力さと不甲斐無さを改めて気付かざるを得なかった。 オフィスに戻り、溜まっているデスクワークを始める。なんとか切りのいいところまで終わらせたので、もう帰ろうか・・・などと思った矢先のことだった。 「もう、だいたい終わりだろう?」 突然の結城さんに問いかけられビックリして彼を見た。俺と同様事務処理をしていたはずの彼の机上はほぼ片付けられている。どうやら、先に一段落着いて俺のことを待っていたらしい。 他のメンバーは既に帰宅したり客先から直帰したりしていて、オフィスに残っているのは俺達2人だけだった。 「ええ。今日はこの辺にしようと思って・・・。」 俺はすっかりやる気を失っており本気で帰ろうと思い始めていた。結城さんにそう答えながら机上に散らばった書類をひとまとめにするためにかき集め、帰る準備を始める。 「じゃあ・・・飲みに行かないか?これから。」 思いがけない誘いの言葉に片付けていた俺の手が止まった。 「あ、既に予定があるよな。金曜の夜だし。突然誘って悪かった。」 結城さんが少し目を伏せて言った。少しがっかりしてくれた?・・・と思ってもいいのだろうか。全く現金なものだ。たったそれだけでさっきまでの辟易した気分が浮上してきた。俺はすかさず答える。 「予定なんてないですよ。行きましょう。あ、今片付けちゃいますからちょっと待って下さい。」 ばたばたと片づけする俺の様子を見て結城さんが微笑んだような気がした。 俺達が居酒屋へ入ったときには、ちょうど一次会を終えた人達と入れ違いくらいの時間帯だった。これから二次会へ向かうであろう若者達の集団が何組か入り口あたりに固まっていた。 明日は休みということもあり俺達はゆっくり時間を過ごした。2人で酒を飲み交わしながら、たくさんのことを語り合った。子どもの頃のこと、学生時代のこと、趣味のこと、結城さんが今まで手掛けた仕事のこと―。 「俺、結城さんのことすっごく尊敬してます。今日のサーバーの件だって結城さんだったから何事もなくて済んだんですよ。本当にすごいですよ。」 「そんなことないさ。お前だってもう少し経験を積めばいい技術員になるぞ。」 「俺は・・・俺なんかダメですよ。・・・結城さんみたいになれないよ。」 俺は自信がなくなってきて、俯きながらそう答えた。あなたのようになれないよ・・・。 視線を感じ顔を上げると、結城さんはやけに真剣な眼差しで俺を見つめていた。 少しの沈黙の後、結城さんは口を開いた。 「古河。俺はそんな立派な男じゃない。」 突然そう切り出されて、俺は聞き返す声が上ずってしまった。 「え?」 「俺は自分の家庭も守れなかったんだ・・・。」 「ゆ、結城さんって結婚して・・・・?」 「去年離婚した。娘が一人いるが、妻が引き取ってる。今年2歳になるんだ。」 「・・・そ、そうでしたか。・・・」 突然のことで俺はなんと言っていいかわからなかった。 結城さんは一瞬悲しそうな目をしたが、口元に僅かな自嘲を浮かべて言う。 「・・・当時、俺はスキルもそこそこついてきていて仕事が楽しくて仕方がなかった。ちょうど大きなプロジェクトも走っていたし。俺は仕事に懸かりっきりで家庭を顧みなかったのさ。一番協力してやらなくちゃいけない時だったのに。俺は自分のことしか考えていない最低な男なんだ。お前に尊敬されるような男じゃない。」 苦々しく言い切って、結城さんは手にしていたピールをぐいっと呷った。 そんな顔をしないでほしい。そんなあなたの辛そうな顔は見たくない。でもその反面、俺に打ち明けてくれたことが嬉しかった。 「古河。つまらない話をしたな。すまん。」 「そんな。あの・・・話してもらえて嬉しいです。」 「?おまえ・・・変な奴だな。」 それまで結城さんとは仕事のことしか話をしたことがなかった。俺はずっと前から彼といろんなことを話したいと思っていた。彼は俺の理想だった。彼のようになりたいと思った。 だが、彼と仕事をするうちにその感情に変化が起き始めた。 彼に対する渇仰と羨望は次第に同性に抱くには不自然な想いへと変貌を遂げた。 早く一人前になって彼に認められたい。彼と同じ土俵に立つために俺はがむしゃらに働いた。経験がものをいうこの世界。短期間にスキルを身に着けることなど簡単なことではないと充分わかっていても、彼への想いを断ち切ることはもうできなかった。優秀な彼と同じ目線で、対等の立場でいたい。彼にもっと近づきたい―。 しかし、どんなにがんばったところで、そんなわずかな一時的努力で一人前になれるわけがない。 俺は焦っていた。時間がない。 事実、残された彼との研修期間は1ヶ月を切っていた。 |
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すいませんっ・・・自分でも予想しない展開になってきました。 って結城さんあんたバツイチだったのね・・・。しかもお子さんまでいるし。 家庭をないがしろにした後悔を結城さんは抱えているんです。 古河、お前は若さでバーンとアタックするんだぞ!(笑) |
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