cold 02



生まれ生まれ生まれ生まれて生の始に暗く、
死に死に死に死んで死の終に冥し





第二話『Dream Seeker』――――…セントラル・ルーム

 世界の救世主とさえ言われる、トイソルジャー達を説明するにあたり、筆頭にあげられる…。否、この言葉なしでは、彼らを語る事は不可能であろう。
 『フェノミナ』―――彼らが持つ特殊な力の総称を、そう呼ぶ。これは個人差があり、その能力も細部に別れ、分類されている。一般的に知られているのは、フェノミナ・クラフトと呼ばれる能力者である。力で破壊する、クラッシャーともいえる能力の持ち主。次に多いのは、フェノミナ・アゥゲ。この能力者は、瞳によって、トイを探索する能力を持っているが、戦闘能力は皆無に等しい。
 逆にフェノミナ・クラフトは、「患者」を発見する能力が、フェノミナ・アゥゲよりも劣っており、その為に、トイソルジャー達は常にコンビを組んで行動する。探索者と、破壊者の能力者が互いの能力の利点を生かして。
 …フェノミナ、とは後天的に目覚める、遺伝的な要素であるとされている。ある研究者は、現在の地球が持ちうる、あらゆる有害な物質が生み出した障害者だと言う。ある評論家は、人類が存続の為に生み出した新人類…進化した人間だと言う。
 とにかくも、このフェノミナの持ち主を捜すに当たって、研究者達はある一つの方法を発見した。フェノミナ、とは、身体から絶えず発せられている特殊な電波の事であり、(人間の体内にあるプラスマイナスの電子のように)それに反応する装置を、「核」を元に作り出した。この装置の中心には、組み直された「核」が埋め込まれていて、これの拒絶反応―――つまりこれを針で振らせて数値を計る訳だが(これをフェノミナ反応言う)――――によって、その人間がフェノミナを持っているか否かを判定できる。


「…マニュアル一応目は通しましたけど、…要するに、このフェノミナ反応を示す検査器を改良して、トイを探す機械を作ったんですね」
「ふぉう(そう)」
 こくん、と朝井女史…小夜子は頷いた。今口の中には焼きたてのトーストがくわえられており、そうするしかなかったからだ。
「……………で。それが、振り切れちゃった訳なんですね?」
 うんうん、と再び頷く。
「その針が、振り切れてしまった…と。これには、どれほどの信憑性があるんです?」
「…………どういう意味?」
 口からトーストを出して、小夜子は眉をひそめる。腰掛けていた椅子を回して、後ろに立っている新人に向かう。
「………それ、つまり私たちが作った機械が、脆いか、それとも上限の幅が狭いって言いたいん?」
「…あ、いや」
 男が口ごもったところを見ると、図星だったらしい。小夜子はそれを見ると目を伏せて大きなため息をついた。右手で食べかけのトーストを持ち、もう片方では今届けられたばかりの資料を手にしている。それを、かるく丸めてぽんぽん、と目の前に立つ男の肩を叩いた。
「………じゃぁ、言わせて貰うけど、君の持ってきたこの履歴書だって、どれだけの信憑性があるん?…片桐くん?どうして記入欄の名前の部分、書き込まれてへんの?」
「……………知らないんです」
「は?」
 大げさに聞き返して、数秒後に、小夜子はばつの悪そうな顔をした。片桐は少し悲しげに笑って、黙ってしまう。
「………そう、そうやね。この世界で自分自身の全てを知っている人間なんか、いんへんかったね……」
(……そうか、この片桐という男は、『自分の名前』に関わる記憶がないんか…)

 この世界は、もう一つ大きな問題を抱えていた。それが、『部分記憶欠乏症』である。…この病は、今だ専門家によって分析はされていないが、世界の人間のほとんどが掛かっていると言って過言ではない。この症状は、トイの現象とほぼ同時期に起こったものであったから、関連性が高いと目されている。

 かくいう小夜子も、二十代の半ば当たりが記憶があやふやだ。だが自分の履歴に付いて何一つ記憶は損なわれていない事を、常に安堵していた。…しかしこうやって、実際に己の名前さえ忘れてしまう人間もいたのか…。

「…ごめんなさい…」
「いえ、気にしていません」
「……………ねぇ、聞いてもええ?」
「なんです?」
 こく、と小夜子は唾を飲み込む。この憶測は、もしも肯定されれば、恐ろしい事になる。
「…………戸籍抄本や、ホストコンピューターに、アンタの名前はなかったんやね?」
「………………………ありませんでした」
 ふう、と小夜子はため息をついて、鼻の頭を強くもんだ。
「そう、つまり君は、その為にきたんか」
「ええ」
 くしゃ、と整髪料で整えられた髪をかき乱して、片桐は笑った。何かを、ふっきった笑顔だった。
「……貴方のように、ホストコンピューターとの接触を拒んだ者は、比較的記憶障害が軽いんです。社会的立場を失うのが怖くていつまでもうじうじとしていた結果が、この僕。自分が希薄になって行くんですよ。気が付いたら、僕の存在は社会を動かすただのコマの一つになっていた…」

 片桐の言うホストコンピューターとは、『ゼウス』…今や世界を統一させた史上最大のコンピューターだ。『ゼウス』は人々のあらゆるところにその端末をのばして、世界を把握している。どんな種類のコンピューターも、家庭用製品も、個人の持つ端末も、『ゼウス』に集結している。つまり『ゼウス』と接触を拒む、という事は、世界からも隔絶するという事だ。この研究所も、小夜子を初めここの研究者や、コンピューターは『ゼウス』との接続を間接的に拒絶しているから、普通に生活している人間は、その存在すら知らないだろう。しかし、おそらく片桐はどこからかこの研究所を突き止めたのだ。いつのまにか、『ゼウス』から…世界から消されてしまった、己の名前を探すために。

 どうしてでしょうね、と片桐は苦笑して小夜子に言った。
「どうして、誰もそれを不審に思わないんでしょう?…考える人が少ないんでしょう。まぁ、僕も実際自分がこんな目に遭わなければ、その危険性には気づかなかったんですけどね。…この研究所は、その謎に踏み込もうとしてる。人々がだんだんと『識別』されはじめなくなっている世界の謎に…」
 かつん、と片桐は一歩を踏み出す。小夜子の前に広がっている巨大なコンピューターを、ゆっくりと見上げる。
「だからここに思い切って来ました。でも、僕自身を消し去ってしまった機械に対して、絶対の信頼を抱くことなんて出来ません。…しかし、ここに雇われる者としては失格ですね、先程はすみませんでした、失礼な事言って…」
「ええよ、妄信的に機械の弾き出す数字を信じてる馬鹿よりはね」
 こんこん、と楽しそうに笑って小夜子はキーボードの縁を叩いた。
「このコンピューターね、ちょっと特殊なんや。『ゼウス』の端末なんやけど、こちら側に調教しなおしたから。必要なときは『ゼウス』から情報を取り入れられるけど、『ゼウス』からそれは出来ひん」
「どうしてです?」
「各企業のお偉いサンに頼み込んで、これは『家庭用コンピューター』で登録されてるからや」
 嘘でしょう…、と片桐は呆れ気味に呟いた。こんなにでかい家庭用がどこに存在するというのか…。
 にやり、と笑って立ち上がり、残りのトーストを口の中で処分すると、小夜子は片桐を奥の部屋へと案内した。


 2人は小さな個室に入る。そこは何もない…中央にテーブルが一つおかれているだけの、やけにシンプルな密室だった。窓もなく、空調の回る音と、煌々と照らす天井の照明だけが片桐を包み込む。
「………これは?」
「その、振り切れてしもうた“トイ探査機”や」
 小夜子に指し示された先には、テーブルと、その上にちょこんと置かれている何かの欠片しかない。
「………………ふりきれちゃったのレヴェルじゃ、ないじゃないですか」
「ん、上限は300に設定してたんやけどね」
「―――――――――――――……は?」
「聞こえへんかった?さ・ん・びゃ・く!!」
 その言葉に、片桐はさぁっと顔色を失った。
「ちょっと待ってください!!……つ・つまり、反フェノミナ反応をこれで計ったんですよね!?」
「そうや」
「―――――…や・やばいじゃないですか!!!!」
「やばいんや」
 トイの「核」が発するプレパ線が、人体に悪影響をもたらすのは、50。つまりその倍以上を示したわけだ。しゃべり出すトイの「核」の発するプレパ線の度数は、過去最高150。
「その倍がですよ!?もしかしたらそれ以上!!!!そんな所ほったらかしにしてたんですか!??政府は!?」
「隔離したから安全だとでも思ってるんやないの?うちの調査員が、他の仕事の帰り道に新作試してみよう、なんて遊び心ださへんかったら、誰も気づかなかったに違いないわ」
「………………どうするんです、ソレ。『クラッカー』に申請しておいた方がいいんじゃ……」
「もうすでに『破棄済み』に、忙しい彼らが動いてくれるとは思えん。無駄や。ま、一応トイソルジャーは派遣しといたんやけど」
「何人です?」
「一人」
「はあああぁぁぁぁ――――――――――――――?」
 すでに目の前にいる女性が、自分の上司であることを片桐は忘れてしまった声だった。
「何馬鹿なコトしてるんです!?そんな所に一人で!?コンビを組ませもせずに!?その人殺す気ですか!?」
「あら、大丈夫よ?」
「何でそんな事言えるんです!?下手したら、そこは『クラッカー』の先鋭部隊でも厳しい所じゃないですか!!」
 わたわたとせわしなくしゃべり続ける片桐を後目に、小夜子はくくく、と意地の悪い笑いを浮かべた。
「彼、『黒の騎士』やから」
「…………え?」
 それまでかみつくようだった片桐の表情が、すとんと緩んだ。
「…あの、有名な………?」
「そう、彼が付けてる黒の手袋は、ただの飾りなんかじゃないんよ。……ましてや他のトイソルジャー達のような、補助器…増幅器(ブースター)でもない」
 トイソルジャーたちの発するフェノミナは、何もしなかった場合は、まるで垂れ流しのように微弱に発せられている。これを、収束して、増幅させ、具現化(わかりやすく言えば、レーザー銃や、モノを良く切れる物騒な光の剣のようなものを造りだ)させてトイを破壊する。トイソルジャー達はそれぞれ、自分に合った設定をされた増幅器を身につけて、トイと対峙する。
 そのトイソルジャーの中でも、伝説的な強さを誇る者達がいる。それが、『五聖騎士』と呼ばれる五人の、ソルジャーとは一線を引かれる者達だ。彼らはその身に保持するフェノミナが、まず尋常でない。そして他を圧倒する技量。…その中でも、『黒の騎士』と呼ばれる者は、最強の力を持っていると言われている。
 手のひらで、欠片を弄んで小夜子は笑う。
「彼の持つ補助器はな、彼の一人だけに作られたん……」
 ぽん、と空に放り投げて、両手で受けとる。
「何故です」
「彼だけ特殊だったからや」
「………とくしゅ?」
 意味が分からない、という困惑顔の片桐を見て、小夜子は楽しそうに再び欠片を天井に投げる。片桐はそれを無意識に追う。瞳に眩しい白電球の光に反射して、一瞬欠片が何処に行ったのか分からなくなった。目を細めて探したその時には、すでに上司の両手に収まっている。
「……今頃火村センセ、楽しそうに仕事してはるんやろなぁ。久しぶりの感覚に舞い踊ってるかもしれへん」
「………朝井さん」
「ああ、悪かったね。しかしホンマに知らへんの?片桐クン」
「………知りません、」
 仕方ないなあ、と小夜子は唇を動かした。欠片を電球にかざして、片目をつぶる。そうすると、そこにうっすらと、透かし彫りにした目盛りを見て取ることが出来た。
「彼がいつもつけてる黒い革手袋はね…」
 くすくす…と小夜子は笑う。さっき通信した時の火村の声を思い出したからだ。通信機越しでも分かった楽しそうなあの声。必死に飛びつくのを押さえているような雰囲気を受けた。
 事情の分からない片桐は、不思議そうにそんな彼女を見つめている。


「…………制御装置なんよ」





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