cold 04


君といた曲 
忘れない 
今は…
Won`t you come out and play with me?






第四話−1『インターバル』――――”ゼウス”

 そこには、無数のカプセルが並んでいた。中で眠っている人間の身長も体型も、同様であるはずがないのに、カプセルは皆統一されている。遠く、かこん・がこんとモーター音が聞こえていた。そして、シューシューと、微かな息づかいも。毎日毎日、気の遠くなるほどあるカプセル一つ一つを、彼は点検し続けた。マザーコンピューター『ゼウス』にエラー音がなくとも。異常なしの文字が現れても。その行為をやめることはしなかった。

この光景を見るたびに、私は胸が苦しくなる。
こんな事、私は望んでいない。
私たちは、望んでいなかった……!


「……頼む…起きてくれ……誰か……」
中途半端に伸びた髪。それは薄暗い照明を受けると、透き通ってカラメル色に光る。猫を思わせる大きな瞳。化粧もしないのに、赤く彩られた唇。
着ている白衣の袖はない。動きやすいように、上着がノースリーブになっているのだ。胸元は詰め襟のようなモノと、もう一つ大きく開いたラフなデザインの2タイプがあり、男子は詰め襟を義務づけられている。しかし、息苦しいので、彼はいつも女性用の白衣の方を好んできていた。大きく開かれた胸元からは、ほっそりした鎖骨が覗く。左の二の腕に、刻まれた彼のコードネーム。


『W.P.D.R.−P09−ALICE』


――ワンダーランド・プロジェクト・ドリーマー・レイス−プロトタイプ09…アリス。
その痕を、アリスはそぅっと右の手のひらで撫でた。
このプロジェクトでの成功体は、もう一人いる。P03だ。彼の姉。たった一人の同胞は、ここには居ない。彼の言葉に、笑顔で返事をくれたりしない。彼を助ける為に、自ら犠牲となって眠ってしまった。
カツン、と。無数に地面で絡まるケーブルを避けて、足を進める。そして、彼はいつも最奥に眠るカプセルに語りかける。

「なぁ、起きてくれへんの?………」
もう、声もかれ果てた。
「…………こんなこと、もう、耐えられへん……」
ばん!と、ガラスケースを叩く。手のひらにひんやりとした感触だけが残る。びくともしない、この凍眠装置が憎らしくてたまらない。
「なぁ…。俺は、こんな事を望んだわけやないんや……」
ぽろぽろ……その温もりも、ケースが阻んで、静かに眠る彼女には届かない。
「俺達、自由になろうとしただけやないか…。こんなん、結局踊らされてるだけやんか………」
ぐぐ、と伸び放題の爪が、握り込んだ為に手のひらに食い込んだ。止まらない涙に赤い液体が混ざる。耐えきれず崩れ落ちたアリスの白衣に、所々小さな赤い華が咲いた。
「………俺は、姉ちゃんを裏切るんかもしれへんな…………」
そう言って、右手首のブレスレットに何かを語りかける。ビー!と警戒音が部屋中に鳴り響き、白かった照明がどぎつい赤に点滅しはじめる。

「……俺は、この世界を、破壊する……使者になる……」

意識を海へと沈める…――――
静かに、アリスは眠る……。
探し続けた『あの人』に会う為に。
代償として、記憶を失って。
『ゼウス』を、破壊する為に……―――――





第四話−2『ミラーハウス』――――”黒の騎士”

ただ、まるで呪縛のように、火村は彼から視線を外す事が出来なかった。
「―――アリス…?」
「そうデス。コノ世に崩壊をモタラス、青年デス。決して、目覚めサセてはイケナイ」
「―――――なぜ」
「……先程ハ、言いマセンでしたガ、もう一ツの条件トハ、コレに関するコトなのデスヨ」
苦々しいものを口に含んだように、途端にピエロの口調が鈍った。無言で、ピエロに先を促す…もちろん、視線はアリスに向けたままで。
「二つの条件トハ、一ツ「我々トイを傷ツケナいコト」二ツ「アリスを目覚メさせないコト」」
「アリスを、目覚めさせない…?」
「ソウ。彼は、かつてここに結成されていた、ワンダーランド・プロジェクトの生キ残リなのデス。マスターは、彼の存在ヲ、おそらく快く思ってイマセン。何シロ、お気に入りの場所ノ下デ、コソコソと『ゼウス』の反乱組織ガ活動シテいたのデスから」
「……おそらく、と言ったな……お前」
初めて、火村が視線をピエロへと戻した。何故か軽くなった身体をピエロへと向けて、二三度軽く手を握りしめる。キュ、と鳴るこの音が、火村の神経を通常の状態に引き戻してくれた。
「恐らく快く思っていない…?随分と不思議な言い回しをする。それに、私情が入っていないという保障は?」
「ありまセン」
「ふ…―――本当におもしろいトイだ、お前は。…これは俺の予想だが、マスターはアリスを本当は気に入ってるんじゃないのか?」
「…………………………」
ピエロは答えない。…否、それは肯定だ。
「………目覚めさせてはいけない?ならば生命維持装置を、今すぐ切り離せばいい話だ」
何故それをしないのか?答えは簡単だ、殺したくないのだ。このピエロのマスターは。
「―――マスターは、彼が目覚メレバ、世界が事実崩壊スルと仰ッテいまシタ」
「…まぁ、いい。とりあえず、これで俺の任務は終了だ。それで、俺はこのまま無事に帰れるのか?」
「帰るツモリでショウ?」
「ああ」
「……――――ご案内イタしまショウ」
「助かる……ついでに、上に転がってるトイを数体、持ち帰ってもお前のマスターは怒らないかい?」
「ドウイウ意味でショウ?」
「持ち帰りたいんだよ」
「何故?」
「――――サンプルに」
しばらく、ピエロは沈黙した。もしかしたら、拒否されるかもしれない。出来るなら、火村としては目の前にあるアリスを起こして、研究所に持ち帰りたかった。高濃度のプレパ線を一瞬にして無効化するなんて、普通じゃ考えられない。朝井女史の元に連れ帰って、詳しく調べて………
「……―――マスターは、了承しました」
「……感謝しよう」
本当は、この目の前にいるピエロも、何処かに隠れている筈の他のトイも、全て破壊したい。マスターにもお目見えしたいものだ。しかし自分の目的は、この場所の探索であって、トイの抹殺ではない。ここで我を忘れてトイにかかずらっていたら、それは即契約違反になってしまう。
(………まったく、雇われ者も楽じゃない……)
 ため息を付いて、アリスに背を向ける。
ピエロが、再び電子音を奏でる…が、ピー!という警告音が地下室に鳴り響いた。
何度も、何度もピエロは指を動かして、アリスの入ったケースを元に戻そうとしている。…が、その度に警告音が鳴り響き装置は動こうとしない。
「……おい、どうした?」
「―――動かナイのデス。……ソンナ、馬鹿な……!」
「動かない?どういう………」
ことだ、と火村がピエロに近づこうとしたとき、脳裏に声が響いた。

――――――呼んで!

涼やかな、声が。

――――――お願い、…を、呼んで!!

再び。

その間にも、ピエロは必死の様子で機械の調子を調べている。火村は突然聞こえた声に驚いて、身動きすら出来ない。こんな時にトイにでも襲われたら、ひとたまりもないな、なんて微かに考えながら…。

背を向けた筈のアリスを振り返ったのは、本当に気まぐれだった。その時の火村は、思考回路が働いていなかったと言っても過言ではない。本人は、自己意識の有無を主張するだろうが、確かにその時火村は、アリスに引かれるように一歩近づいたのだ。
「…………『黒ノ騎士』…?」
戸惑いを込めた声が、後ろから飛んでくる。

また一歩。

くいいる様に、火村はアリスを見つめた。…おかしい。そう思って、どんどん、近くで見ようと……。

――――――アリスを呼んで…!!

たたき込まれる声に、火村はびくん!と肩を揺らした。…それほどに、強い意志だった…――――空耳なんかじゃない。凝視した視線の先で、アリスのまつげが揺れたように思えたのは、勘違いなのか?
でも、そう思えたのだ。さっきは。堅く眼差しが閉ざされて…きっと永遠に目覚めないのだろう…そう思わせるには、十分すぎるほどこの青年が眠る姿は静閑だった…だったのに。今は違う。

(――――目覚める…?)

アリスが?

こつん、と一度ガラスを軽く叩く。こんこん、と了承を求める合図の様に―――お邪魔しますよ…―――そんな戯けた仕草にも見えるその行動に、ピエロは焦ったようだった。
「……何ヲ、すルつもりデスか!?」
 火村は答えない。

(――――目覚めるというなら、目覚めさせたい……)

あの瞼の下にある、眼差しはどんな色をしているのだろう…?
それは、酷く甘美な誘惑だった。

「……ア、リス……」
 指を、ガラスに這わせて。優しく何度も撫でる。そして、呼ぶ。
目の前に眠る、美しい青年の名を。
この世の、破滅の使者の名を。
「――――…アリス」
もう一度。
脳裏に、喜びの意識が流れ込む。…―――その波動に、火村は確信する。今、確かに火村とアリスは同調している。
もっと、もっと呼んで。幼子の様にねだるその声に、火村は思わず笑みを漏らした。それは自分でも知らずに、優しいものに彩られている。

「――――『黒の騎士』!!」
後ろから掛かる悲鳴に似た怒声が、とても鬱陶しい。
「――――目覚メさせてはイケナイ!!」
どうしてイケナイ?俺は聞きたいのだ、アリスの本当の声を。見たいのだ、アリスの眼差しを。何よりも、



 ―――――笑顔を。



「『黒の騎士』!!」
どうして?こんなにも自分は今、満たされているの?
ゆっくりと、唇を動かした。…この言葉で、アリスは目覚める。
それは、根拠のない確信だった。


「―――起きろ………アリス」

囁く、覚醒の呪文。


傷一つなかったガラスに、ぴし、と亀裂が入った。そこから、ぽたりぽたりと少しずつ内液が漏れ出す。やがて、それが大きくひび割れていくのに、大した時間はかからなかった。
パァァン!!硬質な音の合唱が、あたりに響き渡る。アリスの身体を戒めるように差し込まれていたチューブが、勢いよく外れてアリスを外へとはじき出した。
「!!」
慌てて身体を受け止める。思ったよりも軽く、華奢な身体だった。背広を素早く脱いで裸体に掛ける。
「………ご、はッ…げほっ」
薄い肩を震わせて、アリスは咳き込んだ。上手く呼吸ができないようだった。急いで背中をなでて、慌てなくてもいいのだとなだめる。
きゅ、とアリスの手が火村のシャツを握りしめた。
「……アリス?」
「…………よ、んでくれたん?」
「……ああ」
「…………ありがとう」
とてもゆっくりに一音一音を発した。ありがとう、と。
とりつかれるように火村はアリスを見つめた。言葉に表せない衝動が、今火村を襲っている。目の前に、アリスが動いている。その事実に、一番驚いていたのは、実は彼だったのかも知れない。
「俺が、探してたんは、あん、た・やな………」
「――――…え?」
目がよく見えないのか、何度も瞬きして、アリスは言った。
両手で、必死に縋る。
「……アリス?」
尋ねるが、アリスはもう答えなかった。顔を強張らせて、火村の背後を凝視している。
「―――――!?」
その様子に気づいて後ろを振り返ると、ピエロは入り口で立ちつくして声を震わせていた。


「――――…マサカマサカマサカマサカ………」


データを読みとるパソコンの音に似ていた。シャカシャカと、神経を逆撫でする音が目の前のトイから聞こえてくる。


「アリスが、目覚めルなんテ……!!」


「………おい?」
「アリスが…アリスが!!」
火村が尋ねても、ピエロは答えない。からからと音がして、両手を顔に持っていくと途端に叫んだ。
「馬鹿な!!ソンナことがアッテもいいのデスか!?マスター!!」

ガシャン!!と、振り下ろしたピエロの手は、アリスを管理していた制御装置を破壊した。そして、ピエロは指を口に当てて口笛を鳴らす。
(―――仲間を呼ぶ気か!?)
まずい、と火村は舌打ちした。トイとの戦闘をしながら、アリスを連れていくのは難しい。素早く来た時のエレベーターに乗ろうとも考えたが、入り口にはピエロが立っている。
(――――…どうすれば……っ)
ぎゅ、と思わずアリスの肩を抱く手に力が入った。それに気づいたのか、アリスが囁く程度の声を出す。

「大丈夫やで、君」
「………何?」
艶やかに微笑むアリスに、唖然として火村は口を開いた。冷たい床に流れる薄茶の髪は、まだ濡れて重い。それを無造作に掴むと、火村の上着ポケットに入っていたナイフを取り出して火村が止める間も無く切り刻んでしまった。
「な、なんてこと…!」
綺麗だったのに!と、自分でも意外に思うほどの非難をこめて、アリスを見つめる。アリスと言えば、せいせいしたように微笑んで、ぱちんとナイフの柄を火村に差し出す。
「俺が、ここから出してやる」
「……………なんだって?」
視線をトイ達に戻せば、すでに三体、そこに佇んでいる。ピエロはこちらから見てもはっきり分かるほど身体を震わせている。

「…――――帰えしマセン、『黒の騎士』!!アリスを目覚めサセてシマッタ以上!」
「…上等だ、お前ら…」
立ち上がると、アリスの細い腕が火村を引き留めた。何を、と見ると、アリスが微笑んだ。内ポケットの中に入っていた、簡易カプセルを手にしている。
「なんだ?この非常時に!!」
「…これ、緊急用白衣のカプセルなん?」
 ここに来るときに、朝井女史に無理矢理持たされた応急処置セットの一つだ。
「そうだが?」
「これ、くれ」
 小さく頷くと、アリスはカプセルを指で弾き出して、下着と白衣を着込んだ。すたんと立ち上がり、アリスは火村の前に立った。
 そして艶やかに笑い、高々と言い放った。


「………アリスの力、みせたる!!」







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Toy Soldiers 4 あとがき
*くうぅぅぅ、キツイ。がんばります、もう、何もコメントはありません……(^^)/~~~

* 短くてすみません……それでは失礼します。

2000/6/19  めちゃくちゃ眠い……死ぬ……。  真皓拝

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