冷たい風吹く4




窓から差し込む光が、今の時刻がまだ夕刻だということを教えていた。
カーテンを引いても明るい部屋中に、不健康に湿った空気が澱む。

もう何度目だろうかこの男に抱かれるのは。
でも構うことはない。
誰もそれを咎め、気にする者はいないのだ。

「…くっ…あ…んっ……はぁっ」
場末のビジネスホテルのシングルベッド。
横たわった御木の上で、慎吾は腰を振りたて、悶えていた。
慎吾が動くたびに、安物のベッドがギシギシと悲鳴を上げる。
「…イイぜ…もっとケツ振れよ」
御木の興奮して荒くなった鼻息、掠れた声が慎吾を追い詰めた。
「んはぁ…あぁっ」
ぐちぐちと卑猥な音を立てるソコを指先で撫でられ、
慎吾はひときわ高い鳴き声をあげた。
暖房をかけた部屋の暑さに、互いに触れ合った場所に汗が溜まっていく。
ヌルヌルと汗みずくになって、絡み合い、欲望のままに求め合う。

目を瞑っていれば、相手が誰だかなんて関係ない。
ただ自分の内に穿たれた楔から生まれる、快感だけを感じるのだ。
そう思うのに、瞑った目の奥にチラつくのは中里の姿。
優しい笑みを浮かべ自分を呼ぶ中里。
思い出すだけで、全身が火照ったように熱くなる。

でもそれはすぐに慎吾に冷めた視線を送る中里の姿に変ってしまう。
それが耐え切れなくて、必死で取り戻そうとするのに、
1度変ってしまったその姿は、元には戻らなかった。

あの事があってから、初めて中里に抱かれた夜。
中里は慎吾の肌についた跡に、気付いた。
中里自身は付けたはずのない跡。
それは慎吾が他の者に抱かれたことの証だった。
それを問い詰められたなら、なんと答えてよいのか、わからなかっただろうけれど、
それでもきっと自分は喜びに震えただろう。
いっそ詰られ、乱暴に扱われたなら、自分は幸せを感じただろう。

でも…。
中里はそうはしなかった。
一瞬、自分を愛撫する手が止まり、奇妙で重苦しい沈黙が自分達の間に流れて…。
すぐにそのまま、何も無かったかのように行為は続けられた。
中里は、何も言わなかった。
ただその跡を避けるように、口付けた。
そして何の感情も読み取れない、あの瞳。
真っ黒で優しいあの中里のものだとは、到底思えないような、
冷たい眼だった。
慎吾は中里の腕の中、歓喜の声を上げながら、それとは違う涙を流した。
冷たくて冷たくて。
燃え上がった身体には、身が竦むような涙だった。



情事の後、別に何の感情も介在しないそこには、ただけだるさだけが漂う。
2人は互いに背を向けたまま、煙草を吸うのがお決まりとなっていた。
慎吾は白地に赤の見慣れた煙草の箱を弄び、ボンヤリと吐き出した煙を眺めていた。

「なぁ…お前ぇ」
御木がふと口を開く。
「いつからやってんだ?」
それが『売り』のことであることは、聞かなくてもわかった。

御木の態度が最初の時から、少しずつ変ってきているのを、慎吾は知っていた。
それは慎吾を独占したがっているようにも思えた。
事実御木は慎吾を知りたがり、中里を意識していた。

時々こうやって勘違いをするヤツはいるのだ。
慎吾は興味無さ気に緩く振り向いた。
慎吾にとってこの男は、金こそ受け取っていないが、それと同じだった。
テープで脅され、金を払う代わりに、身体で払っている。
そこに愛があると思うのか。バカバカしい。
そう思いながらも、どういうわけか、
慎吾の中に奇妙な感覚が生まれているのも、また事実だった。
今なぜだかこの男といる方が、中里といるよりもずっと楽だった。
「チューボーん時」
「なんで?」
「レイプされて、終わってみたら金が置いてあってよ
笑うぜ。俺そん時まで、ずっと細っせぇの気にしてたんだぜ。
でもよ。それが金になるって知っちまった」
「今でもやってんのか?」
「バッカじゃねぇの?今やってんじゃんよ」
ククッと喉の奥で笑い声を上げる。

勘違いすんなよ…。御木。
やんわりと釘を刺す。
そうやって牽制してやること自体が、以前の自分とは違っていることに、
慎吾は気付いてはいなかった。
以前の自分なら、牽制などしないで、ある日突然バッサリと切り捨てただろう。
切り捨てられた者のことなど、省みもしなかった。
自分は自分の為に抱かれ、相手は相手自身の為に自分を抱く。
それだけだ、と。

ふと温かなものが背中に触れた。
腕が回り、背後からきつく抱きしめられる。
項に熱い唇の感触。
「キモいことしてんなよ」
素っ気無く言いながら、慎吾はその腕を振り解こうとはしなかった。
「いいじゃねぇか。俺は客だろう?」
御木が軽口を叩く。
この男は今どんな顔をしているのだろうか。
そう思いながら、慎吾にはそれがはっきりとわかった。

きっと切なげに眉をひそめ、
自嘲するように口の端を歪めているのだろう。
ああ。わかった。
どうしてこの男といることが楽なのか。

この男も報われない恋をしているのだ。
自分を求めているくせに、それを素直には口に出来ない関係を、
その手で作り出してしまったことに、焦れているのだ。
まったくお笑いだ…。
慎吾は内心で低く呟いた。

情事の後の、奇妙だけれど心地よい、沈黙。
こういうのを甘い雰囲気っていうんだろうか。
そんなことを思う。
「なぁ…御木」
腕の中に収まったまま、慎吾は静かに問い掛ける。
「なんだ?」
「俺の身体。気持ちイイか?」
「あ?…決まってんだろサイコーだぜ」
「そうか…」
慎吾はその答えに薄く笑った。
そうか。それならば。
それならば今少しの間、中里との関係は続くかもしれない。
例え中里が自分と言う人間を軽蔑していたとしても。
今の自分に何か価値があるとすれば、それはこの身体。
ケツの穴野郎だからな…俺は。

「…おい!」
突然に荒々しくベッドに身体を押し付けられ、御木が覆い被さってくる。
その眼には明らかな情欲の炎。
先程のまでの柔らかな空気が一変する。
馬鹿な男だ。
きっと慎吾が中里のことを考えていたことを察したのだろう。
だが貪るように自分の身体を弄る御木の腕が、慎吾をも高ぶらせる。
本気とも演技ともつかない嬌声を放ちながら、慎吾は思った。
似たモノ同士傷舐めあうのも悪くねぇ…。

「あ…んっやぁ」
いつにも増して、しつこく責め立てる御木の手に焦れた慎吾は、
甘く抗議の声を立てた。
だが御木は許そうとはしなかった。
慎吾の蕾がヒクヒク痙攣をし始め、先程注ぎ込まれた御木の精液が、
トロリと内から零れ落ちる。
「…み…きっ」
早くとばかりに自ら受け入れる体制を取る。
「ああぁっ」
御木の猛ったモノが突き入れられるとばかり思っていたソコに、
冷たい異物が挿入れられた。
「やっ…なん…だよっ」
御木は無言で手の中の物を振って見せる。
そこには小さなリモコンが握られていた。
「やめっ…んんっあ」
ヴヴッと微かな電子音が、部屋の中響く。
「ああっ…やだっ…な…んでっ」
「なぁ慎吾。思い出せよ…。俺の言うこと聞かねぇとダメなんだろう?」
ヘラヘラとした口調とは裏腹の、深く沈んだ眼の色。
逆らえないことを、慎吾は感じた。

体内に埋められたものをそのままに、慎吾は服を着せられ、
御木のセリカのナビシートに納まった。
時折、御木の気が向くままにスイッチが入れられる。
その度にビクリと動く慎吾を面白そうに眺めながら、
どこへいくとも言わずに御木は車を走らせた。
「はっ…へ…たくそっ…もっと静かに…走らせ…ろよっ」
慎吾から見ると御木の運転はお世辞にも上手いとは言えない上に、
御木が急ブレーキを踏むたびに、埋められた異物がその存在を主張する。
「おいっ御木っ…どこ…向かってんだよ!」
窓の外など見ているようで見えていなかった慎吾だったが、
流石に見慣れた風景が目に入って来るにしたがって、御木の向かっている所が、
慎吾には馴染み深い場所であることを察した。
「あぁ?言わなくてもわかんだろぉ?」
「な…っ」
「ちっと早ぇけどよ。いるんじゃねぇ?」
御木が無表情のまま答える。
道路標識には『妙義』の文字。
御木が「いる」と言う人物が誰であるかもわかった。
「何…するつもりだ…よっ」
約束が違う…。
言わないという約束で、ここまでしたがってきたのに。
「んんっ…はぁっ」
御木を睨みつけ、シートベルトを外そうと金具に手をかけた途端、
スイッチが限界まで入った。
身体を震わせる慎吾に御木は言い放った。
「お前ぇが妙な行動とらなきゃバレねぇよ。せいぜい頑張るんだな…」

「よぉ…久しぶりだなぁ」
駐車場に入り、手近なところに止めた御木が、わざとらしく中里に近づいていく。
もしかしたらまだ来ていないかもしれないという慎吾の甘い期待は見事に裏切られた。
中里はすでに2,3本走り終えたのか、缶コーヒーを片手に愛車にもたれて、
自分達の乗ったセリカが入ってくるのを見ていた。
まさか隣に自分が乗っているなどとは思ってもみないだろう…。
「おい。来いよ…」
この期に及んで、グズグズと車から出るのを渋っていた慎吾に、
容赦なく御木が声をかける。
「よぉ…」
ノロノロと車内から出てきた自分の姿に、流石に中里が目を見開く。
「お前……」
御木と慎吾の顔を見比べながら、中里が呟いた。
だがすぐにいつもの顔に戻った中里が、当り障りの無い話題を振ってくる。
「どうした?EG6は調子悪いのか?」
「あ。…ああ。まぁな」
「そうか」
「…毅。…ンッ」
終わってしまいそうな話に焦れて、慎吾が話し掛けようとした瞬間に、
今まで止まっていた玩具に緩くスイッチが入る。
声は押さえたものの、小刻みな振動に膝が震える。
はぁ…と息を吐き出し、そのまま踵を返した。
中里に見られている前で、別の男に弄ばれている。
自分でも頬が上気してくるのがわかる。
上着に隠れたジーンズの中は痛いほどに張り詰め、
今すぐにでも達してしまいそうだった。
「どうした?気分でも悪ぃのかぁ?」
御木がニヤニヤと笑いながら慎吾の肩に手を回す。
「じゃあ帰るか。残念だなぁ」
そう言って促されるままに来た時と同じようにナビに乗り込む。
乗ってから、ふと中里の方を見ると、中里はすでに別のメンバーと談笑を始め、
1度も慎吾の方を振り返ることはなかった。

帰り道、御木が誰もいない駐車場に車を止めた。
シートを倒し、噛み付くようなキスをされる。
「慎吾…。アイツはお前を見ちゃいねぇよ…」
熱く囁く御木の声と、ザラザラとしたヒゲの感触。

流されてしまおうか…。
そうすれば、もっと楽なのだろうか…。




5へ続く


いや〜ん。ホントにハッピーエンドになるのかしら〜?
風邪引いて朦朧としながら書いてたら、やたらまったりモードだ…(笑)


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